第59話 今度は、こちらから
お待たせ致しました。
次話投稿は明後日以降になりそうです。
俺たちが帰還した次の日から、早速、村発展のための計画に着手した。
リベルナルから持ち帰った植物を植え、すでに完成されている水路に水を流すという言葉にすれば簡単な作業だったが、実際は自分の思い描いている農作業とさほど大差はなく、やはり大変だった。
簡単に苗植えとはいうが、その実様々な過程を経てようやく一回が終わる。
それを中腰で一日中するというのだから、腰に疲労が蓄積されて当然だ。
この苗植えを午前と午後に分かれて行い、農作業に従事してくださる方を除き、俺やレアン、師匠やジークとレヴィエルといった警備組はその作業を交代制で手伝った。
ひとまず区画整理してある区域の五分の一は一日で終わったので、あと四日繰り返してすべて完了させるつもりだ。
俺たちが苗植えをしている間もお構いなしに魔物はやってくるため、たまたまジークと俺が警備にあたっていた時間だったから、二人で撃退することになった。
ジークと俺はほぼ同時に魔物の存在に気づくと、顔を見合わせてうなずきと同時にジークが真っ先に走り出したので、俺は珍しく後衛を務める戦闘になった。
襲撃者は魔物種の中でもとりわけ厄介かつ、只人種の女性が最も被害にあう魔物、すなわち醜鬼族だった。
彼らは異種族交配による強力な繁殖力を誇り、生存競争においてその数で災難に立ち向かう生存戦略を採った種族である。
背丈は人間とほとんど変わらず、その筋骨隆々な肉体は只人の男性程度では太刀打ちもできない。
醜鬼族は亜人に属する種族との交配による繁殖を最も得意とし、その中でも最も弱い只人を獲物として狙う。
なぜそんな生態系になったのか、この世界の生存競争の歴史を紐解ければわかるんだろうが、今はそんなことをしている暇はない。
先方5mをハヤブサのごとく疾走するジーク。
一応後方にはイリュエルが構えているが、彼女の堕天使たる力を披露しては、村人たちに恐怖させてしまう(一瞬、まさか俺たちの不在中に堕天使としての力を使っていないだろうなと脳裏に過った)だけだ。
俺たちだけで排除しなければならない。
刀を引き抜き構え、理外権能で数、所有スキルを確認した。
数は五つ。最も後方で構え、俺の身長ほどある石斧を持つ醜鬼族。
そいつだけがスキルを持っている。
そのスキルは【質量増減】。
効果は手に触れた自身の体重以下の物体がもつ質量を自由自在に増減させられるというものだった。
幸い敵が持つスキルはその【質量増減】だけで、戦いようによっては。けが人一人出さずに戦えそうだ。
醜鬼族たちの持つ石や木の手製剣は、長年使いこまれ高い強度を持つのだろう。
しかしこちらの武器はマグナスさんやイリュエルたちが遥か昔から継ぎ、鍛え、洗練されてきた技術で打ち上げられた鋼の刀。
こちらに負ける道理はない。
最初に刃が触れ合ったのはわずか五秒後のこと。
ジークの粗削りだが才能を感じる下段からの一太刀と、荒々しい獣性を伴う醜鬼族の上段からの振り下ろしが激突した。
ジークはすでに肉体に魔力を纏い魔纏闘法と魔纏戦技を起動していた。
ジークの生まれ持った肉体に魔力のブーストが合わさり凄まじい力を生み出し醜鬼族の一撃を軽々と弾き飛ばす。
犬歯の飛び出たおぞましい顔が驚きに満ちており、これまで弾かれたことのなかった攻撃とそれに伴う自信もろとも吹き飛ばされたようだ。
俺はそこを逃さず刀を構え––––––––––––––––––
––––––––––––––––––自身の太刀筋、動作、思考速度。
––––––––––––––––––あらゆる行動を〔加速〕させた。
ジークの瞳に映る光景は、青白い残像をたなびかせ、時間をも置き去りにするほどの速度で魔物を両断した銀髪の中性的、もはや女性的でさえあるともいえる美しい少年の姿だった。
俺は〔解析〕ですでに特定していた魔物の弱点もろとも体を切り裂いた。
その様子を見て左右に展開していた二匹のゴブリンが飛びかかってきた。
俺の様子に負けじとついてきたのか、ジークは魔力のこもった肉体を俺に負けないほどの速度で躍動させ、魔物の攻撃を受け止め蹴り飛ばした。
俺は迫る刃を紙一重で受け流し、ほぼ体を接触した状態で刀を逆手に構え、ヴェリアスの奇襲に対して反撃したのと同じように核のみを貫いた。
ジークも俺に一歩遅れて魔物を撃破すると、俺たち二人は残り三匹がこちらに向かってきているのを見た。
三対一。この状況を打破するには基本的に、二対一の状況を作り出す必要がある。
ではどうするのか。簡単なことだ。
俺は右側にいるゴブリンだけを分断するように地面の奥深くにある岩盤を〔分解〕〔再構築〕して壁を作り出した。
ジークも俺の作戦に気づいているのだろう。
作り出した岩盤の壁に沿って走り出し、ゴブリンが武器を構えた瞬間に壁へと跳躍。そのまま跳ねるように小距離を飛び、魔性筋繊維身体能力補助装備の強化ほどではないが、凄まじい速度で魔物の武器をを腕ごと切り離し、返す刃で残った腕も切り落とした。
しかしそこでジークの動きはわずかに止まる。きっと慣れない動きをしたためにまとわれていた魔力が霧散したのだ。
攻撃可能と思わしいのは頭部しか残っていない魔物だが、その乱雑に生えた歯はただ人にとってギロチンの刃とそう違いはない。
俺は〔加速〕の権能とともに魔性筋繊維身体能力補助装備の補助を使用し、人間では決して出せない速度で3mの間合いを縮め、核を打ち抜いた。
岩盤の向こうで石斧を持つゴブリンの動きを〔解析〕で感知した。
何をするつもりだと思っていたその瞬間、石斧を大きく振りかぶったゴブリンの次の行動を悟り、俺は【権能多重行使戦闘状態】を使用し、対策を講じた。
ジークを転ばせ低い姿勢にして被弾率を下げ、迎え撃つ。
ゴブリンは石斧を思い切り岩盤の壁にたたきつけたのだ。
岩盤の強度は凄まじいものなのだが、【質量増減】のスキルを巧みに使いこなすゴブリンは、恐らく振りかぶり時には質量を限界まで減らし、ぶつける瞬間には限界まで質量を増加させたのだ。
俺は飛んでくる石礫を【権能多重行使戦闘状態】に〔加速〕の権能を付与して無数の石の弾丸をダメージゼロで凌ぎ切った。
ついでに左から接近するゴブリンに〔再構築〕した短剣を〔加速〕させ、事前に特定している核をぶち抜くと、そのままボスゴブリンとの決戦に持ち込んだ。
壁からぬうっと出てくる2m弱はあろうかというゴブリンは、先ほど壁を破壊したのと同じメカニズムで俺たちに再度攻撃を仕掛けた。
振り下ろされた斬撃。
俺はすぐさま受け流しに転じ成功させるが、ゴブリンは左手に握っていた石礫を投擲した。
その威力はさながら散弾銃のよう。
おそらく【質量増減】のスキルでその威力を増している。
命中すれば大怪我は避けられそうにもない。
とっさの判断で弾道を〔歪曲〕させ、攻撃を回避し〔分解〕の権能を纏った刀を手にゴブリンへ肉薄する。
巨大な石斧を横薙ぎに払う構えを予測した俺は、刀にまとった権能を解除しながら刀を担ぎ、その己へと疾走する。
予測通りに放たれた大斧に対し、俺は背面飛びのような姿勢で受け流しながら斧の上を滑り受け流すと、再び刀に権能を纏い斧を握る腕を切り落とした。
「ウゴォォォォ!!」
痛みに雄叫びを上げるゴブリンに、俺は容赦なく刀を振るった。
この一際大きなゴブリンほどになると、通常であれば魔力を纏ったとしても、勢いをつけなければ頑強な皮膚に刃を弾かれてしまう。しかし、理外権能〔分解〕を纏った刃は、そんなことはお構いなしに皮膚を突き破り、いや、触れた皮膚を消し飛ばし、肉を切り骨を断ち、その最奥にある核を破壊したのだった。
アルナレイトがひときわ大きなゴブリンと戦い、撃破する姿を見てジークは思った。
……強い。間違いなく自分よりも、と。
ジークは肉体に恵まれ、その体格と筋肉密度はアルナレイトをはるかに上回っている。
しかし、肉体の使い方、体の動かし方、刀の使い方を別次元の練度まで鍛え上げている。そう悟った。
それゆえジークが思った。
アルナレイトがナタリアを助けられなかったのは、あの場面ではもうどうしようもなかったのだということを。
ジークは今までアルナレイトがナタリアを助けなかったのだと思っていた。それも仕方ない。極度の緊張状態では、正常に物事を把握することは難しい。
そして、ジークは彼女を守れなかったことを自分のせいではなく、他人のせいにしたかった。自分の心の弱さゆえに。
だからこそジークは、今一度理解した。
自分の弱さゆえに、彼女を守れなかったのだと。
正しく受け入れ、前を向くことができたのだった。
◆◆◆
魔物との戦闘を終え、引き続き俺たちは警備に当たった。
警備の最中、俺は常に周囲を〔解析〕し続けていたのだが、その日は最後まで魔物が現れることはなかった。
警備が終わり次第、俺はジークに基礎的な剣術の稽古を行い、それでその日は終了した。
無論俺は他にもやることがあるため睡眠というわけにはいかなかったのだが。
皆が寝静まった中、俺は一人稽古場にいた。
久々の稽古場の空気はとても落ち着くもので、これから行う鍛錬の内容にも集中できそうだった。
まあ、鍛錬とはいっても理外率が上がったことで何が起きたのかいまいちわからなかったため、それを見つめなおす時間なのだが。
俺は自分の理外率が上昇したことと、それによって何が起きたのかを〔解析〕した。
それで分かったのは、
〔・理外率上昇に伴い新たな理外権能〔加速〕の獲得。
・理外の力の理外強度が上昇したために、力を通して流入する未来の剣術の記憶の量と質の上昇〕
この二つだった。
俺は刀を握っていると【未踏剣術】のほかにも、細かな動きなどの剣術に関する記憶が流れてくる。それを【権能多重行使戦闘状態】ではなく、自分の意思でその記憶通りに刀を振るい、それを自力の剣術として成長の参考にしているのだ。
今回の理外率上昇によって、その記憶の量が爆発的に上昇し、また、魔性筋繊維搭載型義手と魔性筋繊維身体能力補助装備によって、【権能多重行使戦闘状態】で行える技術の〔模倣〕による質と量が上昇したのだ。
おおよそだが、俺が今現在肉体に〔模倣〕できている【未踏剣術】は、3%ほどだ。
しかしそれでも、これまで戦ってきた強敵たちを相手取り、勝利を収められたあたり、最も遠く離れた未来の俺の技量は、凄まじいなんて表現では足りないほど洗練されているのだろう。
自分ではないと疑ってしまうほどに優れている技術に感嘆し息を吞むことしかできないが、それでもその道筋を確かに歩んでいる。
この世界に初めて来たときは、魔物相手に緊張してしまっていた俺が、今となってはその魔物複数体を相手取って戦えるまで成長できた。
しかしもっと強くならなければならない。俺は多くの人々を巻き込んでしまったのだから。
とはいえ、他種族の国家にまで赴いていたのだから、精神的疲労は計り知れない。
ここ数日は鍛錬も控えめに、休息をとるべきだろう。
俺は今回の理外率が上昇したことによる能力の強化を把握してから、少しだけ刀を振ってすぐに眠りについたのだった。
◆◆◆
場所は変わって、交易国リベルナルのとある酒場にて。
エール色の泡立った液体の入ったジョッキ(実際にはリンゴジュース)を一気飲みしている少年がいた。
「……かぁ、ふぅ」
少年の名前はアレク。ほんの二日前にアルナレイトたちと別れた、若手の冒険者である。
彼はアルナレイトと別れてからの二日間、後悔が胸中を渦巻いていた。
「ついていけばよかったなぁ~~」
追放された冒険者の待遇は、冒険者ギルドからのサポートはあれど基本的には冷遇される。
それも当然、追放されるのだからそれ相応の理由があるのだと、他のパーティには入れてもらいにくくなってしまうのだ。
自分は敵の攻撃を引き受けるタンク職。だというのに、サポートもアタッカーもいないのでは、魔物一人も充分に倒せないのだ。
「おれもサシャみたいになるんだって密かに思ってたけど……道のりは遠そうだなぁ」
冒険者ギルド発足から、たった一年で伝説と謳われるようになった一人の冒険者。
その名を、サシャ・クラウディア。いまは行方不明とされているが、伝説と謳われた彼女が行方も知れずに、ひっそりと死んでいるなどとは考えられなかった。
「はぁ、どうすれば俺も、あんなふうに」
伝説の冒険者と、追放された新人冒険者。
それは遥か雲泥の差。
そんな落ち込むアレクに、声をかける者がいた。
「アレクさんですね?少しお話を伺ってもよろしいでしょうか」
少年とも少女ともにつかない声で話しかけられ、振り返るとそこには、お茶をした時以来のフィールの姿があった。
「ああ、はい。どうされました?」
「えっとですね、アルナレイトさんを探していまして。共に行動していたあなたならわかるかと思いまして」
「あー、彼らなら二日前に自分の村へ帰りましたよ」
アレクの言葉を聞くフィールは、語尾に向かうにつれ次第に目を大きく見開き、話し終えたときには大きな声で叫んでいた。
「な何でですかっ!?僕は彼らと約束したのに、それを無碍にしたというのですか!?」
「あ、はぁ」
何をやらかしたんだ、あの美少年は。
というか今になって思うが、顔や容姿こそ優れていたが、アルナレイトの仕草や振る舞いは完全に男のそれだった。
なんであんなにドキドキしてしまったのか、今ではわからない。
「アレクさんっ!彼の居場所、知っていますか!?」
「え、はい、存じてますけど」
がしっ、と両腕を掴まれて驚くアレクの反応などどうでもいいように、フィールは命令した。
「彼の居場所に案内してください!いいですね!?」
「あ、あの、それはできません」
アレクはフィールに、なぜ彼の居場所を教えられないのかについて、自分が彼に助けられたこと、そしてその恩を感じている以上、フィールには迂闊に教えられないということを話した。
すると、
「そうですか……それではしかたありませんね」
と、その場を立ち去ろうとした瞬間。
「話は上で聞きます」
という言葉と共にアレクの足元に浮かび上がったのは、クーネイが用いていたものよりも何倍も複雑かつ洗練されていると直感した魔法陣。
自分の足元に浮かび上がった以上範囲は術式の上だけだと悟ったアレクは飛び退くために足に力を入れたその瞬間。
「逃がしませんよ」
空中と地面にまたしても浮かび上がった白色の魔術式から太い鎖のようなものが射出され、アレクをその場に拘束した。
その拘束はクーネイの者よりも何倍も頑強で、逃れようとする試みすら行う前に、アレクの視界は真っ白に包まれた。
数秒後、吹き飛ばされかねないほどの突風が体を打ち付けた。
「な、なんだ!?」
空に広がる満天の星空が、地上よりも近く感じる。
不規則に揺れる足場。
気づくと、自分が空に浮かぶ庭園に立っていた。
「どこだよ……ここ」
リベルナルの上空には何も浮かんでなどいない。というか、空中に何かが浮かんでいること自体もいたことないし、本当は興奮すべきなのだろうけど、今はそんな気にもなれない。
さらなる追撃に備え、あたりを見渡す。
すると、先ほどの魔法陣が数m離れたところに浮かび上がった。
担いでいたタワーシールドを構え、突進すべく低姿勢になる。
足と手に力を籠め、光が一層濃くなった瞬間に走り出した。
「さぁ!これで逃げられませんよアレクさ……ってうわあッ!?」
目前まで迫ったのは、小柄なフィールより大きな大盾。
いきなりのことに判断が遅れ、加えてもう魔術を行使する余力のないフィールは、その攻撃から逃れるべく走り出す。
しかしアレクの突進はかなりのスピードであり、避けることはできずに目前まで迫った。
庭園の崖際。
ここで押し出されては落下は免れない。
アレクはそれでも速度を緩めず、衝突する––––––––––––––––––。
極度の緊張感に時間の停滞すら感じ、ゆっくりと、しかし確実に迫る大盾。
ぶつかり、吹き飛ばされるはずの大盾は、しかしフィールの寸前で停止していた。
「うちの団長に何してんだ?アレク君」
「ユウト……助かりました」
片腕、しかも肩に手を軽く置いているだけのように見える長身の男は、それだけでアレクの行動を停止させていた。
「いきなりこんなことして悪いな。でも俺たちにもやりたいことがあるんだ。
それを阻むってんなら、こっちにも考えがある」
アレクはこの男にあらゆる抵抗は意味はなさないと悟り、盾を手放した。
「従順な態度は高評価だ。なに、別に殺したりなんかしないさ」
一切曇りのない笑顔でアレクの肩を叩くユウト。
その後、アレクは庭園の奥に構える大きな建物へと連れられ、応接室に通された。
装飾は絢爛豪華というわけではなかったが、アレクは今、自分がどこにいるのかすらわからない以上、脱出を企てる気も起きなかった。
数分後、扉の奥から現れたのはフィールとユウト。
ユウトはどかっと無造作に、たいしてフィールは丁寧にソファへと座った。
向かいのテーブルに座るアレクを一瞥した後、フィールは一緒に持ってきたティーセットに紅茶を注ぎ、促した。
「どうぞ。交易品に交じっていたのですが、以前僕たちが飲んだものと同じ、リデンスカの紅茶です」
いまだに警戒を解かないアレクは、紅茶を飲まずに口だけつけて飲んだふりをすると、ユウトが自分を観察していることに気づき、仕方なくわずかに口に含み唇を湿らせた。
「まだ警戒されているのですね。悲しいですが、仕方ありません」
「団長。もういいだろ」
何かを暗に告げられたフィールは、真剣な面持ちで正面からアレクに向きなおった。
「今まで僕は自分の正体を騙して皆さんと接していたことを謝罪させて下さい」
フィールは立ち上がり、アレクに頭を下げた。
「僕は、傭兵団ゼディアスの団長––––––––––––––––––」
傭兵団ゼディアス。その言葉を聞いて、アレクは思わず立ち上がった。
世界有数の強者を有し、その仕事に対する高い信頼度が評価されている、名高い傭兵団。
たしか、そこの団長の名前は……エ……。
「エスティエット・フィル・アルトーヌ」
エスティエット・フィル・アルトーヌ。
あのケイン帝国の学術都市、リシムスルアを首席で卒業した……稀代の天才魔術師。
そして、その右腕を務めるのは……世界屈指の実力を誇り、剣聖や獣人王とも対等に戦えるとされる、光の龍に選ばれたとされる少年、ユウト・タカナシ。
この国で暮らしていればいやでも耳に入るほどの人物が自分の前に立っていることに、極度の緊張と警戒を抱くアレク。
それと同時に納得もいったし理解もできた。
おそらく自分が今いるここは、ゼディアスの活動拠点であり母艦たる………空中船団ゼファンズ。
いくつもの大小さまざまな船が周囲を随伴し、もはや一つの町としての機能すら持つとされる船団。
その母艦たるアッドガルスにいる自分は、きっと逃げおおせる手段などない。
そもそもおかしかったのだ。
一息の間に術式を編纂しあげるフィール、いや、エスティエットの術式構築速度と比べて、クーネイのものはあくびが出るほど遅かったのだ。
それに、転移術式などそう簡単に使えるものではない。
クーネイは言っていた。効果の大きく複雑な術式ほど、術式の項は膨大な数になる、ゆえに高速構築などはできないのだと。
しかしそれを人外の速度で構築して見せたエスティエットの魔術師としての高度さたるや。
「道理で納得しました……いくら何でも術式構築が早すぎると思いましたよ。
おまけに拘束魔術の並列構築まで……やはり英雄の末席に数えられるだけはありますね」
「まあな、こいつは冠卿魔術師の称号を持つからな。
それくらいはやってのけるさ」
「……そんなお方が、なぜオレを、いや、なぜアルナレイトを追うのですか?」
アレクは、一応彼らがアルナレイトを追っていること、その理由も知っている。
それは、アルナレイトが奴隷商人であるという疑いが掛けられているからだ。
しかし、何かそれ以上の理由がありそうなのだ。そう思わざるを得ない表情を、雰囲気をしている。
「……もう嘘はつきません」
それを皮切りに語り始めたのは、ゼディアスの現状だった。
この大陸、オルトレリアには大陸内国際条約が締結されている。
その中の一項には、侵略戦争を禁じ、またそのほかの戦争行為において、自国以外の勢力を頼ること、これを禁ずるという項目が存在する。
しかし、ゼディアスは戦争に利用されている。実際には、多数の国の情報を持つため、その情報を取引するために。
オルトレリアの南側、つまり、ケイン帝国に抗い続ける国家が複数存在するこちら側では、ここ数十年表立った戦争は起こっていない。しかしそれは、互いの戦力が全くの未知数である以上、迂闊に戦争を仕掛けられない緊張状態が長年続いているということなのだ。
しかも、国々は互いに、他国すべてを最高度の警戒対象としている。その理由は、南側の国々すべては、ケイン帝国に屈することない国力を、戦力を、または奥の手を隠し持っているからだと推測し合っている。
だからこそ、他国の情報というのは何にも勝る価値を持つのだ。
それらを語り終えた後、エスティエットは肩を落として口を開いた。
「だからこそ、条約に抵触しないぎりぎりのグレーゾーンである、あくまで情報交換という形で僕たちは利用されているのです。
もう、こんなことはやめにしたいのです」
その表情は、悲壮感溢れる悲し気な、疲れ切った顔。
無邪気さなどどこにもなく、うつろ気な瞳で空を見つめるだけ。
「であれば、ユウトさんを使えばよいではないですか。
彼は世界屈指の実力を持つ。であれば、国家の一つや二つ」
滅ぼすのに訳はないでしょう、という言葉を遮って、ユウトは口を開いた。
「俺が世界屈指だなんて、俺たちが自分の、仲間の身を守るために流した嘘に過ぎないさ。
俺なんて霞むほど強い化け物がこの世界にはうじゃうじゃいるさ」
「で、では!エスティエットさんの伝手で帝国へ戻ってはいかがですか?」
「そんな恐れ多いこと、あの方の前でできるわけがないでしょう」
エスティエットが怯えながらに言うあの方、それはきっと、ケイン帝国をおさめる皇帝のことだろう。
この大陸でもっとも強い発言権を持ち、それに従わぬものなどいないとされるその者に、いかにエスティエットといえど頭が上がらないのだろう。
「でも、それでもアルナレイトを追う理由にはなりませんよね……?」
何一つ関連性のない話ばかりで先が見えないのだが、エスティエットはそこではじめて自分の意思で口を開いた。
「このゼディアスは、僕が一人ひとり声をかけて作ったのです。
その基準は単純に、僕たちゼディアスの未来をより良いものにしてくれるだろうという、単なる勘に過ぎないものでしたが………。
それでもここまでこれたのです。きっと僕の勘は正しい。
だったら、アルナレイトさんを僕たちの傭兵団へと加えて、どんな化学反応が起こるのか見てみたいのです。
彼の得体のしれない気配に、目に見えない運命を感じたのです」
その本音を聞いたユウトも、その意見に異論はないようだった。
「俺たちはエスティの勘に従ってここまで来た。こいつには、それを正しいと感じさせる雰囲気があった。実際ここまでこれたしな。
だが、国を相手するとなりゃ、さすがに限界が来た。
そこで、不意に立ち寄ったリベルナルで、あんたらを見つけたってことだ」
エスティエットはアレクの手を両手で握り、懇願した。
「本当にお願いします……彼らの居場所を教えてほしいのです」
歎願されようと、アレクは彼らに居場所を教えようか考えあぐねていた。
それも仕方ない。この一週間で一度、すでに信じられる仲間だと思っていたパーティメンバーに裏切られているのだから。
だからこそ思う。
自分が裏切られて、そのつらさを知っているなら、そんなこと決してしてはいけない。
しかしそこで、アレクの脳裏に一つの考えがよぎった。
この船があれば、アルナレイトの元へ行けるのではないだろうか、と。
……オレはどうすればいい。
ここにはもう、俺の居場所はない。
しかし、彼らの元へ行くには、移動手段がない。それが俺の、アルナレイトのところへ行けない一番の理由だった。
しかし、彼らにそのことを話せば、自分の欲望は果たせるが、アルナレイトからの信頼を失ってしまう。
俺はその日、夜が明けるまで考え抜いた。
そして、一つの結論にたどり着いたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。




