第49話 ゆりかご
少し長くなりそうなので、話の途中ですが切って、また明日に投稿いたします。
交易国への旅路、その二日目の夜のこと。
私ことレアンは、奇妙な方法で建てられた仮住居の窓から聳え立つ木々の隙間に星を見つけ、その数も10を超えそうとなっていたところに、ふといきなり、4日前の記憶の扉が開いた。
その記憶の始まりは、アルナレイトともにレギオ村に訪れた少女、ヌルと交わした約束からだった。
それは夜半のこと。
どうもその日はなかなか寝付けず、のどが渇いたので一階のキッチンにおいてある水瓶から水を飲もうとしていた時。
部屋の入口に誰かが立っていることに気づき、夜目を凝らして観察すると、ヌルが立っていることが分かった。
わたしは、彼女の水を飲みに来たのかとコップに注いだ水を差しだすと、一言ありがとうと言ってその水を飲み干し、一拍置いて話し始めた。
「レアン。アルナレイトの慰め、ご苦労だった」
彼女の言う慰め、というのは、アルナレイトに起きてしまった数多の事柄が、彼を大きく傷つけてしまった。傷ついた彼に対し、私は今は亡き姉のように慕う存在、ナタリアのように口づけをして慰めた。
正直、自分がナタリアからよく額に口づけされていたとはいえ、なぜ彼に同じようにしたのか、自分でもわからなかった。しかも、彼には額ではなく、唇に。
今でもその理由は判明しないが、彼に対してはその行為こそ必要だったのだと、なぜか直感していた。
私は自分のした行為を、間違っていたとは思わない。
とは言ったものの、彼に嫌がられていたのなら、それも意味はないけれど。
「……あいつの言う通り、巻き込んでしまった以上、納得のいく説明が必要だろう」
説明と聞いて、私の思い浮かべたものは、アルナレイトとヌルの二人がこの村に来た理由だった。
二人は、この村を大きく発展させ、いずれは国として豊かな生活を送れるようにするためらしいけれど、私は違うのではないか、とうすうす感づいていた。
ヌルは以前の誓いである、嘘をつかないという約束を違えないために、彼女は私に本当の目的というものを話し始めた。
「私の真の目的は、ある、ひとりの少女を殺すこと」
その答えを聞いたとき、私はなぜか冷静に受け止めた。
人殺し、すなわち他者の命を奪うという最大限の罰を課せられるべき罪を犯そうとしている、それが目的だというヌルの表情は、悲しそうに、苦しそうに、裁かれる時を待つ更生後の罪人のように見えた。
本当は、殺したくない。
本当は、一緒に居たい。
けれど、それは許されない。
許されていいわけがない。
罪の意識が、彼女に悲しみの呪縛を与えている。
そう感じた。
彼女もまた、アルナレイトと同じように自らの過ちを恥じ、己を責め続けているのだ。
「……私はこれから、アルナレイトに対して心無い言葉を何度もぶつけることになる。
何度も、何度も、あいつの心が折れたとしても、関係ない」
厳しい言葉を並べるヌルだが、それはまるで自らに対し戒めるようにも見えた。
「私は、あいつに憎しみの感情を向けられるだろう。
その感情を反骨精神にして、さらなる成長を遂げさせるためというのもあるが……。
そこで、レアンに頼みたいことがある」
いつもの態度はどこへ行ったのやら、ヌルは私の右手を両手で包むと、願いを口にした。
「お前には、アルナレイトを慰撫する存在となってほしい。
私はあいつを傷つけ、力にもなる存在として在る。だから、レアン……お前には、アルナレイトを癒し、傍で支え続けてやってほしい」
その願いを聞いて、私は何と答えればよいのか分からなかった。
何せその願いを飲めば、私は彼の伴侶のような存在になってしまうのではないかと考えてしまったからだ。
私自身、彼に何度も命を救われたし、実は、彼の稀に見せる卓越した剣術の領域に魅せられた。同じ領域に立ちたいとも、彼の天賦の才に嫉妬しているというのもある。
私の中で、アルナレイトという存在に対する想いというのは、実に複雑に絡まっていて、何が最も優先すべき思いなのかすら判別がつかないのだ。
けれど、透明で何も不確かではなくて、輪郭すら曖昧で。
それでも、彼とともにありたいという思いだけは、確かに強く根付いている。
「顔を上げて、ヌル」
「……」
彼女の変わった光彩を持つ瞳は、まるで小動物のように弱弱しく見える。
こんな顔をされては、断れるわけもないのだ。
私は、何一ついうべきことがまとまってはいないけれど、それでも伝えるべき言葉を伝えるため、たどたどしくなりながらも言葉を紡ぐ。
「私はね、アルナレイトに対して自分がどう感じているかわからない。
けど、一つ言えることは、彼の傍に居たいって気持ちはある。
アルナレイトの剣の冴えに嫉妬してしまっているし、その才能を羨ましいとも思ってる。
それでも、アルナレイトの傍にいたいって気持ちは、嫉妬したり羨む気持ちよりも大きいの」
じゃあ、とヌルが言うので、私は声に出して肯定する。
「私にどこまでできるかわからないけど、やってみるよ」
私がそう言うと、ヌルは小さくよかったとつぶやいて微笑んだ。
「本当に良かった。アルナレイトがかかわってきた人物の中で、あいつの最も信頼している人物がお前だったのでな」
「え、そうなの?」
意外なことを聞いた。
私はてっきりヌルのことを信頼していると思っていたのだが、彼はいつの間にか私を最も信頼のおける人物として認識していたらしい。
「ともあれ、これから頼んだぞ」
私とヌルはその場で手を握り合い、また互いに一歩ずつ、仲を深められたような気がした。
と、私の記憶はそこで曖昧になっていった。
記憶の旅からアリアロス大森林の仮住居に帰ってきた私は、ベッドの向こうに眠るアルナの顔を見た。
長いまつ毛に、色素の薄い白い肌。
体の線だけ見れば女性と見紛う可愛らしさで、出会った時よりも伸びた髪も相まって、私の服を着れば、初めてアルナを見た人なら、ジークやナタリアさんのように女性と見間違えても仕方ない。
しかしその体は同年代の男の子とは思えないほど引き締まった体を持っていて、アンバーやシーアスが嫉妬していたのを思い出す。
「……」
私は何となく、数cmしか離れていないベッドで眠るアルナの顔に、手を触れた。
「ん、んむぅ………」
という微かな声が聞こえ、小さな動きが頬から伝わった。
頬の手触りの良さ、滑りの良さに思わず撫でまわしてしまうが、どのたびに、ん、とか、ぅん?とか、変な寝言を出していく。
何度か微かな声を漏らした直後、アルナは私の手を掴んだ。
流石に起こしてしまったか、と罪悪感に包まれていたのだが、そうではなかったらしい。
その代わり、握られた掌に頬を擦り付けるアルナを見て、なぜか心が苦しくなった。
私は彼の出身地も、兄弟も、何もかも知らない。
普段から何を考えているかも伺い知れないけれど、戦闘中、彼に前衛を任せている間だけは、心が通じ合えている気がする。
いつになれば、彼のことを理解してあげられるのか。
もしかすれば、自分にそんな日は来ないのかもしれない。
一抹の不安が頭をよぎるが、まるで母親に甘えるように私の手に顔を擦る彼を見て、きっとそんなのは杞憂に過ぎないと言い聞かせ、私はそのまま眠ることにした。
アルナ、手を離さないのはいいんだけど、起きた時、だるくなってるんじゃなかなぁ。と、眠気の水位が高まり、眠ってしまう直前にそう思ったのだった。
◆◆◆
交易国への旅路もついに三日目となり、その道中は基本的にヌルの昔話やレアンとの会話、イリュエルの刀鍛冶に関する知識の疲労などで暇を費やしていた。
しかし三日目にもなるとレアンもイリュエルも、話のネタがなくなってきたのか自分から口を開くことはなくなってきた。とはいえくだらない冗談を言ったりと元気がなくなったわけではないのだ。
それでも必然的にヌルの会話を聞くことが多くなってきた。
ヌルの話の内容は、リベルナルの国に関する内容が多くなってきた。
これから訪れる国なのだし、俺は真面目に聞くことにした。
「永世中立国リベルナルは、巨大な都市センタールのみをもつ都市国家だ。
依然話したと思うが、この大陸、フィルストス大陸中の品物が集められる商いの国だ。
フィルストス大陸中の国家が参加する"全大陸国家会談"で批准された"シュア・ロギエラ条約"によって、大陸中のすべての国家がリベルナルに政略的干渉、および同盟の勧誘などが禁止されている。
無論そのようなことを各国へ認めさせるためには、すべての国家に利益のある話が必要だ」
俺たち三人は普段から耳にしたことない言葉の連続で、あまり耳に入ってこなかった。
いつものように聞き流してしまいそうになったが、ヌルが重要な話をしているのではないかと思い、俺は言葉のすべてを〔記憶〕し、単語の意味を理解しながら意味をつなげていく。
「そこでリベルナルは大陸の経済を活性化するという役目を担い、各国からの商人たちに手厚い援助と、リベルナル経由での交易品は関税の緩和を行うと掲げた。
いかなるものであろうと商品として取り扱い、国内での保管が要求された場合は堅牢な保護を行う。
まさに、交易国としての役目を果たしているというわけだ」
交易国リベルナル。
いかなるものであろうと商品として扱うという部分にいささか黒い雰囲気を感じたが、大陸中の国家が批准しているのだからそんなことは杞憂に終わる……はずだ。
「リベルナルは大陸内で二番目の規模を誇る市場といえる。
その交易ルートには魔物除けの術式を設営するなど、商人たちとしてはこの上なくありがたいことだろう。
しかし魔物除けだけでは盗賊の被害にあうということで、護衛として冒険者を雇うべく、歴史的初めての冒険者ギルドの支部が配置された」
俺は聞きなれた単語に思わず反応してしまう。
冒険者に、ギルド。
意味や定義はそれぞれの世界で異なるが、基本的に共通しているのは、冒険者なる腕利きたちを雇い、魔物の討伐や護衛、国から未踏の地域の調査を依頼されたりと、報酬で仕事を選ぶ、完全実力主義の世界。
俺の中ではそういう認識なのだが、ヌルの話を聞いている限りだと間違いはなさそうだ。
「交易による大陸内経済の活性化と冒険者ギルドの支部の二要素は商人たちの手によってさらなる相乗効果を呼ぶと同時に、国内には商人たちのほかにも冒険者たちの依頼を確実に応えるため、武具の作成や冒険者たちが得た魔物の素材を買い取る店も発展し、今では名高い鍛冶師や魔導書の販売店、割高だが確かに命綱となる、様々な薬効をもつポーションの販売など、国内で完結する商業の発展も見せている」
この世界に来てようやくファンタジーらしい世界の言葉が出てきて、俺は少しだけ心が躍った。
ヌルの話を聞いて、確かにと納得した。
依頼のあるところには冒険者たちの需要が生まれ、冒険者たちの依頼を確実にこなすために、彼らの装備をメンテナンスする職人たちが必要だ。
「国内で完結する商業にかかわるため、国内の商業区には他国の技術者が店を開いているということもあるという。
有名な国でいえば、鍛冶の技術はもちろんのこと、魔導力学に著しい発展を見せるガレドヴィレニア国から来る山精種の鍛冶師あたりだろう」
ドワーフ。この世界にもいるのか……と俺が思っていると、なぜかイリュエルは体を震わせた。
どうかしたのだろうか。
俺がイリュエルに心配するのも気に留めず、ヌルは旅路の暇を埋めるべく話をつづけた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。




