表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/121

第5話 理外権能

 少し進んだ先で見つけたのは、奇妙な草花の群生地だった。

 真っ白な花に黄色い幾つかの管が延びる、どこかスノーフレークのような花が、満遍なく咲いている。

 管の先には透いて中が見える小さな器のようなものが付いており、そこには緑の液体が濁りなく溜まっている。

 

 「さすがは異世界、見たこともないしょ、く」


 植物と言い終わる前に、俺は近くの岩場に身を隠した。

 草花の群生地を挟んだ向こう側にある、背の高い草叢が揺れた。風も吹いていないのに、だ。

 初めての生き物と接触する俺は慎重に観察すべく、顔を少しだけ出して見つめる。

 

 「きゅい~……」


 そこに現れたのは腹に傷を負った、鹿に近い二匹の動物だった。

 片方が傷をなめ、必死に励ましているようだった。

 一瞬、食料を得る機会かとも思ったが、躊躇ったのちに冷静に戻る。

 あの生物が手負いとはいえ、武器もない俺に勝てるわけはないだろう。

 もしかすると、理外の力を得た俺の体は超人的な身体能力を獲得しているのかもしれないが、試したこともない今、それを実行するのは愚かとしか言えない。

 

 水はとても腹持ちがいいとは言えず、体は空腹に正直だった。

 しかし命を奪う気にもなれず、目の前の二匹の行動をただひたすらに観察する。


 「きゅい!きゅい!」


 一匹が花の一輪を口で器用に千切ると、それをもう一匹の口に運ぶ。

 それを受け取った手負いの方は、花の器にたまる緑の液体を管ごと飲み込んだ。

 それを何度か繰り返し、口に含んで傷口をなめる。

 ……すると。驚くべきことが起こった。

 なんと、傷が異常な速度で再生していったのだ。

 どうやらあの花にたまっている液体は、回復効果があるようだ。

 それに、管ごと飲み込んでいたところを見るに、飲み込んでも問題はないのだろう。

 花の内側から緑の液体が、管を通って下りていくのが見える。きっとあの液体は花の蜜なのだろう。


 傷が治った一匹は元気すぎるくらいに駆け回り、どこかへと二匹で去っていった。

 

 「……なるほど。この森に生きる生物の、回復手段として使われていると。

 でも、人間の俺に効果があるのかどうかわからないな」


 以前どこかで聞いたことがある。

 犬にはチョコレートを食べさせてはいけないように、体の組成が近しい生物でも猛毒になるようなものが存在している。

 あの鹿のような動物には回復効果をもたらすが、俺のような人間には有害な物質である可能性も否定できない。


 俺に有害な物質かどうか、問題はそこだ。

 ふつう、なんの装置や試験キットも所持しておらず、また特別な知識を持たない人間に、その物体が人体にとって無害か有害かを調べる術はない。

 

 だがしかし、今の俺にはあるのだ。

 俺にしかできない、有害かどうか"調べる"方法が。


 「使ってみるか。アレを」


 理外権能。これから俺がこの世界で生きていくのに、必要不可欠な力。

 そういえば、選ぶのには随分と苦労した。俺の選んだ権能はすべてで四つ。

 そのうちの一つが〔解析〕という権能だった。

 一体どんな効果があるのかと残滓には聞いたが、その回答は全く参考にならないものだったことを覚えている。

 この〔解析〕の権能の効果を聞いたときに帰ってきたのは「対象と定めた事象を〔解析〕することができる」という、全く具体性のない回答。

 就活の面接なら「もっと具体的に」と突っ込まれてしまうだろう。

 というか、本当にそれしか答えてもらっていないのが恐ろしい。

 〔解析〕の権能を使う際、いったいどうすればいいのかすら聞かされていない。


 「……う~む。どうしたもんか」


 もしかすれば、漫画やアニメでよくありがちな、いわゆる"ステータス"とやらを出して使う類なのかもしれない。

 思い立ったことはすべて試してみるべきだと思い、実行してみる。


 「ステータス、オープン」


 ……何も起きない。きっとそういう仕組みではないんだろう。

 だとすれば、いったいどうすればいいのだろうか。

 ほかに思いつくとしたら〔解析〕と唱えるくらいしか……。.

 試してみよう。


 「〔解析〕」


 もはやお約束の展開か、何も起きない。

 いや、まてよ。

 たしか残滓さんが答えていたのは……「対象を定めて」〔解析〕する。だったはずだ。

 俺は今、権能を使うことに意識を向け過ぎていたせいで、うまく発動しなかったのかもしれない。


 よし、もう一度やってみよう。


 対象を……明確に定める……。


 「花の蜜が有害か〔解析〕する」


 そう唱える……すると。

 初めに起きたのは、感覚の変化だった。

 何かと接続され、瞬時に万能感が全身に沁み渡る。まるで体が光になったかのような感覚の軽さに驚きながらも、次に起きた事象は更なる驚きを掻き立てるものだった。


 〔解析対象:リデンスカの花の蜜|解析判定:無害〕


 その情報が、瞬時に思考内に出現した。

 どこからともなく表れたそれは、不思議な響きを持つ物だった。

 文章のような、声のような不定形なそれは、明確に思考の中に情報を開示する。


 「どうやら成功したみたいだな」


 きっと、明確に対象を定めないと、権能は発動しないのだろう。

 そして、花の蜜が無害かどうか。それのみを〔解析〕したがゆえに、その結果しか情報を手に入れられなかった。

 つまり、傷を回復させる効果があるのかどうかは不明なのだ。

 したがって、もう一度しなければならない。もしかすると、複数の対象を指定可能なのかもしれない……試してみるか。

 たしか、花の名前はリデンスカといったかな。

 花自体が可食性を有しているのかも、ついでに〔解析〕してみようか。


 「……対象、リデンスカの花の蜜にはどのような効果があるのか、また、花自体は食べられるのか〔解析〕する」


 と、少し複雑に、多くの情報を得るために唱える。

 すると、先ほどのような万能感とともにその情報が開示される。


 〔解析対象:リデンスカの花の蜜と花

 解析判定:花の蜜には生物の負傷を即座に再生させ、不調の原因を取り除く効果を持つ。

 また、花自体の栄養価は高く、可食性を有している〕


 ──ふむ。これはかなりの幸運だ。

 まさか、回復薬を手に入れることができるとは。

 とはいえ、どう持ち歩こうか。試しに一輪だけ千切ってみることにした。


 「ごめんよ」


 根本から掴み、優しく引き抜く。

 すると…数十秒した後に、すごい速さで萎んでしまった。

 色も枯れた花のように痛々しい様に変わり、罪悪感に苛まれる。

 理外権能で〔解析〕したところ、如何やら地面から引き抜かれて数十秒したら枯れてしまう花だった。

 薬になる液体も、手に溢れた少量を除き蒸発してしまった。

 これは先に調べてからするべきだったな…。


 手についた蜜を舐めると、蜂蜜のような濃厚な甘さが訪れたと同時に、瞬時に甘さは消え、後には引かない。

 どうやら、蜜だけなら持ち運べるみたいだ。とはいえ、容器がないのが問題だ。

 理外権能に、貯蔵なんてものがあればよかったんだが…と後悔しつつ、どうにかして持ち帰れないものかと頭を捻る。

 いや、ある。あるじゃないか。

 近くの岩を見据える。あれを容器に加工出来れば良いのだ。

 そしてその手段を俺は持っている。

 そう。理外権能だ。


 「俺の理外権能は全てで四つ。そのうち二つを使えば可能だろう」


 〔解析〕の他に選んだ二つ。

 それは〔分解〕と〔再構築〕だ。

 彼ら、俺に使命と理外の力を託した彼ら…残滓によれば〔分解〕と〔再構築〕の権能が宿す効果も〔解析〕の権能の効果を聞いた時と同じ返答で「対象を〔分解〕〔再構築〕」する効果だという。

 残滓さんが言っていた「対象を定める」手順を踏めば〔解析〕の権能と同じように、発動できるだろう。


 俺は対象…大きな岩に意識を向けて、対象を定める。

 …そう言えば、残滓は俺を転移させる時、俺とは違って対象名称を口にしてはおらず、ただ転移とだけ言っていた。

 もしかすると、対象をしっかりと自分の意思で定めていれば、言葉にする必要はない…のかもしれない。

 試してみようか。


 すうっと息を吸う。深く深く。

 花の蜜の香りと、樹木の放つ香りは集中を促進させてくれる…そんな気がした。


 ……岩を、壺と蓋の型に〔再構築〕する。

 しかし、何も起こらない。

 よくよく考えてみると〔再構築〕というのは、複数の要素の組み合わせで成り立っている物事の、要素の組み合わせを変えて、従前とは異なる様子につくり上げることを指す。

 つまり、作り直すためには、作り直す段階を踏む必要があるのではないかと思う。

 そう。一度〔分解〕してからでないと、効果を発揮しないのだろう。

 念の為に選んでおいた〔分解〕の権能に意識を切り替え、目の前の岩に意識を集中させ、対象を定める。


 …岩を〔分解〕する。

 心中で唱える。すると……奇妙な光景が目の前に展開された。

 なんと、岩が青い粒子となって消えていくのだ。

 慌てて〔解析〕してみると、どうやらその青い粒子は"理外素"という状態にあるものらしい。

 小さな石に〔分解〕しようと考えなかったため、権能の効果が自動的に岩を理外素に〔分解〕したらしい。

 その理外素とやらは、"あらゆる事象の元"となり、また、理外の力に由来する効果を除く、あらゆる干渉を受けないというものだと〔解析〕の結果では示されていた。

 あらゆる事象…ってのがよくわからないが、要するに、これを使って〔再構築〕すれば、薬液を入れるための瓶を作れるのではないだろうか。

 あらゆる、と説明されているからには、ガラスのような割れやすい素材でなくてもいいのかもしれないな…。

 だったら、強化アクリルガラスのような、水族館に使われる硬度を持つものだって作れるはずだ。


 早速試してみよう。

 理外素を、強化アクリルガラスに変えて…それを瓶と蓋の型に…〔再構築〕する。

 そう心の中で念じると、周囲を漂っていた青白く儚い仄かな輝きを放つ理外素は、俺の目の前に集まり…そして。

 粒子は瓶と蓋の形に並び、一部が実像を持つ。それは侵食するように広がっていき、最終的には目の前には透明な瓶が浮かんでいた。

 〔再構築〕が終了した途端、重力に引っ張られて地面へ落下しそうになるのを手で受け止めると、ガラスではありえない質感と重さを感じた。


 「どうやら…成功したようだな」


 呆気無くアクリルガラスなんて謂う、異世界味の欠片も無い化学技術の産物を、異世界に召喚してしまったのはいいのだろうか。

 それにしても、アクリルガラスが作れるということは、この世界にも物理法則は存在していることの証明にもなる。

 とは言え、理系では無い俺に科学体系を興すなんて、出来やしないしな。

 一応、瓶の中の雑菌を〔分解〕して消毒しつつ、またしても思いつきを実行する。


 「岩は俺から2mほど離れているが〔分解〕〔再構築〕するときは、物理的な距離は無視できるみたいだな」


 てっきり岩のあった場所に瓶が出現すると思っていたのだが、自分の周囲に出現したのをみるに〔分解〕するときは距離を無視できるが〔再構築〕するときは自分の周囲に限定される…のかもしれないな。

 いや〔分解〕にできることが〔再構築〕に縛りがあるとは思えない。

 自分の武器の性能を知るためにも、色々と試してみる必要がある。


 俺は岩のあった場所の近くに瓶を蓋をして置く。

 そして、花畑全体と瓶に意識を向けて…対象を定める。

 ……リデンスカの花の蜜を一瓶分〔分解〕して、瓶の中に〔再構築〕する。

 花から仄かに輝く青い粒子が舞い、まるで蛍の住む川沿いに来たような光景に包まれると、直後にその粒子––––––理外素は、瓶の中に瞬間移動的に収まり、やがて美しい山々の緑を凝縮したような液体となって瓶の中に溢れた。

 

 「なるほどな。

 距離は関係なく、俺が認識できる範囲には権能の効果を発揮出来る…みたいだな」


 それ以外に理外権能において判明していることは、

 ・権能を発動させる際、対象を明確に定めておくこと。

 ・続けざまに発動させられること。

 この二つだ。

 明確に対象を定めなければ発動しない所を見るに、おそらくこれが発動の最低条件なのだろう。

 どうやら理外権能の発動は、精神力をかなり使う。

 それでいて発動させる際にはしっかりと骨組みのできた思考を行わなければ、望む結果は得られない。

 とりあえず、定める対象が液体であれ固体であれ効果を発揮するところを見るに、物理法則に干渉する能力なのだろう。

 まだまだわからない部分が多く、扱うには難しい能力ではあるが、使い方の要点さえ押さえれば、かなり強力な代物であることは間違い無いだろう。

 

 「さて、これで多少の怪我を負っても大丈夫そうだ。

 花も食べられるというし、少しばかり詰まんでみようか」


 花を摘み口に運ぶ。その味はなんとも奇妙で、言うなれば「蜂蜜が沁み込んだキャベツ」だった。

 甘いキャベツを食べながら、ちょうど真上に登る燦々と輝く太陽…のような恒星を仰ぐ。

 一体どのような天体にこの星があるのかわからないが、この星は、地球と似た環境のようだ。

 息も出来ているし、太陽のような星が頭上では存在をこれでもかと主張している。

 元の世界で言えば、今はちょうど十二時あたりなのだろう。こっちに来てから約三時間ほど経過しているところを見るに、時間の感覚も非常に近い。

 とすれば、あと六時間もしないうちに暗くなってしまう。それまでに安全に夜を超えらる場所を見つけないといけない。

 近くに村か街かがあれば良いのだが、またしても下流に沿って歩いていくしか無いだろう。

 

 「やっぱりやることは同じか。

 近くに人がいる事を祈りながら進むしか無いな…」


 直径二十センチほどある瓶を両手で掴み、続く下流に足を運ぶ。

 一歩を踏み出すと同じくして、ひとつの不安が浮かぶ。

 近くに村があったとして、話は通じるのだろうか。

 この世界は異世界。世界が異なるならば、当然文化も違い、それは使う言葉すら異なることを表す。

 異世界語なんて一切知らない俺にとって、村を見つけられたとしても、泊めてもらえるかはまた別の話。

 しかし向かわざるを得ないため、言葉が通じなくともコミュニケーションを取る方法を考えつつ、二歩目を踏み出した。

お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ