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第70話 帝国からの使者

 最近のアルナは、よく笑うようになった気がする。

 それが、傍で共に鍛錬を続けるレアンがふと抱いた感想だった。

 

 アルナレイトに責任を背負わせてしまったという負い目から、村の雰囲気はどう頑張っても明るくならなかった。その原因はやはり、アルナレイトは口では大丈夫だというものの、その表情がとても固く、苦しそうにしていたから。


 私はヌルさんに頼まれているので、アルナレイトの表情を柔らかくしようと努力した。

 けれど、それは水の泡になることの方が多かった。


 でも、アルナレイトはほんの数日前、なぜかその顔を見せなくなった。

 もう踏ん切りがついたのだろうか。よく笑い、また周囲を笑わせたり、ちょこっとだけ意地悪なことを言ったり。


 前までのアルナレイトは、村の同年代と比べても大人びていた印象がある。

 シーアスやアンバーが、一回り年の離れた子供のように……というのはいささか言い過ぎかもしれない。

 けれど、そういった印象を抱かせるのが、以前のアルナレイトだった。


 いまもそうした気配はあるものの、すこしだけ、幼くなったような気がしなくもない。


 無論、弁えるところは弁えている。そういう義理堅いところは何も変わってない。


 アルナレイトに訪れた変化は、瞬く間に村人たちへ伝播して、重苦しい雰囲気はいつの間にかどこか遠くへと消え去り、いまはかつて見たことないほどレギオ村は活気に満ちている。


 村はいい方向に進んでいるように私は思う。

 けれど同時にぬぐえないものがある。


 それは。


 アルナレイトの表情に、どこか違和感を感じるということだ。


 ◆◆◆


 ヌルが提示した「レギオ村の準国家、もしくは町規模に相当する規模へと拡大する」という目標を達成するべく必要なものとして挙げている三つの小目標。


 「資源の安定的供給および生産」

 「食料安定生産」

 「他国と同等の武力の獲得」


 これらの内、上二項目に関しては達成済みといっていいだろう。

 ガド・ルムオンイルン大峡谷からの豊かな鉱物資源の産出。レギオ村周辺を覆う森林から木材資源が獲得できる。その他の種類も、元傭兵を同行して手に入れられる場所に目星はついている。

 食料の安定生産は、今はまだ大規模な農耕を行うほどの人口が足りていないけれど、それが成されるのは時間の問題だ。


 最大の問題である「他国と同等の武力の獲得」。

 

 ゼディアスという戦力が手に入った。その中でも最も強いユウトは世界屈指の実力に入ると信じられている。エスティエットも魔術師としてはかなり強いことも分かっているし、そのほか幹部も高い実力がある。

 彼らが一国相当の実力があるのかといえば、おそらく肯定せざるを得ない。

 だが、それはゼディアスというグループで見た時。ゼディアスとレギオを一つのグループで見たとき、それは否定に変わる。

 やはり、どれだけ強い人たちがいても、只人種である俺たちが足引っ張ってしまう。


 ユウトは隠しているものの、魔力量で優れるレアンの数千倍もの量の魔力総量をユウトは有している。筋力も、体力も、比べられるものではない。

 それだけ、基本性能が、生物としての格が違いすぎるのだ。


 戦力の増強。これがレギオ村にとって最も大きな課題だ。


 ………


 ……


 …


 レギオ村戦力増強案に関して、俺の中である程度草案は出来上がっている。

 それは、俺の装備を量産し、村人達にも装備してもらうというものだ。

 幸い鉱物資源が大量に産出する峡谷のおかげで、金属資源にはかなりの余裕がある。

 手間はかかるだろうが、それをゼディアスの技術部メンバーと共に行い、技術の共有なども進めたいと思っている。


 ………まてよ。


 俺の思考に疑問が浮かぶ。


 いままで考えたようなこともなかったが、そもそもなぜ、レギオ村に金属の農具が存在するんだ。

 このアレイン平野に鉱物資源を採取できる場所なんて大峡谷しかない。しかも、そこは最近まで致死の魔力に満ちていた。

 鮮明に思い出せないのだが、たしか沼にたまった金属を含む泥を焼いて鉄を抽出するという方法もあったはずだが、アレインに沼はない。


 一体どういうことなんだ……と悩んでいると。


 「……アルナレイト、まずい」

 「どうした。事情を説明してくれ」

 「ああ……」


 ヌルが珍しく焦っている様子で部屋に戻ってきたため、俺は努めて冷静に話を聞くことにした。


 「ちょっと待ってくれ、ケイン帝国?耳にしたことはあるが」

 「これは私のミスだ。

 すまない。こんな辺境の村にまで、"あの者"の手が及んでいるとは思わなかった」

 

 ヌルの話によれば、今、村を訪れている者達は、ケイン帝国という国の使者であるという。その人物は、帝国の庇護下に入れない辺境の村を援助しているとのことらしい。


 現在は援助のために訪れた使者を広場に誘導し、余計な情報を与えないようにしているとのこと。

 レアンに師匠といったレギオ村に最初から属している者たちのみで話を聞いているらしい。


 「今はまだお前に話すつもりなかったが、我々の存在は他国に感知されてはならない。

 今後の立ち回りにも影響が出てくる以上、あの者達に接触することは是が非でも避けなければならない」


 その理由は後で聞くとして、ヌルがここまで必死に言うことなのだから、きっと本当なのだろう。


 「それで、どうすべきかの策はあるのか?」

 「ああ。ひとまずはレアンに持たせてある通信機で指示をしつつ、我々の存在や、伏せておくべきカードであるゼディアスの件について、隠蔽する方針だ」


 幸い、ゼディアスの飛行船団は普段から偽装魔術で姿を隠しているため、よほどの感知能力がなければ気づかれないらしい。


 「最悪、機巧種が関与しているということが明らかになっても構わない。理外の力を持つお前の存在だけは、必ず隠し通さなければ」

 「わかった。俺にも向こうの状況を教えてくれ」


 ヌルは頷くと同時に、俺の多機能補助情報端末(アウル・スティルグ)がヌルと同調し、通信機を持つレアンを含めた数々の声が聞こえてきた。


 「えっと……その、こんにち、は」


 聞いたことのない声。たどたどしい幼子のような口調ではあるが、それで気を抜いていい相手だと判断するのは愚かだ。


 「わ、わたしは、ロエル……と申し、ます」


 ケイン帝国。俺はその情報を知っている。

 他種族の溢れるこの大陸にて、多くの種族をまとめ上げ、他種族国家を形成するに至った国。

 その国土は大陸の三分の一に匹敵するほどで、この大陸における最強の国家というのは、言うまでもない。


 「あ……そこにいる人、たしか」


 誰かに見覚えがあるような話し方をしたロエルという人物に、師匠が答えた。


 「お久しぶりです、ロエル様」

 「うん、っていっても、十年以上も前、になっちゃうけど」


 その発言から考えられるに、十年以上前にもこの人物はレギオ村に訪れている……ということだろうか。


 「以前は鉄の道具を下さったり、食料を恵んでくださりありがとうございました。

 それで、今回は如何様な件で参られたのでしょう」

 

 なるほど。レギオ村に金属の道具が存在するのは、彼らが何年かに一度、持ってきてくれているからなのか。

 師匠の問いかけは俺たちにとってありがたいものだったので、そのまま聞かせてもらう。


 「えっと、ね。また食料とか、村じゃ作れない、金属の道具を持ってきた、よ」


 相手の目的はやはり村の支援にあるようだ。

 十年前にも師匠と会っているという話だし、単に俺たちの存在を感知して、偵察しに来たわけではなさそうだ。


 「それはそれは、ありがたいことです」

 「喜んでくれてる……よかった……」


 今のところ会話の中に不穏さは感じられない。


 「そうだ、きになったんだけど、さ。このへん、魔物、多かったよね。

 その、すごく数減って、安全になってた。だれか、討伐したの?」

 「ああ、それは……」


 と師匠の話す声が徐々に大きくなってくる。


 「私の孫、レアンが急成長を遂げ、魔物を一掃した……ということになりましょう」

 「なりましょう……ってこと、は、もとは、そうするつもりは、なかった、の?」

 「ええ。魔物と戦ってさらに強くなりたいというレアンが、鍛錬に鍛錬を重ね、魔物と戦えるようになった。村の周辺に現れる魔物をそのたびに倒していると、いつの日からか魔物が姿を現さなくなったのです」

 「そっか、すごいね、成長したんだね」


 ……わずかに声のトーンが下がる。こちらを怪しんでいるであろうことは、容易に伺える。


 「……まぁいいや。それじゃあ、物資の、運搬をしたいんだけど、どこに運べばいいか、な」

 「この広場に集めてくだされば結構です」

 「うん、わかった。帰る前には、声かけるね。一応、村の周りも、ぐるっと回ってから、帰る」

 「ありがとうございます。お気をつけて」

 

 そこで会話は終了。何とか気づかれずに済んだようだ。

 ほっと胸をなでおろしたい気分だが、今はそんなこともしてられない。


 「傭兵たちが村にいない時間で助かった。とにかく、エスティエットに話を共有して、今は彼らを隠さなければ」

 「ああ。彼らの存在がこの村にあるという情報も、今は隠しておきたいからな」


 ヌルはすぐさまエスティエットに連絡を取る。緊急時のために、エスティエットとヌルには非常時連絡経路があるようだ。

 俺は家に帰ってきたレアン、師匠に事情を伺う。


 「おかえりなさい、レアン、師匠。

 話は聞かせてもらいましたが、事情を説明してもらってもよろしいですか?」

 「ああ。一芝居打ったが、あれでよかったか?」

 「もちろんです、完璧でした」 


 俺は師匠から話を聞く。

 ロエルという女性の容姿は、以前会った時、すなわち十年前と変わらないそうだ。

 あどけなさの残る十代後半の容姿年齢。オーシャンブルーの瞳に金髪。レヴィエルを彷彿とさせる容姿だが、ひとまず気にしないでおく。

 彼女の目的はこちらの支援だろう。そうすれば警戒心を抱かせずに済む。

 ひとまず彼女の目的である支援、物資の運搬中に師匠は村に一芝居打った内容を共有させ、俺たちの存在を隠すことにした。


 「まさか本当にこんなことが起きるとは。事前にヌルと打ち合わせておいて正解だったな」


 どうやらヌルはこの村に金属の道具があることを訝しんでいたようだ。そこからロエルの存在を推察していたらしい。

 ひとまず俺とヌルの存在は隠せた。だが、つけばぼろが出るのは火を見るより明らかな脆い隠蔽だ。

 疑わせないように立ち回らなけばならない。


 「申し訳ございません。師匠、あのような真似をさせてしまって」

 「構わん。お前達に何か不都合が生じることの方を避けたいのでな」

 

 その思いに感謝しつつ、二階から降りてきたヌルは俺たちに指示を出し始めたので、それを聞く。


 「傭兵団の存在は最悪露見しても構わない。だが、我々の存在を感知されるのは絶対に避けねばならない」


 次々と支持を出していくヌルの声の隙間に、確かにノック音が混じる。

 先ほどのロエルが訪ねてきていた場合。俺たちの姿を見られるのは絶対に避けなければならないので、俺とヌルは二階に退避し、様子を伺うことに。


 「……お前は」


 師匠の声からロエルではないことが容易に推察できたため、それは慎重に階段を降り、姿を隠しながら扉の向こうの人物を覗き見る。


 そこにいたのは、フェリフィス。ヴェリアス事に加担していただろうと俺は踏んでいるが、どうして今になって俺たちの元へ訪ねてきたのか。


 「ねぇ、村全体で人殺しとそいつが連れてきたガキを隠すようにって話が回ってきたけど、これ、アタシは守る必要はないよね。てか、何なら話すし」

 「何?」


 低くくぐもった師匠の声に、フェリフィスは動じることなく続ける。


 「前々から思ってたんだけど、なんで人殺しがこの村でのうのうと生きてるわけ?

 追放するか、処刑すべきでしょ」

 「フェリフィスちゃん、取り合えず家に上がってよ。話は中で聞くからさ」

 「は?逃げ場のない密室空間においそれと入るような馬鹿にアタシが見えるんだ。ほんとむかつくわ、アンタ」

 「そ、そんなつもりは……」

 「話はそこまでだ。結局お前はどうしたい。フェリフィス」

 

 ふん、と鼻を鳴らしたフェリフィスはその口から恐るべきことを言い放つ。


 「私は人殺しのいる村で生活なんかできない。今すぐあの男を追い出さないと、あのロエルって女に全部話してやる」

 「……お前、それがどういうことかわかっているのか」

 「ええ。で、どうするの?」

 「すこしだけ時間をくれ」

 「それはだめ。味方のいない私が唯一頼れるあの女がもし帰っていなくなれば、私はアンタらに殺されかねないわ。なにせ人殺しをかくまう一家だものね」

 

 なるほど。最近おとなしくしていると思っていたら、そんなことを考えていたのか。

 俺はフェリフィスという人物の人となりを詳しく知らない。だが、家族のいないレアンに嫌がらせをしていたのは知っている。なぜヴェリアスと組んでいたかわからないが、あの時こいつが知らせてくれなければ、イリュエルはさらに重症だった可能性がある。


 あの計画も進んでいることだし、こいつの話に乗ってやるか。


 一応の再確認としてヌルに詳細を訪ねる。

 ヌルの答えから問題はなさそうだと判断したため、俺は直接フェリフィスの話を聞くため廊下から姿を現す。


 「……あ、アルナ」

 「あらぁ、人殺しクンじゃないの。どうせさっきまでの話聞いてたんでしょ?じゃあ私の言いたいことわかるわよね?」

 「ああ。俺がこの村から出ていけばいいんだろ」

 「ええそうよ。ほら、今すぐ出ていかないと––––––––––––––––––」

 「––––––––––––––––––いいぜ、この村から出て行ってやる」

 「は?」

 「お前……!」

 「あ、アルナぁっ


 俺がその提案を飲むとは思っていなかったばかりに、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をする全員。

 それ俺はリアクションを返さず、距離を詰めながら淡々と次の言葉を発する。


 「その代わり条件がある」

 「っはぁ?条件なんか飲むわけ」


 フェリフィスの体に俺の手が触れられる距離になった瞬間。

 理外権能で〔再構築〕した強風で玄関扉を外側から押す。フェリフィスは手をついていた扉がいきなり強い力で押され、姿勢を崩す。

 強風で閉まった扉に押し出されたフェリフィスの肩を右手で掴み、跡が残らない程度の強さで扉へ突き飛ばした。


 「っ痛!なにすんのよ!」

 

 俺はさらに一歩深く踏み出し、フェリフィスの両足の間へ足を入れる、

 そのままフェリフィスの顔のすぐ横に掌を強く打ち、吐息がかかるほどの距離まで顔を近づける。


 「図に乗るなよ。お前如きの話を聞いてやると言ってるんだ。

 お前もヴェリアスのようになりたいのか?」

 「ヒッ……!」

 「アルナ、相手は女の子だよ?」

 「アルナレイト。それ以上はやめておきなさい」

 「……はい」


 俺は一歩下がる。フェリフィスは恐怖に顔を彩っていたが、それもつかの間に、俺に恐怖させられたことに恥辱と怒りを覚えたのだろう、顔に平手打ちを放ってくる。だが、予備動作の大きく遅い攻撃では、魔物にだって当たらない。

 

 俺はアウェーバックで躱し、今度はありったけの殺意を込めた視線をフェリフィスの瞳に向け、その魂に恐怖を刻む。


 「……っ」

 「いいか。俺が望むのは、村の足を引っ張らずレアンやそのほかの人たちに迷惑を掛けないことだ。

 それが約束できるなら、俺はこの村から離れる」

 「……そこにいるガキも一緒に連れて行きなさいよ」

 「お前に言われずとも出ていくさ。だが私はアルナレイトについていくだけだ。

 お前の言葉に従ったわけではないことくらいは理解しておけ」


 俺とヌルは廊下から降りてきたその足で、フェリフィスをどかし玄関扉の前に立つ。


 「あ、アルナ、本当に行っちゃうの?」

 「ああ。こいつとの約束だからな。仮に破ったら、その時は師匠、容赦ない処遇をお願いします」

 「……わかった」


 家から出る前、俺は師匠から借りていた刀を返す。

 

 「ありがとうございました。師匠。レアン」


 俺とヌルはそのまま家を出て、ロエルという女に遭遇しないよう細心の警戒を行いながら、レギオ村を後にした。


 余りに唐突な出来事になってしまったが、それはそれで構わない。

 これからは、レギオ村は、村ではなくなるんだからな。

 それに計画の一環としても、ずっと居候するのも悪いと思っていたし。

 村人たちには後々連絡を取るとして、俺は一足先に"新たな拠点"へ向けて足を進めることにした。

お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。



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