第41話 黎明の夜明け
次話投稿は明日以降となります。
俺は情けないことに、この年になっても女の子の胸の中で、一晩中嗚咽を漏らし泣いていた。
それは、自分が定めた悪を自らで行ったことや、人の命を奪ったという取り返しのつかない行為をしてしまったという現実を突き付けられたということもあるが、もっとも俺の精神を揺さぶったのは、レアンの姉的存在でもあり、またジークにとっての最愛の人であるナタリアさんを守れなかったことだった。
そんな苦しみの檻に囚われていた俺を、やさしい口づけで解き放ってくれたのが、レアンだった。
彼女もまた、幼くして祖父以外の家族失ったとき、ナタリアに額に口づけしてもらったそうだ。
その時は、何者からも守られているような感覚がして安心できたという。それを俺にも感じてほしくて、あんな行為をしたらしい。
正直、身もふたもない言い方をすれば、レアンのような美少女にあんなことをしてもらえるなんて、今思えば心臓が爆発してこの星を破壊してしまいそうだ。
ともあれ、しかしながら俺は、レアンに慰めてもらったにも関わらず、自分の心の中で目覚めかけていた何かを恐れ、涙が止まらなかった。
そんな俺の様子を見たレアンは、ついには、体すら許そうとした。
俺は、そこまでいってやっと正気に戻った。
交わるということは、その人が歩んできた人生に責任を持つということ。
その人がどれだけ家族に愛されてきたかを知り、自身も愛するという責任を負うということだ。
俺の元居た世界では、お金の対価として関係を持つ行為などがはびこっていたが、俺はどうもあんな行為が許容できなかった。
そういうのも、俺がいまだに未経験なことの原因なのだろう。
そういった話はさておき、俺はもちろんのこと彼女の申し出を丁重に断った。
当たり前のことだが、まだ深くも知り合っていない人間にそんなことをいうのは、いくら優しいレアンだとしても間違っている。
そのことを丁寧に教えると、レアンは「アルナだからいいもん」とよくわからないこと言っていた。
ちゃっかり俺のことを愛称で呼ぶようになっていたレアンだが、そういうのは俺の精神衛生上やめてほしい。
そんなことをいうから、俺のような片思いのこじらせ野郎が生まれるんだからな。
と、そんなことを考えながら、わずかに光の漏れるカーテンを見て、朝が来たことを知った。
そろそろ剣術の稽古に向かわないとな、と考えながら、レアンを起こそうとすると。
(……アルナレイト。少しいいか)
どこか弱弱しい声でそう呼びかけてくるヌル。
彼女は部屋から出るように言うので、それを実行すると、廊下にはヌルの姿があった。
彼女の髪は深淵の夜空よりも昏く、しかし朝焼けの光が反射して、星空のように輝いていた。
「……昨日は少し、言いすぎたかもしれない。
だが、お前にもわかっただろう。殺すことでしか救えないという事もあるのだと
「ああ…。お前のいうことはよくわかった。殺すという解決手段でしか解決できないことがあるんだな…」
ヌルは今の俺と同じなんだ。
殺すことでしか、命を奪うことでしか、遂げられないことがあると。
「……ならば、あの子を殺すことに全力を注いでも構わないな?」
–––––––––––––いや、それを認めるわけにはいかない。
俺が間違えていただけで、彼女が間違えているという可能性が消えたわけではないのだ
だが、殺すことで救う道もあると知った今なら彼女の意見を肯定する事もできる。
「…悪い。それでも、ヌルが間違えている可能性があることはわかってくれるか」
「私は彼女と話し合ったことはない。故に私が間違えていると…。確かにその可能性は未だ健在だ。けれどお前はこの件で理解しただろう」
「お前の意見はよくわかったつもりだ。
でもとりあえず契約内容は今のままで頼む。それはお前もわかるだろ」
「…了解した」
彼女の願い。それはある少女を殺すこと。
だがその本質は、その少女を殺すことで、"救う"ことにある。
俺はそのことに気づいていなかったのだ。
本質を知る事もなく、ただただ一元的な意見しか言わなかった俺を憎むのも、今の俺ならよくわかる。
……俺は、もっともっと強くならなければ。
この世界に法はない。力が全てなのだ。
村を守り、彼女との契約を果たし、世界の均衡を正すためには、強さが必要なのだ。
そのための準備をヌルに手伝ってもらっていることを思い出し、俺はヌルへと呼びかけた。
「ヌル、あの件は順調か?」
「ああ。お前に最適な装備となるよう調整を繰り返している最中だ」
彼女に頼まれ自分自身を強化できるように開発してもらっている、とある"装備"。
それは、俺自身に強い負荷をかけ、その代わりにリターンを得るというもの。しかし、彼女はあくまでも俺が扱えるような一品にしようとしているが、それではだめだ。
今後、他種族との戦闘が起こるであろうというときに、俺自身を高める程度の装備では、きっと納得のいかない最期を迎えることになる。
俺はそれを避けるために、ヌルに変更点を伝えることにした。
「試作品も作れない段階で頼むのはあってるのか間違ってるのかわからないが、ヌル。
俺に適応する装備じゃなくて、俺を飲み込むような装備にしてくれ。
それを使いこなせるようになれば、俺はまた成長できる」
俺の提案にヌルは、暫し考えたのちに、無言でうなずき了承した。
「了解した。飲まれるなよ?」
「まかせろ」
それだけ言うと、俺とヌルは次なる目的のために、動き出すことにした。
◆◆◆
燦燦と輝く星に曇りない青空の下、虐殺があった広場でナタリアさんの葬式が執り行われた。
ジークの様子を心配していたのだが、彼は心の強さが桁外れなのか、普段と変わらぬ調子で接してきた。
全員で冥福を祈り、埋葬を終える。
レアンやジーク、その他大勢の人々は涙を浮かべていたが、それでも瞳に強さの輝きを保っていた。
その後、広場に呼ばれた俺は、村人たち全員が集まっていることに気づいた。
いったい何が始まるのか……と思っていた、その時だった。
「アルナレイト。これは剣の師としてではなく、村長として言わせてもらいたい。
……我々を救っていただき、感謝する。
そしてかなうなら、今後も村のために力を貸してほしい。
これは、村の者皆の総意だ」
村人たちはみな、同じ目をしていた。
強い意志をもち、前に進もうとしている。そんな光だ。
もちろん、俺の答えは決まっている。
「自分にできることがあるなら、尽力させていただきます]
村人たちは、紆余曲折いろいろありながらも、こうして意思を一つに前を向いてくれたようだ。
きっと、これはナタリアさんの助力もあるのだろう。
彼女の死を無駄にしないためにという"意思"が、彼らの原動力となる。
それが、前に進むことの意義ともなり、生きる糧にもなるはずだから。
◆◆◆
あの後、村人とヌルの話し合いによって、具体的な村の発展計画が開始された。
俺は詳細を知らないが、順調に進んでいるようだ。
とはいえ順風満帆というわけではなく、農地拡大のための手順に必要な植物や、居住地拡大のために必要な建材などの資源を調達せねばならない。
それもヌルが事前に目星をつけており、あとは実行するだけなのだが、それにもいろいろと問題が絡んでくるらしい。
けれど、順調に毎日が過ぎて行っている。
魔物の討伐に向かうこともあるが、レアンと背中を合わせて協力すれば、打ち倒せないわけではない。俺はいつも通り、大けがを負ってしまうこともあるが、理外権能で治せるので問題はなかった。
レアンには、理外の力のことで質問を受けるのだが、話していいものかと葛藤した結果、話してはいない。
なぜか、彼女がよくないことに巻き込まれるような気がしたからだった。
………
……
…
ヴェリアス襲撃事件から、なんやかんやで一週間が過ぎた日のこと。
ルーフィス家の扉を叩く者がいた。
それは、シーアスにアンバー、それから、一回り小さな女の子が二人。
「アルナレイト!頼む!俺たちに戦うすべを教えてくれ!」
なんと、師匠に弟子入りしたいというのだ。
師匠にその話を話すと、彼は快く受け入れ、こうして今も家の周りを走り回っている。
シーアス、アンバーのほかに訪ねてきた二人の少女。
名前は、アノニア、レフランという。
黒髪が特徴的なアノニアと、赤毛が特徴なレフラン。この二人、どうやら俺の戦いぶりを見て、大切な人たちを守れるようになりたいと師事してきたのだという。
しかし、二人とも体つきが細く、剣を握るには向いていなさそうだった。
レアンは恵まれた体つきに、只人種の種族特性により、非常に高い身体能力を持つ。
彼女たちがそうなれるかはわからないが、それでも意志の強さは人一倍強いようだった。
何度も頼み込むうちに師匠も折れ、いまではシーアス、アンバーの二人に励まされて、一緒に持久走組だ。
俺とレアンはというものの、あれから毎日、激化する師匠の訓練に音を上げることもなくくらいついていた。
なんでも、俺の習う剣術には"奥義"なるものがあるらしく、その習得に向けての鍛錬だそうだ。
俺はその際、ずっと気になっていたことを質問してみることにした。
「師匠、ルーフィス家に伝わるこの剣術、なんていう名前なんですか?」
「我々の継いできた剣術の名は"月ヶ瀬流"という。
海の波は月の引力によるものだとされているが、それを名称にとり、小さくわずかな力で、大きな対象を動かすための技術……すなわち、他種族に対抗するべくして生み出された剣術というわけだ」
その言葉を聞いたとき、俺は一瞬固まった。
なぜ、漢字で月ヶ瀬流なのだろうか、と。
ありえないのだ。この世界に日本語の一種である漢字が存在することなど。
理外権能による言語の翻訳は、あくまで俺に理解しやすいように変換される。
英語だったり漢字だったり、その都度最適な表現を選ばれる。ゆえに、固有名詞などは当て字が用いられることが多いのだが、月ヶ瀬というのは、日本に存在する姓名であるのだ。
これは固有名詞であるのだが、しかし、権能による翻訳ではなく、師匠の口の動き方が、はっきりと月ヶ瀬と発言していた。
やはり、この世界は何かおかしい。
そう思いながらも確信に至ることはできず、心のメモに書き留めておくことにした。
「アルナレイト。お前がこの村に来て早一か月、いろいろなことが起きたな
「ええ……」
俺のせいで、大きな出来事を起こしてしまったかもしれない。
「だが、この村が前に進むためには、お前が必要だったのかもしれない」
けれど、前進のために支払った代償は、決して小さくない。
「今後も、この村を頼むぞ」
俺は、進まなくてはならない。
失った命のために、進み続けなければならない。
決して、投げ出すことなど、許されないのだから。
お読みいただきありがとうございます。
これにて、第一章黎明編、完結となります。
次話は、幕間の物語として、ヴェリアスのその後が描かれるものとなっております。
第一章黎明編、いかがでしたでしょうか?
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。




