第6話 森の中で出会ったそれは––––––––––。
下流に向かう水流と同じに歩を進め、約二時間ほどが経過した。
ただ歩いているだけの時間を有効活用すべく、理外権能の練習を兼ねて二つのものを作っていた。
右の腰には花の蜜が溜まる(強化アクリル)ガラスの瓶を下げ、左腰には木と石で作った剣。
もちろん二つ…いや、二つを腰に下げる留め具を含めると三つか。その三つとも〔分解〕〔再構築〕で作り上げた物だ。
服に瓶を留めるための留め具は簡単に作ることができたものの、剣はなかなか上手くいかなかった。
恐らく二つ以上の物を同時に動かして作ったために、集中力の割合が半減してしまったのだろう。
それに、構造も耐久性を加味して、幾らか複雑になっている。
大した攻撃力もないだろうが、あるとないとでは安心感が段違いだ。
先程、鹿のような生物と出会した際に、自分の肉体がどのような身体能力を持つのかどうか、それを知らなかったために変に緊張させられたことを反省した。
また興味もあったため、自分の身体能力がどのようなものか試してみることにした。
石と木の剣はなかなかの重力ではあるものの、持ち上げられないほど重たくは無い。
ファンタジー作品の見様見真似で数十回ほど剣を振ると、流石に息が切れて来たため、元の世界の身体能力とはさほど変わらないようだ。
理外の力を持っているとはいえ、そういった目に見える効果はやはり理外権能の使用時程度であり、それ以外は普通の人と変わらない。強いて言うなら、以前よりも少しばかり体が動かしやすいくらいだ。
そういえば、確認する手段が一切なかったから気にならなかったが、今の俺はどんな顔になっているのだろう。
川はあまりに透明度が固く、また雲もないため反射の加減で絶妙に顔が見えない。
かろうじて髪色が白い色をしていることくらいしかわからない。
イケメンだったらいいなぁ、とあられもない欲望を持ちながら歩いていると……。
突如鳴り響いたジェットエンジン音に近い轟音とともに、二つの影が頭上を横切った。
異常発生の次の瞬間には、ついに件の人物、世界の拡大を行う者が接触してきたのかと思い、腰の剣を構えていた。
しかし何も起きず、また次の瞬間にはすさまじい衝突音と地を揺らす振動が森を揺さぶった。
振動が剣を通して俺の体の芯に伝わり、エネルギーの大きさを強引に理解させた。
緊張状態に陥った自分の体感時間の速まりを感じ、実際には数秒しか経っていないのだろうが、数時間経過しているように感じていた。
いつまでたっても攻撃してこないことに疑問を感じ、衝撃の伝わった方向を凝視する。
これが俺の行動を読んだものだとして、俺自身の意識が及ばない……すなわち、理外権能の射程範囲外からの攻撃を行おうとしているのかも知れないという思考に至った俺は、瞬時に振り返るがそこには誰もいない。
すると、先ほど衝撃の伝わった方向から、何やら物騒な音が聞こえる。
その音は徐々に強まり、近づいてくるにつれて飛び交う二つの声が聞こえてきた。
「~~~~~~(怒り追い詰めるような声)~~~~~~!」
「~~~~~~(焦り急ぐ声)~~~~~~!」
ここはやはり異世界。
二人の間でいったいどんな意味の言葉が行きかっているのか全く予想できない俺は、木立の隙間から一瞬、二人の姿を一目見た。
片方は顔が木立に隠れよくわからないが、紺色の長髪を持つ者。
そして、もう片方は190cmはあろうかという、深紅の瞳を持つ下膨れの鼻を持つ大男。男には特徴的なタトゥーが入っている。
その形は、鮮やかな発色を持つ、紅と黒の薔薇が全身に巻き付いているように見える。
男が手に纏う炎のようなものもまた、タトゥーと同じ様相を持っている。
よく見れば、男の背中や腕、足からは無数の赤黒い茨が生えており、別の生き物のように自由自在に動き回っている。
自由自在に空間を攻撃する男。
紺色の長髪はそれを見事に搔い潜り、男の体に打撃をぶつけている。
その一撃一撃はこちらに風圧が伝わるほどのもので、しかし男は物ともせず、長髪をつかみ体を引き寄せる。
ようやく木立の裏から姿を現したのは、明らかに背丈がちいさく、まるで少女のような……というか、少女そのものだった。
容姿を正確にとらえることは厳しい距離だが、二人の動きはよく見える。
男はとらえた少女の体に、より一層燃えるようなエネルギーを大きく燃え上がらせ、その拳を少女の体にめり込ませる。
一瞬ヒットストップが見えるほどの威力で、少女はすい星のように加速し吹き飛ばされる。
少女の体が吹き飛ばされたのが、奇しくも俺のいる方向だった。
「ちょっ」
ちょっと待て、と叫ぼうとしたときにはすでに、少女の体が地面を抉りこちらに迫ってくる。
地面を抉りなお進むほどの運動エネルギーを俺の肉体ごときに受け止められるわけもなく。
ぎりぎり回避したその瞬間、目の前には異様な気配で空間を遮断しかねないほどの威圧感を持つ男が、俺の目の前に立っていた。
俺は只出くわしただけで、一切面識などないはずなのだが……男は俺をまっすぐに見つめる。
「~~~(何かを問いかける声)~~~」
しかしその言葉が俺に理解できるわけもなく、瞬時に後方から飛行してきた何かに吹き飛ばされる男は8メートルほど離れた位置で着地する。
男を吹き飛ばした存在は、こちらに顔を見せずに俺と男の間に立ち、両手を広げる。
「~~~~(何かを主張するような声)~~~~」
声の高さから女性だとわかったが、どうも違和感がぬぐえない。
そもそもこの状況がいったい何なのかつかめない俺には、二人が名どんなことを話しているのか、なぜ争っているのかすらわからない。
「~~~~(嘲り笑うような声)~~~~」
男は口角を上げ、相貌をゆがませる。
その瞬間、振り返った少女は俺を左側に押し倒す。
こちらを向いた瞬間、その少女の顔があらわになった。
「うっわ……すっげぇ美少女……」
それが、彼女の顔を見た俺の短絡的かつ直感的な感想だった。
十代前半の幼さの面影を残しつつ、深い紺の髪を腰まで伸ばし、対照的な白い肌はシミ一つない雪のよう。
猫のような大きな瞳と高い鼻筋に、適度なたわみを頬に残し、その頬に挟まれる唇もまた、これでもかというほどに可愛らしい。
神がかったほどにに美しいそれらの要素が、これまた神がかったほど美しく配置されている。
将来は絶世の、いや、傾国の美女になることが容易く予想してしまえる……まさに筆舌にし難い美しさ。
––––––––––––––––––異様な雰囲気を漂わせる幾何学的円形の虹彩さえ瞳に宿していなければ、人間と見分けがつかないであろう美少女。
そんな少女の顔を眺めるのもつかの間、俺の体は突如左側に回転しながら吹き飛ばされる。
肉体に異常な衝撃が加わり、何が起きたのか全く理解できないでいると、違和感に襲われた。
「~~~~(焦り心配するような声色)~~~~」
少女は美しい顔をくしゃくしゃに歪め、俺を見つめる。
その直後、顔には生暖かい粘液が付着する。
視界の大部分が少女の美しい容姿に覆われるも、確かに視界をよぎったそれは、長細く、肌色。
まさか、と思い少女の両腕を確認する。そこには傷つきながらも腕はしっかりとついている。
身体から熱が抜けていく感覚と共に安堵すると、視界がふらつくと同時に脳に直撃する衝撃。
少女の大きな瞳には、反射して俺の体を映している。
服には鮮やかな赤い染みが左側から広がっていて、地面には血溜まりが広がる。
ゆっくりと視界を右側に動かしていく。
––––––––––––そこには。
––––––––––––心が拒絶する光景があった。
「い、イ、あ あ あ」
もはや言葉すらままならず。
思考を犯す激痛は。
俺から理性を奪う。
「「あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"あ"ッッッっ!!!!」」
痛い。痛い。痛い。迸る激痛。
もう何も考えられなくなっていた。
胃の中の異物感に耐えられず、全てを吐き出してもなお胃液の吐瀉を止められない。
少女の顔にぶちまけてしまったかも知れなかったが、そんなことを考える余裕すらなかった。
痛みと狂気に満ちる思考の中、俺は漸く認識した。
少女は男の狙いが俺だと分かると、即座に回避させたのだ。
だが、地中から高速など生ぬるい速度で放たれたそれを、回避し切れずに。
荊は凄まじい速度と質量を伴い、断ち切ったのだ。
そして。荊に撫でられた俺の右腕が……肩口から失われた。
右腕を失ったという激痛と喪失感から、精神はついに胆力の全てを使い切って、意思力の全てを使い切った。
そのまま俺は、闇に溶けるように意識を失った。
◆◆◆
男の嘲笑う声が森にこだまする。
嘲笑と侮蔑軽蔑の含み、いつまでも私の企みが潰えたことに悦ぶ。
「「ハアッハハハァッッ!」」
「くっ…貴様っ…!」
右腕を損失し、激痛のあまりに気絶した少年を胸に抱きながら、目の前の敵に最大限の警戒を張り巡る。
まずい。このままでは彼の命は途絶えてしまう。
早く治療しなければならないが、この男…ラルクを無力化しなければ。
生体反応は弱々しい物だがまだ生きている。しかし傷からの出血量を見るに、十二分で失血死する。
治療時間を考えれば、残り十分。
「……お前が"彼の方"を裏切るとはな」
「裏切るだと?笑わせるな。私は最初からからあんな下衆に忠誠を誓ってなどいない」
当たり前だ。
あのような、区別のつかない異常者をなぜ慕わねばならない。
私の目的はもとより–––––––––。
「それで、お前の目的はその男か?
ソイツがこの世界に表れた瞬間、お前は相棒の俺を置いてこの森に向かうもんだからまさかとは思ったが」
「貴様に答えねばならない道理があるのか?」
「ハハッ。そりゃそうだ。
ったくよぉ、素直に従ってりゃ死なずに済んだのによ」
男と応酬をくり返すうちに、私は彼我の戦力を比較する。
奴に与えられた力の強力さは、私が一番知っている。
だが奴はそれを使いこなせていない。
純度の低い欠片を与えられただけの奴にはその程度しか扱えぬだろうが、それでも一手打ち間違えれば私どころか胸の中でとめどなく血を溢れさせる少年も、容易く死ぬ。
私にこいつを殺し切るだけの武装は持たない。
かつての私ならば或いは…と言ったらところか。
「逆転の目はねぇよ。諦めて死にな」
……そう言われても諦められるわけがない。
漸く現れたのだ。何年も何年もこの時を待ち侘びた、願い続けた人物が。
まだ弱く儚い存在だが、それでも私の目的を果たすには欠かせない。
こんなところで……終わるわけには……!
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