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第68話 立ち込める不安の正体

 まだ日の光も薄い早朝。

 目を覚ました俺は、朝稽古のために化粧台近くに立てかけてあった木刀を手に取る。


 しっかりとした重さの、手になじんできた木刀を右手で握り直し、そのまま扉へ向かう。

 前を通り過ぎた化粧台備え付け鏡。普段なら気にしなかっただろう。


 そこに映った俺の顔は、酷い顔だった。


 憔悴しきったような猫のような、細い輪郭。

 理性を感じない瞳。そして、固く結ばれた唇。


 胸の奥がずきずきと痛む。えぐられたように。


 やはりまだ、忘れられない。

 

 あの晩、怒りに身を任せ、多くの命を奪ったことを。

 そして何より。


 人を切りつけたあの感覚が、今もなお、こびりついている。


 ◆◆◆


 レギオ村の発展は、順調に進んでいる。

 

 ガド・ルムオンイルン大峡谷から産出される鉱物資源に加え、交易国から仕入れてきた苗や植物を使った農業。きっちり区画分けされ、それらがヌルの管理の元、計画通りに進んでいる。

 わずかずつではあるが、レギオ村の生活基準も上がってきている。どうしても農業における作物の成長に時間がかかるため、エスティエットは魔術で生育速度を高めて、食料の生産速度を底上げしている。

 その魔術は、この村には存在しないものだ。レギオ村にも魔力に優れたものがいるのだし、これを機に、村人たちへ魔術を教えてもらえないかどうか考えてはいるのだが。


 その村人たちが、どうも浮かない顔ばかりしているのだ。


 なぜなのか、それはわからない。


 思考放棄しているのではなく、本当にわからないのだ。

 ゼディアスという新たな仲間たちともうまくやれているみたいだし、今後の村発展を想像すれば、もっと活気に満ちていてもおかしくはない。それに生活水準も僅かだが上がってきている。

 なぜなのだろうか。やはり、植えつけられた他種族に対する恐怖で、心の余裕がなくなっているのだろうか。

 そうだとしても、長期的なメンタルケアをしていくしか方法がない。

  

 しかし、そうではないような気がする。

 この前、農作業を行っている村人たちが楽しそうに談笑しているところ見て、何の気なしに近づいて、話に混ざろうとしたのだが、俺が近づくと、気まずそうな顔をして作業に戻ってしまうのだ。

 俺が談笑を許さないほど厳しい人物だと思われているのだろうか。コミュニケーションは大事なので、どんどん取っていってほしいと思っているし、人心に余裕のない空間ほど、作業効率は悪くなる。

 

 彼らの目に映っているのは、たしかに恐怖などではなかった。

 しかし、それと同じくらいの何か。伏し目がちに、申し訳なさそうな表情だった。


 あれは、悔恨の念を浮かべる師匠の顔に似ていた。

 

 悔しい、申し訳ないという思いが、彼らの中で渦巻いているのだろうか。

 しかしなぜだ。申し訳ないという気持ちは、俺が抱く感情に他ならないというのに。


 俺がこの村に来なければ、ナタリアさんは命を落とさなかった。ヴェリアスを刺激する人物は現れなかっただろう。イリュエルも、内心俺を恨んでいるだろう。


 なのになぜ、彼らが申し訳なさそうにしているのだろうか。


 などという考えの巡ったのは、一人で稽古している最中のことだった。


 「……はぁ、なんでなんだ」


 刀を振る腕が止まる。

 すべてはうまくいっているはずなのに、彼らの表情はまるで曇天のようだ。

 曇り空の顔を、どうすれば晴らせるのか。


 そんなことを考えながら、俺は刀を構えなおす。


 周囲の木々の香りを胸いっぱいに吸い込み、吐き出す。

 雑念を振り払おうとかぶりを振ってみるも、やはり彼らの表情が何度も浮かび上がってくる。


 今日はこのことばかり考えている。すこしでも冷静になるために鍛錬場所をルーファス家所有の森の中で行っているのに、不安が晴れる気配がない。


 「腹を割って話してもらうか……。でも、気を使って本心を語ってくれなかったら、それこそ道が尽きるな」

 

 俺はこの村の人間とかかわりを持ってきたつもりだが、レアンや師匠に比べて、その信頼関係は浅いだろう。

 そんな俺に、本心を話してくれるのか……。


 と、疑念を抱いていると、入り口の山道から砂利を踏む音が聞こえてきた。

 レアンも魔力系スキルの練習に来たのかな、手伝おうかな、と考えている間に姿を現した人物は、俺が想像していなかった人物だった。


 「ずいぶんはやいね。まだ日も登ってないよ」

 「えーっと、確か……」


 レアンよりも幾許かに明度の高い、飴色の髪。レヴィエルとは異なり、深い色味のある色。

 その目はこの村の人間にしては珍しい、二藍色の瞳。


 名前は……ハーツ。ハーツ・レケルス。


 「……それで、こんなところにいったいどうしたんだよ、ハーツ」 

 「実はね、アルナレイト……君」

 「呼び捨てでいいよ。ハーツ」

 「そうかい?ならそうさせてもらうよ。アルナレイト。

 それでね、アルナレイト。今日の何時でもいいんだけどさ、どこか時間を空けて、ゆっくり話がしたいんだけど……いいかな?」

 「構わないけど……どうしたんだ?」

 「内容もその時に話すよ」


 話の内容を此処で話す気はなさそうということで、俺はそれ以上聞き出すことをやめて、農作業の終わる時間帯に広場で落ち合うという約束を交わし、そこでハーツは、またね、と言って帰っていった。


 いったい何の話何なのだろうか……と考えていると、レアンが入れ違いでやってきた。


 「ふあわぁぁぁ……あ、おはよ。アルナ」

 「おはよう、レアン。ここに来るってことは、スキルの練習か?」

 「うん。もう少しで新しい技を覚えられそうだからさ」

 「じゃあ手伝うよ。って言っても、俺に教えられることがまだあったらだけど」


 レアンがやってきたことで、俺は素振りを中断し、そのままレアンのスキル練習に付き合うことにしたのだった。


 ◆◆◆


 稽古が終わり、朝からエスティエットのところへ掛け合いに行っていた。


 村人たちに魔力、それを用いた魔術を教えてやってほしいと頼みに行っていたのだ。

 エスティエットは快諾してくれた。こういった機会でも、傭兵団と村人との絆を深めていければいいなと思う。

 その講義を行うために広場を使いたいと言ってきたが、もちろん承諾した。

 途中参加もOKにしているため、興味を持った人はだれでも参加できるようにしている。

 俺もその講義に出席して、魔術について詳しく聞いてみようと思っている。ヌルに聞いてもいいのだが、彼女の場合、魔術についての話を情報で送ってくれはするものの、解説はしてくれないのだ。

 なんでも、自分で学ばなければ意味がない、とか。

 俺はそもそも魔術が使えないんだし、そういうのは気にする必要はないんだけどな。


 ともあれ、俺はエスティエットとの魔術講義の約束を取り付けたのだった。


 そしてその帰路、空中船団の甲板で、窓越しに弓の練習をしている人物を見た。

 肩ほどまでに伸びたこげ茶の髪に、翡翠のような瞳。髪をかき分けて伸びる、長い耳。褐色の肌からわかる。ダークエルフだ。

 何より特徴的なのは、その弓を射る構え。


 矢を弓につがえ、引き絞る。

 その時、胸の前で引くのではなく。背中で、矢を引き絞っている。

 あんなことをして正確に当てられるのだろうか……無意識のうちに考え、呆然と見つめていると。


 バシュッ、という気持ちのいい音と共に矢が放たれ、それは的の真ん中にある赤い点、その中心をとらえていた。


 「……すごいな」


 にしても……弓、か。

 レギオ村にも弓は存在するが、魔物との闘いで弓は悲しいほどに無力だ。

 人間の膂力で引き絞れる弓では、到底魔物を貫くことはできないし、何より防がれてしまう。

 狩猟道具の一つではあるが、最近では気づかれないように近づき、魔纏戦技で一撃与える方が早い。


 俺が眺めていることに気が付いたのか、弓の練習をしている人物は振り返ったこちらを見つめてきた。

 

 名前は、ゼディアス幹部の一人、狙撃手のミタラ・シュヴァータ。

 彼女に弓を教えてもらえば、この義手の力を生かした新たな攻撃方法を見出せるかもしれない。


 とはいえ、彼女の鍛錬を邪魔するもの悪いだろう。

 手だけ振って、その場を後にした。


 ◆◆◆


 自室にて理外権能の練習を終え、鍛錬に打ち込む。

 それももう少しすれば、ハーツと話をするために広場へ向かわなくてはならないので、ほんの数回、打ち込み台に打つだけだろう。


 かぁん、かぁん、と小気味のいい音が数回鳴る。

 木こりが斧で木を打つような小気味いい音。それに釣られてきたのだろう。レアンが木刀をもって入ってきて、一本勝負しようよ!と話しかけてきてくれた。

 だが、この後はハーツとの話があるのだ。申し訳ないが、断ろう。


 「あー、わるい。レアン。この後、用事があってさ」

 「そうなんだ……わかった。どこ行くの?」

 「広場まで。ハーツが俺に話があるらしくて」

 「ハーツ、かぁ」

 「ん?」


 何か物思いに耽っているレアン。

 何かハーツに思うところがあるのだろうか。ヴェリアスとは正反対ともいえる、穏やかそうなあの少年に。


 「ううん、何でもない。いってらっしゃーい!」

 「あ、ああ。うん。行ってきます」


 レアンが引き続き道場を使うというので、掃除はレアンに任せて俺は家を後にした。


 ………


 ……


 …


 道中、やはり俺を見るなり伏し目がちになって帰る人が多い。

 俺、嫌われるようなことをしたのか。それとも、何もしていないから嫌われているのか。


 などと考えているうちに、コットンパンツとチュニックという格好で出迎えてくれたハーツ。


 「作業、お疲れ様」

 「うん、村が大きくなっていくことを実感できて、ずっと楽しいよ」


 ハーツの瞳に宿る光に嘘はない。

 彼は俺に対して何も後ろめたいものはないのだろう。では、あの村人たちの目は、なんなのだろうか。 


 「それじゃ……早速いいかな。アルナレイト」

 「ああ、話ってのは、なんなんだよ」


 ハーツは少しの間をおいて、話し出した。


 「アルナレイト。村の人たちが、君にどう思っているのか。知りたくないかい」

 「……!?」


 俺は、まるで最近の心の中を覆いつくす疑念を透かして見たのかと思うような発言に、驚きを隠せなかった。


 生唾を飲み込む。村人側に立っている彼なら、村人たちの本心を知っているだろう。

 彼らからの評価を聞いて、今後の態度を改めなければ。


 「知りたい。教えてくれ」

 「ああ。とりあえず、簡単に一言でいうと。申し訳ない、って感じかな」

 「……え、なんで」

 「その理由はね、君に、すべて背負わせてしまったからだよ」

 

 何を、という言葉が出るよりも早く、ハーツは続けた。


 「ヴェリアスの件だよ。僕たちは、君に村の問題であるヴェリアスをアルナレイトが背負ってくれた……いや、背負わせてしまった。

 村から追放するのは僕たちの総意だけど、そのあと、あいつがこの村を襲撃した。

 その時、自分たちはルーファス家、アルナレイトに守ってもらっただけで、何もできなかった。

 恐怖で動けなくなって、戦えなくて、アルナレイトに、ルーファス家に甘えていたんだよ。

 それを深く後悔する村人が多くてね。君に負い目を感じてしまっているんだ」


 もちろん僕もね。と最後につけたハーツ。まさか、彼らがそのように思っていたとは。

 

 「君の顔を見ると、彼らはその表情に宿る曇りに深く後悔して、自分を追い込んでしまうんだ」


 どんな顔をしていたのだろうか、と記憶を思い返し、今朝の鏡に映った自分の顔を思い出す。

 生気の感じない、あの顔。

 確かに、あんな顔をしていては、村の人たちを心配させるだけだ。


 「……悪かった」

 「いいや、悪いのは僕たちだ」

 

 こびりついて離れない、人を切ったという感覚。

 罪悪感が、心の裡から離れないのだ。


 だが、それでいいのか。そんなわけはないだろう。村の人たちは、その顔を見るたびに申し訳なさそうにしている、気を使わせている。

 そんなんじゃ、いつまでたっても村に活気なんて訪れない。

 

 気を使わせているってことは、信頼されている証のはずだ。だったら、俺は気丈に振舞わなくてどうする。


 俺は頬を思い切りたたき、気合を入れなおす。


 「ど、どうしたんだい?」

 「痛ってぇ……ああいや、気にしないでくれ。活を入れなおしただけだ」


 そうだ。気丈にふるまえ。心配させるな。

 不安を伝播させてはならないのだ。


 「ありがとうな。ハーツ。お前のおかげでいろいろ区切りがついたよ」

 「そうかい。ならよかったよ」

 「ああ。何か困ったことがあれば、何でも相談してくれよ。力になるからさ!」


 ハーツの背中を右手でしたたかに打つと、い"っ!という奇声を上げていた。義手の右腕でやってしまったことを詫びつつ、ハーツに再び向き直る。


 ハーツ。物腰柔らかな奴だが、自分の意思を持っている。

 何より、洞察力に優れ、状況を把握することに長けている。おそらく本人は気づいていないのだろうが、彼の言葉には、どこか警戒心を抱かせないのだ。


 俺と彼の相性がいいのか、誰に対してもそうなのかはわからないが、その才能、伸ばせば交渉役として開花するかもしれない。


 「痛いなぁ、もう」

 「はは、ごめんごめん。俺はルーファス家に住まわせてもらってるから、何かあったらいつでもいいに来てくれ」

 「うん、わかった。それじゃ、今日はお開きにしようか。そろそろ眠たいよ」


 ふわぁ、と大きなあくびをしたハーツにまたいたずらしてやろうかと近づくも、警戒されているのかすぐに口を閉じて身構えられてしまった。

 その後、眠そうだが背後を警戒しているハーツを見送ったのち、俺も家へと帰ることにした。


 帰路を辿る最中、俺は決めた。


 もう、ヴェリアスの件のことを村人たちの前で苦しんだりするそぶりは見せない。

 心配させていて、村人たちの不安と罪悪感を煽るようなことをしてしまっては、今後の村の雰囲気にも影響が出るだろうから。


 胸の奥、奥の奥にある罪悪感、殺人の感覚からくるあの喪失感。

 それらを堅牢で重厚な扉の奥へと追いやり、きつく、きつく鎖を結んで錠前を掛け、閂を下す。

 

 ガチリ、という施錠音が聞こえた。


 これでもう、あいつのことで苦しみ悩むことは、ない。


お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。



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