第32話 報復の行く先
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夜半、レアンを後にした俺は坂道を駆け上がる。
幸い、稽古で鍛えられた体には体力があるため、家に着いた後に何かあっても対応はできる。
間に合ってくれ、なにあってからでは遅いんだ。
そう強く願いながら、俺は今のイリュエルの状態を〔解析〕した。
〔解析:個体名イリュエルの状態
腕部を拘束され、出血を伴う内臓傷害が発生している〕
その情報が脳内に開示された瞬間、俺は頭の中が真っ白になった。
何か、何者かが、イリュエルに傷を負わせている。
そして、その何者かとは、恐らくヴェリアス。
イリュエル……何が起きているんだ……。
「くそッ!!早く、早く……ッ!!」
俺は魔物が持っていた魔力を推力として全身に〔再構築〕し、加速する。
間に合ってくれと切に願いながら。
………
……
…
家にまでたどり着いた俺は、扉を思い切り強く叩く。
しかし反応はない。
事態は一刻を争う。
俺はあとで理外権能で修復すると心の中で謝罪し、義手で思い切り扉を殴り倒した。
発泡スチロールでできた扉のようにあっさりと倒れた扉。その奥にある廊下の曲がり角。
その床にひろがるのは––––––––––––––––––鮮やかな赤。
「「イリュエル!」」
俺は全身の骨が軋むほど推力を〔再構築〕し、一秒足らずで曲がり角まで到達し奥を見る。
視界に飛び込んできた数多の情報を、秒未満で理解していく。
明かりの灯る廊下。
二人の人間。
一人が押し倒され、もう一人が覆いかぶさる
慌てふためくヴェリアス。
そして、悲痛な表情と涙を流す、イリュエル。
よかった、まだ死んだわけじゃ––––––––––––––––––と、思考した瞬間。
次に理解したのは、イリュエルの下腹部から流れ出る、大量の血液。
俺と顔を合わせた瞬間、ぱぁっと顔を明るくしたヴェリアス。
「ちょうどいい!アルナレイト!手をか––––––––––––––––––」
「黙りやがれッ!!」
俺は腸が煮えくり返っていたが、しかしイリュエルの治療を最優先するために、怒鳴りつけて黙らせた。
「大丈夫かい?イリュエル……」
優しい声をかけて、体に触れ、ごめんよ、と謝って身体を〔解析〕した。
俺が理外権能で他人の身体を直接〔解析〕しないのは、身体の全情報を〔解析〕してしまう理外権能は、その身体がこれまでに経験してきたすべてを俺に開示してしまうからだ。
しかし、今回は命を失うか、俺一人が個人情報すべてを背負ってしまうかと天秤にかけ、命の方を取った。
開示された情報には、心臓、脳、脊髄といった即死に至る部位の損傷は見られなかった。
しかし、最後に知らされた情報、彼女の未来を奪うこととなる傷に、俺は絶句した。
「そんな……まさか」
だめだ。だめだ。
「……おい、なにがおき––––––––––––––––––」
「黙ってろっつったのが聞こえなかったのかッ!!!」
耳障りな声を遮断し、俺は、残酷な傷を、治せないことを知った。
「くそッ!こんなことなら……身体の内側までも……」
俺は、村の人間全員の身体を〔解析〕している。しかしあくまでそれは、体の表面、つまりは四肢の欠損や、眼球の喪失、内臓の破裂などを想定していたからだ。
……彼女の、いや、村人全員の、そういった部位の〔解析〕など、していいわけがない。
そういった、俺なりの配慮が裏目に出てしまった。
しかし打つ手がないわけではない。
俺は倫理観のすべてをなげうってでも、彼女を助けることにした。
「イリュエル……ごめんよ、あとで全部話すから……本当にごめん」
俺は無心で彼女に治療を行う。
彼女は、きっと俺のとばっちりを食らっただけなのだ。
俺がヴェリアスを殴ったばっかりに、こんなことになってしまうなんて……。
……村人たちに被害は出さない。
俺はそう、誓ったはずなのに。
いや、今は俺の懺悔など必要ない。
とにかく彼女を助けなければ。
ひとまず傷口を塞いだ俺は、床に広がる血液のみを〔分解〕し、理外素として保管しあとで体内に治せるようにした。
血が一瞬で消えたことに、ヴェリアスの狼狽えは無くなり、なぜか強気な態度で俺に突っかかってくる。
「ついにやっちまったな、アルナレイト?」
「……黙っていろと言ったはずだが」
「いいや、黙らない。どうだ?俺に手を上げたことを後悔したか?
あの時生意気な口をきいてなかったら、こんなことにはならなかった。ちがうか?」
何を話しているのか点で分からないが、ともかくこの男、こいつだけは……。
俺は"敵"であり、この村の"癌"である、名前すらどうでも良くなった奴に対し、重心を落とし臨戦態勢を取った。
イリュエルの怪我が悪化する心配は無いと〔解析〕結果が出たから、心置きなくやれる。
「はっ!この前の様にはいかねぇぞ!」
そう言い放った瞬間、男は鍛冶場へと走っていく。
もうこの男には一切の良心も働かない。
俺は確実に男を殺すべく、戦略を組み立てる。
鍛冶場から戻ってきた男の手に握られていたのは、刀。
それも新品の様だ。
「さすがに武器がありゃ、その脅威的な右腕にも負けないぜ?
どうだ?降参するなら今の内だ」
そんなもの、どうだっていい。
そんな刀を持った程度で、俺とお前との戦力差を、埋められるわけがない。
俺は有り余る魔力を推力として〔再構築〕し、加速する。
見え見えの大振りに目を当てることもなく回避し、今度は顔面へ––––––––––––––––––。
拳を振るったと同時に、鳩尾に強い衝撃。
しかし、それはこの動作をやめる理由にはならない。
痛みを覚悟と殺意でかき消し、顔面に全力の殴打を打ち込んだ。
前よりも数段早い一撃で、家の外に吹き飛ばされたヴェリアス。
しぶといことにまだ意識はあるようだ。
俺は玄関からヴェリアスの所まで、歩いて向かう。
鳩尾にかかと落としを食らわせ、骨の砕ける音。
おそらく肋骨のどれかが折れたのだろう。
その上に馬乗りとなった俺は、何度も、何度も、何度もヴェリアスの顔面を殴りつけた。
「や、え、ああぁ」
本当にしぶとい野郎だ。
とどめを刺すべく、最後の一撃を振り上げた瞬間。
俺は、我に返った。
返り血に濡れる両の腕。
俺は、この男を……殺そうとしたのか。
既に虫の息であるヴェリアスを、見下ろしながらに思った。
俺は、この男の未来を、奪おうとしたのか。
自分のした行為が恐ろしくなり、体が震えてしまう。
今の俺は……完全に、自我を何者かに支配されていた。
それはおそらく、俺の中にある、イリュエルを大切に思う気持ちと、この村の人たちを大切に思う気持ち。そして、この男がした最低な卑劣に対する、底知れない怒りと憎悪。
それらが自我を犯しつくし、殺意の衝動に身を委ねていた。
きっと、俺が自我を取り戻したのは。
この。背後から俺を抱きしめる、暖かな温もりなのだろう。
「だ、め……殺しちゃ……」
つらそうな表情で俺を見つめるイリュエル。
彼女がここまで這って来たのかと理解した直後、イリュエルの背後を見る。
傷口が開き、ここまで来た道に血が流れているんじゃないかと振り返って、そうではないことを安心したと同時に、イリュエルは意識を失い気絶した。
「……なんだ、こりゃぁ……」
坂下から登ってきたマグナス、レグシズと目が合うと、俺は、師匠……無意識に口からこぼれていた。
「……アルナレイト、一先ずお前は、家へ帰れ。
ここは私とマグナスで処理する」
師匠がそういい終えるとマグナスが悲痛な叫びをあげた。
これから彼に言わねばならないことがあると、肩を貸してくれる師匠に耳打ちした俺は、痛む全身に鞭を打って、イリュエルを抱えるマグナスの傍まで行く。
「マグナスさん、すみません……間に合い、ませんでした。……っ」
事情を説明しながら、自分の無力さに打ちひしがれる。
俺が、俺がもっと早くに駆けつければ、こんなことは、こんなことは起きなかったというのに。
村の人々は傷つけさせないと誓ったはずなのに…………。
「……本当か、それは……?」
「はい、俺のせいです……」
俺がもっと、うまくやれば。
だれも、傷つかずに済んだというのに。
「……こいつにはあとでしっかり話を聞かなきゃなんねぇ。
親としては、今すぐにでもぶち殺してやりてぇが……その、なんだ」
マグナスは、壮絶に笑った。
「お前がいなきゃ、もっとひどい事態になってたかもしれねぇ。ありがとうな」
その笑顔の裏に、複雑な感情が入り混じっていることぐらい、俺にもわかる。
その瞳の奥に、どうしようもない怒りを抱えていることは、誰の目にも明らかだ。
俺は、その言葉を二度と忘れぬように心に刻み付け、帰路をたどった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。




