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第63話 歓迎の宴



 日もすっかり落ちたころのこと。

 村にはきらびやかな装飾がなされ、それが闇に包まれるはずの村をあたたかな光で照らしている。


 レギオ村では、宴が行われていた。


 村の上空にはゼディアスの母船。

 小さな村に町ほどの大きな飛行船団が停泊しているという奇妙な光景だが、それは幻想的で、最早神秘的ですらあった。


 そんな中、村人達と傭兵達は酒を片手に、あるいは豪華な料理をつつき合い、親睦を深め合っていた。

 俺の思っていたほど彼らは他種族に恐怖しておらず、これなら俺が一肌脱ぐ必要はなさそうだ、などと考えながら、広場より少し高い位置にあるスペースに置かれているベンチに一人腰掛けていた。


 「お前は混じらないのか?」


 背後から俺に声をかけたのはヌル。

 珍しく、というか彼女が飲み物を持って歩いているのを俺初めて見た。


 「ああ。いいんだよ」

 「そうか」


 何も言わずに俺の隣へと座るヌル。


 どうも彼らの輪に混ざろうという気が起きないのだ。

 その理由は、自分でも気づいている。


 「……これでよかったのかな」


 無意識に零した一言。


 彼らゼディアスが仲間に加わることは、今後のレギオ村の、ひいてはヌルと俺の計画を大幅に前倒しできる。俺とヌルはそう至ったため、少し卑怯ではあるが、あのような方法を取らせてもらった。

 彼らの逃げ道も作れるだろうし、と、俺なりに考えた策ではあったのだ。

 だが、選択をした後というのは、どうしても"そうしなかった選択肢の先"が気になってしまう。


 うじうじ悩んでいる俺に、無意識にこぼした言葉をしっかりと拾い上げるヌル。


 「よかったかどうかなど、今からお前の行動が決めるものだ」

 「俺次第ってことか」


 実際、すべての選択は当人に責任がある。

 それから逃れることなんてできないのだ。


 「ではアルナレイト。お前の選択を最良のものとするために手伝いをしてやろう。

 この酒をもって広場へ行くがいい」


 ずいっと突き出されたジョッキになみなみ注がれた酒を反射的に受け取ると、その言葉の意味を理解した俺は、彼女の珍しい助け舟にあやかることにした。


 酒をもって広場へと向かうと、広場の真ん中ではユウトが酒樽を四つほど空にしている。


 「はっはぁッ!俺に勝てるやつぁいないようだな……っと、お、アルナレイト」

 「ユウト、何やってんだよ」


 俺はユウトの傍まで寄ると、無造作に転がる酒樽を片付ける。


 「そういやよぉ」


 上機嫌に話し始めるユウト。その視線は俺に向けられている。


 「接近戦闘じゃ敵なしだった俺相手に凌いだお前の実力がどんなもんなんか試してみたいが、ここは戦う場じゃねぇ」

 「そうだな。へべれけの酔っぱらいを介抱する気はないぞ、早く上がれ」

 「連れないことを言うなよなぁ。ここはある意味じゃ戦いの場だぜ?

 俺は酒の飲む量でも負けたことはないぜ。さすがに只人の体じゃ、飲める量に限界があんだろ?」

 「なんだ、俺と飲み勝負しようっていうのか」


 口角を上げて頷くユウト。

 ヌルとの契約がある手前、こんなことをしていいのか……?

 俺の最優先事項はこの世界を導くこと。そして、ヌルとの契約を果たすこと。

 それが、こんなところで油を売っていていいのか……。こんなことをしてる間にも、ヌルはその寿命を確実に減らしているというのに。


 苦悶する俺に、ヌルが通信を飛ばしてきた。


 【お前が私との契約を果たそうと努力してくれているのはわかっている。

 そしてそれを最優先にしてくれていることも】


 そして、数秒の間を置き、


 【許可がなければ遊べないというのなら、許可しよう。

 今宵は、気を楽していい】


 それだけ言うと、ヌルとの通信は途絶えた。


 それでも悩んでしまう俺は、次あたりでヌルに怒られてしまいそうだと思い、自分の優柔不断だに自嘲しながら、少しだけ肩の重荷を下ろすことにした。


 目の前にいるユウトと、周りの村人たちにも見えるように、俺は不敵に笑って見せた。


 「接近戦と同様か、もしくはそれ以上かもしれないぜ。負けても後悔するなよ?」


 ユウトも俺に挑発的な笑みを返す。


 「ハッ!いいね、顔に似合わず好戦的じゃねえか!」


 ユウト、粋がるのもいいが、相手を見誤るなよ……?


 俺はユウトと同じようにその場に座り込むと、手を挙げた。


 「はい、すぐにお持ちいたしますね」


 エスティエットの声が聞こえ、追加の酒樽を乗せた台車の音が聞こえる。


 後ろで酒樽の蓋を開けようとした気配がしたので、それを皮切りに駆け引きを仕掛ける。


 「なぁユウト、この勝負、勝ったら何がもらえるんだ?」

 「そりゃもちろん、敗者は勝者に従うだけだ」


 ほう、そりゃいい。

 なら、ユウトには前世の記憶をすべて話してもらおうか。


 俺とユウトの隣に大きな酒樽が置かれる。


 「まさかとは思うが」

 「ああ、そんなわけないよな」


 俺とユウトは、全く同じ動きで酒樽を掴み、言った。


 「「この酒樽、何本開けられるか勝負だ!」」


 俺とユウトの声が重なり、オーディエンスの熱狂的な叫び声が巻き上がる。


 そして、俺とユウトの苛烈な戦いが始まった!

 

 ………


 ……


 …


 床に倒れるのは、ユウト。

 それに対し俺は、多少の酒精の香りがするだろうが一切酔うことなくユウトを、完璧に、これ以上ないほど、完全に、圧倒的に飲み潰したのだった。


 「は、なんでほまえ、ほんなへいひそうなんはお……うぷ」

 「だから言ったろ、相手にもならないってな」


 そもそも龍は酒に弱いはず。

 なのにここまで粘るとは、ユウトもなかなかの蟒蛇だ。


 「へんめえ……なにあおいっうああうはうあ……」


 何を言ってんだか。


 と、俺が敗北者を見下ろしていると、リオンが目をひん剥いて俺のほうを見ていた。


 「なんだ、いたのか」

 「ア、ア、ア、ア……」


 発音のいいAの練習でもしているのかと思ったが、そうではないようだ。


 リオンの目は、俺の横に転がっている酒樽に向けられている。


 「軽く見積もっても……70本以上だゾッ!!??

 どんな体してんだよオマエ……」

 「まあな。んでユウトは……6本か。まあまあやるじゃないか」


 龍の力を宿しているらしいユウトは、酒精などで昏睡状態にはならないらしいが、さすがに心配なので水を飲ませておこう。


 「あっははは……えっぐ」


 普段丁寧な言葉遣いをするエスティエットも驚きを隠さず素を出してリアクションしている。

 

 「エスティエット。

 今日の宴会の食べ物飲み物はそっち持ちだったよな。

 ありがとう。助かるよ」

 「あ、いえいえ、それはお構いなく。

 むしろ積み荷を軽くできたのでこちらとしてがありがたいです!」


 彼の話を聞くに、俺たちが今日飲み食いした食料の数倍もの食料が船には備蓄されているらしい。

 とはいえ数に限りはあるし、早く自給自足できるようにならないとな。


 「では、僕はユウトを運んできます」

 「ああ。ユウトに敗北者は何をするのか覚えてるよなって伝えておいてくれ」


 俺がそう言うと、エスティエットは困ったように笑って、その場を後にした。

 すると、傍にいつの間にか立っていたレヴィエルが何やら物騒なことをぶつぶつと呟いている。


 「なるほど、主様をにゃんにゃんするにはお酒では通用しないと……ふむふむ」

 「おい、聞こえてるぞ」

 「おっと……♡ これは失礼いたしました、処罰はいかようにも」


 レヴィエルとそんなやり取りをしていると、珍しくヌルが微笑みながら歩いてくる。


 「余興として楽しませてもらった。

 ふふ、そんな使い方があったとはな」


 どうやらヌルは見抜いているようだ。


 そう。もちろん俺は自分の力で酒樽を70本も空にしたわけではないのだ。

 お忘れではないだろうか。俺だけが持つ真の異能、理外権能〔分解〕を。


 トリックとしては簡単だ。

 酒を口に含み、それを飲み込む動作を装いながら〔分解〕しただけのことなのだ。

 もちろん俺は酒豪ではないし、もし飲めてもそんな量は飲めないだろう。

 というか常識的に考えてだ。


 人間が酒樽70本も開けられるわけないだろ!

 急性アル中確定コース不可避じゃねぇか!!


 というツッコミはさておき。

 一応酒は酒精と水分とに分けており、何かに生かせるよう〔再構築〕するのはやめておく。

 こういうのも、他の異能にはない理外権能唯一の特性だろう。


 「ではアルナレイト。今度は私と、イカサマなしでサシ飲みと洒落込もうじゃないか」

 「いえ、遠慮しときます」


 絶対何か仕掛けてくるという気配しかないので、ここは引いておく。

 真の強者とは、戦う相手をしっかり見極め、引けるときは引くものなのだ。

 多分、きっと、そう。メイビー。


 「はえ~すっご……ユウトを飲み潰すなんてすごいね」

 「うん、あんまり見たことない」

 「そうねぇ、私初めて見たわ」

 「俺は酒を飲まないが、それでもユウトが潰されているのは見たことがない」


 俺に話しかけてきたのは、昼頃壇上に登って自己紹介していた、エスティエットの腹心の部下たちだった。

 なぜか一緒にレアンもついてきている。


 「そういえば挨拶してなかったな」

 「でもだんちょぉから名前は聞いてますとも。たしか、アルナレイト、だっけ?」

 

 俺の名前を呼んだのは、先ほど美少女好きと豪語していたミタラ・シュヴァータという女性。

 背はレアンよりも低く、ヌルより少し高いくらい。

 人懐っこそうな柔和な印象を受ける顔で、大きな翡翠の瞳は朧げに輝いている。


 「ふむふむ、やはり私の目に狂いはなかったっ」


 びしっ、と俺に指をさすミタラ。

 なんだこいつは。と訝しんでいると、俺はあることに気づいた。

 というか、その圧倒的な存在感に思わず視線は吸い寄せられてしまった。

 

 万有引力とはあらゆる物体がすべからく持っているものだ。

 そしてそれは、質量が増すほどにその強さを増し、それが星では重力となり、生物の進化の方向性を定めたといっても過言ではない。

 そう。万有引力とはすなわち質量の大きさである。

 そしてその引力に吸い寄せられるのは何も物体だけではない。

 

 然り、俺の視線がその豊満すぎる豊かな二つの霊峰に吸い寄せられるのは、もはや必然……。


 っていうか……本当にすごいサイズだな……。

 

 俺がたわわに実った果実を無意識に眺めてしまっていると、視線がくぎ付けになっていることに気づいたミタラは、先ほどのマイペースな調子をすっかり崩していた。


 「ちょいちょい……見過ぎ見過ぎ……もう」

 「………アルナぁ?どこを見てるのかなぁ?」


 あらんばかりの殺意を背中から感じる俺は、これ以上厄介ごとを起こさないために英断した。

 

 「すみませんでした。許してください」

 「……仕方ないなぁ、もう」

 「後でお仕置きだね、アルナ」


 どうやら許しは得られなかったようだ。


 「オホン、まあ食べた栄養全部胸に行ってるミタラのことはほっておいて。

 こっちの剣狂いがバルブゼス。それで、あたしはカレン。こっちの大人しい子がイオラ。

 これからよろしくね!アルナレイト!」

 「ああ、よろしくな」


 その後、俺は彼らと交流しつつ、宴を楽しんでその日は終わった。

 

 これで彼らと村人達との壁を取り払えたのだろうか。

 いや、やれるだけのことはやった。あとはもう祈るだけだ。俺の祈りが神様に届くかわからないけど。

お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。



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