第3話 理外の継承者
今、俺には二つの選択肢が与えられている。
一つ。それはこのままこの"混沌" という空間から出ることは叶わず、溶け消え無に還る。
そしてもう一つ。それは元の世界に帰るため、謎の存在である"残滓"の話に乗ること。
前者を選んだなら、俺はこの空間で終わりを迎えるだろう。
家族のもとにも帰れず、誰にも看取られることなく。
切り取られたこの場所で、朽ち果てる。
ならば後者を選ぶべきだろう。とも思ったがそう簡単にはいかない。
そもそも、今も俺の答えを待つ残滓という存在や、この選択すらがただの妄想であるのなら、それが選択によって消えた時、俺は本当に狂ってしまうだろう。
もしこれまでの話が本当だとしてもだ。
これから先何が待ち受けているのかわからないし、何より今以上の恐怖を味わう羽目になるかもしれない。
……でも、俺の答えは決まっている。
もちろん、残滓の話に乗る。
彼らの提案を受けないということは、即ち可能性を捨てることと同義なのだ。
助かる可能性が僅かでもあるのなら、元の世界に戻る方法があるのならば、やらないという選択肢は無い。
(なあ、残滓さん…でいいのか)
(呼び方などどのようなものでもかまわん。
それでなんだ)
俺は覚悟を決めて、伝える。
(力を継がせて欲しい)
(我らが使命を果たして貰わねばならぬぞ)
(わかっているさ。でも、やらなきゃ帰る方法は他にないんだ)
そもそも最初から、俺には彼らの提案を断る選択肢なんて無かったのだ。
家族のもとに帰るためなら、方法は他には無い。
(汝の意思をしかと受け取った。
これは契約だ。我らが使命を果たすために、我らが持つ力を汝に継承しよう)
契約か。
力を継ぎ、その使命を果たす。
その代わりに俺は、元の世界に帰るための手段を得る。
もちろん、結ぶに決まっている。
(今一度聞くぞ。我らが使命の代行者として世界に赴き、継承せし力を用い世界を均衡に導くか?)
問われたそれの答えは、すでに決まっている。
俺は間髪入れずに言った。
(ああ。その契約を結ぼう。
元の世界に帰るために、力を継ぎ使命を代行しよう!)
(よかろう。ならば、我らが力"理外の力"を継承させよう)
理外の力。それがどんなものか俺には全く予想できないが、それでも元の世界に帰るためには不可欠なのだろう。
使い方もわからないが、俺には漫画や小説、アニメやゲームで培ってきた知識がある。
必ず使い熟してみせる。
◆◆◆
(この理外の力には世界を渡る力がある。
使命を終えた後は、それを使うといい)
しばらく気を失っていたのだろうか、意識が鮮明になるとそんな言葉が飛んできた。
(な、何かあったのか?)
いきなり気を失って、しかもこの空間で意識が朧げになることに恐怖を感じる俺は、少しパニックに陥ってしまった。
(何も心配することはない。汝の存在を"理外の力"が適用できるように作り替えただけの事。
スワンプマンのようなことは起きておらん。安心せよ)
要するに、俺の体を新しい力に適合させる為にアップデートしていたということか。
それで、更新するために再起動した…という感じだろうか。
だったら先に言ってくれよな…と恐怖を溶かす。
(これより汝には、件の世界へ向かい世界を均衡に導いて貰わねばならない。
…その前に一つ、汝に明かさねばならないことがある)
(ん?なんだよ)
残滓は何故か間を置き、そして話し出した。
(本当ならば、使命を果たすために最大限の支援をするのが道理であろう。
我らは、目的の人物に最も近い座標に転送するつもりだったのだが…汝に力を継承させたことで、それが出来ないようになってしまった。
…一切の手掛かりもなく、その人物のいる世界に送り出さねばならない。同じ重力圏に転送することぐらいは可能だが、それ以外は何も出来ん)
ということは…場所も顔も名前も分からない相手を探さないといけない…と。
どうしよう。いきなりお先真っ暗じゃねーか!
(いや、件の人物にたどり着く方法がないわけでは無い。
理外の力を継承した汝は、世界という枠組みからすれば異物に他ならない。
自らの庭のような世界に、異物が入り込んだと感知されるのは時間の問題であろう?
異物は排除するのが道理。従って、奴等は自ら出向いてくるだろう)
(あ、なるほど。確かに…って、だったらめちゃくちゃ危なくないか…?
いくら理外の力を持っているとはいえ、相手は世界を操作することぐらいはできる相手なんだろ?)
(……如何にも。
だが汝はもう力を継いだ。このような状況の中でも、目的を達成する権能を選ぶのだ)
(選ぶって、何を?)
(理外の力は、そのままでは扱うには少々難しい。
力に理解の浅い汝では、十全に扱えぬだろう。
そこで理外の力をもとに発動する、縛り封ずる遍く全てを穿つ権能…"理外権能"を選ぶのだ)
理外権能…?理外の力とはまた違う物なのだろうか。
(権能の数は七十二個。初めは慣れるために四つくらいにしておくといい。
力への理解が深まるたび、使用できる権能も増えるだろう)
新しく出てきた言葉を何とか飲み込もうとしているうちに、残滓はその何とか権能とかいうやつの説明を始めてしまった。
一つ一つを理解しつつ、俺は説明を聞くことにした。
残滓の始めた説明を細かく分けると、以下のようなものとなった。
まず。理外権能について。
理外権能とは、理外の力を効率よく扱うためのものらしい。
理外の力をもとに発動する能力だと考えていいだろう。
関係としてはガソリンとエンジンに近く、理外の力を持たない者には一切扱えない、特殊な能力らしい。
(汝。本当にその四つで良いのか?)
(ああ。きっとこれが最善だろうからな)
使命代行を行うにあたり、俺は全く異なる世界へと向かわなくてはならない。その時に必要、というか必須級の理外権能が四つあったのでそれを選んだ。
使い方は自分で練習するのが良いと聞いたが、権能の名前からして、今後世界を生き抜く上では役に立ちそうなものを選んだつもりだ。
理外権能について完璧に理解したわけでは無いが、どんな漫画でもアニメでも、能力を使い熟せなければどれだけ強い能力だとしても手に余るものだろう。
何となく、理解がとんでもないものであることは分かるけれど、実際に使ってみないと実情は分からない。
(汝の権能のひとつに、理外権能や理外の力についての記述を残しておく。行き詰まったときにでもみるといい)
(そんなことできるのか…まあいいや。ありがとう)
全く理解の及ばない、まさに理外の力についてなんて俺ば分からないことだらけなのだ。いちいち説明を求めていては話が長くなる。
(さて、我らの力を継ぎ継承者となった、いわば理外者の汝に問う。
力と目的を伝え、我らの役目は終わった。
あとは汝を向こうの世界に送るだけだが、何か質問はあるか?)
一つ、重要な心配事がある。
それは、俺に世界の拡大を行う人物が接触してくるだろうという、半ば予測のようにしか聞こえないことについてだ。
(ああ。一つだけ。
残滓さんが言ってた、敵は向こうから出向いてくるだろうってやつ。あれは間違い無いんだろうな?)
(汝の思うより、理外の力が世界に与える衝撃は並々ならぬものだ。
間違いなく奴は汝を敵として排除しに来る)
そこまで断言されたら疑うのは失礼だろう。
いや、それでほんとに来なかったら、こっちから探しに向かわなければならないわけだが。
(あとは何かあるか?)
どれを排除しても質問は尽きないが、俺に力を継いだことで彼らも限界が近いのだろう。
徐々に声が霞んで行っているのがその証拠だ。
サポートできないからこそ質問を受け付けたのだろうが、これで世界に転移できなかったら今までのやり取りは全て無に帰してしまう。
(いいや、それだけ分かれば充分さ。ありがとう。
それじゃあ、早速転移させて貰えるか?)
(了解した)
俺の返答に満足したのか、普段通りの声色のまま残滓は短くそう言ったのだった。
そして、少し間を置いて残滓は喋り出す。
(我ら理外存在の継承者よ。契約を果たすのだぞ)
(ああ。任せてくれ)
(それでは、後の世界は任せたぞ。アル…或川黎人)
初めて俺の名を呼んだ残滓。
っていうか、名乗った覚えなんてないんだけどな。
さて、ともあれ今からは使命を果たす為に全力を注がねばならない。故に、一切の油断も許されないだろう。
元の世界に帰れるのなら、どんなことだってやる。
その為にも、きっとやるべきことはかなり多いだろう。
まず初めの壁にぶち当たるとしたら、世界を拡大しているという人物が俺を排除しに来るというところだろう。
なんとか逃げる術を探しておかないとな。
などと色々考えていると…。
(また会おう。〔転移〕)
残滓の声が聞こえたその瞬間、俺の意識は何かに引っ張られるような感覚と共に、何処かへと進んで行ったのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。