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第34話 収束

次話投稿は、早ければ今日中に上がります。

 魔物討伐の祝いというめでたい日に起きた最悪の事件。被害はイリュエル一人だったものの、彼女は未来を奪われた。

 愛する人と子を産み育てるという、彼女の欲していた幸せ。それをあの男は奪った。

 それも、俺を精神的に追い詰めるためだけに。


 愛娘の未来が閉ざされたことを知ったマグナスは、しかし怒りを露わにすることは無く、公平な裁判の元に刑に処してほしいとの依頼をしたと、師匠の耳から入ってきた。

 ヴェリアスの裁判は、三日後に執り行われることが決定したという。

 

 ヴェリアスのことを殴りつけた俺を、師匠は村の年長者として、叱りつけた

 俺がこの村で殺人を犯せば、お前を裁かねばならない。そんなことを私にさせるな、と師匠はいった。

 しかしその後で「孫とその友人に対する執拗な嫌がらせには、私も精々していた」といい、俺の頭を撫でた。


 今回のことに関してレアンもヌルも、特に何かを俺に言ってくることは無く。そのまま三日が経過した。

 

 気絶中に鎖で拘束されたであろうヴェリアスは、ジークに鎖を引かれ、奴隷商の連れる奴隷のようにとぼとぼと広場に姿を現した。

  俺の姿を見るなり「この卑怯者がぁ!」とよだれをまき散らし叫び、その口から洩れる怨嗟の数々は、呪いと化してもおかしくないほどだったが、ジークに顔面を蹴られるとすぐにそれも収まった。


 集められた村人たちでごったかえす広場にて、ヴェリアスが姿を現すと同時に裁判は開始された。

 

 裁判官的な立場を務めるのは師匠。

 その重たい口を開くと、ヴェリアスの行った罪の数々を告げた。


 「お前が犯した罪は、婚姻関係にもないイリュエルに対し合意もとらず不純な行為に及ぼうとしたことだけではなく、彼女に酷い怪我を負わせ、そして、それらを皮切りにアルナレイト、レアンに精神的苦痛を与えようとしたことだ。

 なにか、弁明することはあるか?」


 師匠がそう告げると、村の人々は一斉に騒ぎ出す。

 それも仕方ないだろう。なにせ、イリュエルと言えば、この村唯一の鍛冶屋の娘であり、村のために大きな働きを行った人物だ。

 イリュエル自身は人と話すのはあまり好きではないため自覚はないと思われるが、レアンと同じように、イリュエルを悪く思う人などこの村にはいない。

 そんなイリュエルの未来をも奪い去ったこの男に、村の世論が傾くことなどない。


 明らかに勝ち目のない状況で、ヴェリアスは舌を捲り口角に泡を浮かべて、饒舌に話す。


 「そんな証拠がどこにあんのか?」

 「もちろんだ。お前の衣服から、イリュエルの物と思われる白髪が見つかった。

 それに、あの宴の場に居なかったのはヴェリアスとイリュエルだけだ。

 レアンとアルナレイトはその直前まで壇上にて、これからの村についてを述べてもらっていた」


 ヴェリアスが苦い顔をすると俺を睨みつけ、大きく舌打ちをする。

 そんな行為をしても今更意味などないというのに、何がしたいのか理解し難い。


 「お前らが裏で手を組んで、俺を犯人にしようとしてるんじゃねぇのかよ?

 第一、俺は被害者だ。一人でイリュエルの元に向かうアルナレイトを見て、何かするんじゃないかと思って様子を見に行ったら、殺される寸前まで殴られたんだぞ?」


 まくしたてるヴェリアスの妄言は、薄っぺらな真実を含んで吐き出され続ける。


 「そもそもお前らは間違っている!

 俺は初め、様子がよくなったと聞いたレアンのお見舞いに行ったら、そこのアルナレイトとかいう奴に殴られたんだぞ!」

 

 今更わかり切った事ではあるが、皆きっと、こう思っている。

 村長の権力を振りかざしていい気になっていた子どもが、その権力を失った途端、誰からも見向きもされず、思い通りにならないからと腹を立てている。

 そして、村に対し大きな貢献をした俺とレアンと自分を比べ、自分が劣っているということに、幼いころから育てられた自尊心が許さないのだろう、と。

 事実、ヴェリアスの言葉が重ねられ続ける間、村人たちの表情は引き攣ったものとなっていった。


 「アルナレイト。ヴェリアスはこういってるが、私やレアンを含めた皆が知っている。

 確かにお前はヴェリアスを殴打した、だが時系列としては……」

 

 師匠の言葉に何かを感じ、そこに自らの発言を被せるヴェリアス。

 

 「そうだ!殴ったのはそっちだ!なのに俺のせいにして、イリュエルの件も俺に擦り付けようとしている悪党め!」

 「……まあ、殴ったのは間違いない」


 事実だ。自分が暴力を振るったのは間違いない。


 「ほらな!やっと認め……」


 師匠の言葉と発言を被せるなどという行為に腹を立てた俺は、同じように言葉を遮って返す。


 「だが、あくまで最初に手を出したのはお前だ。俺はお前に殴られて、歯が二本折れた」


 そういいながら、俺は折れた歯を証拠として提出する。

 もちろん俺の口内はすでに〔分解〕〔再構築〕で再生済みだが、折れたときの歯を〔解析〕しておいて、それを手の中で〔解析〕した情報をもとに〔再構築〕しておいた。


 「ほう、確かに、歯の大きさからして、ヴェリアスの顔の大きさとは合わない。

 とはいえ、私は目の前でアルナレイトが殴打されるのを見ているがな」


 俺が物的証拠を提出し始めたのを皮切りに、ヴェリアスは明らかに焦りの表情を見せる。


 「そんなものでっち上げた嘘に違いない!

 だったら、俺だって昨日こいつに殴られたときに折れた……はず」


 と、自分の歯を舌で触って確認しているであろうヴェリアス。

 しかしながら、その傷は俺が既に治してある。あの顔面の破壊度合いなら、数時間後にこと切れるのは確実だったからだ。

 もちろん俺は、こんな野郎治療するつもりは毛頭なかったのだが、イリュエルが激痛を抱えながら、俺の罪を慮ってくれたからこその行為だ。

 イリュエルに感謝するんだな、と心の中でそう言いつつ、最終判決を待つことにした。


 「アルナレイトがお前を殴りつけたのは、不純行為を働く寸前だったというお前から、イリュエルを守るために、体格で劣るお前を唯一抑え込めるのが、肉体の損傷による行動不可だったのだろう」

 

 師匠の考えに納得したのか、村人達は俺が只いたずらにヴェリアスに暴力を振るっていたわけではないとわかってもらえたはずだ。

 そしてそれは、心なしか優しくなった村人たちの視線からも明らかだった。


 「ヴェリアス、お前に判決を言い渡す。

 どのような結果でも、受け入れるように」


 師匠がそういうとすぐさま口を開こうとしたヴェリアス。彼の口を押え地面に伏せさせるジーク。


 「お前の犯した罪は、この村に不利益を与えるだけではなく、一人の人間の未来までを奪い、さらには恐怖まで植え付け反省の態度も見えない。よって、お前はこの村から追放する」


 外への追放。

 大きな壁によって守られているレギオ村。その外は魔物と異種族の溢れる死の世界に他ならない。

 そんな残酷な世界への追放とは、まさに処刑に等しい罰であった。


 「むぐ、ふざけ、んぐうぅぅう!」


 拘束から逃れようとするヴェリアスを、それ以上の力で押さえつけるジーク。

 何度も奇声を上げるヴェリアスは、俺にあらん限りの恨みを込めた視線を送る。

 悪いな、その程度で怯むような覚悟は持っていない。

 何より、勘違いをしているようなお前に恐れなどない。


 「着の身着のままで放り出せ。そして二度とこの村の門を潜らせるな」


 師匠はこれまでに聞いたことがないほど低い声でジークに告げると、俺はそれを手伝うためにヴェリアスの両腕を義手の握力で固定した。

 そのまま連れられて行く彼の腹の底から洩れる怨言如き、きっと二日後には記憶からすっぽりと抜け落ちていることだろう。


 ◆◆◆


 ヴェリアスを村の外に放り投げて、扉閉める。 

 扉を壊さんばかりの勢いで何度も叩くヴェリアスは、声にならない叫びをあげてどこかへと走り去っていった。

 きっと、彼は今日中に命を落とす。

 しかしこれでよかったのだ。これで、村の輪を乱す者はいなくなった。


 イリュエルもレアンも、あの男に怯える心配は無いのだ。

 俺は事の顛末を伝えるためにマグナスの家に訪れると、イリュエルの部屋に案内してもらった。

 ノックをして返事があると扉を開けて、レアンよりも可愛らしい部屋のレイアウトを物珍しく眺めていると「恥ずかしいわ」とイリュエルが言うので、本題を話すことにした。


 「ヴェリアスのことだけど、結果から言うなら、もうこの村にはいない。

 俺たちが今後、顔を合わすことも声を交わすこともないだろう」

 「……そう。なら安心だわ」


 イリュエルは窓の見る。しかしその目線は、もっと遠くの何かを捉えているようだった。

 そんな彼女に、掻い摘んで今回の話を説明し終えると、一呼吸おいてから俺から話を振った。


 「それで、イリュエル、君に話しておかなくちゃならないことがあるんだけど」

 「何かしら」

 「その……本当に、ごめん」


 彼女がお腹を悪くしたのは、元を辿れば俺が原因……ということになる。

 イリュエルは完全に被害者なのだ。

 それなのに、部屋に入って今に至るまで、彼女は俺をなじったり罵倒することは無かった。


 「何を謝ることがあるの?」

 「……今回君が受けたのは、俺を追い詰めるためにヴェリアスが仕組んだことだったんだと思う。

 宴当日、君が広場に居なかったことをいち早く気づいていれば、こんなことにはならなかったんだと思う……だから」


 胸中を覆いつくす罪悪感。

 それに心を締め付けられるが、俺にとってその痛みは無くてはならないものだ。

 その痛みより何倍もの激痛を味わったイリュエルに、俺は罪滅ぼしをするべく一つの提案をする。


 「イリュエル。俺はこれから、君の心身の傷が完全に癒えるまで、君のいうことには何でも従う。

 何を命じてくれても構わない。君の傷がいえるのなら、俺の行動すべてを君に託す」

 「それってつまり、何でもするってこと?」


 確かに、言い換えればそうなる。

 俺は静かに首肯し、訴えかける眼差しで彼女の手を取った。


 「もちろん何でもする……。だから、ひとつだけ、お願いがある」

 「何かしら」


 俺は、イリュエルの胸中に潜む、愚かな欲望を我慢するように言う。

 

 「命を絶つという選択だけは、やめてほしい」

 「……」

 「あの場で、俺は君の身体について知った。何もかも。

 二人の男に自分の内側を知られて、強い生理的嫌悪を抱かないわけがない。

 でも、俺はこのことを誰にも言わない。俺が黙っていれば、今回君の受けた心の傷は周知されない。

 イリュエル。命を絶つという行為だけは、絶対にやめてくれ」


 俺は真摯な思いを目に宿らせ、それを漏れなくイリュエルの瞳へ注ぎ込む。

 しばらく無言は続き、すると、同じくして見つめ返すイリュエルの瞳に、どこか輝きは戻った気がした。


 「……わかってるよ。それに、この村じゃだめでも、他の種族の国なら治療の手段もあるかもしれない。私はまだ、生きることをあきらめてないよ」


 その言葉が聞けて、肩の重荷が下りた気がする。

 安堵と同時に吐き出した息は、どこへとも知れずに消えた。


 イリュエルの様子を見ると、もう大丈夫そうだと判断した俺は、立ち上がって去ろうとする。

 

 しかし、それを彼女が呼び止めた。


 「その、アルナレイト……」

 「ん、どうしたんだ」


 うつむいてもじもじしているイリュエルは、意を決したのか、自らの思いを口にした。


 「……やっぱりまだ、心細い。

 だから、しばらくは一緒に居てほしいわ……駄目かしら」


 その表情、仕草。イリュエルは、レアンの持つ元気溌剌な魅力ではなく、嫋やかな美しさを持つ。

 そんな彼女が、恥ずかしげに俺にそう頼む姿は、とても可愛らしく見えたのだった。

 


お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。



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