第27話 開始点
次話投稿は今日10時以降になります
魔物討伐でかいた汗を流し、晩御飯を食べ終え自室に戻る。
私、レアンはまだ、今日の昼に起きた出来事をまだ信じられずにいた。
今日の昼、私は魔物を討伐した。それも、村を脅かしてきた強力な魔物を。
もちろん私だけで討伐したわけではない。三週間ほど前、この村にやってきた謎の少年、アルナレイトと共に討伐したのだ。
アルナレイト、そして彼とともにこの村にやってきた少女、ヌル。
彼らは本当に、不思議な人たちだと思う。
ここ三週間も寝食を共にして、彼らの正体に違和感を感じなかったわけではない。
アルナレイトは、分解という魔力を消す力があり、ヌルには、治療の痛みを消す術がある。
私の魔力回廊暴走を治療してくれた時に用いられたそれらの能力、そして、昼に魔物を倒したときにアルナレイトが用いていた、謎の力。
何か関連性が見いだせるかと思ったけれど、私じゃ何もわからない。
彼らはいったい、何者なのだろうか。
二人の関係性ひとつをとっても、私にはわからない。
家族なのか、友人なのか、或いは……恋人なのか。
きっと二人は、家族や友人といった絆で結ばれた関係ではない。お互いの目的のために、ただ協力し合うだけの関係。そんな風に見える。
ヌルは、アルナレイトについて本当に、協力者のようにしか感じていないと思う。
アルナレイトの方は少し違うみたいだけど、彼の心を勝手に推測して決めつけるのはよくない。
二人の関係性は、特殊で他言できないものなのだろう。
それに、私の前では遠慮しているだけで、本当はすっごく仲がいい……なんてこともあり得ないわけじゃないだろうし。
……やっぱり駄目だね。どれだけ二人のことについて考えても、二人から明確に教えてもらわない限り、私には何もわからない。
私は椅子に座ったまま両手を組んで伸びをして、二人のことについて考えるのはまた今度ということにしておいた。
「でも、何か考えてないと落ち着かないんだよね……」
昼間、魔物を倒したことによる興奮がまだ手に残っている。
これが収まってくれない限り、眠るのは厳しそうだ。
「う~ん、でも……」
私がいま、一番に気になっているのは二人のことについて。
その次に気になっていることと言えば……と、そこまで考えて、ふと頭に思い浮かんだ。
「魔物の核を探ろうとしたときに起きた、あのじじじって音と、魔力の感知がすごく良くなったのは、なんなんだろう」
魔物の核を感じるために、空気中にある魔力の流れを感じようとしたときに、私は奇妙な感覚に囚われたのだ。
これまでは、多く感じる違和感から、形を想像して。
まるでパズルのピースみたいに一つ一つあてはめていって、核の位置を朧げに把握していた。
いわば、目隠しした状態で、音だけを頼りに部屋を進む。そんな感じに近い。
けれど、あの時、じじじという音がしたときは、それが一変した。
あの、暗闇に眼が慣れるような感覚。真っ暗な夜に飛び出したときに感じる、暗闇の濃淡が少しずつ見分けられるようになっていく、あの現象。
あれが、私の中の魔力を感じようとするモノに起こった。
空間を漂い流れる魔力を明確に感知でき、また、魔力の流れから、落ちる葉っぱの枚数、その向きまでも、目や耳でとらえるよりも早く正確に感じ取ることができた。
すぐにそれは終わってしまったけれど、あの現象は何なのだろうか。
現象自体は理解できる、けれど、なぜあの時なのか。
私はこれまでに、三度の魔物討伐を成功させている。三回の内どれも、あのような現象が起こった記憶はない。
ふとよぎった理由は、誰かと共に戦っていたから、というものだった。
私が倒した魔物は、今回のを除くと、あまり強い魔物ではない。
祖父には、実戦経験だと言われ、弱らせた魔物に一人で戦った。あの時の感触は忘れられない。
誰かのために、早く魔力の流れを感知しなければ、と私はあの戦いで初めて感じた。もしかしたら、それがあの現象の発端として火花を散らしたのかもしれない。
だとしても、その理由を除いても、私はまたあの感覚を得たい。
どれだけの範囲の魔力を感知できるのかはわからないけれど、これからきっとレギオ村は、食糧難解決に向けて、村を少しずつ拡大していくだろう。
その時、田畑を守るのは私たちの仕事になる。その時に備えて、得られるものがあるなら、手に入れたい。
けれど、なにをどうすればいいのか皆目見当もつかない私にとってできるのは、再び同じことを反復してみることだけ。
そう結論付けた私は、昼間にしたここと同じ手順を踏んでみることにした。
「ふぅ……すぅ……」
イメージする。空気の流れとは違う、もう一つの流れ。大きな、川のような流れ。
周囲の魔力を認識するために、自身の魔力を周囲に放出する。
何かが開けたような感覚と共に。
突如、周囲の魔力の流れが鮮明になった。
部屋を漂う魔力の動きと、魔力の動きが遮られることによって、物の大きさや形などが手に取るように把握できる。
『ジ…ジ……』
またしても鳴る、奇妙な音。
(なんなんだろ、これ)
その音の鳴る方向を探しても、やはり私の頭の中にしか響いていないようだった。
何の音なのかわからないまま、今度は部屋の外、つまり家全体に漂う魔力を感知してみようとした、その時だった。
断続的になっていた、じじ、という音はどこかへと潜み。
代わりに響いたのは、女性とも男性とも聞き分けることのできない、否、言葉かどうかすらもわからない、意思のようなものが現れた。
『スキル【魔力感知】を獲得』
と、短くそう告げたそれは、驚きで固まった私に再度話しかけることは無かった。
「え、まって、なんだったの、今の」
すきる?なんだろうそれは。けれど獲得と言っていたからには、何かを手に入れたのかもしれない。
それに【魔力感知】を獲得したと言っていた。
いったい私の身に、何が起こったのか。
何が起こったのかわからず、数分呆けていると。
何かが、私の中で明確に変わった。
まるで、腕がもう一本増えたかのように、足がもう一本増えたかのように。
私の中の"あたりまえ"の中に、ひとつ、新しいものが足された。そんな感覚がする。
私は、慣れ親しんだ刀を抜刀するように、それを行った。
(スキル【魔力感知】を使用する)
と、そう念じた次の瞬間。
「えっ!」
これまでで感じたことのないほどの、情報の濁流が流れ込んできた。
それは、周囲を漂う魔力の流れから得られるすべての情報。物の形、動く速度、大きさ、果てには魔力の濃さ薄さまで、はっきりと、明確に、狂いなく感じ取ることができた。
その感覚にも数分すれば慣れてきて、眼を瞑っていても周囲の状況が見えている感覚になる。
「す、すごい!!こんなの……はじめて……!」
今までがいかに狭い世界で生活していたのか、それを理解させられるほどの感覚。
すべてが見えている。そんな万能感に浸ってしまうほどの感覚。
はじめてのすきるというものに感動しながら、けれど自分の身に起きた事を理解するために、私は誰かに相談することにした。
きっと、レヴィエルやヌル、アルナレイトなら何かわかるだろうと、これまでの彼らの特異性を鑑みてそう判断した私は、ある一つの違和感を感じたうえで気にしないまま、部屋を後にしたのだった。
◆◆◆
振り下ろす。切り上げる。切り払う。
その動作の一つ、一挙手一投足、動きの細細たるもの一つとっても、今の俺では到底到達しえない高みにあると、俺は【未踏剣術】と自らの肉体に〔模倣〕しながら思った。
魔物と戦った時に使用していたのは、【未踏剣術】でも、まだ現在に近い時間軸の技術を〔模倣〕していた。
つまり、まだ先がある。時間軸が移行するにつれ、時間が進むにつれ、俺の技量は向上していく。
おそらく、全体の1%にも満たないであろう技量を〔模倣〕して、格上の生態系ピラミッドに存在する魔物相手に勝利を収めた。
と言っても、フィニッシャーはレアンだったが、それでも、たった1%に満たない技術でさえ、あれほどの重圧と乖離を感じるのだ。
最期、或いは最後。旅の終わりに到達する俺の剣術は、いったいどれほどの高みに存在するのか。
もはや検討も付けられない。
「す、すば……」
俺の練習を傍で観察するレヴィエルが、すば、すば、と奇妙な擬音語を発する。
理外の力を教えるという名目で主従契約を結んだのだから、口で言わずとも見せるだけで十分だろう。もしかすると、理外の力についてある程度知ったのなら、俺達を皆殺しにする可能でいはあるからだ。
それを少しでも遅らせるために、俺はこうして口で言わず、観察しろとだけ言ってある。
「す、す、すっばらしいですわぁぁ~~~~~~~~ッ!!!♡♡♡」
興奮し身も悶える様子を視界に入れないようにして、昼間起きた事について、考えることにした。
それは、レアンだけに見えて俺には見えなかった、レヴィエルがけが人を偽装するのに使った血だまりのことだった。
反省すべき点を受け止めるより先に、事実を確認しなければ。
俺は、頬を紅潮させ、美人を台無しにする変態に話しかけた。
「レヴィエル。お前は血だまりの幻を見せて、誘導したってことで良いんだよな」
「ハァハァハァ…♪もうダメッ♡なりませんわぁ––––––––––––––––––ってあ、ハイ♡
ワタクシのスキル【無限泡沫】は、極めて精密で高い再現率を誇る幻を、好きなように作り出すことが可能でございます。
主様には効果がなかったようですが、レアンという女性は見事に引っかかっていたようですわね」
やはりか。
いろいろと気になるワードが出てきたもののそれらをいったん〔記憶〕しておいて、理外の力について気付いたことを纏めることにした。
まず初めに、理外の力を持つ者に対して、スキルや魔力によって構築された幻は、理内率や理外率の関係を無視して効果を無効にするようだ。
俺の理外率はレヴィエルの理内率より低い。だからレヴィエルには理外権能の一切が効かない。一応、今判明している情報では、だが。
しかし、俺が理外率で劣っている状態でも、レヴィエルの幻の効果を無効化した点から、理外の力には、その特性として幻を無効化できるのだろうと推測した。
そしてそれを〔解析〕すると、予想していた答えが返ってきた。
〔理外の力を持つ存在は、理外の力の特性から、如何なる幻や精神支配、現実改変などから一切の干渉の効果を受け付けることはできない〕
つまり俺は、幻や精神支配に対して、絶対的な耐性を獲得しているということだった。
そして、その絶対性は確実なものかと〔解析〕すると、概は確定であることも判明した。
そのことを〔記憶〕し、俺は現状に目を向けることにした。
「なぁ、レヴィエル」
「はぁい、如何いたしましたか?」
「俺達と会敵した時、殺そうと思えば殺せたのか?」
俺は直球の質問を投げつけた。
「ええ、主様とヌルを除き、レアンという女性だけなら、一秒とかかりませんでしたわ」
その言葉で受けたものを一切表へと出さず、自分の中で解釈することにした。
レアン。彼女は俺よりも身体能力も剣術にかかわってきた時間も長く、何より、才能がある。
そして、才能を従えるほどの努力を行って、あの強さになったのだろう。
俺はまだ、実践稽古で彼女に勝ち越したことは無い。
そう聞けば実力は伯仲しているかに思えるが、実際はそんなことは無い。
俺がやっていることなんて、ただただ受け流しに受け流しを重ねているだけなのだから。
俺なんかよりも、レアンは何倍も、何倍も強い。
決して心折れぬ強さを持ち、俺の提案や自分で経験したことすべてを糧にして、確実に成長を重ねている。何より、それがとてもうれしそうに見える。
彼女が村人全員から信頼されるのも、当然のように思える。
そんな強さの伸びしろを残し、なおかつ俺よりはるかに上を行くレアンを、一秒未満で殺せるといったレヴィエル。そこに傲慢さはなく、ただただ事実としてそう告げたレヴィエル。
きっと彼女は、今のヌルよりも強いのだろう。
しかし俺には、最初、レヴィエルの異常さに気が付かなかった。
もしレヴィエルが、何かの違いで戦闘を望んでいたら。きっと俺たちは今、ここに居ないだろう。
そして、異常さに気づけなかった俺が、不用心に近づいて、それですべて終わっていた可能性が確かに存在する。
今後、自分の勘に引っかからないい強さの存在が出てきた場合、必ずその脅威を回避するために、俺は今回の不注意を重く受け止めることにした。
そして、それに対する対策は、もうすでに打ってあったりする。
出来上がるのは先だろうが、今はこの村にレヴィエルがいるし、俺とレアンが先頭きって戦うことはまだないだろう。
それまでにもっと強くならなくては。レアンに、安心して背中を任せられると言われるまでに。
「何度も質問をして悪い。でも一つ。お前について知りたいことがある」
「はい、何なりと」
「今後、俺を裏切ることは考えているか?正直にこたえなくてもいい」
俺はレヴィエルを見つめ、そう問いかける。
レヴィエルはきょとんとした顔で、口を開いた。
「いえ、理外の力についての知見を得た後でも、お仕えしたいのですが……駄目でしょうか」
「それはなぜだ?」
「一度お仕えすると誓った身、もう裏切りは致しません……。この翼にかけて」
と、漆黒に染まった翼を羽撃かせて言う。
そういえば俺は、レヴィエルが何故堕天したのか、知らなかった。
とはいえ、質問したところでそう簡単に答えてはくれないだろうと思い。その興味は胸の奥にしまうことにした。
「ワタクシが堕ちた理由、お尋ねにならないのですか?」
「無理に聞き出すのはよくないだろうと思っただけだ。過去の傷なんて、戒める以外に使い道なんてないからな」
レヴィエルは一瞬、顔をゆがめた。ように見えただけで、実際は何も思っていないのかもしれない。
興味がないと言えば嘘になる、と言おうとしたときに、道場につながる扉がノックされる。
「ちょっといいかな、二人とも」
「ん、どうしたんだ。レアン?」
レアンはレヴィエルを見て、少し顔をゆがめていたものの、レヴィエルがレアンに笑顔を向けると、レアンもぎこちない笑顔で返し、俺の方まで走り寄ってくる。
「あ、待ってくれレアン」
「え、うん」
俺の一m以内に入ろうとしたレアンに静止を掛ける。
「俺、さっきまでずっと刀振ってて汗かいてるら、近づかない方がいい」
「そ、そうなの?そんな匂いしないけどなぁ」
くんくん、とにおいを掻く仕草に俺は、こっぱずかしくなって、レアンに止めるに促す。
「やめてくれ。なんか恥ずかしい」
「でも変なにおいしないよ?」
「……せめて離れてくれ。俺が気にする」
「確かに、主様の匂いは他の個体に比べて変わって……」
「なんでお前はにおいの違いについて気づけてるんだよ。
知識が欲しいったって、そんな知識が欲しくなるほど情報収集狂いなのか?」
「はい」
間髪入れずに帰ってくる返答に、思わず声が漏れる。
「え」
「ですから、はい。と。
気になったものは知りたくて仕方ないのです。
知識狂いは、私にとって誉め言葉です。ウフフ♪」
「マジかよ……って、それはどうでもいい。
レアン。用事があるんだったな、悪い」
「ううん、それで、その内容なんだけど……」
レヴィエルの視線を気にしながらおどおどと話すレアン。
やはり、昼間の一件で彼女に対し恐怖を抱いてしまっているらしい。
それも無理はない。どうにかして、この隔たりは取り除かなければ。
「それで、その、これから話すことなんだけど……その」
レアンはもじもじしながら、レヴィエルを見つめる。
「ワタクシに何か?」
「えっと、その、これは私の勘なんだけど、レヴィエルにも知恵を貸してほしいなっておもって」
レアンが口にした言葉は、俺の想定しえないものだった。
他種族に怯える只人が、その他種族に協力を申し出るとは。
「ワタクシは構いませんが……よろしいですか?主様」
「ああ、詳しいことはレヴィエルに尋ねようと思っていたからな」
ヌルに聞こうと思わなかったのは、彼女が今、自室である作業に取り掛かっているからだ。
頼んだ本人である俺がそれを邪魔するのは変な話だということで、レヴィエルに変わりをお願いしようと考えていた。
「じ、じゃあ、話すね」
レアンはそれから、自分の身に起きた事について説明してくれた。
俺と魔物を討伐した時に起きた奇妙な感覚。それが今後必要になってくるであろうということ。
そしてそれを獲得するために、魔物討伐時と同じようなアクションを行った結果、俺自身もこの世界で一切耳にしたことのない"スキルの存在"を確認したこと。
現時点で建てられる推測はいくつかあるものの、やはり理外権能でどういったものなのかを調べなければ具体的な情報を得ることはできないだろう。
レアンは話の概要を話し終えると、いくつかの研究を混ぜつつ"レアンの新たなスキル"の獲得に向けて、動いていくことにした。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。
 




