第35話 点となり
遅れてすみません!
第一章完結に向けての推敲を繰り返していました。
次話投稿に関しましては、明日以降となります。
走った。走った。走った。
ゆっくりと日の暮れる村の外を、怒りや憎しみもすべてを捨てて、安全な場所を求めてひたすらに走り続けた。
肺に新鮮な空気を取り込むために大きく息を吸い吐き出す。その動作を何回も何回も繰り返して、次第に痛みの大きくなる足に鞭を打って、走り続けた。
急がねば。
こんなところで、死にたくない。
向かう先は、他の村。
完全に夜になってしまうと、魔力回廊から漏れ出る魔力を嗅ぎつけて、魔物どもが忍び寄ってくる。
魔物につかまってしまったならば、そこで俺の人生は終わる。
早く、どこかへたどり着かなくては。
脚の回転を速め、手を振り、ひたすらに走り続ける。
しかしどれだけ走っても村の明かりすら見えない。
しばらく走り続けていると、次第に地面の様子も見えにくくなってくる。
不味い。転んで怪我でもすれば、魔物から逃れることはできなくなる。そうなれば、迫る死の恐怖をすべてこの身に受けて、悲惨な最期を迎えてしまう。
持ち物を確認しようとしたが、ジークバルトにすべて没収されていることを思い出し、いら立ちが募る。
「くそっ…はぁっ、はぁっ、なんで、ぉれがっ、こんなめにぃっ!」
苛立ちを吐き出す息とともに放出する。
こんなこと、ありえていいわけがない。
俺は、次期村長になるべくして生まれた、選ばれた者だというのに。
◆◆◆
物心ついたときから、父の背中を見てきた。
多くの村人たちが頭を下げて、頼みごとをする様を。
その光景を見て思った。自分は偉大な者の息子として生まれたのだと。
そして、その威光は自らにも引き継がれるのだと。
父の一声で貴重な肉が食べられたし、駄々をこねても要求が通らぬことなどなかった。
この村において、それが当たり前なのだ。
俺という存在の機嫌を損ねるということは、この村での死に値する行為に他ならない。
しかし父が死に村長をあのレグシズが務めるとなった時には、疑問符が浮かんだ。
「なぜあの老いぼれなんだ?これから死にゆくだけの老人に、未来の村のことを考えられるのか?」
次期村長を決める話し合いの場で、俺はそのような発言をした。
俺の意見が的を得ていたのだろう。
誰もが口をつぐみ発言を慎む。それが当たり前なのだが、自らの父もこうしていたのだと思うと誇らしかった。
俺が誰にも発言を許さない。
この影響力から見て、俺が村長となることは確実だった。
というのに。
「ならばお前は、どれほど村のことについて考えている?」
俺の威光を、無下にする愚か者が居た。
その者こそが、レグシズだった。
老人からの問いかけに対し、俺は村の問題について振り返った。
この村は、近年深刻な食糧不足に悩まされている。毎年越冬を行えず、死亡者を出す家庭も少なくない。加えて魔物と戦える戦力が少なく、攻め込まれれば即座に皆が死にかねない。
しかし、それがどうしたというのか。
「諸問題について、俺が認知していないとでも?」
「日々村で暮らすならその程度は分かっていて当たり前だ。私はそのうえで、どう対処するつもりなのかと問うている」
「はっ、なら教えてやるよ。そんな問題、解決に動く必要もない。
食糧不足なら、貯えを切り崩せばいい。
死人が出るような家庭は、食料の残りと日数の計算もできない馬鹿共だろ?そんな奴は死ねばいい。
魔物が攻め込んできたなら、貧しい家庭の者に武器を与えて戦わせろ。死んでも数減らしができていいじゃねえか」
魔物を倒せば食料を多く供給すると焚きつければ魔物討伐にも向かうだろ、とそう付け足しておく。
こんな下らんことに俺の時間を割いてほしくないもんだが、これで納得するだろう。
しかし、愚か者は、それに反論したのだ。
「たわけが。村長に甘やかされて育ったせいで、みずらかの保身のことしか考えられん愚か者になったな、ヴェリアス。
お前にこの村を任せることなどできん」
「はぁ?何言ってんだよ老いぼれが。そもそもてめぇに任せられるかを決める権限なんてねぇはずだろうが。耄碌しちまったか?おい?」
レグシズはため息を漏らす。
その動作一つ一つが、俺の神経を逆撫でする。
「私は、村の人々に戦う術を教え、魔物と戦える戦力を増やす。
その増えた戦力で魔物を討伐し、安全を勝ち取ったのちに農地を拡大し、食糧難を解消しようと考えている」
「ま、悪くねぇ案だが、その間の食糧はどこから賄うつもりだ?」
「一人暮らしの者や二人で過ごしている者の食糧供給を8割に減らし、衛兵職に就いた者に食料を特別分配する」
「は?そんなことをすれば俺の食糧がなくなるじゃねぇか」
それだけは許されない。
こいつはどうやら、俺の機嫌を損ねたらしい。
俺の意見に従っていればいいものを、未熟な考えで間接的に攻撃してきたのだ。
俺はその行為に、ヴェリアスを敵と設定した。
それ以降、ヴェリアスを失墜させ、尊厳も何もかも奪ってやろうと思い行動してきた。
手始めにレアンに俺の子どもを産ませてやろうと思ったのだが、まさか最初の一手から間違えるとはとは。いや、俺の策は完ぺきだった。
まるで、間違えさせられたような不快感が、今も未だ胸の奥にある。
神であろうと、俺の邪魔をするなら許されない。俺はそう思いながら、復讐の時を待っていた。
そこに、あのアルナレイトとかいうすかした野郎は現れ、俺の積み重ねるはずの栄光と功績を奪っていった。
許さない。俺が受けるはずの歓声を代わりに受け、俺が受けるはずの信頼を奪った。
全く、心底殺してやりたいよ……アルナレイト。
こんなにも、殺してやりたい相手ができるとは思わなかった。
何度も心の中で唱える。憎い、憎い、殺してやると。
胸の中を覆いつくすどす黒い感情は、軈て膨れ上がり外へとあふれ出す。
途方もない激情に身を震わせ、全身に血が登っていく。
憎しみは像を結び、怒りは輪郭を定め固定し、その中に黒い感情は流れ込み、溜まっていく。
それが満ちると、奇妙な感覚と奇妙な音が走った。
「ジジ……」と脳内でで響く音と、それと同時に、明確に言えぬ何かが、俺の感覚を開けた。
◆◆◆
宵闇に包まれ、辺りは暗闇に落ちた中。
俺は一人、少しでも魔物の襲撃から逃れるために、丁度良く見つけた近くの洞穴に入った。
雨風にさらされても大丈夫そうだ、などと考えていると、洞穴の奥で物音がした。
魔物だったなら逃げ出さねばならないが、正体を確かめるために、音を立てず慎重に奥へ進む。
洞穴は想像していたよりも長くうねっており、大きな曲がり角に差し掛かると、曲がった先から明かりが漏れて壁に反射していることに気が付いた。
まさか先住者がいるとは思わずに引き返そうとすると。
バキっ!という音が洞窟内に響いた。
「誰だ!」
複数の足音。
先ほどまで走り続けていたために体力の大半を使い切っていた俺は、あきらめて姿を現した。
「別にお前らを攻撃しに来たわけじゃねぇ。一夜を明かせればそれでいい」
そういいつつ奥にいた奴らを一目見る。
どいつもこいつも貧相な体つきをした奴らばっかりと思ったら、その奥からしっかりとした体格の男たちが数人出てきた。
「こりゃ驚いた。こんな集落がまだ残っていたとはな」
俺の記憶によれば、19年前ほどに魔物が住み着き始めてから、周囲にあった村の大半は魔物に侵略されて壊滅した。
それぞれの生き残りが、今も残るレギオ村、カベルネ村、デッソイ村、アゲルス村に統合され、それらの村落の規模は拡大した。
とはいえあのくそったれなレギオ村はもうじき滅びるだろうが。
俺に歩み寄ってくる男たちは皆、体格は優れているが細い。
背丈も筋量も、俺に劣る者ばかりだろう。
「お前、何者だ?」
「旅人には見えねぇが」
生意気にも正体を突き止めるために話しかけてくるので、丁寧に返してやることにした。
「俺はレギオ村から追放されたヴェリアスだ。こんなところに居を構えるお前らも似たようなもんだろ?」
全員がしけた面をしてやがるが、その瞳には激しい憎悪が宿っていることは容易に分かった。
もしかすれば、こいつらを使えば復讐できるかもしれねぇ。
そう考えたとき、暗がりの奥から姿を現した、ひときわ体格の良い男が現れた。
俺よりは少し小さいくらいだが、その目に宿る怨嗟の念は、4mほど離れていてもひしひしと伝わってくる。
「レギオ村だと……?」
「村の名前に反応するってことはお前、あの村の出身か?」
一歩踏み出すとともに顔があらわになる。
片方の眼球が白く濁った、しかし整った顔立ちの男。
黒髪の長髪を結わえ、縄のようにし垂らしている。
俺はその顔に、見覚えがあった。
「お前……ファーハイトか?」
「ヴェリアス……久方ぶりだ」
ファーハイト。
俺やレアンが今よりもガキだったころに居た、丁度向かいの家に住んでいた男だ。
「あんた、もうおっちんだかと思っていたが、こんなところで生きていたんだな」
「お前も俺のひざ下くらいしかなかったころから随分と成長したな」
この男が犯した罪は、確か……。
「ヴェリアス。お前はなんでこんなところにいる?」
「ああ。それはな……」
俺は村の追放に至る経緯を説明すると、最後に一言、そうか、とファーハイトが言った。
「んじゃ、今度はこっちからの質問だ」
そのあと、俺はこの洞穴に住む人間たちはいったいどういう集団なのかを質問した。
ファーハイトが言うには、ここは村を追放された者が集まって、その日を生きていくために協力している、いわばならず者の集団らしい。
そこの棟梁を納めているのが、このファーハイトということだそうだ。
「それでお前、これからどうすんだ?」
「もちろんきまってらぁ。俺を肯定しないやつらなんざ、みなごろしだ」
当たり前だ。
俺のことを追放しただけで、死んだと思っているアルナレイトに、恐怖と憎しみのどん底に叩き落したうえで殺してやる。イリュエルやレアンを目の前で愉しみながら、というのも悪くない。
「ところでヴェリアス。聞きたいことがある」
「んだよ」
片目は潰れているものの、そこに宿る真剣さは本物だった。
「レギオ村に薬は備蓄されているか?」
「ぁ?っとな……いや、無いな。先月出た怪我人の治療に全部使っちまったな」
事実かどうかは知らないが、そういう話を聞いたので、行っておく。
「……そうか」
肩を落とし落胆するファーハイト。
何が目的だったのか、聞いてみることにした。
「薬がいんのか?その目を治してぇってことかよ?」
「いや、そうではない」
ファーハイトは立ち上がると、ついてこい、と言い奥へ向かった。
命令口調なのが気に食わねえが、事実を知るためについていくことにした。
数分ほど歩き、幕の付いた小部屋のようなものが現れると、奥に透けて見えるのは、誰かが横たわっている。
「こいつを治したいってことか」
「ああ。なにか方法はないかと探っていたが、心配で離れられん。何より、傍にいてやりたい」
よほど大切な人物なのだろう、天幕まで用意して、看病するということは。
……なるほど。こいつは使えそうだ。
俺は、ファーハイトに交渉を持ちかけることにした。
「なぁ、さっきの話だけどよ」
「なんだ?」
「もしも、治療薬の当てがあるって言ったら、どうする?」
俺の発言に眼を見開いたファーハイトは、俺の両肩を掴み必死の形相でまくしたてる。
「本当か!?」
「ああ……その代わり、手伝ってほしいことがある」
俺は無意識的に口角が上がっていたことも気づかずに、いつの間にか沸き立っていた高揚感を鳩尾に感じている。
「……何をすればいい?」
「ククッ……何、簡単なことだ」
敢えて間を置き、言った。
「ここに居る人間、全員を動かせるか?」
「ああ。可能だが………?」
「そうか。なら次に、武器はあるか?なんでもいい」
「……お前、まさか」
ファーハイトは俺のしようとしていることに気が付いたのか。目を見開いて驚いた。
「そうだよ、復讐すんだよ、あいつらによぉ……クククッ」
こうして、俺の正しき復讐は始まりを告げたのだ。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。
 




