第26話 束の間の休息
次話投稿は今日の8時半以降になります
魔物討伐から帰還した俺は、体と精神の疲労を癒すために風呂に入っていた。
湯気が立ち昇り、周囲を白く包んでいる。
「っふぅ……ぁぁ……あったかい…」
レヴィエルを連れて帰還した俺たちを見た師匠は、何も言わずに俺とレアンを強く抱きしめた。
時間にして、村から出て半日以上も経っているのだから、長い間心配をかけてしまったことに罪悪感が募るばかりだ。
もちろん、レヴィエルとのひと悶着を終えた頃、時間は正午を少し超えた頃だった。
しかし、レギオ村に帰り着いたのはおよそ四時頃。
どうしてそんなに帰還が遅れたのかというと、それは、消費してしまった花の蜜を補充しに、リデンスカの花畑へと訪れていたからだった。
今回の戦闘後、レアンの傷を治すのにかなりを消費してしまった。
いくら俺が受け流しで攻撃を逸らしていたとはいえ、レアンの体が負傷しなかったわけではない。
肉体に魔力を纏う【魔纏闘法】の制御ミスによる肉体に負担がかかってしまう。肉体強化による上限を超えると、筋繊維や筋、関節や骨に強い負荷が掛かるのだ。
そのことについて、俺は自分で提案していながら想定できなかった。
実際に自分でやるのと、想像しか出来ないのではかなりの差がある。今後は、そう言った不確定要素も考慮に入れて、提案することにした。
【魔纏闘法】を制御し切れずに傷ついたレアンの身体を癒すのに、リデンスカの花の蜜を使った。
理外権能を使えば良いのではと思ったが、それではレアンに多大な負荷を掛けてしまいかねないと判断したので、やめておいた。
俺は湯船に浸かりながら、花の蜜と花そのものを採取した時のことに意識を持っていく。
リデンスカの花は地面から引き抜いていしまうと、すぐにしぼんで枯れてしまう。
そこで俺は、ひとつあることを思いついたのだ。
理外の力とは時間や空間には縛られない。
その特性を利用し、花の時間が経過しない状態にできれば。花を抜いてもしぼんだりはしないのではないか。
俺はそう思い、花自体を〔分解〕した。
すると、理外素となった花を手元に〔再構築〕しても、しぼんでいなかったのだ。
とはいえ〔再構築〕後は数秒で枯れてしまったため、恐らく〔分解〕によって理外素になっている状態の物は、時間が経過しないと思われる。
またこうして新たな理外権能の側面に気づきながらも、隣でよだれを垂らして理外権能の解説を待っているレヴィエルに、何をしたのか説明すると。
「そんな力が……」
と神妙な面持ちで興味深そうに、俺の掌に乗るリデンスカの花を見つめている。
驚愕を隠せないもののあくまで理知的な態度を崩さない……かと思っていたのだが。
「うへへぇ♡……じゅるり。
うふふふふ……すばらしいですわぁ~~~~~~ッ♡」
と、すぐさま知識欲の権化と化してしまった。
その態度を意識の片隅へと追いやり、花の蜜の効果について振り返る。
この花の蜜は、非常に優れた回復効果を持つ。
魔物の攻撃を受けるときにずれた掌の皮膚を、瞬時に再生させたり、肉離れした脚の痛みを完全に緩和し、筋組織の修復を迅速に終わらせるなど、かなりの効能だった。
ヌルの話によれば、蜜の回復成分を精製し、"ある成分"と混ぜ合わせることでもっと高い回復効果を発揮することも可能だという。
また、道すがらに話してくれたことなのだが、レヴィエルの知識によれば花自体を磨り潰して軟膏に混ぜれば、残ってしまったひどい傷跡でも一切残らず消してしまえるらしい。
理外権能による治療は、〔解析〕にて通常時の肉体の情報を〔記憶〕し、それを頼りに患部を〔分解〕し、通常時の状態に〔再構築〕する。
勿論それ以外の方法もあるのだが、これが最も確実だ。
しかし、これには欠点もある。
それは、肉体の〔分解〕を行う瞬間は痛みを伴う、というものだ。
俺は脳にに痛みを伝達する反応を〔分解〕して耐えているが、それでも戦闘時にそこまで細かく理外権能を使うことができず、普通に痛覚は働く。
レアンや他の人の傷を癒すなら、事前に肉体の情報と〔解析〕しておかねばらないが、それはあまりしたくない。
それは何せ、相手の肉体という個人情報を全て丸裸にするようなことだからだ。
それに、理外の力が及ぼす影響もまだよくわかっていないのだ。不確定要素をはらんでいるうちは、余計なことはしない方がいい。
そこまで振り返りを行った後、複雑な思考を放棄して湯の温かさに身を任せる。
これだけ優秀な回復アイテムを作れる素材だったら、RPGとかだとかなり高い値段設定がされているんだよなぁ……。
などとどうでもよい感想に浸り、湯船に浸かる俺はふぅーっと息を吐いた。
「にしても……理外権能と理外の力……。
わからないことが多すぎる。なんなんだこの力は」
ちょうど一か月ほど絶っただろうか。
理外権能を用いて生き残って出てきた感想が、それだった。
「縛り封ずる遍くすべてを穿つ力……。
その力をは如何なる世界の法則より逸脱し、法則により動く世界からはそれらが形成する、如何なる効果の影響を反映させる事象は存在しない……か」
〔記憶〕の権能より引き出した情報を思い出し、それを無意識的に口に出した。
「じゃあ、レヴィエルに権能が通用しない理由は、複雑なルールが絡むってことか」
俺は〔記憶〕から思い出していた、レヴィエルに権能が効かなかった理由を思い返す。
何故レヴィエルに理外権能が通じなかったのか。
俺は最初、俺と同じような存在だから権能の効果が反映されないのだと思っていた。
だが、それは違ったのだ。
湯船から出した手で前髪を上げ、上を向いて夜空を眺める。
ルフィス家の風呂は露天風呂となっていて、きれいな夜空が見上げられる。
初めて見たときと比べて、何割か感動は減ってしまっているが、それでも美しい。
「"理内率"と"理外率"の関係……。これを重視しないといけなくなってくるかもな」
あの時、理外権能〔解析〕によって判明したその二つの単語。
口に出した言葉の意味を、再び深く理解するために整理する。
理内率。それは、一言でいえば強さのレベルみたいなものだ。
正確には"その世界の理に対し、どれほど迫っているか"というものらしい。
まぁ、簡単に言えば、どれだけの魔力量があるか、または、どれだけ強力なスキルを、或いは数多くのスキルを所有しているか……など。
要はこの世界の理が作用する力を、どれだけ操れるか。
それを"理内率"という表記がされたゲームのレベルとして置き換えられている。
ほかにも、優先度だとか、そういう表現ができなくもない。
つまり、理内率=強さ、と捉えて問題はなさそうだ。
そして、理外率。
これは、どれだけ枠組みに縛られないか、その度合いの強度を示していると言っていい。
こちらは、理外の力や理外権能のレベルと言えるだろう。
これら"理内率"と"理外率"の関係は、理解しておく必要がある。
何せ、この数値の関係が悪かったりすると理外の力による効果を直接及ぼせなくなるからだ。
ゲームではよくある「大きなレベル差があれば、全く歯が立たない」と似たようなものだ。
俺自身の理外率と俺自身の理内率を差し引いた理外率が、理外権能の対象とした相手の方が高い場合。理外権能は愚か、理外の力すら効果を及ぼせない。
要は「自分の理内率-自分の理外率"<"相手の理内率」であった場合、権能は効果を発揮しない。
しかし「自分の理内率-自分の理外率">"相手の理内率」の場合。若しくは、
「自分の理内率-自分の理外率"="相手の理内率」場合は、理外権能と理外の力は効果を発揮するのだ。
ちなみに、なぜ俺自身に理内率が存在しているのかというと。
それは、この世界に俺が存在するためらしい。
この世界にとどまるためには、この世界から"世界の法則に適用される存在である”と認識されなければなず、とはいえ理内率の低下を避けられないために、最弱の劣等種たる人間に生まれたというわけだ。
「つまり、レヴィエルの理内率は俺の理外率を上回っている……ということか」
俺の理内率は〔5%〕で、レヴィエルは〈5%〉以上ということになる。
であれば、レヴィエルは強力なスキルや膨大な魔力量が存在しているということの証明にもなる。
それに、レヴィエルの存在そのものが天使……じゃなくて堕天使ということにも関係しているのだろう。
「……ふわぁ……眠い」
一応の結論にたどり着くと、戦闘と舌戦による疲労のせいか、それともなんとなく呼ばれている気がするせいか、意識が微睡に導かれていく。
「ほんのちょっとくらい……いいか……ぁ」
重い瞼を下ろし、睡魔に身を委ねた。
………
「…………あらぁ……ぅフフ♡」
……
何か不味い予感がしたものの、眠気の沼に肩まで使ってしまっていた俺は、そのまま意識を落とした。
…
◆◆◆
内側。内側ということは分かる。
俺自身の内側から響く声が、徐々に徐々に明瞭になっていく。輪郭を帯びていく。
(随分とまぁ、おっぴろげでねむったもんだにぇ?
いろいろと全開だよ?いいの?)
(この感覚……理外の力にある残留思念……だったか)
少し間を置いてそう返すと。
(さすがに二回目になると寝れちゃうよねー)
(ああ……ってまて!俺の身体、今寝てるのか!?)
俺はこの空間に来る前のことを思い出し、露天風呂で眠ってしまったことを思い出した。
(あ、うん。そうだね、もう熟睡よ、じゅーくーすーいーっ)
やばいやばい。あとから入ってきたのが誰でも、恥ずかしい目に合うのは確定だ。
(目覚めろ俺!早く!うおおおおおお!!)
(あはは~。無理無理。この空間?時間?まあ何でもいいけど。
ここを維持してるの、あたしだもん)
(じゃあ早く解放してくれ!)
そう懇願するも、しかし。
(え、いいの?理外の力質問コーナー。終わっちゃうよ?)
(なんだそのコーナー。ずっと開いとけよ!わけわかんねぇこと多すぎなんだよ!)
(ほらほら、早く質問しないと~ああ~!アルナレイト君のあられもない姿が~)
「や、やべっ!
……えーと、じゃあ一ついいか?」
俺がそう聞くと、なんかめんどくさそうな雰囲気が漂ってきた。
(え~。そんな聞き方ないとおもなぁー。
もっと丁寧な言葉づかいで! ほら、さんっ、はいっ)
(ちっ、絶対わざとだろ……。
差し支えなければ私めの愚問にお答えいただけますでしょうか?)
(うぅん、いいよぉー、しつもんどぞどぞっ)
俺はずっと疑問に思っていたことを一つ、聞いてみることにした。
(相手の理内率を知るためには〔解析〕しなきゃいけないことは分かってるんだが、相手に〔解析〕の権能が通じない場合、相手の理内率はどうやって調べればいいんだよ?)
理外権能が通じなければ、理内率の知りようがない。
理外権能が通じない=理内率の高い危険な相手、だとわかるが、それでは具体的な相手の強さを図ることができないのだ。
どうすればいいのかわからず、とはいえ試しまくるわけにもいかない。
考えてもわからないのなら、聞いてみるしかないというわけだ。
(んーとね、それはある一つの方法で攻略できるよ)
(ほう、どんな?)
(それはね、相手の理内率を下げればいいのさ!)
あまりに簡単に言うが、それをどう実践すればいいのだろう。
(……?)
(さっき話した通り、理内率の高い相手には理外権能が通じない。
でも君は"理外の力"について、まだまだ知らないことがあるだろう?)
まさか、理外の力の性質を利用すれば、それが可能なのか?
この声から察するのたぶん女性なのだろうが、彼女の口ぶり如何にもそう、暗に告げているような気がするのは気のせいではないだろう。
(おっと、これ以上は答えられそうにないね。
あとは自分でたどり着くんだ。いいね?)
(ああ。わかった。
それと、できれば早めに起こしてもらってもいいですかねっ!?
質問の意味とか考えてて抜けてたけど、俺今相当やばい状況なんだよっ!)
(あ~~。そのことなんだけどさ。
実はここに居る間は、外の時間は止まってるから。
実は気にしなくておっけーなんだよねぇ……あは♪)
(そうかそうかならよかった……って、あは♪ じゃねぇんだよ!!)
直後、後方に吸い込まれるような感覚に捉えられると、踏ん張ろうと足を動かす。
しかしここにあるのがこの意識体だけだと気づくと、抗うことはできずに流されていく。
(あ、そだそだ忘れてた。
君に授けられた新たな権能は〔歪曲〕だよ!)
(え、そんないきなり言うか!?って待て!ちょっとは俺の話も––––––––––––––––––)
俺は抵抗むなしくどこかにたどり着くと、そのまま意識が暗転した。
◆◆◆
いつからか心地よい温度が身体の六割あたりを包んでいる感覚が戻っている。
吸気が湿って温かい。やはり露天風呂に帰ってきたのか。
と、そこまで認識したと同時に、瞼を開いて視界を確保した。
目の前には、濡れた金髪に血のように赤い瞳の女性。
「何やってんだ。レヴィエル?」
「はぁい♡主様のご入浴の御同伴をと♡」
「大丈夫だから……何よりまず服を着てくれッ!!」
湯気によって恥部こそ見えないものの、艶やかな肢体は一糸纏わず晒されているために、全力で首を他所に向けて、なんとかその裸体を視界に収めないようにしている。
「主様のご命令とあらば……♪ですがぁ………本当によろしいのですか?」
「……っ、なにがだっ!」
半ばやけくそでそう叫ぶと、さらにレヴィエルは距離を詰めてくる。
そして、その艶やかな肢体をなぞり、俺の顔に手を添えて強引に見つめてくる。
「どうやら主様は、周囲の者共が障害となって、欲求が果たせていないようで……♡」
「う、うるせえ!それに俺は今、ヌルとの契約を果たすのに精いっぱいなだけだ!」
「ふふふ……♡すべて口上の浅い言葉でございますよ。
それに、異世界人であり、理外者でもある主様の身体構造は……フフ♡とても興味がございますれば……どうか、その堪えきれなくなった欲を私の身をもって、直接実践下さいませ……♡」
「しねえよッ!??てか離れろっつってんだろ!!」
思わず手を退けて突き放すと、レヴィエルの体感は異常なまでの剛体さで、俺の突き飛ばし程度気にも留めていないようだった。
「あらあら……承知いたしました。それではごゆっくりと」
そう言い残すと、レヴィエルは空間に紛れるようにして湯気の間に消えた。
まったく、レヴィエルは何を考えているんだか。
知識欲を満たすために、己の本能を解き放っているのだろうが……。
「あんな色っぽく迫られて、よくぞ耐えた俺の自尊心」
如何に俺に対して仕えていると言っても、あいつは他種族。
その気になれば、俺を殺すことだって容易い。
きっとあの態度は、俺の油断を誘っているのだろう。
全く、あいつの態度は考え物だな。
お読みいただきありがとうございます。
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