第57話 再会は唐突に
お待たせ致しました。
次話は明後日までに上がります。
いつからか気づくと、またしても新たな理外権能を獲得するときに呼ばれていた謎の空間に来ていた。
前後の記憶は怪しい。現実の俺はいったい何をしているのか。
などと考えていると、おなじみの声が響いた。
(へぇ、こっちの君はそんな性格なんだね……っても、あんまり変わっていないか。あはは)
いきなり聞こえてきたのは、記憶などない残滓らしからぬ発言だった。
(そうだね、あまり時間もないし伝えておくよ。
君の新たな権能は––––––––––––––––––〔加速〕だ)
〔加速〕の権能か。これまでのものと違って使い勝手がよさそうだな。
(ああ。でも気を付けるんだよ。使い方を間違えば、体が弾け飛んでしまうからね)
どんな権能にだってリスクはあった。
〔解析〕の権能だって、町一つを〔解析〕しようものなら、町という存在を構成する側面の情報すべてを取り込んでしまいかねない。建造物の数から、家具の数。人の数に、地形、そしてそれらを校正する元素、原子核の個数すら自分の脳にぶち込んでしまうのだ。その結果廃人と化す、なんていう恐ろしい副作用がある。
(ああ。だから気を付けるんだ。
君に与えられた力は、あらゆるものを悉く凌駕する。しかしその強さゆえに、人としてにとらわれる君は、その力を使いこなすのは難しいだろうから)
ほんとうにそうだ。万能の力を与えられた人間など、使いこなせずに死ぬと相場が決まっている。
(……なぜだか親しみを感じるあんたに聞きたい。
………理外の力とは、何なんだ)
数秒の間をおいて、その言葉は脳内に反響した。
(以外を満たすモノ。そして、満たしたすべてと同じモノ。
気を付けるんだよ。それは今の君に与えられる力ではなかったのだから)
その言葉を最後に、俺は揺さぶられる感覚で目を覚ました。
◆◆◆
気付けにヌルが俺の肩をもって揺さぶっているところで目が覚めた。
周囲は土煙に覆われ、一寸先すら見渡せない。しかし感覚的にはそこまで移動してないだろう。
「ヌル、何が起きた?」
「ああ。超高濃度の光素反応の急接近を感知した瞬間、建物が砕け散った」
ヌルの説明中に俺がカグラを追ってここに来たことを思い出した。
周囲には瓦礫や残骸が、元の建物の見る影もなく完全に破壊されている。
そのことを理解し、俺はやっと気づいた。
何者かが起こした建物の破壊。その衝撃で俺は気絶していたのだ。
日は沈み、暗闇と土煙が視界を埋め尽くしている。
そんな中で、頭上からまばゆいまでの光が地上へ照らされた。
「上空で多数の魔力反応を感知……。何かが上にいる」
俺はあまりの土煙のひどさに、どうにかしようと理外権能を使おうとしたその瞬間。
一層一際強い光が駆け巡った。
そのあとに聞こえてきたのは、どこかで聞いたことのある声だった。
「おっせえなぁ!」
「くそがあぁっ!」
剣戟音が周囲に響く。
何とかして刃圏から逃れなくては、と刀を引き抜いた。
その音、刃の反射する光に感づいた声の主が迫ってきていることを感じ、俺はすぐさま【権能多重行使戦闘状態】に移行。
肉体に流れる【未踏剣術】は、前方から迫る拘束の攻撃に対し最善の太刀筋で受け流した。
その異常な速度による、義手の接続部分がぎりぎりと痛み、刀もぎぃぃん、と震えている。
攻撃を受ける瞬間に〔分解〕の権能を刀に纏っていれば……と思ったが、判断力と精神力を大きく消費していたためにそれは無理だろうと結論に至る。
男の攻撃の素早さたるや。
周囲に立ち込めていた砂埃を一瞬にして吹き飛ばし、その風貌をあらわにした。
「………お前、どこかで」
そこに立っているのは、刃が半ばで折れた剣を持つ長身の男。
薄着の下からでもわかる盛り上がった筋肉の逞しさ、しかしどこか幼さを感じる顔つき。
そして、明らかに人のものではない黄金の瞳。
その姿を理解した途端、この男がフィールと共に行動していた奴だとすぐに理解した。
「……チッ」
俺は瞬時に刀を構え直して男に最大限の警戒を向ける。
「確かお前、エスティ……いや、フィールか。あいつから聞いたぜ。
名前はアルナレイトだったはずだ」
目の前の男は俺が構える刀と、後ろに身を隠すヌルを少しばかり長く見つめた。
何かを察したように髪をかき上げると、俺に視線を向けた。
「お前……奴隷商人だったかよ––––––––––––––––––外道が」
––––––––––––––––––瞬く間に放つ気配を変えた男は、険しい顔つきに変えた。
やばい、絶対勘違いされた。
「待ってくれ、こいつは奴隷じゃない」
「黙ってろ。悪人はその場限りの嘘で逃げようとするもんだ」
一層強い威圧感は顔を打たれたようなイメージを俺に想起させ、思わず一歩後退してしまう。
その際の重心のズレを、男は逃すまいと攻撃を仕掛けた。
「くそッ!」
男の一撃は人間ならざる肉体から放たれた如き一撃で、機巧種の作り上げた装備でさえその威力を相殺しきれなかった。
隙をついた攻撃、その速度は凄まじく受け流すことは叶わず、刀で受ける形となった。
刃折れの剣のはずなのに放たれた攻撃は魔物の数倍の重さを持ち、まるで巨岩に切りかかったような斥力を感じた。
太刀筋を見てわかる。
こいつの戦い方は、実戦で培われて野生で磨かれた、天性の才能。その結晶だ。
我流だというのに無駄がなく、自分の得意分野を最大限押し出せるだけに洗練されている。
「なかなかやるじゃねぇか」
鍔迫り合いへと移行し、俺と男は互いの刃を接点としてせめぎ合うが、その刃の交差点は俺にほぼ接していると言っていい。
男が崩し技を用いればすぐさま体勢を崩しかねないというのに、なぜ男はそうしないのか。
すぐにその答えが来た。
「てめぇ、刃を交えたくせに顔も見せねぇのか?」
「……悪いな、顔だけは見せられない」
保守的な野郎だ、というと同時に左手が伸びて、俺の顔面を鷲掴みにした。
「せめて面ぁ、拝ませろや」
その握力はまさに万力。引き剝がそうにも全く動かない。
というか、掴んだ腕は明らかに太い。
「何がどうなってやがる……」
「首ごと千切っても文句言うんじゃねぇぞ!」
力みが増し、ヘッドギアの視界が赤くなった。損害率が90%を超えたという知らせが表示され、顔を見せるか頭をつぶされるかの二択を迫られることとなった。
【アルナレイト……私に合わせろ。いいな?】
焦燥感に駆られ不味いと思ったとき、ヌルがそう言った。
何をするつもりだ……?
ヌルは頭部を掴む男の気を自分に集めると、これまで聞いたことのない声で言った。
「……やめ、て……その人、殺さないで……!」
まるで幼い子どものように、泣きそうな気配を言葉に含ませて、震えた声だった。
「……お嬢ちゃん。この人とはどんな関係なんだい?」
「その人は……私を救ってくれた、命の恩人……なの」
すると男は手を引っ込めた。
「………ありがとう。助かった」
「うん、いいの……あなたが助かれば」
男が手を離した後、
「終わったぞ、フィール」
と呟いた。その後、上から声が降ってきたため思わず上を見上げた。
そこに広がっていた光景には、腰を抜かしそうになった。
視界に入ったのは、船。それも、空に停泊し風に揺られている。
空中にいくつもの大小さまざまな船が浮かび、それらが互いに繋がれ、最も大きな船を取り囲む。
見事な空中船団に驚きを隠せないでいると、そこから降ってくる少年。フィールだった。
「あ!あなたなぜそんなところにいるのですか!?」
これは説明が面倒なことになりそうだなと思ったその時、相手にいちいち説明する必要はないことに気づいたので、俺はその場から自然と立ち去ろうとした。
幼女の演技を続けるヌルに手を差し出し、繋ぐ。
脳内で思い浮かんだイメージは、戦火を逃れ一人生き残った少女を孤児院に連れて行く剣士といったところか。
その剣士を演じ、なるべく意識の外側へ。背景へ、景色へと紛れる。
だがもちろん、何もなかったかのように逃げ出すことなどできず。
「何を立ち去ろうとしているのですか?手伝ってもらいますよ!」
と俺の手を掴むフィール。
確信した。こいつは絶対に只者ではない。ここで彼を振りほどけば、今後何かしらの形で不利益を被る。
そう確信したからこそ、俺は彼に向けて手伝う意思を伝えることにした。
「止まってくれましたか」
「それで、何をすればいい?」
「僕たちがここを攻撃したのには理由があります。
ここでは国際条約にしっかりと明記されている違反行為……生命の売買を行う行為。これを禁ずる、という条項を明らかに違反しています。
その違反を正し、不当な契約により生命の尊厳を汚す行為をやめさせなければなりません。
あなたには現在、奴隷商人という重罪の疑いが掛けられています。
拘束および尋問ののちに事実確認を行いますので、身柄を拘束させていただきます」
まるで警察のようなことをいうフィール。
なぜこのこどもは国際条約を知っているのか。外見からはそうとは思えないながらも、それ自体が彼をただものではないと強く示している。
「身柄拘束のついでに、奴隷として扱われている民間人の救出をお願いします。
ユウトの能力であれば民間人に被害を出さない範囲で建物を崩壊させているはずですが……」
ついでってなんだよ。ついでって。
ひとまず結果から言うと、民間人救助を任ぜられた俺たちは、理外権能とヌルの技術をもって瓦礫に埋もれたすべての人たちを救出することに成功した。
俺では魔性筋繊維搭載型義手と魔性筋繊維身体能力補助装備を使っても持ち上げることが困難だった大きな瓦礫を片腕一本で取り除くユウトと呼ばれた人物。
ユウトというの名前を聞いて浮かび上がる漢字の名前なんていくらでもある。
それくらい日本人にとって彼の名前はスタンダードかつポピュラーだ。
そして、そんな名前を持っているということは、彼は当然………
……––––––––––––––––––異世界からの転生者。ということになる。
「まさか俺と同じ日本からきている奴がいるとはな」
「ん、なんか言ったか?」
現代人のような砕けた言葉遣いではなく、こちらの世界に染まっているという点からこの世界に来て長いだろうということが窺える。しかしそれ以上の情報を名前や容姿から判断することはできない。
「っと、あんたは大丈夫そうだな。九尾のお姉さんよ」
片腕で最後に引っ張り上げたのは、俺とヌルが追っていたカグラだった。
ユウトはカグラのことをまじまじと見つめると。
「って、アンタ……こんなとこにいていいのかよ!?」
「……フン」
ユウトとフィール。彼らがどういった人物なのか現時点で判断することはできないが、カグラの名前とその本来の身分を知っているというのであれば、世界情勢に詳しい人物ということになる。
あとからやってきたフィールも、カグラを見るなり深く頭を下げた。
「これは、お初にお目にかかります。カグラ・カンナギ様」
「はぇ~めっさ美人……てか」
胸でっけ……と小声で呟くユウトの発言内容に視界を誘導されないようにしつつ、カグラの顔を一瞥する。
確かに、元居た世界では見たことないほど美人だ。それこそ、テレビの向こう側の人たちなど比較にならないほどに。レアンやイリュエル、レヴィエルとはまた違った美しさに思わず目を奪われそうになるほどの魔力の持ち主だ。
俺がそのように考えていると、その思考を読んだといっても過言ではないほどの軽蔑した表情を浮かべたカグラが、初めてその口を開いた。
「醜い猿と堕ちたる光の龍を宿す程度の者が、吾に如何様か?」
……こいつ、もしかしてものすごく口が悪い?
それが、初めて口を開いた彼女に対する印象だった。
「いえ、なぜこのような場所におられるのかと、ただ疑問に思っただけにございます」
「うぬらに吾が事情を説明すると?かか、片腹痛いことよのう」
だいぶ古風な笑い方すんなぁこいつと、ちょっと失礼なことを思っていると、カグラは俺とヌルを見るなり、眉をひそめた。
「……魔力を感じん。何者じゃ?うぬは」
「答える義理はないな。だが、一つ言えることがあるとすれば、あんたに国を離れられちゃ、こっちとしても不都合なんでね」
「あくまで真を話す気はないと……気に入らぬな」
冷たい視線を俺たちに向けるカグラ。
おれ、何かしたか?
「ひとまず、話は上で聞きます」
そういいながら船を指すフィール。
話もままならないままに連れて行かれそうになるが、俺があの船に乗ると、もしかしたら地面に墜落してしまうかもしれないので、ここは乗るのは避けるべきだ。
「フィール、悪いが船には乗れない。この子が怯えてる」
つい数秒前まで一切そんな様子を見せなかったヌルは、いきなり俺の手を握って身を摺り寄せてくる。
「……こわい」
怯えた様子のヌルを見て、フィールは申し訳なさそうに目を伏せて言った。
「わかりました。ですが、アルナレイトさん。あなたとその子の関係がはっきりとしない以上、明日もあっていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「……ああ、わかった」
もちろん噓だ。
俺たちはもう目的を果たしている。これ以上ここにとどまる必要はない。
ヌルに言えば明日にでもここを出発するだろう。
「……たすけた人たち、どうなるの?」
幼い子供を演じるヌルは、フィールにそう言った。
そう聞かれた彼は、安心させるために満面の笑みを浮かべて伝える。
「大丈夫ですよ!僕が皆さんを保護しますので!」
その言葉に、ほっとした反応を返すヌル。
「……よかったぁ」
「フィール。俺はこの子を保護してもらう場所を探すから、もうこの辺でいいか?」
「はい。ではカグラ様。あなたの身柄はこちらで預からせていただきますので………」
カグラの身を引き取ると言ったフィール。
フィールのバックボーンを知りえない以上完全に安心できるわけではないが、それでも彼の人となりを推察するに、彼女を無碍に扱ったりなどはしないだろう。
これでまだ比較的安心できる……と思っていた矢先。
「いやじゃ、吾はアルナレイトとやらについていく」
「………は?」
いやいやまて、なんで俺なんだよ。
なぜ彼女が俺を選ぶのか全く意味が分からない。
「……よいな?アルナレイト」
「断ったらどうなる?」
「わかっておろうな?」
疑問符に凄まじい圧力を掛けてくるカグラの威圧感に気圧され、俺ははい、と弱弱しい言葉をつぶやくことしかできないのだった。
◆◆◆
「で、なんであんたは俺についてきたんだ?」
俺は夜の繫華街を帰りながら、美少女と金髪九尾娘を引き連れて歩くことになってしまったわけだが、ここは異世界。それほどおかしな光景でもなかったのか、異様な目で見られるのは俺のヘッドギアだけのようだ。
「……うぬ、まさか気付かないとはな」
「なんだよ」
カグラはまるで誰かに付けられていないかを確認するように後ろを振り返り確認してから言った。
「あやつらふたり……まさか帝国の手先だとは思わなんだ」
「……帝国?」
何やら物騒な単語が出てきたな。
この世界で帝国というと、出てくる名前はひとつしかない。
「まさか、あの二人がケイン帝国の者だと?」
ケイン帝国。
それは、レギオ村が存在するアレイン平野を含むこの大陸……オルトレリア大陸の三分の一に匹敵する規模を誇る大帝国だ。
帝国主義を掲げるこの国は、幾多数多もの戦争に勝利し、膨大な数の国家を己が領土へと変えてきた、いわば戦争国家。
その軍事力、魔法を用いた技術は凄まじく、大陸内最強の国家の双角、その片側としてその名を轟かせている。
「こんなところにケイン帝国からの者がいるとは思えないけどな」
「なぜだ?」
「あの国はリベルナル以上の商人たちが集まる交易区を抱えているはずだ。この交易国を利用している商人は皆、ケイン帝国からの侵略戦争に耐えている国家からの商人だけだからな」
俺たちの住むレギオ村のあるアレイン平野は大陸の東側に位置している。
帝国の領土は四つの強大な力を持つ国家によって侵攻を妨害されており、なおかつ大陸の東端に位置するアレイン平野に、すぐさま帝国が攻め込んでくることは考えられない。
とはいえ、周囲に他種族の国家が存在していないわけではないので、完全に安心できるというわけではない。
「母国にも帰れん。かといってケイン帝国に連行されるなど、何をされるのか見当もつかん。
なら吾の取れる選択肢は、うぬらについていくことだけじゃ」
「そうかよ。でもその尻尾と耳は目立ちすぎる。これでも被ってろ」
俺が羽織っていたロングコートを投げて渡すと、カグラは少し匂いを嗅いだあと、それに身を隠した。
フードもついているため、それを被せて耳を隠させた。
いちいち匂いを嗅ぐ必要なかっただろ……と思ったがもしかして俺って臭い?と傷心気分になってしまったのだが、別に嫌という態度は出ていなかったし、というか買って二日だし、菌や汚れは〔分解〕しているのだから臭いわけないし!
と、俺は内心言い訳をまくし立てていたのだった。
名前:アルナレイト(或川黎人)
性別:男
種族:人間
技量:低の高(〔模倣〕時のみ中の上)
筋力:低の普(義手のみ中の下)
速力:低の上
体力:低の上
運命力:無し
知力:低の上
生命力:無し
魔力量:無し
魔法適正:無し
使用可能魔術:無し
獲得済み理外権能:〔分解〕〔再構築〕〔模倣〕〔解析〕〔記憶〕〔歪曲〕 +〔加速〕
所持スキル:無し
使用武器:刀
武装:魔性筋繊維搭載型義手。
・魔性筋繊維身体能力補助装備。
・多機能補助情報端末。
備考:理外の力を持つため、精神支配系の効果および直接的な魔術、魔法干渉をすべて弾くが、回復系統のスキルや魔術などの効果を得られない。
理外権能の効果は「定めた対象を〔~~〕する」効果。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。




