第71話 知見
俺達がレギオ村から出て一週間が経過した。
俺のいないレギオ村も、最初は混乱に包まれていたようだがそれもすでに落ち着いているらしい。
なぜそんなことを知っているのかというと、俺達はレアンに渡してある通信機で連絡を取り合って、互いの情報を交換し合っているからだった。
【にしてもあの時は本当に焦ったよー。
いきなり出ていくなんて言ってさ、いくら計画の一環だからって】
「はは、悪いな」
あの後、ロエルという女の感知を避けるために理外権能で瞬間移動したのは正解だった。
傭兵の存在も何とか隠し通せたようだからな。
瞬間移動後、ヌルにはずいぶんと思い切った手を打ったな、と呆れられたが、これもフェリフィスを使い勝手のいい捨て駒として使うための最初の一手なのだ。
フェリフィスは昔、家族を亡くしたレアンにひどいいじめを繰り返していると聞いている。
であれば、受けるべき罰がある。そしてそれを与えるのは俺だ。
【ところでさ、アルナ。そっちの計画の方は順調?】
「ああ。もちろんだよ」
通信機越しにレアンが聞いてきた計画のことはというと。
「レギオンの街のことだろ。大丈夫だよ。
過労死するかぎりぎりのところまでヌルに働かされてへとへとだけど、もう少しで"みんなこっちに引っ越しても余りある"くらいの規模になってるよ」
レギオン街。それは俺とヌルの新たな計画のために創られた、活動拠点となる街だ。
どうも俺はネーミングセンスがないため、"アレイン平野"にある"レギオ村"からそのまま語尾だけ取ってレギオン、という名前にした。
英語じゃたしか軍団、とかそんな意味だったか。まあどうでもいいけど。
このレギオンを作るにあたって、俺はヌルからある提案を受けた。
理外権能でこのような街を作ることはできないか、と。
結論から言えば、おそらく完璧に理外権能を使いこなせれば可能だが、今の俺には限界がある。といったところだ。
整地と区画整理に加え、ある程度の基盤作成なら一括で〔再構築〕するのは容易だったが、やはり家のような複雑な構造を完璧に〔再構築〕するのは非常に精神力、意志力を消耗する。
でも、それでも今後のためにと理外権能の練習と割り切って、作成に取り掛かったのが五日前。
峡谷産の鉱物や木材を〔分解〕し作るべきものを〔記憶〕から引っ張り出しつつ〔再構築〕する。
それを何十世帯分も同時に行う。もちろん最初からうまくいくわけはなかったので、まず一つの家から、そして次に二世帯、三世帯分と数を増やしていき、最終的には何とか街の一角分の建造物を一度に〔再構築〕できるようになった。とはいえ何度も繰り返して同じものを作る行為なので、慣れてしまえばあとは楽なものだった。
あとは残る二つの区画を〔再構築〕で作ってしまえば、レギオン街は完成となる。
この規模の街を作り上げるのはどれだけ人手があっても一か月以上かかるのは当たり前のことだ。下手したら数か月かかるだろう大きさの街を、たった一週間足らずでほぼ完成に近づけさせられる理外権能は、やはり異能の中の異能なのだなと思う。
それと同時に、自分には過ぎた力だとも思う。
「レアンの方はどうだ?村人たちはちゃんと魔術の勉強に励んでるか?」
【うん。アルナがいなくなったからって、みんな猛勉強してるよ】
まだ魔術を発動できるものはいないらしいが、属性素が何なのか、魔力とは何か、という基本的な考えは定着しつつあるだろう。
もう少しすれば、属性素操作が行える者もレアン以外に出てくるはずだ。
その者たちの育成も、エスティエットに任せてしまって問題はないだろう。なにせ俺には魔術が使えない門外漢なのだ。その道のプロに任せる他ない。
村人たちはいまだ俺がいなくなったことを疑問に思っているようだが、これもフェリフィスとの契約に則ったものだ。仕方ない。それに、今頃あいつは俺を村から追い出せたと思い込んでるかもしれないが、それはあくまで一時的なものに過ぎなかったと思い知ることになるだろう。
【ねぇ、アルナ。ほんとにまた一緒に暮らせるようになるんだよね……?】
「もちろんだ。でももう少しかかりそうだから、レアンは自分を鍛えることに専念してくれ」
レギオ村から俺がいなくなっても村を守ることには変わりない。だが、村人たちは俺に重荷を背負わせてしまったといっていたし、わずかばかり俺に頼っている気持ちもなかったわけではないはずだ。
頼られるのは嬉しいが、俺とヌルの計画を進めるなら、行く行くは村の指導者、先導者を務めるのはレアンでなければならない。
俺とヌルはあくまで、陰ながらに支える立場である必要がある。
【うん。わかってるよ。私ももっと強くならなくちゃだしね】
「俺もレアンに置いて行かれないように頑張るよ」
【あのさ、アルナ。今度会ったときに、聞いてほしいことがあって】
「うん?ここじゃダメなのか?」
「だめ。実際に説明しなきゃいけないと思うから」
「わ、わかった」
あまり強い言葉を使わないレアンが強く否定するということは、何かしらの重要な出来事なのだろう。今のレギオン街建設計画の進捗から鑑みるに、レアンと会えるのはおそらくあと四日ほどかかる。
そのうちに危険なことにならないといいんだけど。
「それじゃ、レアン。また明日の同じ時間に連絡するから、よろしく」
【うん、じゃあね。また】
そこで通話は終了し、レアンとの会話でいくらかの精神力を回復した俺は、再び理外権能の行使を再開した。
作らなければならない構造物を〔記憶〕から引っ張り出すことは簡単なんだが、それを〔模倣〕〔再構築〕する際意識を繋げたままにしなければならないのが非常に困難。
深呼吸を繰り返し、集中力の残骸を吐き出し、作業という名の鍛錬へ身を投じた。
◆◆◆
アルナがいなくなって、五日ほどが経過した。
ようやく持久走組から脱却したシーアス、アンバーに加え、アノニア、レフラン。それからジークを加えての六人。それが今のおじいちゃんの弟子。
二番弟子だったアルナがいなくなってから、ジークはアルナに追い付こうととても頑張ってるけれど、まだまだ動きが硬いのはしかたないことだ。
おじいちゃんはアルナを破門にしたわけじゃないから、きっとまた、一緒に剣術を習えるはず。
……私が剣を鍛えるのは、村の皆を守るため。
アルナと一緒に剣を鍛えるのも楽しいけれど、その目的の先にあるのは自らの練達だ。
おじいちゃんは言ってた。アルナの動きには須臾の停滞も鈍りもないって。すべての動きが流れる川のように流麗で、無駄の一片もない。
私は正直、アルナに嫉妬している。というか、今も。
長い時間を鍛錬に費やした私で、ようやく魔物と戦えるくらいなのに、アルナは剣を握ってたった三週間足らずで、私とほとんど変わらないくらい強くなった。
それはやっぱり、アルナには天賦の才があるからだと思う。剣術に対する真摯な姿勢は負けていないつもりだけど、成長速度には目を見張るものがある。
それが私には悔しい。アルナが羨ましいのではくて、鍛錬したことがすぐに身について、実戦で生かせるようになるのが羨ましい。
でも、羨ましい、嫉妬するという気持ちだけじゃなくて。
村を救ってくれたアルナには、感謝と謝罪の思いもある。ともに背中を預け合って戦えていたなら、アルナに背負わせてしまった重荷を取り除くまではいかなくとも、一緒に背負ってあげられたかもしれない。
正直、自分がしてもらったからって、幼馴染でもなければ同じ村出身でもないアルナにあんなことをしてしまった自分が信じられない。でも、それくらい放っておけない危うさがあった。
落ち着いていて、優しくて、周りに気を使っていて、大人びていて。
でもどこか、危ういところがあって、ナイーブな弟のようにも見えて。
守ってあげたいって、庇護欲が掻き立てられるところもあって……。
私は、アルナとどうしたいんだろう。
それに今すぐ答えを出すことはできないけれど、一つ明確なのは。
もっと強くなって、背中を預けてもらえるくらい信頼されること。
魔術を学んでわかった。もっと、この世界を知りたい。無知なままでは、強くなれないから。
最初に魔術を作った人の気持ちがわかる気がする。この世界は、既知より未知の方がはるかに多くを占める。未知を解き明かし既知の領域を広げていくこと。それが強くなる事にも繋がるんだ。
でも、どうやって。
ヌルさんやレヴィエルに頼ることは簡単。でも、それは知識を記憶しただけ。自力で知って、目の当たりにして、それでようやく生きた知恵になる。剣術も同じ。型だけ見ても分からないことの方が圧倒的に多い。
もし、叶うなら。
この世界のすべてを解き明かしてみたい。それが強くなることにつながり、ひいてはアルナのためになるなら。
◆◆◆
––––––––––––––––––彼女は希った。
自分が生きるこの世界をもっと知りたいと。
その思いが他人のためだとしても、それが目的になった。
様々な思い燻ぶる胸の裡で、けれど確かに強く願った。
当人に自覚はなかったかもしれない。ふと心の奥に抱いた欲望だったかもしれない。
しかし、それがレアンの心に種火を熾したのは事実だった。
たとえそれが、まろびでた僅かな思いだとしても、心の最奥から転がり落ちた最も強い原動力ということに、変わりはない。
––––––––––––––––––その思いに、世界は共鳴した。
すべてを知悉したいという彼女の原感情から生じた本音を、世界は認めた。
世界の声と聞くに足る者となった彼女には、それ相応の力が与えられて然るべきなのだ。
『共鳴規定値を確認。……要求承諾』
「……これは、たしか」
レアンは【魔力操作】スキルを獲得した時と同じ、澄んだ声に耳を傾けた。
『承諾要件を確認。対象はスキル【賢聖の知見】を獲得』
いままでよりもっとも明確に響いた声は、レアンにスキルを得たということを示していた。
「……」
レアンはこれまでとまるで違う声に、自分の身に何かただことではないことが起きていることを無意識に把握していた。
「……さっきの言葉、なんなんだろ」
レアンは疑問を口にした。
彼女に目覚めた新たな力は、それに答える。
『【回答】先ほど聞こえたのは、世の理を定めし世界樹の声』
「え、誰!?どこにいるの?」
『【回答】【賢聖の知見】の効果【記録照会】による情報の開示であり、話しかけられたわけではありません』
「……ようするに、スキルってこと?」
『【肯定】』
レアンはだれかが自分の部屋に侵入したわけではなかったことに安心しながら、獲得したスキルの特異性を理解していた。
「【賢聖の知見】……かぁ。そうだ。どんな効果なのか、調べておかなくちゃ」
レアンは自分の獲得したスキルを把握するために、いろいろと思考を巡らせる。
「……たしか、効果が情報の開示……って言ってたっけ。だったら……」
その中で一つ、先ほどレアンに響いた声がスキルの効果の一端を示していることに気づき、その声の意味を考え、問いを投げかけた。
「【賢聖の知見】の効果を教えて」
と、緊張しながら、わずかに掠れた声で言う。
すると。
『【回答】【賢聖の知見】の効果。
【記録照会】 世界の情報記録領域に接続し、触れた事象に関してのみ情報を明かす。
【思考強化】 思考速度を2000倍まで加速可能。思考の分割を可能。思考妨害を無効化。
【並行編纂】 思考とは別に演算を同時に並行可能。
【解析測定】 対象を定め、ある程度の隠匿も突破し解き明かす。
以上が、スキルの効果です』
大量に得たスキルの効果の効果に、レアンは吃驚仰天。驚きを隠せなった。
「え、なにこれ、え、ええぇぇぇぇぇぇえっッ!!」
自分の身に何が起きているのか、正しく認識するのにレアンは数十分の時間を要したのだった。
………
……
…
とりあえず、私の今の状態を自分に説明すると。
スキル【賢聖の知見】は、4つの効果を持つスキルだということが分かった。
このスキルを獲得したのは、私がこの世界のことをもっと知りたいと願ったこと。それが原因らしかった。
強く願った思いが形となって、スキルの獲得に繋がったということを【賢聖の知見】は言っていたから、それが事実だと思う。
これまで何かを強く願ったことがないわけではないけど、それがなぜ、今回に限ってスキル獲得に至るかといえば、それは私がこの世界の仕組みに深く触れ始めているからと【賢聖の知見】は言っていた。魔力操作のスキルを得て、アルナのおかげでそれに関連するスキルを得た。そして一週間前の属性素操作がきっかけとなって、私の思いがスキルになったみたい。
このスキル、なんとなくだけど、魔力操作のスキルなんかとは比べ物にならないほどの代物なんじゃないかと思う。
自分の疑問にはなんでも答えてくれて、そのほかの効果もいろいろ試してみたけれど、ほかのスキルとは、格が違う効果を持っている。
その効果をまだ完璧に使いこなせているわけではない。でも、うまく使えれば、私はもっと強くなれる。そんな予感がする。
「……今度アルナにあったとき、自慢しちゃお」
もちろん、ちゃんと自分のものにして、手足のように操れるくらいになってからだけど。
※下にはステータスのランク表を載せてあります。
名前:レアン・ルーファス
種族:只人種
技量:下之中
筋力:下之上
速力:下之中
体力:下之中
運命力:下之低
知力:中之低
生命力:下之低
魔力量:下の高
魔法適正:無し
使用可能魔術:無し
習得技術《魔纒戦技》・《魔纒闘法》
所持スキル:【賢聖の知見】・効果
【記録照会】 世界の情報記録領域に接続し、触れた事象に関してのみ情報を明かす。
【思考強化】 思考速度を2000倍まで加速可能。思考の分割を可能。思考妨害を無効化。
【並行編纂】 思考とは別に演算を同時に並行可能。
【解析測定】 対象を定め、ある程度の隠匿も突破し解き明かす。
魔力系スキル
【魔力操作】
【魔力変化】
【魔力変換】
【魔力強化】
【魔力放出】
使用武器:カタナ
備考:強力なスキルを手にし、強さ、知識に貪欲になった。
名前:アルナレイト
種族:人間
技量:低之高
筋力:下之上
速力:下之上
体力:下之低
運命力:無し
知力:中之低
生命力:下之下
魔力量:無し
魔法適正:無し
使用可能魔術:無し
所持スキル:無し
獲得理外権能:〔分解〕〔再構築〕〔解析〕〔模倣〕〔加速〕〔歪曲〕
使用武器:刀
備考:理外の力を持ち、スキルや魔力が消失している。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみ頂けると助かります。




