第44話 飛び入り
次話投稿は明日になります。
ある日ふと、気になったことがある。
この世界には、俺の他にどれほどの人がこの世界にやってきているのだろうか、と。
自分だけが特別だったなんて思わない。きっと、俺以外にもこの世界へとやってきている人がいたって、おかしくないはずなのだ。
なぜなら、今急成長の一歩目を踏み出して、今まさに二歩目を踏み出そうとしているこのレギオ村には、この世界には存在するはずのないものがあったからだ。
それは、俺の住んでいた日本の古で、侍が巧みに操ったとされる"刀"と、その刀を扱うための剣術である"月ヶ瀬流"剣術が存在するからだ。
この世界に存在する刀は、決して元の世界の刀に見劣りするものではなく、むしろ、現代の作刀技術よりもはるかに優れているであろう特徴が存在する。
それは、確かな鋭さと耐久性だ。
魔物の攻撃を受けたにもかかわらず、刀の刃は欠けることも歪むこともなく、滑らかな切れ味を保っていた。
現代に存在する刀ではこうはいかないらしい。3~4人斬れば、刀に油がついて切れなくなってしまうのだとか。もちろんそれはデマで、3~4人以上も切れ味を保ったまま切り結ぶことができるらしい。
その点、この村に存在する刀は、俺が見聞きして知った現代の刀よりはるかに優れている。
きっとそれは、この世界に刀が持ち込まれたのがずっと前の世代だっただろうからだ。
室町時代と現代の作刀技術を比べれば、明らかに技術の低下がみられる。この村で打ち出された刀は、現代の物にみられる技術の低下はなさそうだ。
それどころか、年代を重ねるたびに技術は研磨され、その時代の物すら超えそうなほどの性能だ。
そこまで思考して呆然としていると、頭頂部にやわらかい衝撃が走る。
急いで今の状況を思い返した。
現在は元の世界でいうところの昼頃。
農地拡大作業の休憩中に、村人たちを集めて集会を開いているところだった。
「今一度説明させてもらおう。
このレギオ村の存在するアレイン平野の土壌は栄養が少なく土壌の質も、とても農業をするに適しているとは言い難い。
そこで、私とアルナレイトが土壌改善、栄養豊富で農業に最適な土を作るための準備として、数週間この村を開けることとなる」
村人たちは、俺とヌルがこの村から数週間居なくなると告げられた時、明らかに動揺していた。
仕方ないだろう。
ヌルはともかく、この村に於ける俺の存在はもはや、一介の剣士というわけではなくなってしまった。
指導者のような立場となってしまった以上やるべきことはする。しかし、本来であれば、俺がいなくなったとしてもこの村には存続していってほしい。
とはいえ、今はまだ安全かつ食料の安定供給もできる村のシステムは組めていないため、当分先のことになりそうだ。
「皆が心配しているのは、作業中の魔物の妨害を恐れていることはわかっている。
そこで、引き続き村長、レアンに警備を任せる。加えて、この村屈指の肉体強度を持つジーク。彼もそこに加わってもらうことによる強固な警備体制を整える」
ヌルがジークの名前を出すのと同時に、壇上に登ってくるジーク。
俺は彼の精神状態を危惧していたのだが、彼の瞳にはこれまでなかった強い意志の光が感じ取れた。
「まだ心もとないかもしれないが、皆を守るために尽力させてもらうつもりだ」
彼の背中に担がれた一本の刀からさえ、強い意志の滾る気配を感じたのは、よもや錯覚などではあるまい。
きっと、彼なりに克服し、強くなったのだ……ナタリアさんの結末を。
「作業スケジュールは村長に渡してある。それに従って普段通り作業してほしい、以上だ」
ヌルの説明が終わると、皆休憩に戻っていった。
集会が終わり、皮袋に集めた資金源の元で手を遊ばせていると、ヌルが俺の元へと来る。
「これで準備は大丈夫だろう。明日の早朝には出発するぞ」
ヌルはそう言いつつ、交易都市国家への道筋、その道中の説明について始めそうになったので、俺は〔記憶〕の権能を起動しつつ、話を聞く。
「アレイン平野からリベルナルへの道には、多くの商人が使用する交易路ではなく、人の目につきにくいルートを通っていく」
ヌルがそう言ったとき、俺は疑問を感じた。
なぜなら、交易にはその商品を運ぶための"交易路"が不可欠であり、そういった道はたいてい舗装され、多くの商人たちがいるので相対的に危険度も下がるはずなのだ。
安全に向かうなら交易路を用いるのが最適解だと思うのだが、何か使用できない理由でもあるのだ廊下と考えていた矢先、ヌルが俺の疑問を埋める答えを出した。
「もちろん交易路を使うのが最も安全だ。
しかし、交易路には魔物払いの結界術式が施されている。それを破壊するわけにはいかない」
そう、交易路を使用しない理由は、俺の存在そのものにあった。
俺の持つ理外の力。これは、基本的にはどのような魔力的直接干渉も弾いてしまう。
レアンによれば【魔力感知】のスキルに俺は反応しないらしい。そしてそれは、ヌルと出会ったときに彼女が言っていたことと一致している。
俺は、この力の特性上、索敵能力を持つスキルや魔術から効果を受けないのだ。
しかもそれだけではなく、飛来する魔力の攻撃なんかも弾いてしまうのだ。
レアンのスキルを用いた拡張斬撃。あれは魔力を斬撃に変換しているため俺にも効果があるが、単純な魔力だけの攻撃の場合、近づいた瞬間にその魔力は否応なく消滅する。
「お前の持つ力は、交易路に設置されてある結界術式を破壊する。そうなればその交易路は使えなくなってしまうからな。今後のためにも、交易路は使用可能な状態にとどめておきたい」
今後のため、というのはおそらく、第三の目的のために残しておくということなのだろう。
「次に移動手段なのだが、それにはレヴィエルを使用する」
移動手段がレヴィエルと聞いて、俺はすぐさま移動方法が分かった。
「レヴィエルがよく使っている、あの空間転移か?」
「そうだ。正確には空間転移ではなく、超限定的な次元歪曲による座標接続だ」
超限定的?次元歪曲?座標接続?全くわからない単語ばかりだ。もしこれがテストに出たのなら、間違いなく間違える自信はある。
よくわからないことなのであくまで推測しか建てられないのだが、もしその方法に魔力が使われていたりすると、俺は通れないのでは……と勘繰ってしまう。
「お前が以前言っていた理内率と理外率の関係を考慮すれば可能だろう。
レヴィエルのもつ理内率はお前の理外率を上回っているのだから、スキルの効果を受けると思ってな」
なるほど。スキルの効果を受けられないと思い込んでいたのだが、直接的に干渉しない、精神的に干渉しないという条件さえ満たし、なおかつ理内率が俺より上回っていればその恩恵を受けられるのか。
本当に可能かどうか〔解析〕してみると、どうやら可能らしい。
「資金源の話だが、どうだ?」
「それなりには集まってるよ」
俺はレアンと自分の分を合わせて二つの皮袋に収められた魔結晶を掲げるように持ち上げた。
この魔結晶、どうやら金になるらしい。
使い道は多岐にわたり、どれだけ数があっても足りないことから、それなりの値段で買い取ってもらえるという。
俺とレアンで魔物警備にあたっていたのは、それも理由の一つだ。
「なら大丈夫そうだな。レヴィエルの移動手段も感知術式に引っ掛からないよう、国の周辺まで移動して、そこから一週間ほど歩けばつくと予想される。
その道中、資金稼ぎのために魔物と戦ってもらうぞ」
ということは、レアンを村に置いていくので、俺は一人で魔物と戦わねばならないということか。
いつもレアンに決め手を譲っていたので、これを気に練習するのもよさそうだ。
「出発までに新装備へと着替えてもらう。それまでにレアンには村を開けると伝えておけ、いいな?」
「まだ伝えてなかったのか。
わかった、俺のほうから言っておくよ」
明日から村の外へ出向き、新たな世界へ飛び出すと考えれば胸が躍らないわけがない。
しかし、この世界が嗜んできたライトノベルのような世界観とは一切違う世界。厳しい自然やこれまで戦ってきたのよりも強い魔物がいるのだろう。
しかし臆する必要などない。
俺にだって、そういった者たちと対峙するための力を得ているのだから。
「それじゃ、レアンに話してくるよ」
「頼んだ。私はレグシズと最終の打ち合わせにいく」
そういい俺とヌルは別行動になる……はずだったのだが、師匠もレアンもすでに家にいるので、行く道は同じ。友達と遊んだ帰りに、乗る駅が一緒という感じの気まずさを感じる。
「……」
ヌルはいつも通りの無表情で、このまま家につくまで一言も発さないのか……思っていた予想は覆された。
「アルナレイト。刀は握れるか?」
その一言には、多くの意味が籠っていることを感じた。
中でも最も強い意味は、きっと……。
俺はあまり考えないようにしていたそれを、頭を振って吹き飛ばそうとしても離れることはない。
本当なら話す気にはならないのだが、相手がヌルということも相まった結果なのか、いつの間にか心中を吐露していた。
「………握れるさ。握らなくちゃならない……たとえ、手が震えてしまっても」
手放し、放棄することなど許されない。
しかし、いまだ命を奪ったという不快な感覚は消えない。あの首を落とす手ごたえを、命を刈り取る確かな手触りを、俺は一生忘れることなどできない。
「もう引き返せないからな。失ったもののために、奪ったもののために、進むことにした」
俺がそう答えると、なぜだかヌルはふっと笑って、
「前とは見違えたな」
といいすぐに無表情に戻った。
その笑顔だけが、本当に俺をわかってくれたような気がしたのは、気のせいなのだろうか。
◆◆◆
––––––––––––––––––ヤダっ!一緒に行く!
––––––––––––––––––私もリベルナルの鍛冶師の打つ武具を見てみたいわ。
これは、レアンに村から離れるという話をしに行ったときに、たまたま来ていたイリュエルの二人に言われた言葉だ。
この二人を見ると、俺は心臓を掴まれたような気分になってしまう。
それは、彼女たち二人は俺とヌルの行動によって尊厳を汚されかけた二人だからだ。
ゆえにこの二人にこのようなことを言われてしまうと、だめだと拒否することは難しい。
しかし、村の外へと向かうという危険極まる環境の中、イリュエルを守りながら戦えるのかと言われれば、その自信はない。
だからこそ俺の中では、要求を呑んでやりたいという気持ちと、彼女たちの安全を守ってやりたいという気持ちが葛藤していた。
「お願いよアルナレイト。あの夜みたいに、私の願いを聞いて」
「そうだよ!心細くてどうにかなっちゃうよ!」
二人の美少女に壁際に追い込まれ、彼女たちを押しのけることも体勢を変えることもできない俺は、とにかく何とかしなければと頭を回していたのだが、これでは思考停止と大差ない。
「あの、せめて離れてくれないか?」
俺の必死の訴えを了承してくれたのかと思うと、今度は二人に腕を掴まれベッドへと連行されてしまった。
「いいっていうまで離さないもん!」
「同意見よ」
しまった。これでは殊更断りにくくなってしまった。
しかも、二の腕あたりに大変やわらかく素敵なものが触れている感覚があり、なぜか顔が熱くなる。
「ねぇ、本当にダメ?」
「何か言ってもらわないと困るわ」
何も言えなくなっている俺に対し、二人はさらに距離を詰めてきて密着する形になり、俺はとうとう声を出そうとも、う、とか、あ、の単音しか発することができなくなっていった。
そんなところにいきなり扉を開いて現れたのはヌル。
ヌルのことを見ると、レアンとイリュエルはヌルのほうへと駆け寄っていって、俺に言ったことと同じようなことを繰り返す。
ヌルはうんざりしたような顔でため息をつく。
「遊びに行くわけではない」
「わかってるよ」
「………命の危険があってもか?」
ヌルはあえて、重たい言葉を使ったのだろうが、二人の気持ちもただ好奇心にからくるものではなかったらしい。
「……以前父さんから聞いた。センタール市内には鍛冶師たちが店を構える区画があるって。
そこで、他の鍛冶師たちの技術に触れたい」
この村の発展のために尽力する剣士たちの力になりたいから、と付け加えたイリュエル。
それに対しレアンは、
「私は……その……」
いつもはきはきと話すレアンにしては珍しいと思っていると、こちらを一瞥したのちに、ヌルの耳元で何かを言ったレアン。
二人は俺のことをしばし見つめると、ヌルは諦めたようにうなずいた。
「仕方ない。ただし二人とも、いついかなる時でも異変を察知したら、すぐに私かアルナレイトに伝えろ。いいな?」
そうくぎを刺したヌルの心配などそっちのけで、二人は飛び跳ねて喜んでいた。
まったく、お前が断っていたら……とため息交じりにこちらを見やるヌル。
「悪い……二人には断りづらくて………」
自らの胸の内に溢れる罪悪感を押しとどめるので必死にいると、ヌルは俺の背中を摩った。
その行為があまりにも珍しくて体を震わすと、ヌルは奇妙なものを見たような目でこちらを見ていった。
「仕方ない……仕方ないが、イレギュラーに対応できるかどうかが懸念点だな」
「レアンはいざって時に戦えるけど、イリュエルが心配だ」
本来であれば二人で行くはずだったリベルナル。
こういった経緯で四人で向かうこととなってしまったのだが、守るものがあるのはいつもと同じで、死ぬわけにはいかないのも変わらない。
「二人とも、明日の早朝には出発する。レアンは私から村長に話しておくが、イリュエルはマグナスに話しておけ」
二人は了解!というや否や、部屋から飛び出していった。
「まあ、庇護対象のいる状態での戦闘経験を得るいい機会だと思え。アルナレイト」
確かにそうだ。
今後、必ずしも有利な状況で戦えるとは限らないのだから、こういった状況も学習につなげていかなくては。
「言っておくがこれ以上は増やせないぞ」
「ああ。わかってる」
レアンのいなくなってしまった警備の穴は、代わりにレヴィエルが務めることとなった。
レヴィエルの戦闘能力はいまだ未知数だが、魔物に対して全く恐れないどころか、眼中にすらないといった彼女の様子から見て、その強さは並外れたものなのだろう。
その強さは疑ってはいないが、レヴィエルが警備を一緒にする際のジーク、村長の反応を考えて、俺は小さな笑いをこぼしてしまった。
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