第64話 ガド・ルムオンイルン大峡谷
ゼディアスの加入によって、レギオ村の発展は大きく加速することとなった。
レギオ村の発展を妨げていたのは、深刻な人員不足、食糧不足、資源不足であった。
これらが改善されない限りこの村の発展は不可能であり、それをどうにかするべきだと俺とヌルは考えていたのだが、彼らゼディアスはそれを解決してくれたのだ。
まず初めに、人員不足に関してのことなのだが、傭兵団ゼファンズは戦闘員、非戦闘員を含めると総員160名からなる巨大な組織であり、総員の約8割が戦闘員である。
そのため頑強な肉体を持つものが多く、また他種族ということも相まって、その肉体性能は只人を裕に超える。
その肉体をもって農作業に従事すれば、只人だけで行うより何倍もの速度で農地拡大できる。
しかし、彼ら他種族を働かせるうえではデメリットもある。
それは……食糧消費量が倍増するということだ。
彼らは只人より何倍もの身体能力を持つが、その能力を発揮するとなれば、その分の食糧も消費するのだ。
今のところ、ゼディアスがため込んでいた食料で何とか賄えているのだが、それも無限ではないのだ。
食料の安定大量生産は最優先にすべきことであるだろう。
もちろんそれらの作業効率を維持するための道具も必要だ。
レギオ村がリサイクルし続けている鉄と木の農具は、只人にはちょうどいいものなのだが、彼ら他種族の肉体では、その耐久性に難がある。
ゼディアスには武装の修理や開発用に鉱物資源を備蓄してはいるものの、その量がなくなってしまう前に鉱物資源の確保も優先事項に挙げられる。
これらの問題を解決するために、俺たちレギオ村は、このアレイン平野の探索を行うことにしたのだ。
理由は、資源採取のポイントを見つけるためだ。
ヌルの話によると、レギオ村から少し西に行ったところに、手つかずの峡谷があるという。
確か名前は……ガド・ルムオンイルン大峡谷。
あそこは何故か高濃度な魔力が谷底から湧き出ていて、強力な魔物の住処と発生源となっているらしい。
俺たちが戦った蟷螂型の魔物や、熊の魔物のような、魔力濃度の低い地上ではなく高い魔力濃度のある場所で生まれた魔物。
その魔物は、地上で生まれた魔物の何倍もの強さを持つだろう。
きっとそれは、アリアロス大森林で遭遇した魔物よりも強力なはずだ。
だがこちらにはゼディアスの戦闘員がいる。
彼らの強さを確かめるいい機会にもなるだろう。
………
……
…
早朝。俺はガド・ルムオンイルン大峡谷へ向かうメンバーを集め、打ち合わせを行っていた。
「全員そろっているな?」
探索メンバーは、レギオ村からは俺、ヌルの二人。
ゼディアスからは、ユウト、エスティエット、ミタラの三人で、合わせて五人。
残ったメンバーには村の警備を任せている。
なぜこのメンツにしたのかといえば、安全性と危機管理能力、そして戦闘力を考えてだった。
俺は直接出向くべきだし、ヌルはそれについてくる形だが、ユウトとエスティエット、そしてミタラは戦闘員としてかなり高い実力を持っているらしいとのことで選んだ。
「時間通りに全員揃いましたね。ユウト、もっと緊張感を持ってください」
「そうはいうけどな……ふわぁ……」
これから未開の地形へと赴くというのに、全く緊張感のないユウト。
彼の余裕はやはり、その強さからきているのだろう。
剣を打ち合って分かった。彼は自分の戦闘センスだけで今まで生き残ってきた。師匠というのがいないのだ。
ゆえに先入観を持たず、教えがなかったからあらゆることを想定して動いてきた。
その野生の感覚と戦闘センスが、彼をあそこまでの強者として押し上げているのだ。
「みんな、忘れ物はないか?」
「はい。高級ポーションも持ちましたし、今日は杖も持ってきています」
エスティエットが手に持っているのは、自分の背丈よりも高い杖。頂点部が布で包まれているため、その形を正確に把握することはできないが、質感や重厚感から通常の杖などとは比べるべくもないほどの代物であることは容易に理解できる。
しっかりと用意をしているエスティエットに比べ、普段通りの軽装であるユウト。
そして、腰に矢筒を差し、背中に複雑な歪曲のある一風変わった弓を持っているミタラ。
「弓矢……か、魔力を用いずに遠距離攻撃できるが、矢の数に限りがあるというのが怖いな」
弓使いは、遠距離でこそ強さを発揮する。
だから俺は、ユウトと俺を前線、エスティエットとミタラを後衛として考えている。
一応背後からの攻撃に備え、ヌルを後方に置く陣形を取っているが、もし接近されたなら、一番大きな被害を受けるのは彼女になるだろう。
とはいえ、魔術師として最高峰の能力を持つエスティエットがいるのだから、敵性存在を見逃すことなどないだろう。
全員に陣形を伝えると、ミタラは最初に不満を漏らした。
「あのぅ、そもそも私、超遠距離の狙撃が得意ってだけで……動きながら戦うのはあまり好きじゃないといいますかぁ……」
「ですが、あなたの射撃精度は90%以上を保っていますでしょう。大丈夫ですよ」
「だんちょー、私はそういう話をしてるんじゃないんだけど……」
不満を漏らしているが、そもそもの話、魔物より何倍も強いエルフが、背後から攻撃を受けたとてかすり傷にもならないだろう。
この探索で最も危険なのは俺なのだが、彼女は小心者のようだ。
「それじゃ、そろそろいこうか」
「えぇ~。部屋でゴロゴロしたいのにぃ~」
不満を言う彼女を宥めながら、俺たちは件の峡谷へと向かった。
◆◆◆
峡谷を目指して9時間ほど。
ユウトが言うには飛べば五分とかからない距離らしいが、休憩を挟みつつたどり着いた。
道中は魔物に遭遇したものの、ユウトが威圧するだけで逃げ去っていったため、特に体力を消費することはなかったはずなのだが、
「あ、足がパンパン……太くなっちゃうじゃん!」
「もともと太いだろ」
「へっ、そんなんだからユウトはモテないんだよっ」
「なんだとお前、前みてぇに抱えたまま高速飛行してやろうか?」
「ふん、あんなの何回やっても怖くないし。今度したら私の弓が黙ってないよ」
「その弓はしゃべらないだろ」
などと日常的な会話をしているが、俺からしてみれば、他全員の歩行速度が全く落ちなかったことに驚きを隠せない。
やはり他種族。体格にさほど差はないとはいえ、その性能は天と地以上の差がある。
「大丈夫ですか、アルナレイト。
疲労がたまっていれば、峡谷を降りるのはもっと危険になりますよ?」
「この程度じゃへばったりしないさ。というかエスティエット。お前も見かけによらず、結構体力あるんだな」
そういいながら彼の子どものような足に視線を向けた。
すると彼の脚部には、うっすらと緑色の膜が覆われていることに気づいた。
「まあ僕は身体強化の魔術を付与していましたからね。肉体の恵まれない魔術師は、知恵を巡らして不足分を補うのです」
まあ、ユウトほど素早く動けるわけではないんですけどね、と言いながら、懐から取り出した瓶に入った青い液体を口に含むエスティエット。
色味が水ではないほど濃く、なんなんだろうと見つめる。
「さて、魔力も回復しましたし、僕の準備は終わりました。
ユウト、ミタラさん、アルナレイトさん、ヌルさん。準備はできましたか?」
ミタラは口でああいっているが、きっとそれほどつかれていないのだろう。
汗一つ浮かべないヌルとユウトは大丈夫だろうし、俺も先ほど脚部の疲労を〔分解〕しておいたので問題はない。
「みんな問題なさそうだな。
それじゃ、行こうか」
小高い丘で休憩を取っていた俺は、立ち上がって進む。
三分ほど歩くと、そこから先は抉られたように地面が消失しており、向こうの崖がよく見える。
下を見下ろすと、深淵が如き暗闇で最下層部を覗かせないほどに深い、巨大な亀裂が左右に走っている。
霞むほどの深度に落ちたらどうなるのか……と興味津々に、近くの石を谷底へ向けて投げてみる。
数分経っても音の反響すらない。
ユウトが俺の隣まで歩いてくると、下を覗き込んで顔を引きつらせている。
「すっげぇ魔力濃度だな……そりゃエスティエットが近づけねぇわけだ」
「ん、近づけない?なんでだ」
「知らないのか?高濃度過ぎる魔力は肉体に猛毒だ。魔力回廊で制御しきれない魔力は、肉体に影響を及ぼすのさ。
ミタラの両目がいい例だな」
確かにそういえば、彼女の両目はどこか他とは変わっている気がする。
俺は気になって、後ろにいる彼女の両目をじっと見つめ、あることに気づいた。
やはり昨日気づいていた、わずかに光っているように感じたのは気のせいではなかったのだ。
「でも、彼女に何が起きたんだ?」
俺がそう疑問を問いかけると、濃い魔力濃度もへっっちゃらといった様子でこちらへ歩いてくるヌルが説明を始める。
「あれは"魔化現象"と呼ばれるものだ。
強力な魔力回廊は身体の臓器に何らかの影響を及ぼす。通常それは大した能力の獲得には至らないが、極めて稀に、高い能力を獲得する場合がある。
彼女の瞳には、魔力のある場所限定だが、超遠距離まで正確に光情報を捉えられるという能力がある」
だから遠距離狙撃に優れているのか……と結論付けてしまいそうになったが、それでもその能力を生かして長距離狙撃を行うのは、いくら魔力という力が存在しているこの世界でも難しい行為だろう。
弓の扱いに関しては視力は関係ない。彼女自身の努力の賜物だろう。
きっとゼディアスには、俺が学ぶべき長所を持った人たちがたくさんいるはずだ。
時間があるときに、彼らに教えを乞うことにしよう。
「まさかこれほどの魔力濃度とはな。
どうする?アルナレイト」
ミタラとエスティエットがいなければ、この探索は支援のない厳しいものとなる。
「つか、この魔力濃度は明らかに異常だな」
「まさか、人為的なものだとでも?」
「ああ。自然に発生した魔力には気配なんてものないんだが、この魔力には奇妙な気配がありやがる。
気を抜くと、いつの間にかこの谷に飛び込んでしまいそうな」
谷底に誘う気配があるのなら、そこには何かがいて、その何かは俺たちを底へ誘っている…という妄想が働いてしまう。
それがもし本当だとして、この状況を鑑みれば底にいる奴の考えていることはおおよそ想像がつく。
しかし、ここの調査に来ている以上、俺たちはこの峡谷へ足を踏み入れねばならない。
幸い、この殺人的な濃度を誇るという魔力の対策も思いついたことだ。
ひとまず魔力をどうにかしよう。
俺は感じ取れない魔力がこの谷に満ちているとイメージし、それを〔分解〕した。
その瞬間、谷は蒼白い粒子に満たされた海という幻想的な光景を作り出し、そして次の瞬間には空間に溶け入るように消えた。
一応〔解析〕してみるが、もちろんそこには魔力はない。
「よし、行こうか」
レギオ村の発展に関わることだ。気合を入れなきゃな……と、思いつつ後ろを振り返ると、ヌル以外の全員が目を大きく見開いていた。
「なにが……。何が起きたんですか」
「すっごく気持ち悪かったのに……なんか一瞬で魔力が消えた」
横のユウトは乾いた笑いを繰り返しながら、
「はは……お前……何者だよ」
と、若干怖がられているような感じがした。
「アルナレイト、何かする前に言え。お前の力は彼らにとっても異常過ぎる力なのだから」
「そうだったな、すっかり忘れてた」
俺には魔力が何か感じられないから、どんなことしたのかというイメージがいまいちつかめない。
あとになって聞いたのだが、あれだけ膨大且つ高濃度な魔力が一瞬にして消えるというのは、異常すぎる出来事だったようだ。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。




