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第37話 過ち 序

少し遅れました。

次話投稿は、早ければ今日中に上がります。

 星の輝き届かぬ宵闇に紛れ、深淵の中で蠢く影は往く。

 己が怒りを放たんために、己が恨みを晴らさんために、己が欲を満たさんために。


 影の一団が向かいし往く先は、無垢の人々の暮らす村落。

 人々が眠り、明日に備える。草木も瞼を閉じ、光を浴びるために休息する。


 その間に、すべてを蹂躙するために。


 ◆◆◆


 初めに気が付いたのは、違和感。

 途方もない怒り、恨み、飢え、欲。それらが混ざり合い、混沌と化している。

 そして、そんな悍ましいものが徐々に身近へと迫りつつあると、確かに確信した。


 「……なんなんだろ。これ」


 私、レアン強烈な違和感を感じ目が覚めると、自分の手が、体が震えていることに気が付いた。

 何が起こっているのかわからないが、何かが起こっている、起こり始めているということだけは分かった。


 拭えない強烈な違和感に、このままにしておいては、何か取り返しのつかないことになる、そう直感した私は、向かいの部屋を訪ねてみることに。


 扉を軽くノックするも反応はなく、心の中で謝罪しながら扉を開けると、アルナレイトとヌルが同じベッドで眠っている。


 アルナレイトは朝早くから剣術の鍛錬、私のスキル練習にも付き合ってもらっているというのにこんな時間に起こすのは申し訳ないと思いながらも、違和感の共有を優先し二人を起こすことに決めた。


 肩を揺さぶるも反応はなく、寝息を立てて気持ちよさそうに眠っている。


 アルナレイトは起きる気配がなかったため、ヌルを起こそうと肩に手を触れた瞬間、ヌルの大きな瞳が開かれ、此方を凝視する。


 「こんな時間に起こすということは、何かあったのか。レアン」


 相変わらずの似合わない口調で返答を返すヌルに事情を説明すると、彼女は眼を瞑って何かを探りだした。


 数秒の後、再び瞼を開いたヌルは、アルナレイトの方に首を傾ける。


 すると、先ほど強く揺さぶっても起きなかったことが嘘のように目覚めたアルナレイトは、私とヌルが起きていることに驚いた。


 「訓練は中止だ。私とレヴィエルは村人の捜索、救護に当たる。お前はレアン、レグシズと共にこの村にやってきた人々の保護を任せる」

 「俺も行く」

 「駄目だ。おそらく奴らの目的はお前だ。

 ここに居れば村人への被害も収まる。こうして議論しているうちに一人の命が失われるかもしれない。ここは指示に従ってくれ」

 「……わかった」


 何のことかわからないけれど、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべるアルナレイトを見ているとどこか幼く見える。

 しかし今はそのことを気に留めておくよりも、村人の保護と聞こえたことが私の心の平穏を破った。


 「ねぇ、保護って何、今何が起きているの?」


 私がそう質問すると、ヌルは私の両手を小さな手で取って、言った。


 「今、レギオ村に何者かが侵入している。

 レアンが私を起こさなければ気づけていなかった」


 一瞬、理解が滞った。

 今日の夜、警備は確かおじいちゃんだったはず。

 なんで、というか、なぜ魔物がいる?

 魔物は私とアルナレイトで討伐したはず……。


 思考が袋小路に陥りそうになりながらも、事態は急を要すると理解した私は、どうすればいいのかをヌルに問う。


 「やはり判断が早く、事態収拾に向けた思考速度もなかなかのものだ。

 レアン、お前は賢いのだな。

 それではレアン、お前にはアルナレイトとこの家を保護してほしい。

 私とレヴィエルで救出した人間たちを、この村に連れてくる」


 いろいろと質問したいことが山積みだけれど、この場で一番頭が回るのはきっとヌルだ。

 私は彼女の指示に従うことにした。


 「レヴィエル。今のヌルの話に従え」


 アルナレイトがそういうと、いったいどういう仕組みなのか皆目見当もつかないが、目の前の光景がぐにゃりと歪み、その歪みからレヴィエルが姿を現した。

 立って並ぶとアルナレイトよりも背の高い彼女に威圧感を感じるが、柔和な表情がそれを和らげる。


 「はぁい♡かしこまりましたぁ」

 「任せたぞ」


 アルナレイトがそういうと、レヴィエルは漆黒の翼を部屋いっぱいに広げ、ヌルは手足首に謎の光輪を出現させると、そのまま窓から飛び出していった。

 「レアン、行こう」


 私とアルナレイトは着の身着のまま刀を持って、家の外へと出る。

 外の気温は思ったより寒く、薄着のまま飛び出してきたことを後悔した。


 「……ねぇ、アルナレイト。おじいちゃん、大丈夫かな……?」

 

 私の質問に眼を見開いたアルナレイトは、何かを唱えた後に口元を抑え、切羽詰まった様子で言った。


 「レアン、俺は師匠の様子を見てくる、数十分、ここを任せていいか?」

 「大丈夫だけど、おじいちゃんがどこにいるのかわかるの?」

 「ああ。すぐに戻るから」


 私は彼を信頼し、頷いてから送り出した。


 彼の走り去っていく姿を見て心細くなった。

 これまで、非常事態が起きたときはいつも彼と一緒に居た。

 数秒で彼は戻ってくるだろうけど、それでも心細いことに変わりはない。


 ……そっか。最近は、いつもそばにいたもんね。


 彼と離れることが、なぜか恐怖心を掻き立てられる。

 今家には誰もいない。とすると守る人もいないのであれば、付いていった方がよかったと今更になって思うものの、その時にはもう、彼の背中は闇に呑まれて見えなくなっていた。


 「だいじょーぶ。一人でも戦えるもんね」


 そう、私にはスキルがある。

 この獲得した新たな力で、どんな場面だろうと乗り切って見せる。


 手始めに、私は獲得した新たな力【魔力感知】で周囲を探ることした。


 「ふぅ……」


 感覚を研ぎ澄まし、眼で物を見るより多くの情報が魔力の流れに乗って伝わってくる。

 家の周囲には魔力の反応は無く、さらに範囲を広げてみることに。


 スキル使用に意識を割くために眼を閉じて、徐々に範囲を広げていくと、ぽつり、ぽつりと魔力の反応が感知された。

 誰かが侵入してきたとはいっても、みんな気づかずに寝ているのだろう。

 四つあった魔力の反応の内、三つは動かずにじっとしている。一つは少しずつこちらに近づいてくる。おそらくヌルの保護した村人だろう。

 けれど何か嫌な気配がする。

 三つある魔力反応は、家の中ではなく、その近くの叢にある。

 そして、その三つの反応は、この家を囲むように存在する。


 「よぉ」


 魔力反応の奇妙さに思考を費やしていると、聞こえるはずもない声が聞こえた。

 瞼を開くと、そこにいたのは、そこにいるはずのない人物。


 「な、んで……」


 異常なほどに口角を上げて奇妙な笑みでこちらを見つめるのは、三日前にこの村から追放されたはずのヴェリアスだった。

 ありえない。魔物の溢れる外の世界で、生き残っていたというの?

 しかも魔物だけじゃない、他種族だっている。

 まだ生きているのかすら、理解が追い付かない。


 「……私は君を許さないよ、ヴェリアス」


 すぐさまに刀を抜刀し、魔纏戦技(エンチャント・アーツ)魔纏闘法(エンチャントアシスト)を準備する。

 数秒かけて戦闘状態に体を慣らすと、近づいてくるヴェリアスの地面向けて、魔纏戦技(エンチャント・アーツ)と【魔力放出】を組み合わせた、中距離の斬撃にて地面を抉る。


 「それ以上近づいたら、斬るよ」


 自分の物とは思えないほどの低い声で警告を発する。

 ヴェリアスは立ち止まり、抉られた地面を見て一歩退いた。


 「おぅおぅ、怖い怖い。

 いつからそんな只人離れした技が使えるようになったんだ?レアン」

 「君にそのことを話す理由はないよ」

 「そうかよ」


 クックッ、とくぐもった笑い声をあげるヴェリアス。

 アルナレイト、早く帰ってきて。そう心の中で叫びながら、ヴェリアスを拘束する術を考える。


 「レアンよぉ、俺はずっと気に食わなかったんだぜ。

 たかだかレグシズを甚振りたいためだけにお前と婚約までしてやったのに、それを破棄した挙句ほかの男にすり寄ってるお前が、卑怯で薄汚い、女を売るしかできないやつだったなんてな」

 「君の言ってることは、いろいろ変わるんだね。

 もう自分が何を言ってるのかすら、わかってないんじゃないかな」

 「いうようになったじゃねぇか。じじいの後ろで震えてるしかできなかったってのによぉ」


 汚い言葉遣いに苛立ちを覚えるものの、それで魔力の纏いが解かれては、もっと不利になるだけ。

 冷静に、心を落ち着かせる。


 「ま、なんでもいいさ。

 死んだと思われてる俺がこの村に帰ってきて、村のやつらはなんて思うか知ったこっちゃねぇが、どのみちお前らは孕み袋の人生確定だ」

 「おじいちゃんは言っていたよね、君にはもう、この村に入ることは許さないって」

 「ああ、戻りに来たわけじゃねぇからな。俺は、取り返しに来たんだ」


 ひときわ気色の悪い表情に、体の芯から恐怖で凍え震える。

 なぜこうも、彼は変わってしまったのか。


 「それとレアン。

 お前は剣術の才能はあるが、戦いの才能はないみたいだな」

 「何を言っているの?

 私はこの村を魔物から守るために、魔物と戦って生き残ってきた。

 才能はなくとも、君一人を拘束することくらいなら、わけないと思うけど………?」


 ククッ、とまたしても笑うヴェリアス。


 「何がおかしいの?」

 「いや、お前からしたらおかしくないんだろうなと思っただけだ」


 冷や汗が流れる。

 まさか、すでにヴェリアスの術中に嵌っているというの………?


 しかし周囲を見渡すも異常はない。


 「くだらない時間稼ぎはやめて。私が目的なら、私と戦えばいいでしょ?」

 「残念だがそうじゃない。今の俺の目的は、アルナレイトただ一人だ。

 そのためになら、何人だって、どんなことだって道具として使うさ」

 「ひどい言い方かもしれないけど、君みたいな人間に、誰が従うっていうの?」

 「心無い言葉に傷ついちまうぜ………。でもお前、一つ間違えてるな」


 いつの間にか、ヴェリアスは地面の線を大きく超えていた。


 しまった、と思った瞬間。


 異常なまでの速度で間合いを詰めてきたヴェリアスは、振りかぶった拳を私の鳩尾目掛けて放った。

 私はそれを、魔纏闘法(エンチャントアシスト)で、腹部に魔力を集中させて防御力を高める。


 先手を許してしまった以上、攻撃を一度受け、次撃による間合いの確保を行おうと考えたが故の行動であり、それは愚かだった。


 「いぎっ!?」


 腹部、ではなく脚部。膝関節あたりに尋常ではない衝撃と痛みが脳を直接揺らす。

 その威力は只人の出せるそれを大きく超えており、勢いよく転がった私は脚部に魔力を込め、後方へと跳躍しようとするも、痛みで足首が捻り、無理な跳躍では間合いは稼げない。

 背後には叢。数m先にはヴェリアス。


 刀は手放していないものの、この距離で放てば彼を殺してしまう。


 そう考えていた時だった。


 「……俺がいつ、一人だと言った?」


 その言葉が合図だったのだろう。草むらから延びる太い手が、私の身体を抱きしめ拘束した。


 とっさの判断で魔纏闘法(エンチャントアシスト)で筋力強化を行い逃げ出そうと試みるが、力の入らない態勢のため、試みが成功することは無かった。


 「放してっ!」

 「やなこった」


 近づいてきたヴェリアスに、私は何かできることは無いかと考える。

 なにか、何かあるはずだ。

 この状況から逃げ出せる一手が、あるはずなのだ。


 「おいおい、武器も持ってねぇ人間に負けるってことは、鍛錬が足りねぇんじゃねぇのか?」


 武器が、無い。

 武器が使えない。

 刀が、何かしらの影響で使えない時に、使える技……私はそれを、アルナレイトから教わっている。


 「……【魔力放出】」


 スキル名を唱えると同時に、ヴェリアス目掛けて魔力の塊を打ち出す。

 その勢いは凄まじく、また魔力を完璧に感じ取ることは【魔力感知】がなければ難しいはず!


 もう一発を用意しながら体を揺さぶってあがき、その様子でヴェリアスの油断を誘う。


 お願いだから……当たって! 


 「俺に見えないとでも思ったのか?」


 そういいながら、魔力弾を手で叩き落とすヴェリアス。

 ありえない。あれは重たい試し切り台すら吹き飛ばす威力があるはずなのに!


 「ほんとう、戦いの才能がないやつだぜ。

 いいかレアン、戦いってのはな、事前に多く準備していた方が必ず勝つんだよ。

 お前はそんなことも師匠に教わってこなかったのか。かわいそうにな」

 「来ないで……!」

 「いいや、いくとも」


 私の口を覆う手に、歯を突き立てて逃れようとする。

 しかしヴェリアスは、なんと私の口内に手を差し込み、口が締まらないようにこじ開けてくる。


 「あぐ、あ、あ」

 「抵抗すんなよ?

 おとなしく従えば、誰も殺さねぇからよ」


 その言葉を最後に、私の闘志は完全に折れてしまった。

 ……ごめんね、アルナレイト。

 君に教えてもらったことを全部使っても、勝てなかった……負けちゃった……。


 でも、彼なら。アルナレイトなら……きっとこんな奴に負けない。

 ……だから、助けに来て。


 「おら、行くぞ」

 「あいよ」


 私を難なく担ぐ男。背丈はヴェリアス以下で、後頭部に魔力弾を打てば気絶させられそうだ。


 「言っとくが、それ以上か暴れでもすれば、ナタリアを殺すぞ」

 「お姉ちゃんに何をしたの……?」

 「それは、行ってからのお楽しみだ」


 ヴェリアスの向かう先は、村の広場。

 明日、式場で使う準備がされてある場所。


 そんなめでたい日の前日に、こんなことが起きるなんて。

 ごめんね、ナタリアさん。ジークさん。


 私は、剣の道を歩んで、誰にも負けないようになりたかった。

 村のみんなを守れるようになりたかったのに、現実は残酷だ。


 でも、まだ彼がいる。

 アルナレイトが、いる。


 私は彼に希望を託すことにした。

 彼なら、きっと彼なら、この村を救ってくれる。

お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。



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