第39話 過ち 急
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次話投稿は今日の午後以降になります。
俺は、この村が好きだ。
どこかも知らない異世界に飛ばされ、その世界で目的のためによくわからない力を与えられて、それでも何とか頑張って今日まで生きてきた。
俺が今日まで踏ん張ってこれたのは、このレギオ村があったからだ。
居場所を失い、家族や友人から切り離され、よくわからない契約のために頑張り続けるしかなかった俺を迎え入れてくれたレギオ村は、俺の第二の居場所となりつつあったのだ。
家のない俺とヌルに部屋を与えてくれて、剣術を教えてくれた師匠。
笑顔と明るさで元気を与えてくれて、魔物討伐時はこれ以上信頼できる相手はいないとさえ思ったほどの強さを持ち、また今も成長を続けるレアン。
この二人は、俺たちを温かく迎え入れてくれた。
歓迎してくれたのはこの二人だけではない。イリュエルやジーク、マグナスやアセンシア、オーフィアやアンバー、シーアス……そして、ナタリアさん。
彼らに触れあって、長らく感じられなかった温かさのようなものをもらった。
冷え切っていた俺の心を、温めてくれたのだ。
今なら痛いほどわかる。残してきた家族の温もりを……愛情を。
俺にとって、この村はかけがえのない居場所となった。
というのに、あの男は……。
俺は壇上にて、吊り下げられた者たちを弄ぶあの男、標的としてヴェリアスを見定める。
「さぁさぁさぁさぁさぁ!これからは楽しいショーとさせてもらおうかぁっ!」
ヴェリアスの憎たらしい顔が、下卑た欲をはらんでレアンに向けられた。
直感的に理解したのだろう。レアンはヴェリアスをキッと睨みつけて、手足が自由ならば一撃加えんばかりの気迫を漂わす。
しかし、彼女は両腕を縛られた女性であり、拘束を逃れる術は無い。
ヴェリアスにとっては、これから弄び、至上の快楽で己が欲を満たすための玩具としか視界に映らない。
「来ないでっ!」
「いいや、いくね」
助けなければ。
あの男が彼女の尊厳を奪いつくしてしまう前に。
◆◆◆
「「ヴェリアスっ!!」」
広場に轟いたのは、積年の恨みを晴らすかの如く怒気を孕んだ轟声。
大気をびりびりと震わせ、その場にいる者たちはみな、彼にこんな怒りを含んだ声を出せるのか、と驚愕させた。
「ククッ、来やがったか」
不敵に笑うヴェリアスは、この村に来てからのことすべては計画通りに進んでいると確信していた。
まず初めに、旅人を装って村の警備を行うレグシズを油断させ、その隙に背後から体を貫いたヴェリアスは、次にレアンとの戦闘跡を残し、広場へ連れて行かれたと思わせた。
そして、広場へとやってきたアルナレイトを、村から追放された者たちで包囲しいたぶり殺す。
その殺す過程にて、ヴェリアスはアルナレイトがもっとも嫌悪する"尊厳"を汚すことで、最大限の精神的苦痛を与えるために……レアンやイリュエル、アセンシアやオーフィアといった者たちの純潔を、目の前で奪い去ろうとしていたのだ。
後悔と絶望の中、守るべきものたちを目の前で嬲られ汚されながら、無力感に包まれて死ぬ。
ヴェリアスの考えた復讐とは、それだった。
(あのバカ野郎、まんまと俺の策に引っ掛かりやがったな)
内心笑みが止まらないヴェリアスは、それが表情に出ていることすら気づかず、そのまま指令を出した。
「てめぇら!その男を拘束しろ!」
動き出す数十人の追放者たち。
彼らは、村の中でのうのうと生きてきた者たちに対し、すさまじい憎悪を、そして嫌悪を持つ。
その悪しき感情が彼らを、異常なまでに士気向上させているのは、ヴェリアスが彼らの長、ファーハイトに持ち掛けた条件があった。
それは、この村を蹂躙できた暁には、この村のすべてをお前らにくれてやる、というものだった。
ファーハイトには愛する者がいた。
同じく村より追放され、病弱で流行り病を引き寄せてしまう少女、エトナイ。
彼女のためにリデンスカの花の蜜を採取しに向かうも、花の特性上、もぎ取った瞬間には枯れてしまう。
蜜も手で運ぶことなどできない。なにせ、体をまともに洗うことなどできない環境にいて、自らの体が清潔ではないことを知っていたからだ。
そんな体を使ってとってきた蜜なんて、とても飲ませられなかった。
だからこそ、ファーハイトはヴェリアスと契約を結んだ。
己の愛するもの救うために。
(ヴェリアス……この戦いが終わったら、次はお前だ)
しかし内心、ファーハイトはヴェリアスを憎んでいた。
このような手口でなくとも、この村の人々は薬を恵んでくれたのではないだろうか。
ヴェリアスは気づいていないようだが、俺を追放したのはお前の父親だ、と内心思うファーハイト。
追放された理由も、おそらくくだらないものだろう。
しかし、愛するエトナイのために、ヴェリアスの要求を呑むしかないファーハイトには、どうすることもできなかった。
ファーハイトは、こちらに鬼の形相を向けて走り向かってくるアルナレイトという少年に対し、心の中で謝罪しつつも、これが自然の成り行きなのだと自身の感情を抑え込んだ。
先ほど殺した、同じ愛するものを、奪ったしまったという後悔を。
………
……
…
そして、過ちが始まった。
「触らないで!いやあっ!」
体を捩りヴェリアスの手から逃れようとするレアンの腰に手をまわし、ヴェリアスは彼女の首筋に舌を這わせた。
唾液が塗られ、光が反射した途端、レアンはその目から輝きを失った。
恐怖が、彼女を支配したのだ。
ナタリアの命を失ったという現実に打ちひしがれていたアルナレイトは、レアンがこれから受ける行為が何なのかを直感で理解した。
その瞬間、彼の内側に押しとどめられていた、ある感情が爆発した。
「いやあぁっ!!たす、たすけ、アルナぁ、アルナぁ……!」
「「貴ッ様ぁぁぁぁっ!!」」
全身の力を振り絞り、怒りで現実に影響を与えかねんほどの裂帛の気合にて叫んだアルナレイトは、しかしならず者たちに取り囲まれてしまう。
「どけろ!殺すぞ!」
普段の自分とは似つかない言動などもはや気に留めず、周りの者たちに殺意を振りまいた。
……しかし、それは悪手に他ならなかった。
「うぐっ!?」
背中に走った鋭い痛み。
前に進むことだけを、殺すことだけを考えていたアルナレイトは、その意識の外側、つまり背後からの攻撃に気づけなかったのだ。
「あーひゃっひゃっっひゃ!何やってんだお前ばかじゃねぇの!」
痛みと殺意、その両方によって思考を著しく鈍ったアルナレイトは、以前のような強さを発揮することなどできなかった。
彼は思いあがったのだ。
本気で怒り、殺そうと思えば、戦況を変えられると。
多対一の、しかも初めて本気で人を殺そうというのに、ただ怒りに身を任せて無暗に突撃した。
それが、彼の敗因だった。
脹脛に深々と槍が突き刺され、立ち上がることすら叶わなくなる。
そんな中でもアルナレイトはヴェリアスから目を逸らさなかった。殺意の衝動を向け続けた。
レアンが弄ばれる様に死ぬ思いでありながらも、それでも殺意を発し続けた。
「「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”っっっ!!!」」
その殺意が、自分のうちに眠る才覚を目覚めさせるものとも知らずに。
………
……
…
身体を弄ばれ、ナタリアを失ったレアンは、己が信じる者の名前を叫び続けた。
悲しみと嫌悪、恨み。それらに身を苛まれながら、助けを呼び続けた。
しかし、その助けに応じるものはなく、レアンの叫びは絶望の声と変わった。
瞳から流れる悲しみと羞恥の念、激情は彼女の体を震わした。
「さぁレアン……奥の奥まで、お前を味合わせてもらうぜ……?」
息の乱れるヴェリアス。
その手は、異常なまでの怪力を伴って、レアンの衣服前部を引き千切った。
「いやあっ!!」
露になったあでやかで血色の良い肌に、手を這わせ反応を愉しむヴェリアス。
邪な手は徐々に、徐々に目的地へと伸びていく。
あとはもう、触れるだけ。
そうすれば、彼女のすべてを己がものとできる。
その直前で、ヴェリアスはレアンから一切の反応が返ってこないことに驚き、彼女の顔を見た。
そこには屈辱と悔恨が見て取れる表情はなく、あるのはただ……怯えだった。
「アルナ……なの?」
遠くを見つめるレアン視線を追ったヴェリアスは、その先にあるものを見て、恐怖した。
泣き疲れ、過呼吸に早まった動悸で意識が混濁する中、レアンはアルナレイトの様子をただ傍観していた。
穏やかで優しいいつもの彼は。
怒りに顔を歪ませ、まるで鬼神のような風貌をしていた。
食いしばった歯は、ひび割れて血を噴出させる。
右腕は蒼い焔を纏う。握られた刀は青白い雷を纏い、空間を歪めていた。
そう。
そこにいたのはアルナレイトではなかった。
–––ただ、目の前の敵の命を刈り取らんとする–––
–––––––––––死神だった。
◆◆◆
こいつらを殺すことだけに意識を集中させろ。
–––光が邪魔だ。
視覚なんていらない。
–––音が邪魔だ。
気配があれば動きなんて読める。
–––匂いが邪魔だ。
何日も風呂に入っていない非衛生的な刺激臭が鼻を掠める。不愉快極まりない。
–––味覚が邪魔だ。
怒りに身を任せ、思い切り唇を噛んだ。血の味が気持ち悪い。
味を感じること自体が煩わしい。
–––俺を取り巻くあらゆる情報の渦は、この者たち皆殺しにするには不要だ。
–––不要な物は遮断して意識を向ける。
–––あらゆる予備動作を読め。
皮膚の動きや瞬きの速さ。呼吸の深さなどは、相対し気配を感じれば、自ずと心の眼に見えてくる。
重心や構え、力みの箇所を見抜き、相手の次の行動を読め。
「お前たちは、村を去れといっても聞く気はないのだろうな。
俺はこの村を守りたい。だがお前たちは、ここから立ち退くつもりはないのだろう。
……ここから消えるつもりがあろうとなかろうと、もとより逃がすつもりはない」
「逃がすつもりはない…ってさ!ははは!」
「馬鹿じゃねえのお前?この人数相手に何ができるってんだよっ?」
不用心に近づいてくる二人。
「おい!待て!」
ナタリアの命を奪った男が警告をかけた。だが………
「なんです?お…」
「そこは俺の間合いだ」
ヌルは言っていた。義手の筋力に制限をかけていると。
ならば、そのシステム的な制限、セーフティを…〔分解〕する。
義手の動力炉から生じる核融合にも等しいエネルギー。
そのエネルギーが義手を覆い、運動機関に過剰ともいえる供給を開始する。
本来こういった運用の想定はされていないためか、義手からはエネルギーが蒼い焔として立ち上る。
そのエネルギーは義手で握る刀にも纏われ、雷を発生させる。
その様子は、まるで鬼火の宿る物の怪の腕のようだった。
踏み込みに爆ぜる地面。その刀は、愚か者の命を刈り取る。
鳴り響く轟音と共に、一閃。
「…へ?」
「あ…れ?」
熟れた実のように、二人の頭は首から転がり落ちた。
その直後、義手によって巻き起こされる台風の如き突風が、盗賊たちの足元を掬う。
凄まじい突風に転けてしまう盗賊。
俺はその顕になった隙を逃すことはない。情けをかけることもせず、ただ命を刈り取った。
「すぅ……」
呼吸をするように【未踏剣術】を〔模倣〕した俺は、【権能多重行使戦闘状態】へと移行した。
体に流れ込んでくるのは、数多の剣技。
自らの肉体にそれを馴染ませるためのパイプが、幾何学的な形の痣のようなものとして、全身を、刀すらも覆っていく。
全身にかかる負荷を無視し、俺は前よりも少し先の未来を観ることにした。
全身を締め付ける重圧。
しかし、動けないわけではない。
右手に握る刀が、その太刀筋の先を教えてくれた。
音もなく背後に迫っている男。俺はそれを直感で認識し、未来の剣術による受け流しを行う。
意表を突かれたような顔をした男の首筋に刃をひっかけ頸動脈を切断すると同時に視界を奪うために眼球目掛け横に切り払い、そのまま飛びかかる二人の両足を切り落とす。
その際視界を失った男が振り回すナイフを〔分解〕し、そのまま刀を空中へ投げて男をつかみ巴投げし、いまだ空中で切られたことに気づかない男二人にぶつけ、解放された義手の筋力を生かして男三人を重ねて両断した。
「あがっ!?」
「何が起こった!?」
「い、いでぇおぉぉぉお………!」
〔分解〕したナイフを手元に〔再構築〕し、義手の筋力を利用し近くにいた敵目掛けて投擲する。
ナイフは頭部に深々と突き刺さり体が痙攣する。その男の体を盾として、迫る二人の攻撃を受け、あえて血の吹き出しやすい部位を切らせ、男を切った血が目に飛んで視界を失った二人を、引き抜いたナイフと刀を持って飛びかかり、骨髄を断ち切った。
着地すると同時に、師匠に教わった下段の蹴りにて相手を転ばし、隙を見せた瞬間に一人の腕を肩口から切り飛ばし、迫る4本の槍を受け流して距離を詰め、槍の柄を切り飛ばし、刃のついたほうを掴むと同時に、刀と持ち替え投擲する。
投げ槍の威力は凄まじく、後方に居た三人を突き刺しながら壁に刺さった。
残る3本の槍を足元に転ばせ、それを踏んで転倒した四人の首を切り落とすと、背後に居た二人を、刀についた血を払い、その血で視界を奪った瞬間に頸動脈に切れ目を付け、蹴りと殴りで蹴り飛ばし気絶させた。
––––––––––––––––––まさにこれは、殺戮であった。
鏖という言葉は、この時のために用意されていたであろう。
それからというものの、アルナレイトは、これまで以上の剣術の冴えを見せ、圧倒的な数的有利など無に帰すような鬼神の戦いぶりを見せた。
しかし、彼にとってはこんな行為、戦闘ではなかった。
これは、ただ処刑台に上る咎人に、断罪の刃を振り下ろす処刑に過ぎなかった。
………
……
…
レアンは思う。
怖かった。
アルナレイトの変貌ぶりが怖かった。
横を通り過ぎる彼が、まるで別人のように見えた。
あんなにも優しい彼が怒りに身を任せ、盗賊たちの命を散らしてゆくのを、見ていられなかった。
稽古の時の何倍、いや、何十倍もの強さだった。
手を抜かれていたと言われても全く疑わないほどの腕前。
人間とは思えない超人的な動きで、何十人といる盗賊をすれ違いざまに殺していく。
まるで踊りにも見えるようなその剣筋、殺人術。
五人もの相手に攻撃を喰らおうと、全て予測し回避、受け流し隙を無理やり作り出して、そこに容赦なく一斬を入れ込む。
朝日が登る頃、帰り血によって染まった彼は、私が心から恨む、ナタリアさんを殺した男に刀を向けていた。
腰に下げた二本の引き抜き構えるファーハイトは、アルナレイトに対し腰が引けていた。
おびえていたのだ。
「ありえないっ!三十四人だぞっ!?三十四人がお前を殺しに向かったというのに!お前はなぜ、傷の一つも負っていない!!??」
一対三十四という、多対一にもほどがあるような戦況。
だがしかし、今の俺にとって、殺した命の数程度、どうでもいい。
刀を上段に構え、握りなおす。
「「ば、化物がぁ!」」
恐怖に身を染め、がむしゃらにナイフを振り回す男。
その後方で何かが俺を仕留めようとする気配を感じ、すぐさま半身になって回避する。
「よく俺に気づけたなぁ!アルナレイト!」
と、奴が名前を呼ぶのと同タイミングで、その攻撃を予測していた俺は刀を逆手に持ち替えて、ノールックによる、ヴェリアスの心臓と肺に刀を突き刺し切り裂いた。
「いぎぃぃぃぃぃいぃっ!!!??」
「ヴェリアスっ!」
激痛で動けないであろうヴェリアスを放置し、名も知らぬ男を殺すべく、俺は刀を構えなおした。
上段に構えた刀は、落雷の如く轟いた。
間一髪のところで反応できた男の動体視力は、凄まじくまさに神からの贈り物だ。
短剣二本にアルナレイトの放った落雷を受け止めた…かに見えた。
しかし、アルナレイトの【権能多重行使戦闘状態】による技術力の向上により、ダガーはまるで豆腐のように脆く切り崩されたのだ。
たかが鉄二本を切り落としたぐらいでは、雷の勢いは衰えない。
防ぐことの敵わなかったファーハイト。
その体を脳天から股下にかけて、正真正銘真っ二つに分断された。
断末魔を上げることすらなく二等分されたファーハイトは、ただその場で、命を失うのだった。
「え、とな、い」
何か言葉を発したような気がしたが、きっと気のせいだろう。
血だまりの中、必死に逃げようとするヴェリアスを背後から見つめる俺は、その醜い足掻きを滑稽に思いながら近寄った。
「逃がすとでも思ったか?」
髪を掴み上げて、耳元でそう囁いた。
きっとこれまで味わったことのないような恐怖を感じたのだろう。
ああ、うう、などと情けない声を上げたヴェリアス。
「……楽に死ねると思うなよ」
上段にて構えられた、天を突きし一振り。
これより放たれるはまさに断罪の一太刀。
即ちそれは、処刑台の刃。
逃れ得る事など許されぬ刑罰。
神罰の雷を纏し刀は、大罪を犯し咎人に––––––––––––。
––––––––––––––––––戒めの一撃を見舞う。
「暫し死んでおけ」
その一撃をもって、胴と頭は泣き別れた。
ヴェリアスの肉体は、青白い粒子となって、朝の陽光に溶けるように消えた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。
 




