第25話 秘められたるは天賦の才
次話投稿は今日の9時以降、もしくは明日の7時になりそうです。
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……さて、状況を整理しよう。
俺とレアンは、レギオ村とただならぬ縁を持つ魔物の討伐に向かい、件の魔物を撃破した。
そしてその帰路にて、目の前の存在に遭遇した。
日が頂点に上り、その光が最も強くなるはずの時間だが、目の前の存在が持つ翼は、すべての光を吸収しているかのように黒く、暗い。
それが、俺達が遭遇した存在。禍々しい雰囲気を放つ堕天使、レヴィエル。
何故彼女が俺たちに近づいたのかはわからない。
目的はどうやら俺とヌルみたいだ。けれど、俺とヌルの何を欲しているのかどうか、詳細はわからない。
どうにかしてそれを引き出さねば、せっかく膠着状態へと落ち着いたというのに、また戦闘に戻ってしまう。
要は、穏便に済ませりゃ被害は出ない、というわけだ。
だったらやることはひとつしかない。
一呼吸を置いて、集中を開始する。
しかしそれは、超集中状態へと戦闘のために集中力を使うものではない。
体の逆。つまり精神や雰囲気に対して、それが含む情報を最大限吸収しようと、意識を没頭させる。
戦闘に、細かく言えば、重心や軸足、太刀筋や姿勢などに割かれていた無数の意識が、何か他のものに入れ替わっていく感覚がある。
––––––––––––––––––ガチリ、と何か重たいものが切り替わった。
目の前の存在、レヴィエルと戦い勝つことは厳しい。
ここは、どうにかして戦闘を回避しなければならない。
そのためには、交渉が必要だ。
だが、今のままでは不可能だ。
その理由は、レヴィエルは俺たちのことを格下として見ているからだ。格下の存在を相手に交渉を行う必要などない。すべてその力で、一方的に奪ってしまえばいいからだ。
だから、せめて同格、良くて格上程度に意識を刷り込まなければならない。
切り替わった何かは、俺自身にもよくわからない。
けれど、今はそれに身を任せて、それが何なのか知る必要もあるだろう。
俺は自らの内側に沸き起こる衝動に身を任せることにした。
「……ッ、はは」
「いかがいたしましたか?」
疑問を浮かべてこちらを見つめるレヴィエル。
そうだ、それでいい。
「いや何、おかしな質問だと思っただけだ」
俺の言葉に顔を顰め、けげんな表情を浮かべるレヴィエル。
そうだ。欺け。演じろ、成り切れ。
「……どういう意味ですの?」
恐怖の感情も、記憶も、自分の存在すらも欺き隠せば、悟られることは無い。
瞳孔の開き具合から汗の噴出量、呼吸時の鼻腔のふくらみすら装え。
演じきれ。幸い、理外の力でよって相手に存在を悟られることなどないのだから。
「ああ。何者か、と問うていたな」
「……ええ。魔力や源素反応すらないのですもの。
一体何者なのですか?」
よそ目にレアンの様子を伺う。
なんとか呼吸は出来ているようだが、俺と同じように体が強張っているようだ。
数としてはニ対一。だが、戦力としては決して埋められぬ差がひしひしと伝わってくるほど、レヴィエルという堕天使の気配は凄まじい。
だが、今の俺にはそんなもの、関係無い。
「逆に質問させてほしいのだが、どう答えてやれば満足する?」
「……つまり?」
割り切れ、目の前にいる存在は、コスプレしたかわいい女性だ。
何も恐れる必要はない。駆け引きを行うに警戒も必要ない。
「君……レヴィエルといったか。
俺の存在を答えてやってもいいが、君は知らないものばかりだろう。
俺という存在を説明するのは簡単だが、理解できる範囲でなければならないだろう?」
「……なるほど、ワタクシにとって理解の及ぶ範囲のことで答えてくださる……そういうことですわね?」
「ああ。賢いようで助かる」
引き出せ。引き出すべき情報を。
「では、貴方が何故、索敵術式にも感知スキルにも如何なる反応も示さないのか。
それを教えていただけますか?」
「……ふむ。断る。と言っておこう」
「……は?」
敢えて、強めの否定。敵対行為に捉えられかねない行為だが、しかし冴えわたる直感では断定できる。問題はないと。
「そもそもとして、君は何か勘違いをしている。
何故、こちらが一方的に質問に答えねばならない?」
「どうやら図に乗ったようですわね……サル如きが」
プライドが傷ついたのか、怒りをあらわにするレヴィエル。
まだ何も挑発などしていないのだが、言葉の端々に散りばめた片鱗によって刺激されているようだ。
「やってみるか?」
「ええ。言っておきますが、圧倒的な種族の差があることはもちろんお分かりですね?」
「ああ……非常に残念だ。まさかそこまで短絡的思考だとは」
額を手で支え、低く嘲笑する。
表情を変え、相手を見やる。
「……ッ!」
レヴィエルは、最弱の劣等種であるはずの目の前の存在が、あまりに奇妙であることに気づいた。
先ほどまでは命令だけで呼吸すら怪しかったはずの、塵芥にも等しい存在。
ついさっきまでは恐怖に必死に抗う表情で、いくらでも見てきた、他愛なく引き起こせる表情だったのだが、今は違った。
最弱の劣等種と比べ、圧倒的な身体能力を持つ自らと戦うかもしれない状況にあったにも関わらず––––––––––––––––––。
––––––––––––––––––そこにあったのは、ただただ勝利を確信する鋭い眼光を持つ手練れの目。
レヴィエルはそこで冷静に戻った。
そうだ。自分はこの存在に対して、知らないことが多すぎる。
全身を覆う輝く紋様、湧き上がる粒子の霧、一切の反応を伴わない傷の瞬間的回復、討伐後の魔物の消滅。関連性の薄い点しかつながらないそれは、この存在がまだその力を隠していることを示している。
そして何より、その力は自分すら超越するものかもしれない。
何せ、何も感じないのだ。
魔力も、源素反応も何もないのだ。
もしも、もしもの話だが。
万が一にも、奥が一にも満たない可能性であるが、その仮説が膨らむのを止められない。
もし、何も感じられないということ、これが自分の知らない何らかの技術で秘匿されているものだとして、その秘匿されているものは、自分という存在を消滅させるに十分なものであった場合。
いや、そうでなければ、勝利を確信して笑みを浮かべる表情など、出てくるはずもない。
先ほどまでの怒りがすっと引いていき、その代わりに目の前の存在に対して、警戒の意識が強く浮かび上がってきた。
「すみませんでした。声を荒げてしまって」
「いいや、気にしないさ。間違いは誰にでもある」
レヴィエルは思う。
とはいえそれでも疑問が残る。
相当な技術、能力を持っているのならば、なぜ自分はまだ生きているのだろうかと。
秘められた力が強力な物ならば、障害である自分など、殺してしまえばいい話なのだ。
ではなぜ、殺されないのか。まさか……殺せないのか?
と、そこまで思考が回り、疑問に発展した時。
レヴィエルの思考に直接語り掛けるような声が響いた。
「殺せないわけじゃないさ。ただ、利用価値があると気づいたんでな。
誘い出した……と言っておこう」
「……ッ!?」
思考が読まれたと思い、精神支配系統の能力かと警戒する。
だがしかし、その手の能力の特徴である強烈な違和感を何も感じない。
まさか、単純に話術によって思考を読まれていた……?
さらに、この少年は言った。"利用できそうだから、誘い出した"と。
––––––––––––––––––まさか、ワタクシが上空から監視しているのに気づいていた……?
いや、下手をすればもっと前から……?
「さて、自分の状況についてわかってもらえたと思うが。
それじゃあ、そろそろ、本題に入らせてもらっていいか?」
「……ええ。どうぞ」
レヴィエルは、目の前の存在に対し最大限の警戒を敷いていた。
それも、かつてないほどに。
「それじゃあ、話を分かってくれたお礼だ。
俺の存在について、簡潔に教えておこう。
……とはいえ、君の中には、優秀な思考と知識欲によって裏打ちされた答えがあるだろう?
概ねそれと差異はない」
レヴィエルは長年知識をため込んできたことにより、目の前の存在に対していくつかの仮説を立てていた。
まずその一。
それは、自らを上回る格上の存在。
自分の行う解析能力、秘匿解除の能力をその都度に対応し、決して正体を明かさないもの。
その二は、完全なペテン。
しかしこれはありえない。そう本能が告げている
最も高い確率のであろうそれと差異は無いといった彼。
ではやはり……。
「それじゃあ、情報の交換と行こうか。
そっちが欲しいことには答えるが、それ相応の情報を開示してもらおう。
それはこっちも同じだ。君に求めた情報の見返りとして、同程度の情報を開示しよう」
なるほど。
やはり彼は、私の存在を知っているらしい。
私が数多くの知識を持っていることを知っていなければ、こんな情報交換など行うはずがない。
「わかりました。いいでしょう」
「では、こちらから一ついいかな?」
「どうぞ」
––––––––––––––––––ここまではうまくいった。
もちろんすべてハッタリ、嘘に塗れた虚構だ。
彼女が何を考えて、どういう思考回路でどんな答えに至ったのか。
もちろん俺は何も知らない。
ただ、表情を読み雰囲気を察して、相手にとって最適で違和感の無いよう認識を少しずつ、塗り替えただけだからだ。
「では、そちらには俺の存在全て、それを知る権利を与えよう」
「……っ!?何を言って」
先程まで気にも留めていなかったヌルが、俺の肩を強く掴んだ。
(大丈夫だ。任せてくれ)
短くそう伝えると、触れるヌルに手を被せた。
「……代わりに、何をワタクシに求めるのですか?」
「ああ。それは––––––––––––––––––」
俺は一呼吸おいて、それを告げた。
「––––––––––––––––––君だ。
レヴィエル。君の存在全てを対価に俺の力について知れるのだから、安い物だろう?」
「……な、貴方、何を言っているのっ!?」
驚愕に歪む顔。
そうだ。お前はこの理外の力がなんなのか知らない。
だが、それを知りたいならどんな対価とて払うだろう。
あの時、ヌルを解体しようとした時。
あれ程までに口調も態度も乱れ、機巧種の情報を欲した。
これまでの情報全てを鑑み照らし合わせて考えてみると、レヴィエルという存在の、その輪郭が明らかになる。
なぁ、レヴィエル。
お前は、自身の知識欲に抗えないんじゃないか…?
天使は、今までで知った情報では、神に絶対の忠誠を誓う雑兵にして、神の手先。
ならば、その黒い翼の理由は、知識欲より主従心が勝ったからじゃないのか……?
「どうだ?君如きが今まで培ってきた、矮小な知識全てを対価にして、未知を知る権利が与えられるんだ。
いったいどれほどのものなのか、知りたくはないか?」
数秒の間の後、嬌声のような笑みが漏れた。
「……っフフ♡ あぁん♡、もうダメぇ…。
まさかあなた様はそれほどの存在だったなんてぇ……。
もう我慢なりませんわっ!
この矮小な身と下らぬ知識全てを以て、御身にお仕えすることをお許しくださいませ……♡」
俺の前に跪く堕天使は、恍惚とした瞳を俺に向ける。
「ああ。好きにしろ」
「アッハぁ〜〜〜〜〜〜〜♡
はぁいっ!御身にお仕え致しますわぁ♡」
俺はヌルの方に目をやり、今度は口でそれを伝えた。
「な、大丈夫だったろ?」
「……」
肩に手を置いても、顔の前で手を振っても一切反応の無いヌル。
「どうしたんだ?処理落ちか?」
「あ、ああ。処理が追いつかなかった。すまない。
ところでアルナレイト。いったい何をしたんだ?」
何をした、という言葉は、きっとヌルは俺が理外権能を使ったと思っているのだろう。
だが俺は権能を使っていない。それどころか、理外の力すら使っていないのだ。
「ただ交渉しただけだよ。
本当は退散してもらう予定だったんだけど、なんとかなった」
「……なんとかなったで済ませられるのか……今のことが」
「実はいうと、俺もまさかレヴィエルを引き入れられるとは思ってなかった」
俺はレヴィエルと交渉する際、自分でも気づかないうちに口調ややしぐさが変わっていた。
それが何故なのかはまだわからないが、きっと俺にはそういう才能があるんだろう。
元居た世界では何の才能にも恵まれなかったと思っていたが、もしかすると、こういう環境で発揮される才能だったのかもしれない。
「あのぅ……早速一つ、ご質問よろしいでしょうか?」
「なんだ?言ってみろ」
またしても口調が変わったことに違和感を感じつつ、そう促した。
「それで、主様の力って、どういうものなのですか?」
どういうもの、と聞かれても、俺自身この力の本質は何もわかっちゃいない。
ただ一つ、知っていることがあるとすれば。
「そうだな。
––––––––––––––––––縛り封ずる遍くすべてを超える力……とだけ言っておこう」
「縛り、封ずる……。
フフ♡わかりましたわぁ♪
理解できずともその意味、これまでの知識に照らし合わせてみます……♡」
これはたった今思いついたことなのだが、俺が元居た世界の知識についても、こいつは欲するんじゃないだろうか。
「なあ、レヴィエル。
実は俺、この世界の出身じゃないんだ。
また今度、その世界についてのことも教えるよ」
「あら~~~~~♡主様はとぉってもお優しいのですね~~~~♡
では、お手を煩わせない機会を、心よりお待ちしていますわ♪」
レヴィエルは堕天使だと一目で判断できる特徴をすべて消すと、只の人間の姿に戻った。
「では、参りましょうか♪」
「参る……って、どこに?」
「それはもちろん主様の御座しますところから、御住みになられているところすべてでございます♪
あ、もちろん浴室、厠、寝室にまですべてお付き添い致し」
「はいはい……って、だめに決まってんだろ!?
そもそもお前をどうやって見つけたか、村人たちに説明しなきゃいけないんだからな」
堕天使と最弱の劣等種たる人が会話を行うさまを、後ろから眺めるレアンとヌル。
「……さっきまであんなに命のやり取りをしていたのに……。
な、なにがおきているのか、ぜんぜんわかんないや」
「同感だ……世界とは本当に不思議なことばかり起きる。
これが特異点というものなのだろうか……」
と、二人はまるで話から取り残されたように、遠ざかっていく二人の姿を眺めていたのであった。
お読みいただきありがとうございます。
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