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第65話 世界蛇

 この牢獄に囚われて、そろそろ千年が経とうとしている。

 それなのに、私は一人、孤独にただ生きているだけ。

 死ぬことも許されず、自分の力の流出を止めるすべもなく、徐々に衰弱してゆく。


 いつになったら意識を手放せるのだろうか、と考えるときにいつも脳裏をよぎるのは、私をこのほの暗い谷底へと封印した、一人の男の記憶。


 声が蘇る。


 「お前に恨みはないが、世界がお前を恐れている」


 無機質な声の残響は、頭の中だけで跳ね回っているはずが、それは耳を、あるいは皮膚による音の感知を伴う幻覚がある。


 「お前の存在は、今の世には強大過ぎる。だが、数千年もすれば、お前のを受け入れられるものたちが現れるはずだ」


 私を封印した名も知れぬ男の声だけが、私を生かしていた。

 この牢獄から解き放たれると、信頼性なんてこれっぽっちもないその男の言葉を信じていた。


 これまでに私を封印した峡谷へ訪れた者は全くいないわけではなかった。

 だが、私を覆う結界はいかなる者でも解除することはできず、私自身がまき散らした魔力に汚染され、死亡するか、魔物と化して峡谷から出ていくか。

 この千年間で私の学んだことは、それだけだった。


 そしてまた、これまでと同じように峡谷へ踏み込もうとしている者の気配を感じた。

 今の私は、もう解放されることなど望んではいない。


 私がこうなってしまう前にかかわりのあった人たちはもう死んでしまっているだろうし、もしかすると、私はこの世界で最年長なのかもしれない……。

 ま、そんなことはどうでもいいか。

 

 ともかく、救われることは望んでいないし、逆に私の魔力に当てられて死んでしまうなんて寝覚めが悪いし、とおもって魔力に威嚇を載せているのだけど、なぜか今回の人たちはそれでもお構いなしに入ってきてしまうみたい。

 

 ……ん……んん!?


 私は千年間であったことのない出来事に遭遇した。

 峡谷に満ちているはずの、膨大な量の私の魔力が……一瞬にして消え去った。


 ばかな、そんなことはありえない……はず。

 

 ありえないという自分から出た言葉と、なぜか男の声の残響が一層強まり、一つの考えが私に降った。

 あの男の言う、私を受け入れられるものが、現れたというのか。


 今はもう魔力感知を通して峡谷に足を踏み入れた人数も把握できないが、分からない、という感覚に私は興奮を覚えている。

 ……もしかすると、ほんとうに。


 私は少しだけ、期待することにしたのだった。


 ◆◆◆


 峡谷に足を踏み入れた俺たちは、まず最初に地質調査を行うことにした。

 俺の〔解析〕とエスティエットの魔術を同時に行使することで精度を上げることに成功し、地質調査はものの数秒で終了することができた。

 

 結論から言うと、俺たちはこの巨大峡谷を鉱物資源の採取場所に決定した。

 どうやらこの峡谷、東西南北あらゆる大陸の方位から伸びるプレートの鉱脈が集中しているようなのだ。

 しかも、深度ごとに採取できる鉱石の種類が多様に変わる。

 希少金属とされる種類も、汎用的に用いられる鉄、銅などの金属も、ファンタジー世界にあって当然の、魔力を含む金属を生成可能な鉱物も確認できた。

 とりわけ魔力鉱物の魔力濃度が高く、売ればかなりの値段になるという。

 

 これはかなりありがたい。

 俺には扱えないが、鍛冶師たちとゼディアスの武器工房を任せられる者たちに金属を加工させれば、魔力の性質を生かした武装の類を作成可能になる。

 もちろんそれに伴って採掘班の設立を行わなければならないが、そこは傭兵たちの肉体強度があれば問題はないだろう。

 しいて問題点を挙げるなら、ここには魔力濃度のせいで強力な魔物が出没すること、そして、谷の側面は非常に険しく、洞穴は十中八九魔物の住みかとなっている。

 とはいえ、この世界での魔物は種族全体の中では弱い種族であるため、傭兵たちの敵ではないし、府飛行魔術を持つものならば安全に着地できる。

 エスティエット、ミタラは浮遊魔術を使用し、ユウトは背中の龍翼で、ヌルは脚部を換装したブースターで着地に成功し、俺はいけそうな気がしたので、思考速度の〔加速〕を生かした逆ロッククライミング。理外権能で足場の作成の練習にもなったし、見知らぬ場所を開拓するのはいい経験になる。


 谷底にはもはや液状化した魔力ともいうべき魔力濃度の川が流れていた。

 付近は谷の壁のような連なる剣山のような様子とは違い、比較的平らな場所が多かったので、そこで一息つくことに。


 一応警戒態勢は保つため、俺とヌル以外が床に腰を下ろしたとき、優斗は開口一番、


 「アルナレイト、お前どうなってんだよっ!?」


 と驚きを口にした。

 俺は何を言っているのかわからず首を傾げたが、続くユウトの言葉で彼の言葉の意味を理解した。


 「あんな平らな場所もない鍾乳石の剣山を、何の道具も使わず降りられるわけねぇだろ!」

 「いや、そんなことはないぞ。足場も作ってたし。

 まあ確かに足で掴んでいた鍾乳石が折れたときはさすがにヒヤッとしたけど」


 さっきのことを振り返る。

 たしかに着地時点で揺れた感覚はあったが、まさか数秒も立たずに折れるとは。

 義手の筋力でとっさに近くの鍾乳石を掴んでバランスを取らなきゃまずかったが、成功したのでいいだろう。


 「見ているこっちがひやひやしましたよ……。

 アルナレイトさん、体の使い方に無駄がないんですね。

 身体能力で正面突破をしかけるユウトにはできない芸当です」

 「はは、まあ練習すればだれでもできるさ。

 それで、エスティエット、さっきのことだけど」

 

 俺とエスティエットは先ほど地質調査を行ったときに気づいたことがあった。しかし移動中ということもあって落ち着ける場所へ行ってからそのことを話そうと言ったのだ。


 その気づいたこととは、


 「はい、川の上流から流れる気配……間違いなく何かがいます」

 「やっぱりか」


 この巨大峡谷、ガド・ルムオンイルンの鉱脈を調べる際、一度峡谷全体を〔解析〕したとき、上流の方に謎の空洞が広がっていた。

 地形を〔解析〕しただけなのでその形しかわからず何がいるか判断できなかったが、エスティエットの魔術にはその空間には何かがいるという反応があったようだ。


 「明らかに人工的に作られた洞穴に、強力な結界術の反応がありました。おそらく何かを封印しているのでしょう」

 「……川の上流から濃い魔力の流れも感じる。もしかすると、この峡谷に満ちていた魔力というのはその結界から漏れ出したものなのかもな」


 これからここを鉱石資源の採掘場にしようというのに、魔力のあふれ出る謎の結界があるなんて知れれば、警戒して作業も滞る。

 できることならば結界の向こうにある何かを突き止めてからでないと、もし何かあってからでは遅いのだ。 


 「気は進まないけど、行くしかないな。全員、戦闘を想定した動きを頼む」

 

 俺は刀を抜刀し、エスティエットは掌に構築途中の魔術陣を浮かべ、ミタラは弓を構え、ユウトは光で構築した剣を手に持った。


 「……よし、いこう」


 戦闘を避けるためにヌルは俺の後ろにつき、理外の力を持つ俺が先頭を歩く。

 川に落ちないよう上流に向かって一歩を踏みだす。俺に有効な有毒ガスの有無を〔解析〕にて確認し、用心に用心を重ね、ヘッドギアを装着する。

 ヘッドギア内のディスプレイに可視化された魔力は、俺が分解したばかりなのに周囲を満たしつつあり、崖上から差す光を捻じ曲げ、周囲は徐々に暗闇へと堕ちていく。


 「……不気味だな」


 洞穴に入った俺たちは、最奥からの風音が反響しているのだろう、地の底から響く怨念のような声に鼓膜を震わせた。

 

 「怖い……いや、怖くない……怖くない」


 自分にそう言い聞かせるミタラの肩は少し震えている。


 それからというもの、恐怖心をかきたてる雰囲気ではあるが、魔物も現れない洞穴を進むこと四十分ほど。

 

 「そういえば、ユウト。

 お前はさっき"飛び込んでしまいそうになる雰囲気"がするって言ってたよな。

 今もそう感じるのか?」

 「ああ。洞穴の奥へ進むほど、その気は強くなってくる。

 だが、罠や魔物が待ち受けているわけでもない……どういうことなんだろうな」


 殺人級の魔力を放ちつつ、それでも自分の元へ誘う。

 だとすれば罠の一つくらいあってもいいだろう。だが何もない。

 その不気味さが恐怖心を一層強くする。


 「エスティエット。対象との距離は後どのくらいだ?」

 「もうすぐそこです」


 俺はそう聞いてすぐに前を向いた。

 大きな曲がり角があり、奥の壁は何やらタイルのようなもので整備されているようだ。

 俺は壁に密着しつつ、その奥にあるものを〔解析〕に掛ける。

 すると、曲がり角を曲がり少し先にあったのは、俺の身長を何倍も超える巨大な両開きの扉だった。

 禍々しい扉の表面は黒曜石のように黒く、しかもところどころ蠢いている


 「……なんだこれ」

 「さぁな」

 「僕にもわかりません」 


 取手はなく、蠢く表面は外部の存在を嫌っているのか、ユウトが近づいた途端、蠢いていた何かは一斉に棘になってユウトに向いた。


 「うお、なんだこりゃ」

 「ヌル、これが何かわかるか?」

 「……ただの扉のようだが、表面に侵入者を拒むよう液体金属に魔術で命令を与えている。

 アルナレイト。お前なら破壊できるはずだ」


 たとえいかなる物質であっても、魔術であっても、俺の持つ理外の力による干渉を弾くことはできない。

 俺は何かの役に立つかもと思い、〔分解〕と唱えた。

 すると扉は蒼白い光となり、外郭を失い消えた。


 「よし、いこうか」


 俺は再び前方を警戒しつつ、扉の奥へと進むことにした。


 ………


 ……


 …


 扉の奥にあったのは、巨大な湖だった。

 天蓋には希少な鉱石の放つ光が散りばめられ、星空を作り出している。

 その真下に広がる輝く水は、透き通るほどの清涼。

 湖のそこには繫茂する海藻も魚も、もちろん魔物の一体もいない。ただひたすらに美しい液体に満たされている。 


 「……エスティエット。この先の高濃度な魔力は人体に毒でしかない。

 中和する術がないのなら、入り口に戻ったほうがいい」

 

 俺はこの中で唯一の普通の只人であるエスティエットにそう呼びかけたが、思いのほか彼は平気そうだったので、その理由を聞いてみる。

 

 「僕自身の魔力回廊の許容量を超えている魔力量でしたので、杖に魔力を吸収させることにしました。これならあと五時間くらいは持ちそうです」

 

 とのことなのでおそらく大丈夫なのだろう。

 俺は周囲に漂う理外の力があるので大丈夫なので、魔力中毒に気を欠ける必要はなくなった。


 俺は割いていた意識を目の前に戻し、湖をよく観察することにした。

 

 試しに〔再構築〕した石ころを湖に投げてみる。

 すると、水面に触れて水面に波を残したものの、それ以上石は沈む様子はなく、とはいえ波に揺られているわけではない。


 どうやら、水面の少し下に薄い膜のような結界が張られているようだ。


 そして、この湖から徐々に魔力が漏れ出ていることに気づいた。


 「……これが魔力の出どころみたいだな」

 「ええ、それで、どうします?こんな高濃度な魔力のあふれ出る地脈、他にはありませんよ。

 利用しない手はないでしょう?」

 「でも、誘うような気配があったのなら、その気配の主がどこにいるのか調べないとな」


 とはいえ曇り一つなく透き通る湖の中に異物があれば見落とすはずだ。

 一応隅々まで探してみるが、ここでは何も見つからないだろう。


 「……あれ、なんだろ」


 最初に気づいたのはミタラだった。

 彼女が気付いたという水中に漂う遺物を見つけるために必死で目を凝らし、ディスプレイの視界拡張機能を使用し視界をズームアップしてようやく気づいた。

 湖の真ん中、目を瞑り仰向けになっている女性の姿を。


 「……こんな湖に封印されているんだ、人間の形はしていても、人間ではなさそうだ」


 しかし、彼女が何者なのか、それは俺たちにとって非常に重要だ。

 調べないという選択肢などない。


 しかし湖に罠がないという確証も得られない。

 どうしようかと思っていると、ヘッドギア内部のディスプレイに表示が浮かび上がった。


 「……思念波を感知?どういうことだヌル」

 「あの人型から、強力な思念の波が発せられている。理外の力を持つお前には聞こえないだろうが、お前以外の全員に聞こえているぞ」


 そうだ、俺の持つ理外の力は、このような現象も聞き取ることのができないのだ。

 ヌルが思念波を可聴化するとのことで待っていると、ノイズすらない澄んだ女性の声が、これ以上ないほど鮮明に聞こえてきた。


 「きみたちが、わたしの魔力を消したひとかな。

 だとしたらすごいな、そんなことできるひと、千年前にはいなかったから」


 封印されてるってのに元気な奴だ。


 「ヌル、俺の思念を封印されてるやつに伝えることは……」

 「可能だ。既にやっている」


 恐ろしいほど手際のいいヌルに感謝しつつ、俺は呼びかけることにした。


 「やあ、こんにちは」

 「やっと返事が返ってきた……嗚呼、千年間で寂しかったなぁ……」

 「ってことは、あんたは千年もこんなところにいるってことか!?」


 おどろいた。こんなところに千年間も閉じ込められるなんて、俺だったら確実に発狂している。


 「えーっと、こういうときなんて言えばいいんだったっけ……。

 いや、ここは威厳を保つために、名乗っておこうかな」

 「威厳……?」


 俺は思わずそう口にしていたが、相手には聞こえていなかったらしい。

 そしてそのあと、彼女から名前が語られることとなる。


 「わたしの名前は、ハーレレート・ヨルムンガンド。

 嘗て世界が戦火に包まれる頃、世を締め上げた世界蛇……さ」


 と、どこかで聞いたことのある名前を持つ彼女は、そう名乗ったのだった。

お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。



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