第69話 エスティエットの魔術教室
魔術。それは多くの人々にとっては、まじないや、儀式のようなものとして捉えられるだろう。
あながち間違いでもないのが、この世界では、魔術は高度な学問として存在している……らしい。
レギオ村の広場にて、自由参加の魔術教室を開いてくれるようにエスティエットに頼み込んでから二日。準備ができたとのことで、それを村の人々に伝えて、参加してもらえるように頼み込んだのだが。
まさか、こんな大人数が参加することになるとは。
レギオ村の人口は九十人程度。農作業を行う上で最低人数を残した大半の村人が魔術教室に参加していたのだ。
見知った顔もある。レアンに師匠、イリュエル。未だ持久走組から抜け出せないシーアス、アンバー。後輩二人のレフラン、アノニア。
当初、多くても三十人程度だろうと、椅子と机をあまり用意していなかったため、それを補充して何とか全員の席を用意した。
少し予定を押して始まった魔術教室最初の話は、ちいさな子どもでもわかる簡単なものだった。
魔術とは高度な学問で、研究の手段でもある。とエスティエットは初めに言った。
世界の理を解き明かし、未知を既知とする。それが魔術の本懐である。
しかし、今現在に至っては、それを行うものはもう居らず、実用的な魔術が開発されるようになった。
たとえば、とエスティエットは人差し指を一本立て。
「最初の魔術は、指先に炎を灯す魔術であったようです。このように」
エスティエットの指先には、小さくて見えないが、何やら赤い光の環のようなものが浮かび、次の瞬間、ぼうっ、と音を立てて指先に小さな火が上がった。
村人たちはびっくり仰天。口々に疑問を浮かべるが、エスティエットは話を続ける。
「魔術には様々な種類が存在します。今の魔術は、低級第一階級魔術。制定名は発火」
指先に宿る火に皆が視線を集中していると、エスティエットは握りつぶすように火を消す。
「才能のある人でもない人でも、これは三日、早くて今日できる人もいるでしょう。
ですが、術式を構築しなければ魔術は発動しません」
エスティエットの話によると、魔術の発動には術式を組み上げ、魔術式を作成しなければならないらしい。
術式を組み上げ、魔術式を完成させることを『魔術式編纂』というらしい。
正式名称は魔術式編纂らしいが、術式編纂、魔術編纂など、みな適当に読んでいるらしい。
その魔術式編纂に必要な要素として、次のようなものがあげられるらしい。
まず初めに、その魔術においてどれだけの魔力量を使用するのかを決める『根幹術式』。
そして次に、どのような要素を追加するのかを定める『追加術式』。
その次には、追加した要素をどのように効果を発揮させるのかを決める『加工術式』。
そして最後に、術式の調整を行う『加項術式』。
これら最低限四つの術式を組み上げ、自身の魔力回廊と接続した瞬間、魔術は発動するという。
「これら術式を編纂するためには、魔力にて形成した小術式の成り立ちを学び、その術式の作用を理解する必要があります。
加えて、属性素を付与した術式でなければ、火を起こすようなことはできません」
エスティエットの口から説明が入る。
『属性素』。それは、この世界の事象における最小単位を構成するものであるという。
まだすべての属性素を解明されてはいないらしいのだが、現在判明しているのは、六種類。
熱素・物素・空素・精素・時素・光素・闇素。これらを合わせて第六属性素ともいう。
「これら属性素は、魔術に付加効果を与える際に役立ちます。ですが、これを操作するのは非常に困難となります。
属性素を操作するには、自身の魔力回廊の中に"属性素交感神経"を励起させなければなりません」
『属性素交感神経』。魔力回廊の内側に、属性素を操作可能とする感覚器官を自ら作り上げなければならない。しかしそれは、個人個人でイメージが異なるため、そのイメージを掴めないものは、属性素を伴わなない魔術、すなわち無属性魔術しか使えないということらしい。
「どれだけ多くの属性素交感神経を励起させられるかによって、属性素魔術の習得できる幅は決まります。ですが、多くの人々は一つの属性素しか扱えないのが普通です」
一人、一つの属性。それが当たり前。多くの人々は。
そう補足をつけたのは、おそらく扱える属性素二つ以上ある者が存在するからだろう。
「イメージって、具体的にどうやれば……あ」
先ほどまで四苦八苦して悩んでいたレアンは、何かを感じ取ったようだ。
レアンは五感に頼らないこういった超常の力を感じ取り、そこに何かを見出すことが得意なようだ。
これに関して、レアンは本当に天才なのだと思う。
しかしその逆に、そもそも自分の魔力回廊を通して魔力を操作することも覚束ない村人もいるようだ。
彼らは農作業によって基礎体力はついているが、戦うための覚悟はないし、無論、魔術教室の要である魔力操作を練習している人はいない。
「魔力操作ができないという人は、まず魔力を感じ取るところからやってみましょうか」
エスティエットは魔力を操作するための内容へとシフトした。
魔力操作の話になってしまうと、俺には何も吸収できないため、とりあえず話の内容を〔記憶〕しながら、エスティエットの話を自分で飲み込み、解釈することにした。
魔術とは、高度な学問である。
魔術を扱うためには学習にて知見した術式を組み上げ、自分の魔力回廊と接続することが必要となる。組み上げた術式と魔力回廊の接続は、魔力を操作して回廊から延びる魔力を術式陣に繋げればいいだけらしい。
その魔術に属性を付与したいなら、属性素を操作するための感覚器官、属性素交感神経を内側に構築しなければならない。
たしか、アリアロス大森林の中で出会ったアレクたちの元パーティメンバーに、クーネイとかいう魔術師がいた。
あいつが火の魔術と土の魔術を使用していたはずだ。となれば、二つの属性素交感神経をもっていたということか。
いや、魔術に関して疎い俺がそう判断するのは早計だろう。
「……以上が魔力操作の方法です。では実際にやってみましょうか」
にしても、エスティエットの授業はほとんど完璧で綻びがなくわかりやすい。
俺はどんな場所かは知らないのだが、エスティエットが魔術を学んだところは、学術都市リシムスルアというところらしい。魔術が高度な学問であるという側面から関連付けるならば、ほかの分野に対しても高い水準を誇るカリキュラム、知識が保存されているに違いない。
そこに行けば、俺も多少はこの世界についてわかるかもしれない。
皆が魔力操作に苦しんでいる最中、隣に座るレアンはずっとうんうんと唸って考え事をしている。
「どうだレアン、属性素交感神経の感覚、掴めたか?」
「うーん、どうだろ。もう少しな気もするんだけど……」
俺の左隣に座るジークは魔力操作に関してまだ覚束ないため、属性素交感神経云々の話はまだ早かったかもしれない。
思ったよりも魔術回廊を介した魔力操作の行えるものの少なさに、これ以上の進展は見込めそうにないと判断したのか、エスティエットは手をぱちんと叩き視線を集め、今日の講義はここで終わり、課題として、魔力操作の練習をするように!といって片付けに入った。
講義を開いてもらったのに片付けまでさせるのはさすがに申し訳ないので、俺が理外権能を使って片付けておくことにした。
村人たちが農作業に、あるいは自宅へと向かう人混みの中、俺はエスティエットに感謝と今後の成長は見込めるかという話をするため、話しかけに行く。
レアンにアドバイスを求められているため長話はできないが、せめて所感だけでも聞いておきたい。
「エスティエット。今日はありがとう」
「いえ、僕も皆さんに講義できて、初心に帰れた気がします」
「正直な感想で構わないんだが、どうだ。村の人々の成長には期待できそうか?」
「……すみません。僕の観察眼が未熟なあまり、まだ皆さんに才能や伸びしろがあるかを見分けることができません。もう少し回数を重ねればある程度は判別できそうです」
さすがに初回でそれらを見抜けという方がおかしい話だったか。
「そうか」
「ですが、レアンさんに関しては別です。僕らがここに来るまででなんとなくの感覚は掴んでいるようです。彼女が抜きんでて才能があることは未熟な僕の目にも見抜けました」
「まあレアンは秀才だからな。感覚的なところの才能でいえば、磨けば光るものがあると俺は見ている」
「それは間違いないかと。バルブゼスもレアンに自分の技術を教えたいと息巻いていましたし」
バルブゼス。たしか、ゼディアスの剣士だったはず。
レアンに技術を伝授したいと言っていたということは、彼もレアンと同じ魔力を使う剣士なのだろう。
是非一度、俺もその太刀筋や戦い方を見てみたい。
「もしよければ、レアンさんにバルブゼスとの時間を作ってはいただけませんか」
「ああ。レアンに聞いてみるよ」
よろしくお願いします。とエスティエットは述べたのちに、飛行船団へと帰っていった。
俺もその場を後にし、レアンにアドバイスをするため林の中の稽古場へと足を進めた。
◆◆◆
稽古場で珍しく手を止めているレアン。やはり先ほどの属性素交感神経に関することで、もう少しのところで手の届かないむず痒さをかんじているのだろうか。
「レアン。来たよ」
「あ、うん。早速聞きたいことがあるんだけどさ」
早速切り出したレアンが言ったのは、属性素交感神経をどういう風にイメージすべきかどうか悩んでいるとのことだった。
魔力と同じように空気を漂う霧のようなもの、とイメージするのは簡単だが、それでは魔力操作とかぶってしまう。
レアンのイメージの問題なので、俺にどうこうできるとは思わないのだが……頼ってくれるのはうれしいので、素直に俺のイメージを伝えてみることにする。
「えっと、参考になるかはわからないんだけどさ。
エスティエットが言ってた通り、この世界を構成する要素の最小単位って言っただろ?」
レアンは俺の瞳を一心に見つめ、その意図を心の底からくみ取ろうとしている。俺もそれに応じいるべく、心の底から自分のイメージを汲み上げ、間違わないよう言葉を慎重に選びながら言語化する。
「世界を構成する最小単位。だったら、俺たちの目に映るすべて、いや、俺たち自身の意識もこの世界の一部で、最小単位が無数に集まってできてるってことになると思うんだ」
ひとまず俺の思うこの世界の成り立ちに先ほどのエスティエットの話の解釈を織り込みつつ、話を続ける。
「だったら、俺たちが意識できる範囲には、無数の属性素が漂っていると仮定できる。
そこらじゅうを満たしている属性素に、自分の意識を伝えるための……」
と、そこまで言ったところでレアンは俺から目を逸らし、一人で考え事を始めた。
彼女の集中力は凄まじいもので、きっと俺が今話しかけたとて彼女は生返事しか返さないだろう。
俺のイメージを聞いて、彼女の中で何か共感するもの、乃至はすとんと胸の奥に応えるものがあったのだろう。
そこから先は彼女の想像力に任せ、見守ることにした。
………
……
…
レアンが集中力状態に入ってから数秒のことだった。
俺は予想していた〔解析〕の権能を瞳に宿し、レアンの行為を観察することにした。
レアンは手でお椀を作る。
理外者である俺はその手のひらに何が乗っているのか肉眼で捉えることはできないが、理外権能の〔解析〕のレンズを通せば、そこに何があるのかわかる。
そこにあったのは、色とりどりの光の粒。それも、周囲の空間からレアンに向けて集まっているようだ。
俺は思わずその光の集合体を〔解析〕した。
〔解析対象:レアンの掌の上にあるもの。
解析結果:不自然に集まった各属性素の集合体〕
という結果が出た。各属性の内訳をみてみると、第六属性素すべてに加えて、そのほかの解明されてはいない属性素まで検知できた。
「……ねぇ、アルナ。見える?」
「ああ。見えるよ。きれいだ」
レアンの手のひらに咲き乱れる属性素の花畑。それは、彼女が全属性素を操作できる属性素交感神経を持っていることを表しているのは、明らかすぎるほどに明らかだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。
 




