第61話 傭兵団と人間の村
お待たせ致しました。
最近あまり時間が取れず、不定期投稿になります。
早めの投稿を心掛けますので、どうかご容赦ください。
これは、アルナレイトが帰ってくる前の日のこと。
今日の警備担当であったレヴィエルとジークのおかげで、魔物からの被害者を一切出出さずに作業を終えられた村人たち。順調に進んでいる作業だが、かれらの顔色は芳しくない。
その理由をレヴィエルは知っていた。
(きっと、背負わせてしまったからなのでしょうね……主様に)
今日するべき分の農耕を終え、その成果を収集するために村の広場へと戻る村人達。
彼らはこの広場に戻るたびに、顔を顰めうつむかせる。
ここは、ジークの妻となる女性だったナタリアが、ヴェリアス共の手によって亡き者へとされた場所でもあり、虐殺が行われた場所でもある。
黙々と作業に従事する村人たちの中で、一人、若い少年が声を上げた。
「皆さん」
女性のようにか細く繊細な声ではあるが、その要旨はくせっけのある小麦色の髪に、はしばみ色の瞳を持つ少年。
彼の名前は確か………と記憶を探るレヴィエルは、自分が彼らの名前を知らないことを思い出す。
「わかっているでしょう。僕たちは、彼に言わなければならないことがあるはずです」
暗い表情をしていた村人たちは皆一斉に彼に視線を集める。
「僕たちは、これまでルーファス家の方々に何年も重荷を背負わせてきた」
このレギオ村は、武家であるルーファス家によって何年も守られてきた。
その分食料分配などは多かったが、彼らの功績を考えればそんなものは微々たるものでしかない。
彼らは、只人種の持つ種族特性【遺伝継承】、親の世代が鍛えた部分の成長が、この世代に引き継がれるという特性によって、何代も何代も魔物との戦闘に備え鍛えられてきた肉体と、魔力回廊の性能の向上という恩恵がある。
その恩恵を持つルーファス家に、魔物と戦うという恐怖を押し付けてきた。
その結果、彼らは強くなったが、まともに戦力と呼べるのがルーファス家の人間だけになった。
そして、戦力数が減ってしまったからこそ、今回のような出来事があっても、彼らにすべて任せるしかできなかった。
他者を殺し、自らの身を守るという行為、その行為に付きまとう責任も、罪悪感も、すべて、すべて戦える者に背負ってもらうことしかできなかった。
アルナレイトはルーファス家から剣術を教わり、その結果彼には人殺しの罪を着せてしまった。
皆、そう思っているのだ。
「そうだよな、ハーツ。
俺たちは自分が無力なことを盾に、彼らに罪を……」
「共に戦うことだってできたはずなのに、何もしなかった」
「俺たちが彼らに罪を着せたようなものだ……」
彼らの胸中を満たす思いが、ぽつり、ぽつりと流れて行く。
少年、ハーツは広場に轟く声で言った。
「もう、彼にばかり背負わせるのはおしまいにしよう。
僕たちは、彼に罪を償わなきゃならない。僕たちは、彼に恩があるのだから」
その言葉を聞いた村人は決めた。
アルナレイトへの恩を返す。そして、彼を支えなければならないと。
「今度、彼が返ってきたら少し時間をもらおう、そして、彼らに僕たちの意思を伝えるんだ。
力を貸してもらうんじゃない、彼に僕たちが助力するんだ」
いままで不定形であった罪悪感は、こうして形を得て昇華された。
アルナレイトへの恩返しと、彼を助けたいという思いは、村人たちの中で確かなものとなったのだ。
◆◆◆
ゼディアス、レギオ村の代表者は、レギオ村の広場に話し合いの席を設けていた。
もちろんのこと、相手は高い戦力を保有する傭兵団。一切の油断はせず、隙も与えないために、奇妙ではあるが、広場にはテーブルはなく椅子だけという殺風景な会談の場になっている。
向かいに座るのは、エスティエット。
その傍に立っているのは、ユウト。
こちらは、師匠の座る椅子の傍に立つ、ヘッドギアに顔を隠した俺と、もはや幼女の演技を続ける気すらなくなったヌルの三人。
「まず初めに。
行き成りのことなのにもかかわらず僕たちの話を聞いてくださってありがとうございます。
レギオ村の村長、レグシズさん」
レグシズは厳粛な態度を崩さず、ユウトの放つ威圧感を張り合いながら言った。
「いえ、お気になさることはない。
それより、早く本題に移っていただけますかな。
先の短いこの身、あまり時間を無駄に使いたくはない」
多数の他種族すら保有するゼディアス相手に厳しい態度で応じるレグシズに、容姿から推察できる年のわりに物怖じすらしないエスティエット。
先ほどアレクに聞いたことなのだが、フィールもといエスティエットは、ケイン帝国の学術都市を首席で卒業した冠卿魔術師だという。
その称号を持つ魔術師はこの大陸、オルトレリアにおいて両手で数えられるほどしかおらず、無論彼がそのクラスの魔術師であるということは、下手をすればこの村を瞬時に消し飛ばせるかもしれないほどの魔術の使い手であろう。
しかしそんなもの俺には意味はない。
いつの間にか肩を貫いた筈のユウトの傷跡はきれいさっぱりなくなっているが、今はそんなことよりも、これから起きる話し合いに全神経を集中させねば。
エスティエットは地面に足をつけると、そのまま話し出す。
「単刀直入に申し上げます。
彼、アルナレイトを僕らゼディアスに招待したいのです」
「却下だ」
間髪置かずに返されたエスティエットは狼狽える様子もなく話を続ける。
「僕は彼の持つ不思議な雰囲気、その天井を伺わせない強さに魅了され、今後のゼディアスに必要だと考えました。
もちろん、彼がこの村を支えるうえでどれだけ大切な人物なのか推察いたします。
そこで、あなた方が望むものを何か一つ、提供いたします」
少し間を置き、考える仕草をしてから声に出す。
「望むもの……それに上限は?」
「そうですね……団員を置いていくということはできませんが、代わりの利くものであればなんでも構いません。
強力な魔道具でもなんでもお譲りいたします」
「ほう」
魔道具。それは宿る特殊な魔力によってさまざまな効果を持つ強力なアイテムだ。
それを簡単に譲ると言ったあたり、俺を欲しがっているのは本当なようだ。
「彼にはまだ成長の余地がある。それはいかなる魔道具と釣り合うのかわからない以上、こちらにとって不利な条件だ」
「ですから、魔道具でなくとも構いません」
エスティエットは、俺を得るためならなんだって支払うつもりなのだろう、仲間を除いて。
しかし、それが気に食わない。
「団長殿。少しよろしいか?」
「はい、何でしょう」
眉間にしわを寄せ、険しい顔を作ったために、場の雰囲気が少し固くなる。
「あなたは彼を道具如きと交換可能と考えていらっしゃるようだ」
「いえ、そんなことは」
「では、なぜこちらの大切な村人たちを一人寄越せというのに、そちらの人員は削れないと申し上げる?
その条件があるのであれば、彼を渡しなどしない」
「……ッ、そうですね、僕の考えが甘かったです。
未熟な子どもの間違いと思って、ここはひとつ目を瞑ってくださいませんか?」
エスティエット。それはお前のミスだ。
そもそも冠卿魔術師ともなる人物に容姿の幼さなど関係ない。
交渉相手にこちらから譲歩不可の領域をさらすことは、こと交渉において間違いに他ならない。
「いいや、話は終わりだ。帰りたまえ」
「お、お待ちください!どうか、お願いします!」
団員の代表であるエスティエットは頭を下げることはできないが、必死な表情で訴えかける。
その様子に考えを改め、上げようとした腰を再び降ろす。
「では、そちらの人員も交換条件に含むと考えてよろしいですかな?」
「………はい、構いません」
すると、ヌルが手首の内側から一枚の羊皮紙を取り出した。
「……これは!」
それは、魔嚮契約書と呼ばれる、魔術師間で用いられる契約書である。
お互いの魔力回廊を起点とし、それを用いて結ぶ絶対の契約。
そこに書かれた取り決めを破れば、魔力回廊を通してその魔力の働きは暴走し、死に至らないまでも魔力回廊を一切動かすことはできなくなる。
魔力を込められた文字でしか書くことはできず、また、第三者の名前を勝手に書くことはできない。
「そこに、君の提示する条件を書いてもらおうか」
「な、なぜこんなものを持って……!?」
「ただの只人種の村だと甘く見たか?なめるなよ」
このくらいして、やっと対等になるのだ。
「先に署名もされてありますね……」
魔嚮契約書の下には、しっかりと対象者の名前である、アルナレイト、と書かれてある。
「さ、私の態度が変わらないうちに書きたまえ」
エスティエットは魔術で机を作り上げると、その上に丁寧な文字で以下の内容を指示のままに書ききった。
一つは、この契約は間違いなく、この文字に魔力を込めて書いた自分、エスティエットが行うこと。
二つ目に、自分の範囲で管理できるものを交換条件に含める。
「終わったかね」
「はい」
その内容を確認し、指摘する。
「二つ目。なぜ、自分で管理できる"すべて"と明記していない?」
「それは……」
「これでは、君の都合の悪い内容ならすべて破棄してしまえる。書き直したまえ」
魔嚮契約書を渡し、確かに"すべてを交換条件に含める"と書き込まれているまれていることを確認すると、それを受け取る。
「では、魔力印を押させてもらおう」
懐から取り出した、魔嚮契約書の内容を決定する印を押す。
すると魔嚮契約書に書き込まれた文字は、双方の合意がなければ取り消すことのできない絶対の契約になったのだった。
「では、内容に関してなのだが。
まず初めに、そちらの団員全員をいただきたい」
「……は?」
「如何したかな?」
鳩が豆鉄砲を食ったような顔をするエスティエット。
「待ってください!それはあんまりです!」
「ほう、おかしな話だ。
この契約書には確かに、すべてを含めると明記されてあるが?」
額に汗を浮かべるエスティエット。きっと今、彼の魔力回廊には想像を絶する激痛が走っているのだろう。
「卑怯です、それは………だから、お願いです」
明らかにユウトの気配が大きくなる。
「いや、そんなことをすればアルナレイトは手に入らないぞ」
「……僕が契約の解除法を知らないとでも」
ハッタリだ。この契約は世界の仕組みを用い、互いに回路を繋ぐもの。
解除するにはそれこそ、世界の仕組みを操作できるものでしか不可能だ。
「やってみるといい。どうなるかはわからないがな」
刀の鯉口を切る音が響く。
「ユウト、だめですよ」
「あいよ」
その一言で気配を沈めたユウト。
その横でエスティエットは、苦悶しながら口にした。
「貴方方にとって必要なのは村を存続させるための戦力でしょう?
なら、何も全員である必要はない」
「うむ、それは確かにそうだ。食料自給にも難があるこの村で、団員全員を養えるだけの食料を生産できるわけがない」
「であれば……」
「いや、団員全員だ。加えるなら、あの船にある積み荷もいただきたい」
「そ、そんな横暴な」
「なにかを得るためには何かを失わなければならない。それがこの世の理では?」
「ですが、それでは僕に何も残らないではないですか」
「それでよいのでは?」
「……?」
そろそろいいだろうと、俺はスクロールを地面に置いた。
「その様子を見たエスティエットは、目を大きく見開いて言った。
「名前が……変わっている」
交換対象である俺の名前があるべきところには、師匠の名前が。
「な、何をしたのですかッ!?」
「悪いな。契約内容を変更させてもらった」
「そんなことができるのは両者の合意があった場合のみですっ!!できるわけがない……そんなはず」
うわごとのようにつぶやくエスティエットに、言い放つ。
「とはいえ契約成立だ。ほら、連れていけ」
そして、ユウトが望んでいるであろう素顔をさらすためにヘッドギアを開放すると……。
その下にあったのは、師匠の顔であった。
「え、え?」
そして俺は、顔を〔分解〕〔再構築〕して、師匠の顔から俺の顔へ戻し、その顔を隠しながらヘッドギアを装着した。
「悪いな。俺は妙な力を持ってるせいで、そういった契約などには判定されないのさ」
理外の力を持つ俺は、魔力などを用いる契約においてその存在を認識されないのだ。
ゆえに、俺が義手で書いたアルナレイトという文字はただのうねり千切れた線として認識され、最後に持っていた師匠の名前が記入されたのだ。
「な、そんなの反則ですッ!理不尽ですッ!!」
「ま、仕方ないさ」
普段の余裕さなどどこ吹く風のエスティエット。
ようやく第一条件がクリアされたことに安どのため息をつきつつ、俺は彼に交渉することにした。
そう、ここからが本当の取引なのだ。
「エスティエット。この契約、破棄したいか?」
「も、もちろんです!こんな詐欺のような手口……許しません!!」
憤るエスティエットに、俺は言う。
「ならば取引だ」
「まだ僕から何かを取り上げるつもりですか………?」
俺は少し間をおいて、言う。
「お前たちゼディアスの現状はよく理解している。
エスティエット、お前は条約抵触のグレーゾーンで各国に利用され、団員が条約違反を犯すことを避けたかった。
しかしそれを自力で脱することはできない。ならば、と自分たちをここまで導いた勘に頼り、俺を仲間に入れ、それにすべてを掛けようとしていたんだろ?」
「どうしてそれを」
「アレクから聞いたんだよ。あいつらは悪いやつらじゃないってな」
彼の大げさな弁明を聞いている最中、ゼディアスの現状も話してくれたのだ。
「俺たちはさ、この村を守りたい。
そしてそのためには何もかもが足りない。敵対勢力から身を守るための手段も、食料を自給するための手段も、資源を確保するための人員も」
そこで俺は、彼らからの信頼を勝ち取るために。
顔を見せた。
「え」
第一声を上げたのはユウト。
「お、お、お、俺は、女性に手を挙げてしまったのか……っ!!??」
「俺は男だ」
「おいおいおいおいおいおいおいおいおい嘘だろ」
もう間違われても特に何も思わなくなったからよしとするが、こうも驚かれるとむずむずするな。
「……顔を見せたということは、そういうことですか」
「ああ。悪いな。もともとお前らを騙そうなんて考えちゃいなかったさ。
ただ、俺はゼディアスという、戦闘に秀でている人員が欲しかっただけだ。
もちろん好意的に協力してくれるのなら話は別だが」
彼らにとっても悪い条件ではないと思うのだが、どうだろうか。
「どうだ。俺との契約を吞まないなら、ここでエスティエットはすべてを失ったうえで国家に利用され、最悪条約違反で断頭台行きかもな。
だが、俺たちと手を組んでくれるなら、ここに残り各国から利用されることもない。
その代わり、いろいろと手伝ってもらうぜ」
エスティエットは思った。
そこまでの事情を知っておきながら、なぜこうも回りくどい立ち回りを演じたのかと。
不器用な人だと思いながらも、交渉によって惨敗した自分たちの今後のことまで考えていてくれたことに、やはり自分の勘は間違っていなかったと認識を改めた。
「さて、どうする?」
「そうですね、僕に残された選択肢はひとつしかありませんし」
「肯定と取る。いいか?」
本当に不器用な人だ、と思いながら。
「はい。ゼディアスともども、協力させていただきますね!」
こうして、世界に名を馳せる最強の傭兵集団ゼディアスと、辺境の村が対等に手を組むことになったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。
 




