第53話 到着
次話投稿は、早ければ今日中に上がります。
少し会話を増やして、地の文を減らしてみました。
アレクの道案内も相まって、ようやっとアリアロス大森林を抜けた俺たち。
大森林の境目を少し進んだ先にあったのは、高さ300mはあろうかという断崖絶壁だった。
俺は落ちないようにと足元ばかり見ていたが、イリュエルが遠くを指すのでそちらに視界をやった。
「……あれが……リベルナル」
交易都市国家リベルナル。
遠くから眺めたその形は、外郭をほぼ円状の壁に覆われた巨大な都市だった。
円状防壁の根本に見える大小さまざまな露店のテント。
複数ある入り口から大勢の商人たちが積み荷を馬車に乗せ、国内に入っていく姿が見えた。
俺たちは崖を降り、遠くに見えていた行商人の行列に加わった。
俺が全員を〔分解〕し、崖下へと〔再構築〕するという方法で。
瞬間移動を味わった皆は口々に、何が起きたのかと困惑していたが、俺はと話すべきことだろうとレアン、イリュエルに自身の能力について、落ち着いた場所まで移動した後に教えるといった。
そのあと、俺たちは行商人たちの作る長蛇の列に加わった。
列に入る直前、ヌルが言っていた顔を知られるとまずいということを思い出し、多機能補助情報端末を頭部覆防護形態へと変更した。
あっという間に頭部を覆いつくし、ヘッドギアと化したネックレスを作った科学技術の高度さに驚くを通り越して呆れてしまった俺は、もう気にしないでおこうと決めた。
数十mはあろうかという壁に備え付けられた堅牢な門をくぐり、そこに広がっていた光景には思わず目を奪われた。
俺が元の世界で見た、いわゆる異世界の街と言ったらこれ、という街並みが広がっていた。
「すごいね……アルナ」
「ああ。こんな街を見たのは初めてだ」
鋼鉄の巨塔が聳え乱立するビル街の中で生きてきた俺が言うのもなんだが、レギオ村と比べ、待ったくことなる文明を構築しているようだった。
中世ヨーロッパの豊かな街並みに等しい光景に目を奪われながらも、ひとまずの目的地へ向かうことにした。
「案内いたしましょうか?」
「いや、道は覚えている」
アレクは提案を蹴られてしょんぼりしていたが、すぐさま元気を取り戻してこの町の薀蓄について話し出した。
彼の話に耳を傾ける前に、俺たちが今向かっているのは国営交易所。
国営交易所の施設には俺たちが魔物討伐で集めた魔結晶を適正価格で買い取ってくれるらしい。
国営の施設による査定なのだから信頼できると思う、そうヌルは言っていた。
アレクの話を聞きながらも、俺は周囲に対する警戒を緩めることはなかった。
初めて見る亜人たちに驚愕を隠せなかったが、フルフェイスのヘッドギアのおかげで表情を悟られないのはよかった。
彼ら他種族を初めに見て思ったのは、皆異様に身長が高く、また体格の優れたものも多かった。
皆が冒険者とは限らないものの、誰が見てもわかる位置に武器を帯びているのは自衛するための力を誇示するためだろう。
などと観察しながら俺たち一行は大通りに出ると、そのままリベルナルの中心に向かって移動した。
道中、旨そうな料理の香りがする露店や、イリュエルとレアンの求める装飾品店などが所狭しと並んでいた。
少し見ていきたい気持ちもわかるが、俺たちは今無一文。
金のない客が冷やかしに来たと思われれば何をされるかわからないので、そういう店はアレクのセンスに任せることにした。
…………
……
…
交易所と思われる建物は、国の中心に聳え立っている大きな塔だった。
中には巨大な魔物の素材や怪物などが荷車によって運び込まれており、異世界味のましていく感覚に胸が躍らずにはいられなかった。
入り口付近の受付嬢が魔結晶の換金を行ってくれるというので、その間、次の宿泊先はどうするかということになった。
「あの魔結晶がいくらになるのかわからないからな」
「おそらく21万円くらいだろう」
円、と聞いて違和感を覚えたが、何らおかしなことではなかったことを思い出した。
なぜかというと、それは俺の持つ理外権能〔解析〕の効果だ。
この理外権能〔解析〕は、今、ヌルやレアン、アレクの言葉を〔解析〕し、その言葉を俺に理解できるよう最適な表現へと変換しているのだ。
実際のこの世界の通貨は恐ろしく数が多く、このあたりで用いられているのはセッドという単位が使われているらしい。
この世界に来てもお金を円でやり取りするのは、なんだかもったいない気もするので、円ではなくセッドを用いて話を聞くことにした。
俺がそう決定すると、金額の単位は円ではなくセッドに切り替わった。
「宿泊代が一日5千セッド強として計算すると、必要なものを買いそろえる金額を差し引いて、およそ一週間と三日あたりか」
「一週間か……レギオ村のことが心配だな」
「お前は瞬間移動があるだろう?何かあれば、私かお前がレギオ村に行けばいい」
「確かにそうだな。
ところで、必要なものっていうのを具体的に聞いてなかったんだけど、教えてくれるか?」
「ああ。今回買い揃えに来たのは、レギオ村周辺の土地を農業に適した土壌へ作り変えるためのものだ」
レギオ村の存在するアレイン平野は低草地帯である。
土壌に栄養が少なく、大きな木ではなく小さな雑草しか生えない、栄養に貧しい地域。
そんなところで農業をしても失敗するということで、リベルナルまでそれを改善するためのものを買いに来たのだ。
「これまでレギオ村が行ってきた農業には、農家に属する者たちの伝統的なやり方だけだ。
それだととても寒期を超えることなどできん。
何より命を懸けて毎年狩りを行うなど、魔物が生息する環境で只人が採っていい判断ではない。
そこで、輪裁式農業を行う。
土壌の力を回復する性質を持つ牧草をローテーションを組んで耕作する。
穀物類の作付こそ減少するが、栄養価の高い収穫が多くなる。
また、今回買い揃えに来た作物の苗には飼育する動物たちの飼料になるものもある。
寒期には毎年すべての家畜を屠畜するなど愚かにもほどがある。これで寒期における家畜の飼育が可能となり、堆肥に加えて牧草の土壌回復により、これまで以上の土地にも安定した作付を得られると予想できる」
スラスラと当たり前のようにそう述べるヌル。
俺は何のことか全く理解できず、理外権能を使用してやっと意味を理解できた。
「すでにこれらのことは農家の者たちに話してある。
あとは我々が帰還し、苗を届けるだけで食料面は安定するだろう。
無論、生糸産業にも取り掛かっていくつもりだが、それは時期尚早だろう」
彼女の頭の良さには感服する他なかった。
この調子でいけば、本当に国家の建国すら可能なのではないかと思えてくるほどに、彼女は聡明だったのだ。
「生命線の確保は最優先だからな。
私のもつ技術を効率よく応用し、国家の根幹とするためにはまず、土台を構築せねばならん。
幸い近くの谷には様々な鉱脈が集結してるらしい。
いち早く鋼材の確保は行いたいが、現状では人手が足りなすぎる」
ヌルの持つ科学技術。それを応用するにはどうしても鉱石資源が必須なのだろう。
「レギオ村の食料生産が安定し、貯蓄する余裕が出てきたのなら、周囲の貧しい村から順番にレギオ村へと移住してもらう予定だ。
安全な住居、豊かな食料と引き換えに労働力を獲得する目的だ」
「なるほどな……レギオ村が豊かな村になれば、それにあやかろうとする人たちに互いに利益のある条件を提示しようってことか」
「そうだ。ひとまずはレギオ村の拡大が最優先となる。
周囲の土地を区画整理し、住居区、産業区、農業区、行政区……といった具合に分け、それぞれ規模を拡大しつつ都市を形成する。
ひとまずはこのリベルナルのような都市国家としての完成を目指す。
我々の活動拠点設立もせねばならん。すべきことは多いが、一つずつ着実にこなしていこう」
「もちろんだ」
ヌルの話を聞き終えたころにちょうど、受付嬢のお姉さんが麻袋を下げて歩いてきた。
中身を確認すると、数枚の金貨、多くの銀貨が中に詰まっていた。
総額にして三十万セッド。ヌルの予想していた額よりもずっと多くて驚いていると、受付嬢のお姉さんはにっこりと営業スマイルをしていった。
「最近、冒険者さんも迷宮攻略か商人の方々の警備依頼が多くなっていますので、魔結晶の価値が上昇しつつあるのです。
私たち国営交易ギルド『センタール・リベルルナ』では、いつでも魔結晶の持ち込み換金を致します!ぜひいらしてくださいね!」
犬の耳が生えただけの人間、いわゆる獣っ娘にそう微笑まれては、彼女の笑みを観たいがためだけに毎日足蹴無く通ってしまいたくなる。
背後から感じたイリュエルとレアンの鋭い視線が突き刺さるので、俺はすぐさま袋を受け取って塔の出口へ行くよう促した。
「ほ、ほらはやく宿泊先を探さなきゃなー。アレク!いいところ案内してくれよな!」
「もちろん任せてください!」
アレクは俺たちとあまり年齢が変わらないというのに敬語を使うので、今後敬語を使うのは禁止にしておいた。
せっかく背中を預けあったのだから、水臭いのは無しにしようということだ。
「でも……いや、じゃあそうする。ありがとう」
「おう。それじゃあさっそく、おすすめの宿屋について教えてくれるか?」
「私お風呂付きがいいー!」
「大きなベッドが欲しいわ」
「予算は七千セッドで頼むぞ」
「条件多すぎ……まあ頑張ってみるけど……」
国営交易所から出て、商業区へと進むことにした俺たち。
そこには冒険者が寝泊まりに利用する宿屋が数多くあるらしい。
「通るなら大通りのほうがいい。裏路地にはよからぬ輩が潜んでいるから。
町中を徘徊する衛兵も大通りにしかいませんし、人目につく道以外は通らない。これは覚えておいたほうがいい。特に女性の方は気を付けたほうがいい」
宿屋の密集地帯にたどり着く。
大通りとは違い人は少ないが、商人や店員とは明らかに異なる身なりをしている者が多い。
おそらく冒険者だろう。
「オレはここにきてもう長いから、何となく顔は知れてるけど、只人だと知れたら何をしてくるかか予想できない。何かあれば、すぐに呼んでほしい」
アレクはそういうと、比較的大通りに近く、それでいて大き目の宿屋をいくつか教えてくれた。
その中でもひときわ大きな宿屋の案内では、個室に風呂付き大きなベッド付き、さらには朝食までつけてくれて八千セッドという宿屋があった。
「ここ、『眠り鹿亭』の経営する宿屋は部屋もきれいだし、おすすめだな」
「ここでいいんじゃないか?」
レアン、イリュエルは賛成!というので俺たちの宿泊先はここ決まった。
一回の受付をしている料亭の女将さんに一週間分の宿泊料金を支払い、一番広い部屋を借りることにした。
鍵を受け取り、階層を五つほど登った先にある突き当りの部屋の扉に鍵を差し込み半回転させ、かちり、という小気味よい音がしてから扉を開き、部屋全体を見渡した。
扉の開けた先はすぐさまオープンスペースとなっており、キッチンと一体化しているようだった。
トイレ、浴室に繋がる扉と、少し奥には仕切り板の建てられた寝室があり、かなりの広さだ。
一週間も泊っていくなら、ということで気を利かせてくれた女将は、毎晩部屋に果物を届けてくれるらしい。
女将の気持ちに応えて、ここで晩御飯も済ませようということに決まった。
「眠り鹿亭の朝食に出るパンはとてもふわふわしていておいしいと評判なんだ。
店売りはしていないから宿泊者しか食べられない」
パンを食べるために宿泊する者もいるほどだ、とアレクが言うのを聞きながら俺たちはオープンスペースに腰を下ろした。
「ひとまず、長旅お疲れ様だな」
「しかし気を抜くなよ。ここはすでに他種族の生活圏内。何かあってからでは遅い」
「了解!」
俺たちは遅めの昼食を終え、その後は自由行動となった。
自由とは言っても、イリュエルとレアンは俺かヌル、アレクがいなければ自由に行動できないけれど、そのことについて特に気にしている様子はなかった。
「イリュエル、レアン。
もし何かあっても私かアルナレイトがすぐ駆け付けられるよう、これを肌身離さず持っていてくれ」
ヌルがどこからか取り出したのは、小さな腕輪だった。
幾何学的デザインのそれを不思議そうに見つめる二人がそれを装着すると、ヌルは説明を始めた。
「それは私とアルナレイトに位置を知らせ、通信を可能とする装置だ。
腕輪のどこかを二回タッチすれば通信が可能となる」
これでもし何かあってもすぐに駆け付けることができる。
農業に必要なものは明日買い付けに行くというので、俺は先に冒険者の処理を行うことにした。
「アレク。あとでエリミネイトの事後処理を行う。冒険者ギルドを案内してくれ」
「ああ。わかった」
「私も行っていいかな?」
「え、ああ。大丈夫だけど」
レアンはどうやら冒険者に興味があるようだ。
俺とレアンは魔物を沢山狩ってきた。それを生業にしている冒険者の実力について知りたいということらしい。
アレクの実力を見る限り、彼らは魔物と戦うスペシャリスト……とまではいかないかもしれないが、かなり腕が立つことは確かだった。
「なら私は、ヌルと一緒に鍛冶師たちに会ってこようかしら」
「わかった。ついていこう」
皆、外見的に最も幼いヌルに違和感を抱かないのは、その言葉遣いや雰囲気からただものではないと察知しているからだろう。
ヌルの正体はこの世界で二番目に強いとされる種族、機巧種。彼女がその気になれば、この国にいる他種族すべてを制圧することなど簡単なのだろう。
だからこそイリュエルを任せられる。
「ヌル。イリュエルを頼んだ」
「誰に向かって言っている?無論戦闘を避けるよう努めるが」
強者を心配する必要はないだろう?という意味を含んだ言葉に追加六割の安心感を得て、俺たちは午後の時間、この国の様々な場所を見て回るのだった。
お読み頂きありがとうございます!
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