第55話 情報屋
大変お待たせいたました。
次話投稿は明日以降となります。
暗い部屋の中。夜の色に染まった真っ暗な部屋。
その中に満ちるのは四人が使った洗髪剤の甘くさわやかな香り。
交易国リベルナルの夜は騒がしく、眠らない街といえるだろう。
俺は部屋の中で最も壁際かつ、入り口から最も近い部屋で仮眠を取りながらそう思った。
夜になれば依頼を終えた冒険者たちが増え、昼間に仕舞っていた露店も幕を上げ、営業を始めるのだ。
それは俺たちの泊待っているこの眠り鹿亭も同じだった。
扉の奥からかすかに聞こえてくる冒険者たちの騒ぎ声。
昼間来たときはあまり繁盛していないと思っていたが、どうやらこの眠り鹿亭。夜の客数のほうが圧倒的に多いらしい。
「……騒がしいな」
口の中でそうつぶやくと同じタイミングで、隣のベッドでイリュエル、レアンに挟まれて抱き枕にされているヌルが起き上がった。
「……アルナレイト。出るぞ」
「ああ、でもなんでだ?」
「協力者が帰還したそうなのでな。情報を得に行かなければならないが……」
話を聞くと、ヌルが協力者に持たせた通信機から連絡があったらしい。
有用な情報を入手したというので、一度、その情報を伝えたいということなのだろう。
「どうしたんだよ」
「イリュエルとレアンを置いていくのは危険なような気がしてな。
位置情報を送る。アルナレイト。行って来てもらえないだろうか」
「ああ。任せてくれ」
俺はすぐさま装備に着替え、ヘッドギアを装着して顔を隠す。
密着型の装備である魔性筋繊維身体能力補助装備の唯一の欠点(欠点といってもい俺が恥ずかしいだけなのだが)であるボディラインの協調を少しでも抑えるべく、店先で安売りしていたロングコートを羽織り、部屋を出た。
「奴に会えば、義手を奴の耳の後ろに当ててくれ。通信を行う」
以前レアンにした方法だなと思いつつ、俺はいってきますと残して部屋を出た。
「……単独行動か」
何をするにもヌルが傍にいた……極端に言えばそうなるが、初めての一人での行動に緊張感が走る。
しかし、その程度で緊張していては意味がないぞ、と自分を叱咤し、俺は飛んできた情報を有視界ディスプレイに表示しつつ、その場所を目指すことにした。
道中では様々なものを見た。
一階の料亭では腕を組み乾杯する冒険者パーティ。その横で一人、あるいは二人で酒を飲む者たち。
大通りに出てからは、これまで見たこともないほどの大柄なものたちが道を風を切って歩いている。
目を付けられると面倒なので、脇をすり抜けるように目的地を目指し進む。
何も起こさないようにすればするほど、奇妙なことにそれは起きてしまう。
曲がり角を勢い良く曲がったその瞬間、俺は誰かにぶつかってしまった。
「おう、大丈夫か。わるいな」
「いや、こっちこそ悪かった」
俺がぶつかってしまった男は、他種族とは違い全く身体的な特徴のない男……人間だった。
まさかこんなところに只人がいるのか……?と思ったが、細身だというのに鍛えられた体に、人のものとは思えない黄金の瞳。
ただものではないと直感が告げている。早く立ち去らねば。
「何をやっているのですか!ユウト!」
……予定調和というやつか。
今日の昼頃に聞きたくない声ランキング一位に入ってしまった声が聞こえた。
その時呼ばれた彼の名前、その違和感を感じることなく。
「申し訳ございません……って、あなたは!」
「チッ」
俺はすぐさま魔性筋繊維身体能力補助装備を起動し、角を曲がりつつ逃走ルートを設定した。
この装備が俺に与える力は凄まじいもので、壁を登り建物を超えるなど容易いだろう。
体を反転し一歩目を紫電一閃の如き速さで踏み出した。
体は加速し、踏み出す一歩目に力が籠り、それが前方へ俺の体を押し出す。まさにその時。
「ちょっと待ちな」
と、万力のごとき握力で俺の肩を掴んだのは、なんと名を呼ばれていたか忘れた青年だった。
「うちの団長が探してたのはあんたのようだ。すまないが、ついてきてもらうぜ」
体を回し振り切ろうにも、細身の体付きからは考えられないほどの筋力で俺をその場に固定する。
「アルナレイトさん!僕は別に怒っていませんし、話の切り出し方が悪かったとも思っています!だからもう一度お話を……!」
男に固定され、全く逃げられない状態となった俺だが、万事休すの不可避というわけではない。
最初からこうすればよかったと後悔しつつ、俺は体を〔分解〕〔再構築〕することによる瞬間移動でその場を後にした。
「なっ!移動スキル持ちかよお前!」
「……あまり情報もない当たり、何かの目的があって我々を避けているのでしょうか」
その言葉を最後に、俺の全身は〔分解〕されて消え去った。
送られてきた座標の位置、その近くを〔解析〕し、人目の少ない路地裏に体を〔再構築〕した俺は、五感をすぐに取り戻し肉体を戻すと、詳細な位置を確認しつつ向かった。
数分歩き、入り組んだ迷路のような路地裏の奥へと進んでいき、大通りの喧騒も遠のき弱くなっていった。
明かりがぼんやりと届く大通りの明かりだけで、ほとんど真っ暗だと言っていい。
「このあたりか」
ここまで入り込んでしまうともう、日常的にこの通路を使う者くらいしか通らないだろう。
人と人とが最低限すれ違う余裕もない通路の幅をもう少し進む。
すると、ほんの少しだけ開けた空間に出た。
挟まれた建造物の乱雑な構造がかなり低い確率で偶然生成されたような空間。
その中に存在したのは深くフードを被り、腕を組んで壁に体重を預ける者。
「……おヤ、こんなところに迷い込むとハ、いったいどこ誰ナンダ?」
フードを上げ、のぞかせた顔には……仮面がしてあり素顔は見せない。
確かヌルの協力者の名前は………リオン・アテレリアド。
その名を呼び、確認すればこの奇妙な警戒合戦は幕を引くのだが、そういうわけにはいかない。
もしこいつが、リオンを殺し、その通信機を奪ってヌルに嘘の連絡をしていたら……。
ほかにもリオンを装った間者かもしれない以上、迂闊に名前という情報を出すこと自体、避けなければならないのだ。
もしかすれば合言葉のようなものを決めているかもしれないと思い、有視界ディスプレイに移るメニューバーを選択し、外部に声が漏れないように遮断。その後、ヌルに通信を行った。
「……ヌル。目的と思しき人物と接触した。次の行動を指示してくれ」
【了解。その場にホログラムを投影する。掌を上に向けてくれ】
俺は右の掌を上に向けると、どこからか展開された装置が蜘蛛の糸よりも細い光の線を照射。
放たれた光は編み上げられ、右の掌に小さなヌルの像を結んだ。
右掌の中空に、回遊魚のようにふわふわと浮かぶヌルは、リオンに向き直り、ヘッドギアをスピーカーにして発声した。
「リオン。ご苦労だった」
「……ヌル。どうしていきなりこんなやつを寄越した?」
「こちらにも事情がある。それとこんなやつ、と言ってやるな。私の目的において、最も重要な鍵なのだ。彼は」
「……ふぅン。こいつがあの……」
俺に近づいてくるリオンと思しき人物。
フーデットケープが体の輪郭を曖昧にして把握しづらくしているが、体格、背丈から見て、間違いなく華奢な人物だということはわかる。
「ひとまず成果の報告……と行きたいところダガ。自己紹介させてクレ」
仮面を取り外し、露になったその素顔。
最も特徴的なのは、その目つき。普通の人と大差ないように見えて、まるでこちらのすべてを見透かしてくるような感覚に陥る。そんな雰囲気を持つ半目。
顔の輪郭、鼻の高さ、頬などから一目で女性とわかる。しかもかなり小柄。イリュエル、レアンよりも二回りほど小さく、最近弟子入りした後輩のアノニア、レフランと同じくらいだ。
150cmあたりの背丈を、フードで隠している。そんな気がした。
「おねーサン、名前はリオン・アテレリアド。
ヌルの目的の協力者……だが、本業は情報屋だ。
一国の国家秘密から、好きなあの子の趣味やスリーサイズまで……。
何から何まで、いろんな情報を取り扱ってるヨ。
情報屋リオン。今後とも御贔屓にネ!」
ウインクまで決めているが、この手の人種は何から何まで情報として利用する。
面倒なことこの上ない。しかし利用する上では間違いなく強力な人物だろう。
「それで、手に入れた情報のことについてダ。
ここなら聞かれることはないだろうケド、どこで話せばいイ?」
彼女は情報を取り扱っているだけあって、商品が漏れる心配に対し注意を払ってくれるらしい。
商売熱心な反面、ビジネスパートナー以上の信頼しあう関係にはなれない。いつでも切り離せるような関係を望むのは、こちらも同じことだ。
【アルナレイト。彼女が持つ情報について解析することは可能か?】
(………どうだろうな。試してみるよ)
俺はリオンに意識を集中し、彼女の持つヌルの依頼した情報を〔解析〕した。
だが、何も起こらなかった。
(だめだな。理内率が理外率を上回っている。俺の権能は効かない)
【少し考える】
少し考えて、俺はかつて試したことのある方法を使うことにした。
(ヌル。少し試したいことがある。いいか?)
俺の実験を許可してくれたヌルにありがとうと述べつつ、一応痛みなどが伴うことはない手段で、彼女を使って検証を行うことにした。
リオン。彼女とヌルの関係性がどのようなものか知らないが、もし彼女が何者かに捕らえられた時。おそらく彼女はヌルの情報、その目的についても口を開く可能性がある。
なら、不安要素でありそもそも仲間ですらない彼女に対し、理外権能を試すことに何の躊躇いもない。
すべては、仲間を守るために。
俺は右手のホログラムヌルの表示を消すと、ヘッドギアに手を当てた。
「ちょっといいか?リオン」
俺はヘッドギアをネックレスへと移行させ、顔を露出させた。
俺の顔を見たリオンは、その極めて女性よりの中性的な顔立ちに驚く。
「……女だったのカ」
「よく間違われるよ」
そのまま近づき、しかし顔や動作、話し方に意識を向けさせることで、俺が接近していることへ警戒心を抱かせないまま、左手でリオンの手を握った。
「これからよろしく頼む。リオン」
「ああ。仲間としても、商売相手としてもナ」
何が仲間だ。と心の中の思いを隠すために、自然に出た演技で爽やかにはにかんだ俺は、手を握ることに成功した。
あとは、理外の力を彼女に流すだけだ。
「………いつまで握っているつもりダ?」
「ああ、ごめんな。俺以外に協力者がいると思っていなくて。
なんか安心してたよ、ははっ」
体表に流れる理外の力を動かし、あいつにやったように理外の力を流し込む。
それと同時に〔解析〕を行い、結果が成功だったことを知った。
「それにしても……ほんとに気付かないんだな」
俺は理外の力を操っているとき、自分の体の周りに漂う空気みたいなものだと理外の力を認識し、体が粘液体になった時のような感覚を妄想して、それで動かしているのだ。
俺はそれを自覚できるし、これが魔力なら、他社の操作する魔力は肌に触れているという感覚を認識できるとレアンは言っていた。
しかし、理外の力を認識、感知できるのは当たり前なのだが俺だけなようだ。
今こうして理外の力によって理内率を低下させているのに、リオンは一切の違和感を感じているようには見えないのだ。
「そろそろ離セ!」
「ああ、ごめん」
〔解析〕の権能が彼女の理内率の低下を提示し、先程と同じように〔解析〕を行い、その情報を〔記憶〕した。
「全ク……レディに失礼だと思わないのカ……。
それで、情報をどこで伝えル?とゆーか近いぞオマエ。離れろ」
俺は数歩下がり、再びヘッドギアを展開した。
(ヌル。彼女の情報を理外権能で入手した。方法は後で伝える。
これからどうすればいい?)
【少し待て】
ほんの数分の間に、理内率を下げた方法を〔記憶〕しなおしていた。
理外の力はあらゆる世界の法則にとらわれないという特性がある。そして、その性質は世界そのものが持つ性質に反するものだ。
理外権能の効かない相手、自身の理内外率を上回る相手。その理内率を下げる効果があると気づいたのは、いろいろと便利な実験台を手に入れたからだ。
俺は権能に残る残滓の言っていた「理内率を超える相手にはいかなる権能であろうとも直接干渉することはできない」という言葉を思い出した。
その言葉の後に、残滓は言っていた。「相手の理内率を低下させる方法はある」と。
そしてその方法こそが、"相手に理外の力を流し、理内率を低下させる"というものだったのだ。
これを用いれば、理内率の高い相手に対しても権能の行使が可能となるのだ。
とはいえ、まだ俺は理外の力を完璧に操作できているとも、知悉しているとも思えないので、よう特訓ということなのだが。
【……アルナレイト。リオンを連れて部屋まで瞬間移動することは可能か?】
瞬間移動の際必要となるのは、移動先が安全かどうかということだけだ。
その条件はもちろん満たしているので、俺は〔分解〕〔再構築〕での移動を行うことにした。
「リオン。ヌルから招集命令だ」
「本当カ?あの慎重派がそんな大胆な行動するとは思えないガ」
「その理由はたぶん、移動方法を知ればわかるはずだ」
この瞬間移動は、性質上俺との距離が近いほうが成功しやすい。
失敗すれば体がバラバラ……なんてこともあり得るため、さすがに死なれるわけにはいかないのでリオンとほぼ密着する形になる。
「リオン。俺の……、俺のスキルは精度があまり高くない。
手足を失っていいってんなら別だが、それが嫌なら、君の許す限り俺に近づいてくれ」
「あいヨー」
そういうと、最初の態度がまるで嘘のように俺に抱き着いてきた。
警戒心の強いのか弱いのかわからない。
「じゃ、ヨロシク」
「おう」
一応念のため、もう一度リオンの理内率を低下させたうえで、俺は二つの肉体を自室へと〔再構築〕した。
真っ暗闇の部屋の中に肉体を〔再構築〕した俺は、まるでそこに来るのが分かっているかのように、目を〔再構築〕した途端、ヌルと目が合った。
「……アルナレイト。あのスキル、本当に瞬間移動なのか?」
本当は肉体を別地点に〔再構築〕しているのを知ってか知らずか。勘のいいやつだ。
「ご苦労だった、リオン」
「全ク……へスぺリデスの調査なんか依頼しやがっテ。おねーサンじゃなきゃ死んでたゾ?」
腕を組み鼻を鳴らしたリオン。
二人とも目がいいのか普通に会話しているが、俺はさっきから暗くて何が何だかわからない。
「ヌル。オレを集めた理由はなんダ?」
通信機があるだロ?と独特な声色でそう言ったリオン。
たしかそうなのだ。通信機がある以上、直接会う必要などない。
「お前はへスぺリデスの潜入に成功したと言っていたな?」
「あア」
「なら、あそこの首魁がどのような人物かもある程度知っているだろう。
下手をすればリオン。尾行されている可能性だってある」
「なニ?ヌルという通り帝国製の転移魔導具を6回も連続使用したんダ。獣人の王だって追い切れる範囲じゃないんだゾ!?」
「あいつを甘く見るな。今もこうして我々の会話を聞いているかもしれん」
「………バケモノかヨ」
青ざめているであろう表情を何とか視認したと同じくして、ヌルはリオンに言った。
「今回へスぺリデスの情報を手に入れられたことは何よりも大きなことだ。
だが、奴がお前を見逃すとは思えん。情報屋を退き、私の協力者として働いてはもらえないか、リオン」
リオンは顔を顰め苦い表情をした。
「奴に関する情報をお前は持っていないだろうが、私は知っている。
どこにいても国外に情報を流出させたお前を見つけ出し、排除する」
「……だったらそんな依頼するなよナ」
「お前という人材を確保したくて行ったことだ。謝罪を述べ、誹られることはできても、奴から逃れる方法を教えることはできない。そんな方法ないのだからな」
「……わーったヨ、おねーサンの負けだ」
「ありがとう」
その代わり!といいわざとらしく大きな動作でベッドに座ったリオンは足を組み揶揄うように言った。
「……私の目的を忘れるなヨ。ヌル」
「当たり前だ。これまで危ない橋を何度もわたってくれてありがとう。リオン」
リオンという人物の情報収集能力を買い、その人材を手に入れるために手回しをしたヌル。
部屋の外ならば逃げようとしたのだろうが、例の男というワードのもつ心理効果を巧みに利用し、逃げることはできず、最適かつ安全な選択肢は自分に着いて来ることだと誘導したヌル。
その用意周到な手口に感心してしまうほどだが、俺はそう簡単にリオンを仲間とは認められない。
認めたくないわけではないが、どうしても彼女が多くの情報を持っているということを知っている以上、信頼できないのだ。
しかし、形式上は仲間として加わるのだから、無碍な扱いにするのは違う気がする。
とりあえず、レアンとイリュエルにどう説明したもんかと思いながら、明てゆく空をカーテンの隙間から見つめていたのだった。
(主人公および主要人物の能力などが増えてきて覚えられなくなってきたので、簡単に残しておこうと思います。
能力の指標を以下に記載しておきます。
[ 下 < 低 < 並 < 中 < 普 < 上 < 高]の順で上昇します。
また、各指標の中にも同じものが存在しており、
下の下 < 下の低 < 下の並 < 下の中 < 下の普………といった具合になります。
ほかにも、細かい表記の際は+-などをつけることがあります。
あくまで指標なので、間違えているかもしれません。ご了承ください)
名前:アルナレイト(或川黎人)
性別:男
種族:人間
技量:低の高(〔模倣〕時のみ中の上)
筋力:低の普(義手のみ中の下)
速力:低の上
体力:低の上
運命力:無し
知力:低の上
生命力:無し
魔力量:無し
魔法適正:無し
使用可能魔術:無し
獲得済み理外権能:〔分解〕〔再構築〕〔模倣〕〔解析〕〔記憶〕〔歪曲〕
所持スキル:無し
使用武器:刀
武装:魔性筋繊維搭載型義手。
・魔性筋繊維身体能力補助装備。
・多機能補助情報端末。
備考:理外の力を持つため、精神支配系の効果および直接的な魔術、魔法干渉をすべて弾くが、回復系統のスキルや魔術などの効果を得られない。
理外権能の効果は「定めた対象を〔~~〕する」効果。
お読み頂きありがとうございます!
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