第30話 村の人々
次話投稿は早ければ今日中に上がります。
風呂上り、レアンのスキルについてヌルに話していた。
レアンの才能は素晴らしいものだと思う。彼女の優れたところは、スキルの扱い方を自分で見つけ出すだけでなく、それを実行し、次にその経験を生かすべく最大限の吸収を行う点にある。
スキルを手に入れたレアンはきっと、あの魔物を一人で完封することができるだろう。
それほどまでに彼女の成長速度や魔力、スキルの扱い方について素晴らしい才覚を持つ。
レアンについての感想をヌルに話し終えると、彼女は相変わらずの無表情で言う。
「私もレアンがそれらの才を持つことは予測していた。
只人とはいえ、魔力操作の器用さが高かったからな。それに、あの子が持つ純粋な意志は、スキルの操作にも良い影響を与えているようだ」
スキル。それは感情や意志の強さをもとに、その効果を何倍にも跳ね上げることが可能という性質を持つ。
きっと彼女の村のことを大切に考える思いそのものが、彼女のスキルに力を与えているのだろう。
「そういえば、レヴィエルもスキルを持っているって言ってたな」
ベッドに腰掛け、どこから取り出したのかわからないほど巨大な本を、宙に浮かせながら一頁ごとにめくっているレヴィエルに話を振る。
「ええ。ワタクシの所有するスキルは【夢幻泡沫】は、現実に幻を投影いたします。そしてそれは現実化、つまりは実際に存在する物として変換することが可能にございます」
「なんだそれ……ほとんど何でもありじゃないか」
要するに、レヴィエルの思い描いた物すべてが、この世界に召喚されるってことだろう。
そんな力、誰であっても欲しがるほど強力なスキルだ。
俺がそう思っていると、レヴィエルは俺の考えを見抜いたのか、頭を横に振って答える。
「主様の考えを見抜けるなど思いませんが、このスキル、それほど強力ではございません。
幻を現実に持ってくる際、幻が見えている相手にしか、現実化した幻は干渉できません。
何より、幻覚を無効にする能力を持つ相手ならば、そもそも発動すら叶いません」
その話を聞いて評価を改めなおした。
確かに、幻が通じる格下相手ならば存分に効果を発揮するが、自身よりも強力なスキル、ないしは幻覚を看破する能力を持つ存在相手ならば、途端にその効果は発揮しなくなる。
使いどころの難しい能力なのかもしれない。
「ところで、ヌル。
お前は何かスキルを持っているのか?」
ヌルのことについてはあまり知らないし、彼女の機械の体にスキルが宿るのかどうかはわからないが、ひとまず聞いてみることにした。
すると、すこしだけ顔を俯かせたヌルは、様々な思いが逡巡しているのであろう複雑な表情をしていた。
「どうしたんだ?」
「いや、何でもない。
それで、私がスキルを持っているかということについてだが、持っていない。
スキルとは、獲得者の魂に宿り、定着することで自由自在に扱えるようになる。しかし、私の身体の何処にも、魂など存在しない。データの入出力のみで行動している私にはな」
……果たして本当にそうなのだろうか。
感情がなければ、契約を持ちかけたときに見せたあんな表情、仕草を自然に行えるのだろうか。
たとえもし、彼女の行動がスマホやパソコンにあるAIの延長線上の行為だとしても、彼女の生きた年月を考えれば、そこに魂が宿ることもあり得るのではなかろうか。
「魂がないにしては、えらく感情的な行動を取っていたと思うけどな」
「……何?」
「お前があの話を持ち掛けてきたとき、あんなにも激情を見せたのはなんだったんだって話だ。
長い年月を生きてきたヌルなら、たとえ演算のみの行動指針にも魂は宿るんじゃないか?」
俺は本心からそう告げた。
しかしヌルはあまり快くはなかったらしい。冷たいまなざしで俺を見下すように言った。
「……ふん、抜かせ。今のは聞かなかったことにしてやる」
「なにか間違えたみたいだ。配慮が足らなかったのなら、悪かった。ごめんな」
「……」
微妙な空気になった部屋で、沈黙に耐えられなくなった俺は、ヌルにあの話をしてみることにした。
少し話しかけづらいが、これは計画に関係することなので、彼女も無視したりはできないだろう。
「なあ、ヌル、あの魔物の死体を使って何をする予定なんだ?」
「それはだな––––––––––––––––––」
と、ヌルが話をしようとしたときに、借りている部屋の扉が開いた。
扉の奥に立っていたのはレアン。
風呂上りなのか、髪も結んでいない姿はどこか新鮮だ。
「アルナレイト。ちょっと来てほしいんだけど、いいかな?」
「ああ、どうしたんだ……ってちょっと待ってくれ。
ヌル、さっきの話は今日の夜にゆっくり聞かせてくれないか?」
「構わんさ」
「ごめんね、ヌルさん。アルナレイトお借りします」
「ああ。お前なら快く貸し出そう」
「なんで俺、ヌルの所有物みたいになってんすかね……」
俺の訴えむなしくレアンに手を引かれ、家の玄関まで足を運ぶ。
「いきなりごめんね~。今日の宴の主役がどんな奴なんだろうって、私の友達がアルナレイトと会いたいって押しかけてきちゃったの」
「ああ。そういうことか」
階段を降り曲がり角を曲がると、奥の玄関には見慣れない少年少女が計四名。同い年くらいだろうか。
家で剣の稽古ばかりしていたので、全く面識がない。
「おお!すっげえ可愛い!」
「え?」
一番前に立っている、少し赤みがかった茶髪に薄く赤い瞳。人懐っこそうな少年が俺にそう言った。
「確かに可愛いな。このあたりでは見ない髪色に眼の色だ」
もう一人、やや深い茶髪に黒目の、顔立ちの整ったしょうゆ顔の少年が言う。
一応、右腕が義手だと知られると面倒なため、右腕を隠すように半身で話を聞く。
「俺、男なんだけど……ってか、名前で気付かないか?」
「あ、そうなのか!?」
「ほ、本当だ……」
二人が落胆したように頭を抱えると、レアンが二人の頭をポス、と優しく叩く。
「普通に失礼だよ。シーアス。アンバー」
レアンに怒られる二人を見て、後ろでクスクスと笑っている少女二人。
「あ、ごめんなさい。押しかけたりしちゃって。
私はオーフィア、この子はアセンシア。どうしても今日のお祭りまで待てなくって」
オーフィアと名乗る黒髪蒼眼の少女と、おとなしそうにこくりとうなずく、いわゆるメカクレ系の前髪のアセンシア。おどおどした仕草に濃い茶髪が揺れて、黒い瞳が見え隠れしている。
「自己紹介が遅れたな。
俺がアンバー。こいつがシーアスだ。
俺たち五人は幼馴染でさ、小さい時からずっと一緒なんだ」
確かに仲良さそうだもんな。と口頭においてから、俺も名乗ることにした。
「俺はアルナレイト。こんな容姿だが一応男だ。
ヴェリアスにも間違われたが、もう今は気にしちゃいない」
人懐っこそうな、犬っぽい雰囲気を醸すシーアスが、俺に近づいてくる。
「んー……遠目から見たら細いように見えるけど、結構鍛えられてるんだな……」
「距離が近いな……離れてくれ」
俺はそう言った瞬間。
シーアスは機敏に俺の着ていた上着を引っ張り上げ、俺の上半身の前面が五人の前に露になる。
「おい!」
俺はすかさず服を元に戻したが、五人は固まったまま。
「……すご」
「……だね」
「何がだよ!」
俺は何が何だかわからず、自分で自分の腹を見てみる。何かおかしなことにでもなっているのだろうか。
と、服を捲りあげたその時。
「ねね、ちょっと触ってみてもいい?」
「え、ちょ、れ」
え、ちょっとまってくれと言ったはずなのだが、女の子の柔らかい手が肌に触れ、くすぐったくて舌が回らない。
「アルナレイト。いつの間にこんな鍛えてたの?」
「あ、ああ。そのことか」
確かに今の俺の身体は、全身が引き締まっている状態なのだが、これには理由がある。
「お、俺だって鍛えてるんだぞ!」
と、張り合うようにシーアスが腹を露出させる。
確かに引き締まっているものの、俺に比べると大人と子どもほどの差がある。
「確かにすごいけど、アルナレイトはもうなんか、目覚めそう」
「目覚めそうってなんだ?」
レアンやオーフィア、アセンシアがまじまじと見つめてくるため、恥ずかしくなって捲っていた部分を下ろす。
それで、俺の身体がこんなにも鍛えられている理由なのだが、これは理外の力と関係があるのだ。
理外の力というよりも、未来の剣術を〔模倣〕することに起因している。
生き物とは、環境に適応することができる。
ペンギンが海を飛ぶように泳ぐように、猿が木のぼりを得意とするように、深海魚がその水圧に耐えられるように、体の構造を何年もかけて変化させる。
それは人間にも起こることで、住んでいる土地によって寒さに強かったり、背が高かったり、力が強くなったりする。
きっと、この世界の人間は、魔力などという力に適応するために、俺の元の世界の人間より強い体を持っている。
それと俺の身体がどうかかわっているのかという話だが、要するに、未来の剣術を扱う、〔模倣〕するという行為は、俺の身体に尋常では無い負荷を与えているのだ。
そして、その負荷によって、俺の身体が異常なまでの高度さを持つ技量に適応し始めている、ということらしい。
外部からの負荷に対して適応するという部分が、これと同じなのだ。
そういう理由で、俺の身体は未来の剣術に適応するべく、体がその構造を変化させ最適化しているのだ。
その方法としては、俺自身もその適応に合わせて筋力トレーニングを日々怠ることなく行っている。
そういったものの賜物が、今の俺の身体を作り上げている。
「にしても、顔は本当に女の子かどうかわかんねぇな」
「それは分かる。だってアルナレイト。すっごく可愛いもんね」
「あんまりかわいい可愛い言われてもな。かっこいいとかの方がうれしいんだけどな……」
獲物を狩る目つきのレアンとオーフィアが、手をわきわきしながらにじり寄ってくる。
気づくと壁に追い込まれていた俺は、冷や汗が流れる。
「……なんだそのいやらしい手つきは」
「いやぁ、ねぇ?」
「うん。仕方ないよ、ねぇ?」
「お、おい。何をするつもりだ!」
女性に手を挙げるわけにはいかず、とはいえ逃げる手段もない俺は、レアンとオーフィアの隙間に見えるシーアスとアンバーに支援要請の目線を送る。のだが。
その目線を遮ったのが、アセンシア。
アセンシアは指一本だけを立てて俺に近づいてくる。
「アセンシアさん!?なんですかその指一本!」
「ちょっとだけ……ちょっとだけ……」
シーアス、アンバーの笑い声が聞こえてくる。あの野郎ども。
「ちょっと三人がかりはさすがにひどいんじゃないですかね!ね?ちょっとどこ触ってんだレアン!やめ、やめろ!
う、うわあああああああぁぁぁぁぁっ!!!」
………
……
…
なんでか知らないが、肌がつるつるになったように見える三人。
に対し俺は、水の分量を間違えて枯れてしまった植物の蔦のように干からびていた。
「……なんかいろいろ失った気がする……ふぐうぅ」
「いやー元気補充できた!ありがとうねアルナレイト!」
「……すごかった……」
「なんだったらもうちょっとくらい……」
危機感を感じる発言がかろうじて耳に入り、逃げようとしたその時。
階段の方から足音がする。
「騒がしかったから来てみたが、なるほど、じゃれ合っていただけか」
それだけ言ってヌルは去っていった。
しかし、ヌルを見たレアンと俺以外が全員固まっていると、姿が見えなくなった後も扉の閉まる音が聞こえた瞬間に、質問の嵐が飛び込んできた。
さすがに処理しきれないと判断した俺は四人の隙間を縫うように移動し、玄関から外に出た。
「はぁ、はぁ………あれ以上は死ぬ……尊厳とかいろいろ死ぬ……」
俺はどさくさに紛れてアセンシアが指一本立てて近づいてきていることに気づいていた。
あの人、抜かりがない。
「ふぅっ、あ、師匠」
師匠が何やら重そうなものを、家の前の道で運んでいる。
俺はすかさず立ち寄り、後ろから支える。
「アルナレイトか。助かる」
「このテーブル、もしかして宴で使うんですか?」
長いテーブルを運んでいるところを見るに、きっと今日の宴で使うものなのだろう。
師匠が向かっていった先も、村の広場に通じている通路だった。
「そうだ。レアンには任せられんのでな。お前が手伝ってくれるなら楽で済みそうだ」
「いえ、それにしても、宴なんていきなりですね」
魔物を討伐したことで、確かに表彰くらいはされてもおかしくないだろうけど、まさか宴まで開かれるとは。
「宴とはいえ、村に蓄えてあった食料を切り崩すだけしかできんのでな。豪勢な料理などは出せない。
せっかく村の勢いがついてきそうな場面だというのに、歯痒いな」
「師匠……」
なるほど、師匠も村長として、この村の先行きを憂いていたのか。
確かにそうだ。
レアンに聞いたが、この村は毎年死者が出ている。それも、飢餓や魔物によって。
魔物と戦う以上、食料の分配比重が少し多いというルーファス家は、最初は不満の声もあっただろうが、いまはルーファス家なしには村は成り立たないというので、不満を言うどころか皆感謝しているという。
それでも、師匠とレアンの二人になってからは、その比重も他家と同じ割合に変えたようだ。
「この宴は、村の活気を勢いづけたいという狙いと、もう一つある」
「以前からおっしゃっていた、俺の存在をこの村で周知させるということですね?」
「ああ。レアンと共に、あの凄惨な襲撃を行った魔物を討伐したというものが入れば、皆安心して村の外に農地を作りに行ってくれる。
もちろん私も最大限の警備を行うが、お前とレアンにも期待しておるよ」
「村人に死者は出しませんよ。必ず」
村の人たちは、俺とヌルの契約に巻き込まれた人たちだ。
絶対に、その命を失わせるなんてことしてはならない。
もっとも、今のレアンがいれば、一人で村を防衛できるだろうけど。
レアンには、スキルのことについて師匠に伏せていてほしいと頼まれている。
きっといろいろ事情があるのだろうが、一番はサプライズとして教えたいんだろう。
「それに、アルナレイト。
魔物討伐を許可した際の約束、忘れてはおらぬだろうな?」
「ええ、もちろんです」
俺と師匠は、魔物討伐の許可を下すうえで一つの約束を交わしている。
内容としてはあまり大切だとは思えないが、師匠のことを考えれば重要なことなのだろう。
「私はお前に期待している。きっとレアンとともに、剣の高みに至るとな。
お前はまだまだ若い、多くを学び、己を高めよ」
「はい。俺にとっては毎日が学びの日々ですから」
それから長テーブルを運び終えた俺は、ほとんど設営の終わった宴会場を見て、村人たちがあんなにも活気づいて準備をしているのを見て、彼らを巻き込んでしまうことの罪悪感、そして、必ず守らなければならないという責任感を意識した。
師匠からの指示を受けて椅子を並べていると、坂道につながる広場の出口から、此方に手を振って歩く巨漢が見えた。
「おう!レグシズ。刀の調子はどうだ、何かあればすぐに研ぎに出せよ!」
「ああ。いつもお世話になっているな。マグナス」
マグナスと呼ばれた男は、黒い瞳に白髪という、どこかで見たことのある取り合わせの容姿。
腕の太さが師匠の身体ほどもあり、何か力仕事を続けてきた人間なのだろうか。
「っと、そこの可愛い顔した強者が今回の主賓、アルナレイトだな?」
「ええ、こんにちは、マグナスさん」
俺とレアンが魔物を討伐したということで、俺の名前はこの村に広まっているようだ。
そういえば、剣を研ぐとか言っていたが、もしかすると彼は研ぎ師なのだろうか。
「レアンに伝えといてくれや、イリュエルがお世話になっているってな。
あの子は根はやさしいんだが、どうも他人を怖がっちまう。レアン以外にまともに話せる奴なんていないからな。アルナレイト。お前さんも仲良くしてやってくれ」
「はい。ところで、イリュエルとマグナスは、もしかして親子なんでしょうか」
鍛冶師と研ぎ師という似通った職業にして、容姿も似ている。
もしかしてと思い、質問をぶつけてみた。すると。
「ああ。イリュエルは俺の娘だ。まだまだ半人前のひよっこだからな。お前さんも剣の依頼をしてくれれば、あの子の練習にもなるだろう。機会があればまた、依頼でもしてくれ」
「その時なれば頼んでみようと思います」
ジークよりも背の高い、それに横幅もかなりの大きさのガタイを持つマグナスは、娘想いのいい父親なのだろう。言葉にちりばめられた娘への思いがよくわかる。
「マグナス。すでに依頼が来ているだろうが、農具の作成をお願いしても構わないだろうか」
「ああ。その心配はいらねぇよ。あの魔物を倒したっていう英雄がこの村にはいるんだからな。
しかも二人もだ。
村人たちの活気もついてきている。
それを支えんのが俺の仕事だからな」
英雄などと呼ばれて恥ずかしいけれど、いやな気はしない。
しかし、それで調子に乗って取り返しのつかないことをしでかすかもしれない。そこは慢心することなく、誇りに思うことにしよう。
「あら、村長にマグナスさんにアルナレイト君。
宴会場の設営お疲れ様です。こちらをどうぞ」
会話の最中にどこからか現れたナタリアさんは、会場設営に関わった村人たちに飲み物を手渡しているようだった。
「ありがとう。もらおう」
「ありがとよ。おいジーク!こんないい女ものにしたんだからよ!悲しませんじゃねぇぞ!」
ジークが遠くで重そうな麻袋を運んでいるの見つけると、マグナスは声を張り上げて喝 を入れる。
「わかっていますよ、マグナスの旦那!」と大声で返事をするジーク。
おそらく初めて見た、村に人々が普通に暮らして居る日常。
俺は剣術の稽古ばかりで、あまり家の外に出たことは無かったため、それが新鮮に思える。
その光景を見て聞いて知って、守らなければと思っていたその時、ヌルからの通信が入った。
(アルナレイト。今お前のいる座標にレアンの友人たちが向かっている。
そろそろお前に話したいこともあるのでな。友人たちと出会わずに済むルートを視界に表示する。
帰ってこい)
村人たちの和気藹々と話す場所から離れるため、師匠とマグナスに一礼だけして俺はその場を後にしたのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。




