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第31話 罪過

次話投稿は早ければ今日中に上がります。

 今の時間帯は誰も家にいないはずなのに、毎日聞いていたからか槌が鉄を打つ音が聞こえる。

 幻想の火花を叩き出すその音が耳に残る鍛冶部屋の端で、一本の刀身をひたすらに研ぎ続けている私、イリュエルは、一切手を抜くことなく、最高の一振を作り上げることにのみ集中していた。

 汗が目に入ろうと、疲労で手が揺れそうになっても、胸に秘める想いのために体を抑え込む。

 

 作刀の過程において、研ぎは仕上げの段階である。

 さまざまな段階を経て鍛え上げた刀身と、真摯に向き合い、ただ一振りを作ることに全意識を向ける。

 微かな手応えや違和感程度のものであっても、それは切れ味へ顕著に現れる。

 魔物を殺し身を守るための物であり、時として命をつなぐこともある。であれば、彼らは自らが作り上げた刀と同じように向き合うのだ。

 ならば、自分も同じように向き合うだけである。なぜなら、彼らにとってこの刀は半身であり、全幅の信頼を置ける物であるからだ。また、信頼を置ける物でなくてはならない。

 

 私は、刀を打ち始めてから終わるまで、仕上げとなる研ぎにが終わるその最後まで、ただ全力を尽くすのみなのだ。


 研ぎ。その最後の一回が終わる。

 これ以上を刃の均衡を崩してしまう。


 うん。いい出来だ。もしかしたら、これまでで一番良いものが作れたのかもしれない。


 「……ふふ、喜んでくれるかしら」


 私は最後の仕上げとして、刀身のみの刀に鍔や柄を手慣れた手つきで取り付けていく。

 数十分でそれが終わると、あらかじめ用意していた鞘に刀を納めた。


 「……いいね」


 様々な角度から刀身を眺め、自分のできる限りの刀が打てたと頷く。


 この刀は、誰かに依頼されたわけではない。

 私が自らの意志で打ちたいと思い、仕上げたのだ。


 「まさかちょうど、魔物討伐のお祝いが重なるなんてね」


 この一振りは、自分の刀を持っていないというアルナレイト、彼に向けたものだ。

 

 今でもよく覚えている。

 私とよく似た、しかし全く違う銀髪に、美しい宝石のような蒼い瞳。

 それに加え、仕草や態度に全くの嫌悪感を感じない。


 私には悪い癖がある。

 正直、勢いというところもあるだろう。

 わかっている。惚れっぽいというのが私の欠点であり、直すべき点である。

 友人で刀を打ったこともあるレアンからは、彼の様子を話で聞く機会があるのだ。

 毎日夜遅くまで鍛錬していて、熱心で真面目で揶揄い甲斐のある可愛い男の子。

 あのレアンがそういうのだから、きっと本当にいい人なのだろう。

 だが、気を許せるような相手なのか、気になっていたのだ。

 レアンはこの村で一番の美人だと思う。

 だから、そんな綺麗なレアンを誑かそうとしているなら、私が友人として助けなければならないと思うからだ。

 まあ、鍛治に掛かりっきりでまともな友人がいないからこそ、大切にしたいという気持ちが過ぎたこと考えているというのは自覚している。

 どんな相手か見定めてやる、と思っていたのだけど、案の定、あどけない可愛さと紳士さで、なんとももどかしい想いが胸中を駆け巡るのだ。


 そして、気づけば彼に少しでも意識してもらうために、良い刀を打とうとしている。

 本当に、惚れやすい自分が嫌になる。

 

 ◆◆◆


 祭りの熱と活気。それらを背にして進む。

 顔面に鈍く響き続ける痛みに苛立ちを覚えながら、この俺、ヴェリアスはそれでも耐えて目的地へ向かう。

 

 これから起きることを想像するだけで、目的地に向かう一歩ごとに高揚感があふれて止まらない。

 鳩尾に熱いものを覚えるほどの高ぶり。この感覚だけは、誰にも奪えない。


 「……ククッ」


 気分がいい。

 もとはと言えば、あの男、アルナレイトとかいう男がすべての元凶だ。

 勝手に余所者を村に引き入れたレグシズは、俺が村長となった暁には、腕力と権力の限りを尽くして、最も惨めな瞬間に殺してやる。

 だがそれは今じゃない。

 

 俺は幼いころから村長となるべくして生まれた男。

 体格に恵まれ、剣術の才能もレアンよりもあった。

 才能のある者は、村を率いて先頭に立たねばならない。だというのに、先に生まれただけのレグシズは、ことあるごとにくだらない教えを説いてくる。

 「力ある者は、その力を弱きもののために使わなければならない」だと。そんなことわかっている。

 だからこそ、守ってやった分の対価をもらって何が悪いというのか。


 命を拾ったのだから、その恩義を忘れるな。

 こちらが望むのなら、すべてを差し出すのが当たり前だ。


 俺が助けてやったのだから、本当は全てを失うところだったというのに、それを免れたのだから、望まれたものを差し出すのが道理というものだろうに。


 どうやら、弱者には真の強者の道理が分からないらしい。

 ならば、教えてやらねばな。それこそ、才ある者の使命なのだから。


 まずは手始めに、逆らえばどうなるのか。そこから教授してやることにしよう……。


 ◆◆◆


 刀の仕上げが終わり、祭りに間に合うように急いで持っていこうと立ち上がった時。

 乱雑に扉をたたく音がした。


 その音はどこか恐ろしさを感じさせるもので、今扉を開けると、なにか、取り返しのつかないことになる気がした。

 とはいえ、ここに私がいることは、家の明かりで既に周囲へは知られている。

 というのに、居留守など使って無視でもすれば、それは明らかに良い印象は与えない。


 ご近所トラブルを避けるためにも、私は扉を少しだけ開いた。


 「おせぇよ」


 しまった。そう思った。

 扉の先にいたのは、あのヴェリアス。


 次期村長の座から降ろされた彼は、最近あまりいい話を聞かない。

 村の女の子に暴力を振るったり、恐怖で脅して関係を迫ったりと、レアンからはそういう話をよく聞いている。

 彼女が言うのだから間違いはないだろうけれど、あの襲撃、魔物の襲撃が来る前までは、彼もそこんな人間ではなかった。

 確かに少し傲慢ではあったけれど、幼いながらに村のことを考えて行動できる子だった。


 なぜ接点の少ない私なんかに尋ねてきたのか。


 「いきなり訪ねておいて、その態度は何?」


 突っぱねるような態度を取りながら、警戒度を高め徐々に扉を閉めていく。

 それに気が付いたのか、私よりも遥かに剛力を宿す腕で扉を全開する。

 その扉にぶつかった私は軽く吹き飛ばされ、地面へと倒れ込む。


 「何閉めてんだよ」

 「何って。こんな時間に女性一人しかいない家に尋ねてきて、警戒しない方がおかしいでしょう?」

 「ククッ……それもそうか……」


 怪しげな笑みを浮かべ距離を詰めてくる彼に、本能的に動いた私の身体は距離を取った。


 「離れてちょうだい。大体私とあなたでは仲良くもない関係でしょう?」

 「なぁ、イリュエル。お前に聞きたいことがある」

 「質問するにしても家にまで入る必要はないはずよ」


 私がそういうと、後手に扉を閉めるヴェリアス。

 彼はその直後に、歪み目を見開いた笑みをこちらに向けた。

 

 まるで、逃げ道はないぞ、と脅すように。

 だが、この家の出入り口は玄関扉だけではない。

 裏手の入り口と、鍛冶部屋の防犯扉は、内側からならいつでも開錠できる。


 「お前、アルナレイトについてどう思う?」

 「今日の宴の主役だっけ。彼がどうしたの?」

 「俺はよォ、村の人間でもないあんな奴が、まるで最初からこの村の人間みたいに振舞っているのが気に食わねぇんだ」

 「そう。私は思わないけどね」


 これまでの発現で、彼がアルナレイトに異様な執着を見せていることは分かった。

 しかし、それと私とにどんな関係があるというのか。


 「お前もあいつの味方なのか?」

 「味方ってわけじゃないけど、あなたよりはマシね。なにせ、この村の障害である魔物を討伐してくれたのだから」

 「その程度、俺でもできるがな」

 「あらそう。なら早めにしてほしかったわ」


 何が狙いなのかわからないながらも、私は隙を見せぬように立ち上がろうとした。


 「それで、早く出て行ってくれるかしら。

 転ばせたこと、今ならなかったことにしてあげる」

 

 私は自然を装い、壁に手を掛けたその瞬間。


 「––––––––––––––––––っ!!」


 ヴェリアスは今まで見たこともないような速度でこちらに迫ってくると、壁に掛けた手を勢いよく蹴った。

 関節に狙いが定まっていれば、骨折は免れないであろう威力で、私の腕は鈍く強い痛みが走る。


 「おいおい、なに立とうとしてやがる」

 「……っ」


 痛い。けれど、この程度の痛み、レアンが家族を失った痛みに比べれば、無いにも等しい。


 私はいつも腰に下げている手巾をヴェリアスの顔目掛けて投げつける。

 先ほどまで汗を拭いていたものを投げつけるなど下品だが、視界を奪うには最適な物だ。


 「何しやがるてめえ!!!」


 視界を奪うと同時に廊下の曲がり角に姿を隠し、裏手口を目指して音を殺して歩く。

 

 「どこ行きやがったてめぇっ!!出てきやがれ!」


 早くこのことを誰かに知らせねば。

 ヴェリアスはアルナレイトに異常な執着を見せている。がしかし、依然として彼と私を結びつけるものはない。

 一体、彼と関係のない私を、なぜ狙うのか。

 わからないが、今は逃げなければ。


 「……」


 足音が鍛冶場の方に向かっている。

 それもそうだ。裏手口なんていつもは使わないのに対し、鍛冶場は普段から外からも見えるようにしてあるのだから、そこを開けて逃げると思い込む。


 私は数m先にまで迫った扉に、飛びつくように駆ける。

 ドアノブに手を触れると同時に開錠し、思い切り扉を開いた。


 扉は隙間十cmほど開き、そこで強い抵抗感とともに、ガン、と大きな物音が。


 「「そこにいたのかお前ぇッ!!!」」


 背後で張り上げらる声。


 急いで扉を確認するも、ロックチェーンをしたままになっていた。

 私は扉を閉じる。チェーンにつながれた留め具が、弛む余裕ができるまでに。

 

 「……ッ!!!」


 扉が完全にしまったその瞬間。私は急いでチェーンを––––––––––––––––––。


 触った。



 いや、掴んだ。


 

 私の後ろ髪を、万力のような握力で掴み引く、ヴェリアスが。


 私を、掴んだ。




 ………



 ……



 …



 強い衝撃音とともに、髪を引っ張られ抵抗することの敵わない私は、ヴェリアスに床へと押し倒される。

 ヴェリアスは、私に覆いかぶさると、片方の手で両腕を掴み上げ、両足に乗り一切身動きを取れなくした。


 「…ッ、放しなさいよ」

 「放すわけねぇだろ」


 私は最終手段として、大声を出すことにした。

 おおきく息を吸い込み、胸部が膨れ上がる。


 しかし。


 「ンぐっ!」


 両頬に食い込むほどの握力で口を塞がれ、あまりの痛さに涙がにじむ。

 ヴェリアスは私の耳元にまで口を近づけて、囁いた。


 「これから、お前を壊す。

 これまで歩んできた人生で、得た誇りや名誉、尊厳、気品……すべて俺が壊してやる」


 我慢ができなくなって、鼻と口から息が漏れる。


 大声が出せないと判断したのか、口を押えるのをやめたと同時に首を掴まれる。


 「………わた、しが、…なに、お、したと、いう、の………?」

 「……ああ、いや、なんもしてねぇな」

 「な、んで」


 私の問いに答えたヴェリアスは、眼を細め、異常なまでに口角を上げ不気味に嗤った。


 「なぁ、イリュエル。

 アルナレイトってやつはよ、あんななりして結構神経質みたいらしいな」


 息を吸うことで精いっぱいの私は返事もできず、ただただ垂れ流される言葉を聞くことしかできない。


 「……俺のことをぶん殴りやがったあいつに、直接やり返そうかとも思ったが、それじゃああいつは壊せない」

 

 私は心の中で、直接やり返すのが怖いんでしょう?と蔑んだ。


 「だからよォ、レアンに仕返ししてやろうと思った。だがそんなことは出来ない。あの家にもう二度近づけんからな。

 それに、もしあいつが、。俺を殴ったせいで、レアンと仲良しこよしのお前にやり返されたら、自分の責任に感じるんじゃねぇか、って思ってな」


 私はそこまで聞いて、この男がどれだけ浅はかなのかと軽蔑した。


 「あのタイプの人間は、自分はどれだけ苦しくても、周りの人間を巻き込んだときに最も傷つく。

 だから、お前を、そしてレアンを壊してやろうと思ったわけだ」


 最低だ。

 直接やり返せないからと、私やレアンにやり返そうなどと。


 しかし、ヴェリアスの勘は当たっている。

 レアンから聞いた話では、アルナレイトという人物はこの村の人間を大切にしてくれている。

 私は、彼の無条件のやさしさに、何よりその心根に、惚れたのだと思う。


 「お前、アルナレイトのこと、好きなんだろ?」

 「……」

 「フェリフィスが言ってたぜ?レアンとの会話を聞いても、口を開けばアルナレイトのことを知りたがってるってな」

 

 なぜフェリフィスからその話が漏れたのか、などとは考えなかった。

 そんなことよりも、好意を見抜かれ、利用されることを恐怖した。


 「……もしここで、たとえ何が起きたとしても、お前がアルナレイトをかばったと、あいつ自身が知ったら、そして、お前に好かれているからこそ、かばおうとしたと知ったら……ククッ」


 今度は鼻と鼻が触れ合う距離で、私はその気色悪い、下卑た笑みを記憶に焼き付けられた。


 「あいつ、どうなっちまうんだろうなぁ……けひひひひ」


 舌なめずりするヴェリアスに、生理的嫌悪、恐怖心を抱き。それは私の心を犯しつくした。


 「ひっ……や、やめ……」


 のどが強張り声が出ない。

 目の前の男に、今まで味わったことのない恐怖に、何より、これから起こる蛮行に。

 恐怖が胸中を覆いつくした。


 いつしか喉からは手が離れ、下の方へと延びていくその手。

 撫でるように身体に触れる手は、臍の下まで到達した。


 私はこらえきれなくなって、喉の強張りすら忘れて、叫ぶ。


 「「黙ってろ!!」」


 下腹部に伸びた手は、これでもかというほど強く握られる。


 その握りこぶしは、私の目ではとらえられないほど加速し、私のお腹を、恵まれた体格に備わる筋量を用い、全力で殴る。


 「いあ……っつぅ……っ」


 激痛が走る。

 衝撃は凄まじく、殴られた私の身体は衝撃に耐えかねて跳ねる。


 拳がめり込み、何かの違和感を感じる。

 声すら出せないほどの、強烈な違和感。


 直後、激痛が内側からも迸る。

 あまりの痛さに涙が溢れ、口を抑えられてもなお悲鳴が漏れる。


 「うぅぅ––––––––––––––––––ッ!!」


 痛い、痛い、痛い。

 痛い痛い痛い痛いイタイイタイイタイイタイ……痛い。


 「な、なんだこれ……」


 気づくと、どこからかあふれ出した血だまりに私とヴェリアスはいた。

 

 「おい!なんなんだよこれ!」


 体を揺すられるたびに下腹部から走る尋常ではない激痛に、悲鳴と涙が溢れて止まらない。


 ……いたいよぉ……だれか、たすけて。


 誰にも届かぬ叫びが、無声のままに轟いた。

お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。



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