第50話 商いの都
次話投稿は明日以降になります。
旅路の最中、ヌルの話を聞きつつ振り返る。
永世中立国リベルナル。
交易国として大陸の経済を活性化を担う国家である。
たった一つの都市のみを保有する国家であるため、交易都市国家リベルナルとも呼ばれるこの国は、大陸中の品々が 集う商いの都である。
この都市国家に訪れたのならば、必要なものはすべて揃う。もちろんそれは、危険な交易路の安全さえも。
商人たちの安全を守るために初めて支部が配置された冒険者ギルド。
ギルド所属の冒険者たちは日夜様々な依頼に応えるが、その以来の中にはもちろん商人たちやその用品の安全の確保も含まれている。
彼ら冒険者には、複数もしくは難度の高い依頼を達成し、その信頼度と冒険者の強さを表す位階が存在する。
本当ならばこの世界の単語があてがわれるのだろうが〔解析〕の権能の効果で俺にもわかりやすいようにその言葉は変換されるため、その位階というのは英語での表記となっていた。
F級、E級、D級、C級、B級、A級の順番で冒険者の評価が上がっていき、B級以上になれば手厚い補助を受けられるようにもなるのだとか。
どのランクの冒険者がどの程度強いのか俺にはわからないが、こんな世界でA級に上り詰めるような猛者がいるのだとしたら、それは文字通り猛き者なのだろう。
そんな冒険者たちを支える技術者たちも交易国内に滞在しているという。
リベルナルには交易区、民間区、商業区として大まかに区域が分けられている。その中でも、商業区にある鍛冶屋、道具屋、武具店などは長年の発展の影響で非常に品質の高い品を提供してくれるという。
他国からその商業区に赴き、店を開き商いを行うものも少なくないという。
国内外を問わず大きくお金が動く国、リベルナル。
俺たちが向かおうとしているのは、交易と商いの熱気が溢れるそんな国だった、
「言っておくが、国内の治安は最悪と言っていい。
私も過去に何度か訪れているが、そのたびに来なければよかったと思うところがある。
国内の衛兵は窃盗や同業者の妨害さえしなければ大抵の悪事には目を瞑る。
悪いことは言わないが、知らない者にはついていくな。路地裏は見るな、連れ込まれそうになったら逃げろ。
最善なのは、私とアルナレイトからは離れないことだ」
二人にそう警告して話を切ったヌル。
いかにも異世界味溢れる場所に向かうので、俺は内心すこしだけ浮足立っていたのだが、何もこの世界はきれいごとだけで成り立っているわけではない。
きれいなところの何倍も、人目につかないだけで汚れた部分はある。それは元の世界でも同じだろう。
「なんだか怖くなっちゃった」
「わたしも」
まだ昼間だというのに周囲を見渡して、手を繋ぎあうイリュエルとレアン。
俺が輩に捕まったとしても逃げおおせるだろうが、二人は多勢に無勢、囲まれでもすればそのまま……ということもあり得るのだ。
「イリュエル。お前の目的は大陸中から集う鍛冶師たちの技術をその目で見て盗むことだと言っていたな。
それは構わんが、商業区に向かうのなら私かアルナレイトを必ず同行させろ」
普段イリュエルやレアンのような村人たちに対しては優しい言葉を選んでいるヌルが、厳しい口調でそう言った。
きっと彼女なりの心遣いなのだろう。
イリュエルは首肯して、その時はお願いね、と俺に目配せするので、俺は任せてくれと返す。
「レアンはもっと成長したいということだったな。
特殊効果のあるマジックアクセサリーなどを買えばいいのではないか?」
マジックアクセサリー。
きっと俊敏性+1とか、そういう効果がある……いや、ゲームじゃあるまいし。
「確かに……おしゃれにもなるし……俄然楽しみになってきた」
「……私も欲しいかも」
イリュエルはレアンと何やら話が盛り上がり始めたので、俺は二人の話を横で聞き流し、適当に相槌を打つ。
「打つときに壊したくないから、あんまり手には付けたくないわね……」
「うん」
「私も刀を握るときの感覚変わってほしくないなぁ。手じゃなくて、足首とかに付けられるやつ」
「でもそれだとあんまりわからないかもね」
「だよね、ちゃんと見えるところに付けたいよね」
「たしかに」
「チョーカーとか?」
「息しにくくならないのかな、あれ」
二人の会話が一旦止む。そしてなぜかこちらを凝視する二人。
「なんだよ」
「いや、アルナが普段からしてるその首飾りだったら邪魔になりにくいかなーって」
「確かにそうね」
ちょっと見せて、といって俺の胸元に架かる首飾りに触れるレアン。
「これ、誰からもらったの?」
「私がアルナレイトに渡したものだ」
「えっ」
ヌルが答えたことに驚くレアンは、複雑な表情をしている。
「そういえば、二人ってどんな関係なのかしら」
イリュエルの疑問はもっともだ。
レアンは俺とヌルの関係背について知っているはずなのだが、なぜ驚いたのだろう。
「そうだな、お前にも話しておかなければならない」
ヌルは数分で俺とヌルの目的、その関係について話し終えると、レアンと同じように複雑な表情を浮かべる。
「てっきり家族かと思っていたのだけれど、ヌルのほうは見た目のわりにずいぶんと大人っぽいから……そうだったのね」
俺やレアンを超えて何倍もの年月を生きているヌルにとって、俺の妹のように見えるのは屈辱的ではなかろうか思ったが、ヌルはそう言った相手からの評価などは気にしないらしい。
「その首飾りは私との連絡を取りやすくするほか、アルナレイトの戦闘を補助する役割がある。
こいつに死なれては困るのでな」
その説明を聞いたレアンはなぜかほっとしたような顔になっている。
「なるほどね、二人の目的を考えると、確かに今の時期的には交易国へ向かうのも頷けるわ」
「イリュエル。お前には今後多くの仕事をこなしてもらわねばならない。
今回の訪問で、なるべく多くの技術を吸収してくれ」
イリュエルの目的である技術の吸収。
そのためにリベルナルに集まる技術者たちの技術を生で見たいということだったが、俺もそれについていこうと思っている。
その理由は、技術者たちのもつ技術を〔解析〕し〔記憶〕することで、それを俺に〔模倣〕すれば、俺もイリュエルと同じように刀を打つことができるようになるかもしれないからだ。
刀を打つ、といったが実際にはその技法を用いて素材を〔分解〕し〔再構築〕するのだが。
もし これができるようになれば、その場に即した刃渡りの刃を作成できるかもしれない。
そしてゆくゆくは、状況に最適な武装の作成まで可能になるかもしれないのだ。
俺は理外権能の活用方法について、たくさんの知識が必要になると思っていた。
今のところ〔分解〕〔再構築〕には制限はない。しかし、限界はある。
その限界というのは、俺自身の能力不足によるものだ。
例えば、俺が今目の前に軽自動車を作ろうと〔分解〕〔再構築〕を行う。
しかし俺には実際に動かせるエンジンの作り方や、タイヤとハンドルを繋ぐ装置の構造すらわからないのだ。
これが分かって入れば、その情報をもとに〔再構築〕するだけでこの旅路は大幅に時間の消費を抑えることができるというのに。
ほかにも、俺の能力不足で理外の力の扱い方に制限が発生している部分は多くある。
それは、自分自身を〔分解〕〔再構築〕することで、瞬間移動が可能となるかもしれないというもののもある。
これを実際に行えるのなら、この旅の道を一瞬で生き返りすることが可能となるのだが、ここで問題となるのは、今こうして思考している脳で理外の力を操っているのだとしたら、脳を〔分解〕したその瞬間、理外の力の制御が外れ、そのまま俺も意識を失うのではないかということだ。
これらの手段を試す方法はなく、実際に可能かどうかを調べる方法もない……。
調べる……方法……?
妙にそのワードが引っ掛かる。
何か俺は、見落としている……?
その直後、俺は見落としていたあることに気づき、奇声を上げてしまった。
「ああっ!」
「何なに!?」
「どうしたの?」
イリュエルとレアンは大きく飛び反り驚く。ヌルはいつも通りの無表情だったが。
「あ、いや、なんでもないですぅ」
俺は二人を驚かしてしまったことに頭を下げた。
今日の晩御飯を一割ずつ二人に献上することで許しを得たところで、ヌルも珍しく「私も驚いたので追加で一割だ」と追撃をかましてきやがった。
悲しくも俺の晩御飯の七割が暴食者に奪われてしまったところで、再び思考巡らせた。
そうだ、ある。
調べる方法はあった。俺はつい、実際に試してみなければならないと思い込んでいた。
実際はそんな必要なかったのだ。
そう。どのような結果になるのか〔解析〕すればよかったのだ。
俺は手始めに、権能行使による瞬間移動的な活用方法は可能なのか、そして可能であれば、どのような方法を採ればよいのか〔解析〕した。
開示された情報によれば、可能とのこと。
俺の危惧していたことは起きないらしい。
この理外の力を制御しているのはあくまでも俺の変化した"理外者の部分"が行っているようで、そこに主意識が存在する以上、器でしかない肉体の脳で理外の力を操っているわけではないらしい。
とはいえ、人間だったころの感覚に引きずられている今の俺には、権能を用いない限り限界以上の思考速度を発揮したり、多数の並列思考が可能というわけではないという。
まあともあれ、肉体の〔分解〕〔再構築〕による移動は可能らしい。
そしてそれを行う方法だが、そちらのほうに問題がある。
〔再構築〕する場所に関する情報を用意し、その場所に〔再構築〕を行う必要がある。
つまり、安全に〔再構築〕できる場所の情報さえあれば可能というわけだ。
物は試し。思い立ったが吉日という言葉もある。
俺はとりあえず〔解析〕の結果を信じてみることにした。
まず初めに、現在の自分の状態を念のため〔解析〕し〔記憶〕しておく。
これには俺自身が今こうして思考している意識そのものは必要なく、義手などの装備を失わないためのものだ。
右腕の切断面はあの男の能力の効果がまだ残っており再生させることはできないが、今になって思えば、この義手があったからこそ勝ち上がってこれたのだと思うと、もし再生できても俺は義手を選択するだろう。
とにかく、全身の装備を〔解析〕すると、俺は次に数本先の巨大な木の幹より別れる枝に狙いを定め、ひとまず自身の肉体を〔分解〕した。
自分の体が足から青白い粒子と化していくその瞬間はまさに、あらゆる感覚の消失するあの空間、混沌の恐怖を再来させたけれど、今はそうではないと言い聞かせ耐える。
首にまで迫った〔分解〕の波はついに口、鼻、目と感覚を奪っていき、ついに頭部の頂を包んだ。
一切互換の感じられない状況の中で、あの時とは違う青白く染まる意識の中で、俺はあの時に狙いを定めた木の枝の上に肉体を〔再構築〕すると念じる。
すると……すると。
着地するために足先を〔再構築〕した俺は、確かに地面を踏みしめる感覚を感じ、ひざ下、太ももと肉体の上に向かって輪郭を帯び質量を獲得する。
頭部まで完璧に〔再構築〕し終わったと同時に、イリュエルとレアンの大声が聞こえてきた。
「アルナーっ!」
「………あそこだ」
ヌルは俺の立っている地面から十数mありそうな枝まで跳躍してこちらへ接近すると、いままで見たこともないような剣呑な雰囲気で言った。
「アルナレイト……何をしていた?」
ヌルが言うには、多機能補助情報端末がヌルに発信している俺の生体情報や位置情報のすべてが消失し、一切後が終えなくなっていたという。
追跡から逃れる手段にも使えそうだな……と思っていると、服の襟部分を掴まれて地面に移動させられた。
「アルナッ!!」
急いで駆け寄ってくる二人。
その雰囲気は切羽詰まったもので、事情を説明しないわけにはいかないな……と、一連の行動をすべて説明した。
「なんだ……よかった」
ほっとする二人。
しかしその直後、凄まじい威圧感を放つ三人にこっぴどく叱られたのち、俺の晩御飯が追加で3割消失してしまったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。




