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第56話 彗星

大変お待たせ致しました…。

次話の投稿は一応明日を予定しておりますが、予定が狂いまくっておりまして……。

早めに上げられるよう頑張りますね。


日間ランキング21位ありがとうございます!

詠んでくださる皆様のおかげです!

これからも応援宜しくお願いします!

ヌルの協力者であるリオンと合流を果たした。ヌルの手引きによって俺たちの仲間となった彼女の本業(今となってはそこに「元」と語頭についてしまうのだが)は情報屋であり、ことその手の話において彼女は強力で頼もしい味方になってくれるだろう。

 

 俺は、昼前の人通りの少ない交易国大通りに店を構える装飾品店でそんなことを考えていた。


 「……オレだって気になった女の子を連れていくために品揃えのいい装飾品店をたくさん知ってるのに……」


 横で肩を落としがっかりしているアレク。

 先ほどアレクの案内によって別の装飾品店に行ったが、そこではレアンとイリュエルは五分と経たずに店を出てしまったのだ。


 ちなみに彼が案内したのは、修学旅行のお土産なので男がよく買うであろう、龍だのなんだのがついたキーホルダーだった。小さかった頃の俺は確かにかっこいいとは思ったが、今は少しだけ気恥ずかしい。

 とはいえ効果は本物なのだ。しかしその見た目があまりにも男性向けなため、イリュエル、レアンは引きつった笑みを浮かべていたのは言うまでもない。


 ヌルは性能を優先するタイプだが、さすがに様々な観点から見て女性があれを持っているというのは他人からおかしな目で見られかねないため、彼女も却下としていた。


 謎の手ごたえを感じていそうな表情のアレクが次第に落ち込んでいく様を見て微妙な空気になったため、俺はリオンの情報屋という商売柄を考えて、彼女ならばいい装飾品店を知っているだろうと思い訪ねてみたが、これが正解だったというわけだ。


 こうして、今はイリュエル、レアンはきらびやかな装飾品に同じくらい目を輝かせて女子トーク前回だ。

 ヌルも珍しく興味があるようで、三人はいろいろな装飾を試しては棚に戻してを繰り返している。


 ちなみにイリュエルとレアンは、リオンのことに説明をするとすんなりと受け入れてくれた。

 他種族ならば恐怖したりしただろうけれど、同じ只人同士ならばそう言ったことは今後もなさそうだ。


 「ねーねー!アルナ!これとかどう?」

 「私のもどうかしら?」


 二人して耳に着けたイヤーカフスをこちらに見せて感想を聞いてくるので、俺は「いいと思う」と当たり障りのない返事をしておく。

 すると二人はその反応にあまり納得いかなかったようで、頬を膨らませてこちらに来るよう手招きされる。

 しまったなと思った俺は、具体的に褒める言葉を構築しつつ、アレクと一緒に店に入った。


 「具体的にどーいうとこがよかったのか教えてよ!ね?」

 「えっと……」

 「そうよ。一言だけじゃわからないわ」


 二人は本当にかわいいと思う。だから褒める言葉なんていくらでも浮かんでくるのは当たり前なのだが、忘れないでほしい。ここで気の利いた一言で二人を喜ばせられるのなら年齢=女性未経験歴を貫いてなどいないということを。


 「えっと、なんだ、その……」


 俺は逃げ道を探して言い淀んだが、二人の視線は返しがついている銛のように突き刺さり、逃げることは状況的にかなわないと理解した。

 苦し紛れの一言でも言わなければ、今日一日二人を不機嫌にしてしまうのなら……と思い切って最初に浮かんだ言葉を口にした。


 「二人とも……似合ってるよ。すごくかわいい……と思う」


 顔の側面がこれまで以上ないほどに熱を帯び、きっと耳が赤く染まっているのだろうと思い、汗を拭くふりをして耳を隠そうとしたがもう遅かった。

 二人は俺の顔を見ながらニヒルな揶揄いの微笑みを浮かべていた。


 「な、なんだよ……事実を言ったまでだ。嘘はついてない」

 「んー、別に疑ってないよ?ありがとうね、アルナ」

 「そうね。アルナレ……アルナ、アルナは素直だものね」


 いきなり俺のことをアルナ呼びするようになったイリュエル。

 ほかの男なら気にも留めないのだろうが、俺はこういうところをどうしても気にしてしまう。

 嗚呼。なんで俺はこうも女々しいのだろうか。


 「アルナレイト、分かっているとは思うが、お前は装飾品に触れるなよ」

 「ああ。わかっているさ」


 イリュエルやレアンが試しているこれら装飾品を俺が触ってはいけないのには理由がある。

 それは、俺自身が持つ最たる異能「理外の力」の特性が関係している。

 この理外の力は、魔術や魔法、スキルといったファンタジー世界ありきの性質を持つものと相性が非常に悪い、いや、良いとも言えるのかもしれないが。

 ともかく、この力は装飾品に付与された特殊効果をいとも容易く消し飛ばしてしまうのだ。

 ゆえに俺は、もしここで倒れようものなら大部分の装飾品をただきれいなものにしてしまう可能性があるのだ。


 お店側に迷惑をかけるわけにはいかないので、慎重に店内を歩いて回る。

 俺の体表を薄く流れる理外の力が装飾品に触れれば、それだけで営業妨害になりかねないが、そんな俺の体でも一部だけ触れていい場所がある。

 それは、この右手の義手だ。なぜかこの義手の部分には意識しなければ理外の力を纏うことができないのだ。

 とはいえ意識すれば、内側に理外の力をひっこめることは可能だ。

 俺は理外の力を内側に抑え込むイメージを強く思い、それに成功した。

 しかし制御が甘くて漏れ出たりしようものならと考えると怖いので、一応義手でレアンたちにいくつかおすすめを渡してみた。

 

 渡してから気が付いた。これは俺のセンスが試される場面なのではないかと。

 しかめっ面をされたくないなぁ、と自分のセンスを信じつつ、二人の顔色を伺った。

 ちなみにイリュエルに渡したのは『魔力操作補助』という魔力効果の付いた髪留めで、イリュエルにはくるぶしに巻き付けるタイプのフットアクセサリーで『精密動作補助』という効果がついている。

 髪留めはレアンのポニテをまとめるもので、戦闘の邪魔にならないようにと思い、イリュエルには鍛冶の邪魔にならないだろうということでフットアクセサリーにしてみたのだが……。


 恐る恐る二人の顔を覗き込むと、真剣にアクセサリを見つめていたので、もしかしてあまり良くなかったのかと思いつつ様子を見ていると。


 「……これにする」


 とつぶやいて高速で会計しに行った。

 女性の反応はわかりずらいが、買ってくれるということは気に入ってくれたのだろうと胸を撫でおろした。


 「っていうかよかったのか?ヌル。

 苗の買い付けの前にここに来ちゃってさ」


 俺は最初ここに来る前にヌルに聞いたのだ。苗の買い付けをした後にくるほうがよかったのではないかと。

 しかし、ヌルは持ち前の頭脳と機械味溢れる演算能力で必要な分の金額を瞬時に割りふり、残金を自由に使うお金とした。

 もちろん今後も活動先で使うことになるであろう資金も分けたうえでだ。

 その計算能力は非常に羨ましい。計算の理外権能とか、ないのだろうか。


 「私がこんな簡単な計算ミスをするとでも?」

 「疑っているわけじゃないけどさ……」


 二人が支払った分の金額が有視界ディスプレイ右上の角に表示されている額の分マイナスされ、残金はまだ余裕があることを示している。


 「……ふむ」


 彼女がこういったアクセサリに興味を持っているところを見るのはどうも意外に感じてしまう。

 ……ここはひとつ、ヌルの物も選んでみようか。


 ヌルのものを選ぼうと思い、近くの棚に何の気なしに振り返った。

 そこにあったのは指輪の棚で、色とりどりの宝石のついた指輪が並べられていた。


 ––––––––––––––––––偶然、という言葉が最も似合う状況で、それは起きた。


 俺が振り返り、棚を凝視したその時。

 きらびやかな装飾品に紛れていた一つの指輪が、棚の外へと転がり落ちたのだ。


 俺はすぐさま右手でそれをキャッチし、義手の筋力でひしゃげていないかどうか確認するために恐る恐る手を開いた。

 そこにあったのは、棚に並べられてある指輪のいずれも比べるほどではない小さな宝石のついたリングが、きれいな円を保って手の中で寝転がっていた。


 小さな宝石だというのに、他の宝石とは異なり独特な光の輝き方をするそれが気になり、多機能補助情報端末(アウル・スティルグ)で視覚補助を行って顕微鏡一歩手前くらいの拡大率で宝石を見た。


 そこに移ったのは、幾何学的なフラクタル構造を何重にも織った光が作り出している様子が宝石を作り上げていた。


 思わずため息が漏れるほどの美しさ。

 一見しただけではわからないその魅力。不思議な魔力に惹かれ、気が付くと購入してしまっていた。


 一応〔解析〕してどんな効果があるのかと調べたが、特に特殊な魔力効果があるわけではなかった。

 宝石の名前は『トエ・ハェファシート』という非常に珍しい鉱物だそうだ。

 しかし無駄な買い物だとは思わない。いつかこれをヌルに渡せればなと思いつつ、箱と一緒に〔分解〕した。


 「何を買ったんだ?」

 「ん、まあな」


 勘のいいヌルは俺のことをいぶかしんでいるが、どうせバレるのならその時渡せばいいだろう。


 「リオン、君も何か要らないのか?まだお金は余ってるし……」

 「いヤ、いいヨ。そういうのは似合いそーにないしナ、アハハ!」


 リオンもレアンやイリュエルに引けを取らないほど可愛らしい女性であることは確かなのだが、本人が要らないというなら別にいいか。


 店を後にした俺たちはそのまま作物の苗を買うために移動した。

 装飾品店では気づかないうちにかなりの時間を使っていたみたいで、もう昼頃になっていたため大通りにはいい香りが漂い鼻腔を掠めていった。

 匂いにつられ、いの一番に俺の腹の虫がうなり声をあげたため、その声で一笑いが起き、昼食を取ることに。


 リオンおすすめの露店に入り、それぞれ注文を済ませた俺たちに運ばれてきたのは、歩きながらでも食べられる薄いピザをクレープのように巻いたものだった。

 ぞくにいうしょっぱい系クレープとは別物なのだが、どこがどう違うのかと言われれば明確に説明できない。

 鶏肉のような味のするお肉にトマトに近い風味のソースの相性が抜群だ。

 そういえばここ最近はずっとトマト味のものを食べている気がする。まあおいしいから嫌ではないのだけど。

 

 昼食を食べ終え、リオンの道案内に行く先を委ねた俺たち。

 道中では待ったく建築方式の異なる異世界の建造物が、まるでドミノのように所狭しと並んでいて、暇なはずの移動の最中でも新鮮味を感じられた。


 露店の多い大通りから段々と離れて行き、行商人たちが店を構える本格的な商業施設が見えるようになってきた。

 相変わらず人間の姿は全く見ないが、すれ違う人たちは俺が着けているヘッドギアを見るなり目を逸らしていく。

 暫く歩いて漸くたどり着いたのは、花壇や壺に巨大な植物が生い茂る店が多くなってきた。


 「ついたゾ。ここだ」

 

 俺たちが案内のままにたどり着いたのは、店内に様々な植物の種子や苗が並べられているという店だった。

 

 「あらぁ~いらっしゃいませぇ~」


 店主は長身のエルフのお姉さんだった。

 垂れ目が特徴的で、色っぽい仕草と男なら必ず目に留まる豊満な二つの盛り上がりに視界が吸い寄せられる……だが、背後から絶対零度も下回るほどの凍てつく視線の槍が突き刺さったので、すぐさま焦点を別のところへやった。

 目についたのは、元居た世界で見慣れた豆や稲といった植物だった。


 「……この世界に稲や豆ってあったんだな」

 「あまり食用には適さないがな。栄養価は高いが、それならほかにも食べやすい食用植物はある」


 ………この世界に来て早3か月。洋風かつ濃い味付けの多かったレギオ村の食事にも、少しばかり飽きてきたところだ。幸い自炊していたこともあって、多少の料理なら可能だ。


 「なぁヌル。この稲とか豆って、購入リストに上がってたりする?」

 「いや、入れていないが……ほしいのか?」

 「資金があればでいいんだ。お願いします」

 「敬語はやめろ。我々は対等な関係なのだから」

 「わかった。じゃあお願いするよ」


 俺のおねだりを聞いてくれたのか、ヌルはそれらの苗や種子を購入するものを記載したリストに書き足し、店主のエルフお姉さんに手渡した。

 

 「これを買いたい、いくらだ?」

 「えーっと……その前にお聞きしたいことがあるのですがぁ、よろしいでしょうかぁ?」


 エルフの店主はリストアップされた植物の名前に下線を引き、ヌルに言う。


 「お客様ぁ、もしかして農業を始められるのでしたら、こちらの子ではなく、あちらの植物のほうが適されていると思われますぅ」


 そう言って、茶色い革袋を取り出し中身を見せる店主。


 「……これは?」

 「エルフィオラと言ってぇ、お客様の購入されようとしている品種よりぃ、枯れにくく繫殖力も高い品種にございますぅ。お値段もそう変わりありませんしぃ、こちらをおすすめいたしますぅ」


 間延びした声だがそのアドバイスには、これから農業をするのであれば、長く続けてほしいという、商売人ではなく農家としての視点が含まれているあたり、この人は自然に重きを置く考えの方なのだろうか。

 それとも、ファンタジー世界にはよくある『エルフは自然を愛する』というお決まりからきているのか。

 どちらにせよ、好感の持てることに変わりはない。


 「わかった、ならそれをもらおう。生育する際の注意点などはあるか?」 

 「はいぃ、それは……」


 その後二人の会話は傍から見てもすごく盛り上がっていることがわかるほど続いていた。

 話の内容としては、作物を育てる際の注意点や土壌にどのような影響をもたらすのかといった、今後の食生活を支える基盤となるものばかりであった。

 俺も途中から話を聞き始めたが、分かりやすい説明に加え、もし枯れてしまった時の対処法や、その間の穴を埋めるための別の品種の苗などをおまけしてくれたりもした。

 その結果、通常であれば2倍するほどの値段のものを、4分の一ほどの値段で譲ってくれたのだった。


 「助言のほど、感謝する。

 しかし良いのだろうか?こんなにもよくしてもらっても」

 「いいのよぉ、若い夫婦が始め、育てる農業だもの~。

 分からないことがあったらなんでも聞いてねぇ?がんばっちゃうわ!」

 「ありがとう」


 うふふ~またいらっしゃあい~、と穏やかな声が買い物を終えた俺たちを送り出してくれた。

 いくら他種族とは言え、誰もが血に飢えた戦闘民族ではないのだ。


 「さて、目的も果たしたし、そろそろ帰るとする…ん?」


 宿屋に向かって歩き出した、その一歩目を踏む前に強く感じた違和感。

 その違和感がまるでこちら意識を引っ張るように、俺は引力のままにその方向を見た。


 じゃら、じゃら、と重い金属が地面と擦れる音。

 鎖のなる音に近いそれを聞き取り、視界に映ったもので最初に理解したのも鎖だった。

 その鎖の伸びる先には……何やら怪しげなワンドを持つ甲冑をかぶった男。


 その反対側に繋がれていたのは……九つの尾を持つ人間だった。

 いや、それは正確には人間ではなく、俺は瞬時に『九尾の狐の獣人』であると理解した。


 黄金の腰まで伸びた長髪と気品を感じる前髪は丁寧に切りそろえられ、行きかう人々に決して埋もれることのない存在感を醸し出している。

 悲しげに閉じられた瞳が一瞬開かれたと思うと、その奥にあったのは夜よりもいっそう暗い黒の瞳。


 その存在感と気品をもってしても拭えない、違和感。

 それは、その獣人は小汚い麻のみでできた衣服とは呼べない布を体に巻き付けているだけだったからだ。


 一目見てわかる。彼女の今の身分は……奴隷。


 「……ヌル。あれは」

 「なぜこんなところに、カンナギ家の当主がいる……?」


 以前から俺は、この世界に対する知識があまりにも少ない。

 そのことをヌルに伝えたら、せめて契約上に必要な知識を共有しようとのことで、様々なことを勉強しているのだ。

 ヌルから教えられたものの中で一つ、カンナギという言葉に思い当たるものがあった。

 はじめは、なぜ日本語であるカンナギがこの世界にあるんだろうかと思ったが、もうそういうものだと割り切ることにした。


 話は戻すが、そのカンナギという言葉は、獣人国の王族の家系だったはずと〔記憶〕している。


 獣人国には"高御座の九皇家"という九つの家系が存在する。

 国の王を決めるには、この九つの家系から最も文武に優れ、求心力にも優れたものを決める。

 そのために、従者一人を連れることを許可された殺し合いを行うという。

 

 そう、今俺たちの目の前を通り過ぎてゆくみすぼらしい九尾の獣人。

 彼女こそはカンナギ家の当主である"カグラ・カンナギ"その人である。


 「……ヌル、確かお前の推察だと」

 「ああ。彼女が獣人国の王とならなければ……」


 レギオが滅び、ヌルの大願も果たせなくなる。


 俺とヌルはその時一瞬だけ思考を共有し、彼女を助けることに決めた。


 そのことを理解したのか、リオンは俺たちの傍に近寄ってきて耳打ちした。


 「調べた情報にハ、カグラはガルスニアの当主に弱みを握られていル。

 鉄血当主と恐れられたカグラだガ、己が民と愛する妹を人質に取られては何もできなイ」


 たしか、獣人国の王を決める争い"上納血戦"は、獣人国の王が死去、あるいは五年の任期を終えたときに行われる。

 そして、現在の獣人国の王の任期は、あと五か月余りだったはず。


 「……まだ時間はある。ヌル、ひとまずカグラを助けなければ」


 リオンはイリュエルとレアンを宿屋へと帰らせ、俺とヌルがカグラの追跡を開始した。


 人ごみの中を通り、大通りから抜け出したカグラを連れる奴隷商人は裏路地へと入っていく。

 あまりに狭く隠れられないこの道を、何の策もなしについていくわけにはいかない。

 後ろを振り返っただけで見つかってしまう。

 俺はそこで、一つの権能の使い道を思いついた。


 目とは、光を取り込み脳でそれを映像へと変換するための器官。

 つまり、相手が取り込んだ光の情報から、俺とヌルの姿が無い状態にすればいいのだ。


 ヌルは擬装用の疑似魔力反応を消し、俺の権能に身を任せた。


 俺は一言も発さず、しかし思考内で権能を組み立てた。


 使用する権能は〔分解〕ではなく〔歪曲〕。

 自分の体、身に着けているものすべてに反射する光を〔歪曲〕したのだ。


 光は俺たちを避けて曲がる。そのため俺たちも視界を把握することはできないが、そこはヌルがヘッドギアで感じ取った音を合成映像として視界に表示し、加えて俺が〔解析〕の権能を用いて周囲の物体の情報を常に映像化して補っている。

 ついでに足音や衣擦れ音も〔分解〕してある。


 それは、魔力を持たない俺だからこそできたことだ。

 魔力を持っていればすぐに魔力反応でばれてしまったが、俺は理外の力を持つ理外者。そんな力はあいにくと持っていない。

  

 【さすがだな。アルナレイト】

 (まあな。これくらいの応用ができないと、理外の力を使いこなすことなんてできない)


 俺とヌルは気配を絶ち続け、カグラと奴隷商人を追う。

 数十分ほど経っただろうか。裏路地迷宮の奥にあったのは、巨大な宮殿のような建造物。その建物の周りにも奴隷商人たちの姿が散見されるあたり、ここが奴隷市場なのだろう。


 奴隷に身を落とすにはそれなりに事情がある。

 借りた金を返さずにい続けるとか、人を殺したとか、そういう罪を負ったものならわかる。

 ……だが、こいつらの連れている商品としての人は、訳あり感のある大男か、明らかに怯え震えている女子ども。

 もし、誰かの身代わりや、騙されて……そのまま一生金持ちの道具として使われるのだとしたら。


 そう考えると自分の内側にある、いつか燻っていた怒りがこみあげてくる。


 いつの間にか、怒りで手が震えていた。

 しかし、彼らを助けることなんてできない。そんな理不尽すら、切り殺したくなるのは間違っているのだろうか?


 怒りの蓄積されていく右腕を、ヌルの手が包み込んだ。

 

 「落ち着け。もう三年もすれば、奴隷などこの大陸から存在しなくなる」

 「……そうだったらいいな」


 俺はカグラの連れていかれた宮殿の入口に向かう。

 入り口は固く閉ざされ、その左右には門番らしき立ち振る舞いにの屈強な男。


 【どうする?ここは入れないぞ】

 

 扉は最低限一人通れる程度にしか開かれず、先に入っていった別の商人は、連れていた二人が館に入るとすぐに扉を閉じた。

 いくら姿を消しているとはいえ、さすがに扉にはぶつかってしまう。

 だからと言って、中に入る方法がないというわけではないのだ。

 

 (理外の力による瞬間移動を行う。これなら大丈夫だろ)


 俺は壁越しの空間を〔解析〕し、何かや誰かにぶつかることはないと確認してから内側に入る。

 俺たちの体を〔分解〕し〔再構築〕する。感覚の消滅と出現を繰り返し、館内へ侵入することに成功した。


 中は濃い紫にカーペットが敷かれ、壁には光る医師のようなもの仄かに光っており、うっそうとした雰囲気を漂わせている。

 しかしそんな雰囲気程度で物怖じしているわけにはいかないので、俺たちはカグラの向かう先を見失わないように追跡を再開した。


 「……あれは」


 無声の声を一言漏らす。

 その先にあったのは、堅牢な檻の扉と、それを固定するこれまでと明らかに作りの違う重厚な金属の部屋。

 奥にはきっと、檻の中に繋がれた商品の奴隷たちが閉じ込められているんだろう。


 「お前、見ない顔だな。出品は初めてか?」

 「俺は仲介人に過ぎない。ヘッドはあまり外に出たがらないお方なのだよ、フン」

 「売りたい値段はここにかけ。特徴、種族、性別、売りになるポイント……」


 男がカグラの姿を見るや否や、下卑た視線を向けた。


 「……なかなかの上モノじゃねぇか……」

 「ま、どうせ明日にはどっかの魔術師の研究材料か、物好きのベッドの上に転がってらぁ」

 

 ………屑どもが。


 口には出していないはずが、ヌルも同感だ、と返してくる。


 男は用紙を書き終え、こちらに歩いてくる。

 俺のことは見えていないはずだが、なぜか目が合った気がした。

 背丈は俺よりもいい。体格も優れていて、一切隙のない動き。いまここで斬りかかったとしても、そう簡単に殺しきることはできないだろう。


 しかし、最も警戒すべき男がここから立ち退いたことでこちらも動きやすいのだ。

 ここで彼女を奪還し、そのまま瞬間移動で……ということも考えたが、彼女は理外権能をはじくことは、先ほどの〔解析〕で理解している。

 

 さて、ここから彼女をどう逃がしたものか。


 ◆◆◆


 夕暮れに染まる空。

 冒険者が帰還するのを上空で眺める者がいた。


 「……さて、情報にあったのはここだな。

 いくらもう立ち寄らないからと言って、こんな仕事最後に任せるとはな」


 ところどころ明かりが灯り始める街。その明かりから逃れるように裏路地へと向かう怪しい集団。

 これがこの国、リベルナルの実態だ。


 交易国、永世中立国などと宣い戦争を避け、大陸の経済を活性化するというお題目の裏では奴隷たちの売買やならず者たちの働き場を紹介し、戦争を肥大化させる。

 もうじき必要なくなるとはいえ、くそったれなことに変わりはない。


 (ユウト。準備はよろしいですか?)

 (ああ。いつでもいけるぜ)


 スキル【情報伝達】による指示が入り、ユウトと呼ばれたものは人でありながら、人ならざる者へと変化した。

 背中には、猛禽や魔物、天使や悪魔といった者共とは一線を画す強靭さを誇る翼。

 神話において神や巨人と同列視される強さ……それは、龍。

 存在そのものが最上位の精霊に等しい龍。その翼を生やし、そして大気を掴み飛行する。


 (タイミングはお任せします、ユウト)


 その指示とほぼ同時に、生えた一対の龍翼を羽撃かせ大気を蹴り飛ばし落下する。

 さながらそれは隕石。さながらそれは流星。


 光はひとつの線を描き、目的地へと向かう。

 

 向かう先は、奴隷商人の集うこの国の汚点、奴隷オークションの建物だった。

お読み頂きありがとうございます!


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