第67話 打つ先手
お待たせいたしました。
どうしても長期にわたって投稿を続けられない状況に置かれており、楽しみにしてくださっていた方をお待たせしてしまい、すみませんでした。
これからはぼちぼち連続投稿を再開していきますので、よろしくお願いいたします。
アルナレイトが村を離れ、鉱石資源獲得のための調査へ赴いてる間。
レギオ村では、ちょっとした交流が起こっていた。
今となっては"元"と語頭についてしまう傭兵団ゼディアスの、武具工房を担当していたカレン、並びに助手を務めるケルシーは、先日行われた歓迎会にて顔を合わせた少女、イリュエルの家へと向かっていた。
進路を辿るカレンの表情がどこか楽しげに見えたケルシーはその理由を尋ねる。
「カレンちゃん、そんなに楽しみ?」
「ええ、まあね」
彼女、イリュエルの作り上げたというこの村独特の金属剣。分類名を「カタナ」というらしいとケルシーは記憶している。
その作成過程を見せてくれると先日の歓迎会にて約束したため、こうして彼女の家兼工房へ向かっているというわけである。
ケルシーとカレンはカタナを知らないわけではなかったが、これまで見てきた曲刀のような形をしたものとは大きくかけ離れていたために、強く興味を引き付けられた。
「にしても、あんなに薄い刃でよくも折れないわね。
切れ味を重視した刀剣なのかしら……」
「そうかもしれない。でも、あんな頼りなさそうな刃、私たちの力で振ったら壊れそうなものなのにね」
「だから不思議よね……魔力を帯びているわけでもないのに、あんな切れ味を誇るなんて」
イリュエルに試し切りさせてもらった二人は、戦闘員ではないため使い勝手のほどはわからないが、現在主流である頑強かつ高重量の武器という思想からあまりにかけ離れた、いや、まさに正反対ともいうべき思想を持つその武器に、職人として興味の収まりが付かなかった。
カレンは考える。
高重量で頑強で、多少切れ味を消耗しようと気にせず叩き切ることを主とする武器。
それは身体能力に優れたものが使うことで効果を発揮し、絶大な破壊力を所有者に与える。
だが、彼女の見たそのカタナは、その思想から大きく逸脱していた。
長考の末にたどり着いた結論は、何よりも鋭さを求め、薄く、精密に無駄を削がれたそのカタナという武器は、まさしくこの地に、この場所で生きる種族にとってぴったりな武器だったのかもしれない、と。
只人種。彼らは他種族に比べ身体能力、魔力量といった大半の点で劣る。
ゆえに最弱の劣等種として蔑まれてきたのだが、彼らとて他種族と比べ、すべてが劣るというわけではなかったのだろう。
それが例えば、あのカタナを運用する上に欠かせないであろう、狙いの正確性。
他の刀剣に比べ、切断に重点を置くカタナは、高い技量がなければ使いこなすことなどできない武器の類だと、カレンは握った直感で理解していた。
求められるのは、カタナと同じように無駄のない、洗練された動き。変に力を込めすぎれば刃が歪み、逆に力を抜きすぎると刃が欠ける。
そんな高度な技術の求められる武器が、このような地にあったとは。
「カレンちゃん、ついたよ?」
思考を重ねていたカレンは、いつの間にかイリュエルの家へ到着していたことにも気づかないほど集中していたようだ。
「ずいぶん考えこんじゃったみたい。それじゃ、行きましょうか!」
かの刀剣の作成過程がどのようなものか、それを知ることで自分の今後の武器作成に生かせるかもしれないという新たな経験値の獲得に心を躍らせるカレンは、少し足早に家のスロープを駆け上がり家の戸を叩いた。
………
……
…
出迎えてくれたのはイリュエル当人だった。
作刀過程の見学を待ちきれないというカレンの様子を察したのか、イリュエルは二人を鍛冶場へと先に通し、後から飲み物を入れたコップと、水瓶の乗ったお盆をもって鍛冶場へと戻る。
三人はコップに注がれたものを飲み干すと、一息ついたのちに話し出した。
「今日は来てくれてありがとう。えっと、作刀の最中を見たいってことだったと思うのだけれど」
イリュエルが二人の目的を聞き、二人が頷くと満足そうに頷きを返す。
「うん。お父さんにも許可は取ってあるし、存分に見て行って構わないわ」
「よっしゃあ!」
「ちょっと声が大きいよ、カレンちゃん」
「だって仕方ないでしょう?」
「だとしても、女の子がよっしゃあ、なんて喜び方するもんじゃないよ……」
「いーでしょ別に。男が見てるってわけでもないんだしさー」
「あはは、元気いっぱいだね」
会話が終わると、立ち上がるイリュエルは二人に、ついてきて、という視線で暗に告げる。
口で言葉を発さなくなったイリュエルからは、どこか別人のような雰囲気が漂い始めていることをカレンとケルシーは肌で感じ取り、これから起きることを学ばなければ、と気を引き締めなおすのだった。
◆◆◆
アルナレイトは今、大峡谷の底でかつてないほどに頭を悩ませていた。
––––––––––––––––––現状を整理しよう。
俺たちが向かった大峡谷は、そこの主たるハーレレートから譲り受けた(厳密にいえば譲り受けたわけではないのだが)ことにより、多様な鉱石の大量に入手、安定供給することが可能となったわけだ。
これで鉱石資源の確保という優先事項は達成され、残る優先事項の解決は時間の問題とみていい。
つまり、大方の条件は達成され、今後に向けてレギオ村を大きく開発、発展させることが実際に可能となったわけだが。
ここで生じる問題が一つ。
ハーレレートに付き従う魔物たちの存在だ。
彼らはどうやら、俺たちが命をとして戦ってきた魔物たちとは異なり、人語(というより言語)を解し、コミュニケーションを取ることができる。
一体全体どういうことなのかわからないが、ともかく明確になっていることは、彼らは敵ではないということだ。
彼らは敵ではない。だが、レギオ村の人々からすればどうだろうか。
魔物に多くの家族を、友人を殺された彼らは、魔物に対し強い恐怖感を魂にまで刻まれている。
その刻まれた恐怖を俺にぬぐうことなどできるはずもなく。とはいえ彼らを村に連れ帰ることなど以ての外。
いったいどうすればいいのかと頭を悩ませていると。
「僕たちが過去に意思疎通できる魔物と出会ったこともありますし、一時所属していたこともあって違和感は感じませんが……」
「そうなんだよ。村人たちからすれば恐怖の対象でしかないからなぁ……」
無論当たり前のことだが、我慢してほしいなんて言いえるわけもないし、言いたくない。
村の人たちは魔物に長い間虐げられてきた。その恐怖に染まった記憶はそう簡単に忘れられるわけがないのだ。
「しっかしどうしようか……」
村人たちに魔物たちを支配させるとしても、ハーレレートはそれを許さないだろうし俺もしたくない。穏便にことを進めたいのだが、いい案が思い浮かばない。
「なぁヌル。どうする?」
今後の方針も含め、地盤を固めなければならない今、村人たちにストレスを与えるのは好ましくない。ただでさえ、なぜかレギオ村には今も重たい空気感が漂っていることも考慮しないといけない。
ヌルと俺はおそらく同じことを考えているのだろうけれど、彼女は人知を超越した存在。
きっと俺には考え付かないような策を講じるために、彼らに役割を与えるのだろう。
と、ヌルから案が飛んでくるのを待っていると。
他の皆には聞こえない通信で、俺にヌルが語り掛けてきた。
【アルナレイト。私に案を求めるということは、お前が私を買ってくれているからなのか、それとも単に怠惰なだけなのか、そこまで深き聞くつもりもないが……】
ヌルは言う。俺が無意識に避けていた本質を。
【私たちは協力者、契約者、共犯者だ。
片方が罪に塗れれば、もう片方も同じことだ】
それは責任の追及。或いは優しさだったのかもしれない。
要するに彼女は「お前の責任は私の責任でもある。だから、失敗を恐れるな」と言いたいのだろう。このような状況、失敗は許されない。だからといって、ヌルに頼りきりのままではいけないのだ。今ならまだ、失敗したとしても被害は少ないし命が失われるような危険もない、
俺は自分の甘さをまた一つ、捨てることにした。
「なあ、みんな。ここで一晩明かさないか?」
「というかまあ、峡谷の外は危険ですからね。野宿はここになりますけれど」
これで一晩時間は確保できた。
ヌルに必要なことは聞くとして、俺なりに、この世界で生きてきた常識と照らし合わせて考えてみることにしよう。
俺はひとまず、これまでの自分とは決別するために、ヌルに頼ろうという思考はいったん捨てることにした。
そして、俺が今取るべき判断は、おそらく。
みんなの視線がこっちに向き始めた間に、俺は理外権能で〔解析〕する。
対象を定め、その効果が発揮される。
想定していた通りの答えが開示されると、その情報をもとにみんなへ指示を出すことに。
「今ここは、ハーレレートが長年放出し続けた魔力が色濃く染付いていて、ほかで発生した魔物とか、おそらくは他種族も入ろうとは思わないはずだ。
だから、今のうちにどんな鉱石が採れるのか精査しておきたい。
俺とヌルはやることがあって手が離せないんだが、元傭兵組と、地理に詳しい魔物とで調査をしてきてくれないか?」
ちょうど、鉱石を探す眼になるミタラも、博学なエスティエットも、足になるユウトもいるのだ。そこにここに詳しい魔物に案内してもらえれば、どんな鉱物が採れるのか調査するのは容易だろう。
彼らにそれを任せることにした。
三人は快く承諾してくれて、すぐさま調査へと向かった。
その間俺は、魔物たちの有効活用について思い浮かんだ策を、ヌルに話すことにした。
………
……
…
俺の考え付いた策は、成功すればかなり今後の役に立つし、村人たちと魔物たちの両方を尊重したものである……はずだ。
もちろん、元はただの学生だった俺の案なので綻びはあるだろうが、それはヌルと突き詰めていくことになっている。
そして、その案というのが、
「魔物たちで、別の国を建国する……か」
そう。今後の方針を考えた結果、この策が俺の思いつく一番の答え。この峡谷付近に魔物たちをとどまらせ、魔物の村を形成する。というものだ。
この策は、今後起こるであろうレギオ村、いや、レギオ国(仮称)に集まるであろう注目をそらすための、いわば生贄だ。
とはいえ本当に生贄として切り捨てるわけではなく、緊急時にはレギオ村の近くに避難所を作り、そこに移動させる。
村人たちのことを思えば苦渋の決断であったが、俺たちの目的を考えれば、捨てていい戦力などないのだ。
イリュエルの情報によると、魔物による国家というものは今現状この大陸には存在しておらず、台頭してきてもおかしくはないらしい。
ならばその予感を俺たちが利用してしまえばいい。魔物たちは種族全体でみれば弱いが、その成長性には目を見張るものがあるという。
魔物は魔力や、そのほかのエネルギーをもとに「進化」を行えるという。その進化を繰り返した果てには、他種族に劣らない身体能力や固有能力を獲得する……かもしれないらしい。
であれば彼ら魔物を放棄するのは愚かな行為だ。いずれ来るヌルの目的のため、戦力確保は今のうちから始めていくべきだろう。
その上で必要になってくるのは、彼らを住まわせる場所についてだ。
理想はレギオ村の近くに生活圏を確立することだが、魔物に強い恐怖を刻まれている村人たちには靴となってしまうかもしれない。
なので、俺が今ここにいるこの峡谷に、偽装した魔物村(仮称)が攻撃された際の避難所兼、彼らの本拠点としても活用することにした。
この峡谷は彼ら魔物の勝手知ったる地だ。鉱石の採掘も彼らに任せよう。運搬は傭兵たちに担わせるとして、この地は彼らの生まれ故郷。彼らを進化させるにもこの地が最適だろう。
あくまでこの峡谷に住まわせるが、偽装の居住地は少しばかり遠く離れた場所に設営する。
そうすることでこの峡谷に気づかれにくくなるだろうし、そもそもこの峡谷に魔力を戻せば、誰も入ろうと思わないだろうしな。
ヌルは少し俯いた後、こちらに顔を向け、
「悪くない。これならば今後打てる手の数も増えてくるだろう」
といいながらサムズアップ。
その仕草が珍しく、思わず目を見開いていたのだろう。
ヌルは真顔のまま顔を傾ける。
「む、こういう時は親指を立てるのではなかったか?」
「あ、いや、間違っちゃいない。
ただその、そんなことなんて今までしなかったから珍しくてな」
こほん、と咳をして話を切り替える。
「それでだけど。ハーレレート。
俺の今話した作戦には、君の協力が不可欠だ。
協力してくれるかい?」
横で話を聞いていたハーレレートは、ヌルと同じように親指を立てて了解してくれた。
「まかせてよ。私の魔力から生じた彼ら、使って良いんだよね?」
「ああ。もともとそっちの人員だしな」
「わかった。えっとじゃあ」
ハーレレートは近くに居た魔物の中でも、一際体の大きな者を近くに呼び付けた。
彼らは人に蛇の要素をちりばめたような容姿で、遠目でみれば人間とほとんど違いはない。
だが、細かい鱗に特徴的な瞳孔で、すぐに人間ではないと判断できてしまう。
「いかがなさいましたか。我が創造主様」
「君にはみんなのリーダーになってほしいの。
だからこれ、あげる」
ハーレレートは掌を差し出す。
その上に乗っている禍々しい宝玉のような物は、俺含めみんなの視線を集めている。
ハーレレートは説明するそぶりを見せないため、仕方なく〔解析〕することに。
脳内に開示された情報は。
〔解析結果:対象名 世界蛇の毒宝玉。
スキル『世界蛇の慟哭』を応用して作成された半物質。
この球体に封られたエネルギーを吸収し、適応したものは世界蛇由来の能力を獲得する〕
というもので、スキルにはそんなこともできるのかと思った。
相変わらずだが、スキルや魔力に関して、使えない分どうも実感を得にくい。
ともかくとして。
彼女が眷属に与えようとしているのは、自分の力の一端らしい。
ハーレレートは、自分が一人ずつ指示するよりも、リーダーを決めて全体を動かそうという考えらしい。
「こ、これは……!!
私めがこのような貴き物、戴いても宜しいのでしょうか!?」
「いらないなら、ほかの子にあげるけど」
「いえ!!有り難く頂戴致します!」
ハーレレートが、下がっていいよ、と言った後は、後生大事に持ち続ける勢いで大切そうに持っていた。
周りの魔物たちが羨ましそうに見ていたが、流石に全員に渡すほどの力は、今の彼女にはないのだろう。
「彼らにまずは村を作らせて、そこから生活基盤を整えさせていく形にするけど、それで問題ない?」
「そうだな。物資に関してはこっちの村から援助するとして、連絡係にはレヴィエルを使ってくれ」
俺がレヴィエルの名前を出すと、それを感じ取ったのか彼女が姿を現した。
「いかがなさいましたか?」
「レヴィエル。お前には今後、魔物の村とレギオ村との情報伝達係になってほしい。
お前の空間転移能力があれば可能だろ?」
「は、容易きことにございます」
あの案をヌルに共有した後、具体的な指示をハーレレートから宝玉を与えられた魔物に与えるために、まずはハーレレートに伝えておく。指示系統のようなものがあるかどうかはわからないが、一応彼も見ず知らずの俺に命令されるのは気に食わないだろうということを配慮してだ。
俺も初めてのことなのでヌルと相談したり現場の状況を聞きながらの手探り進行だが、これも俺にとってはかなりの経験値になるはずだ。
早速彼らには働いてもらうことにした。
行こうか彼らに任せることにして、俺たちはひとまず帰還することに。
………
……
…
俺たちが帰還したころにはすっかりあたりは暗くなっていたが、村人たちはその時間ぎりぎりまで農作業を行っていた。
今日の見張りを務めていたレアンとジークは何やら親しげに話していたが、俺の姿を見ると元気そうに走り寄ってきた。
レアンの話を頭半分に聞きながら、というか頭半分にしか聞こえないのは、やはりジーク。彼の身に訪れた不幸の責任が俺にあるという罪悪感からくるものだろう。
ジークが珍しく微笑みながらレアンの話を聞いていた。
ナタリアさんの妹のように感じていたというレアンに、ナタリアさんの面影を重ねているのだろうか。
彼らのためにも、俺がもっとしっかりしなければ。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。
次話投稿は明日中になるかと思われます。
 




