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第24話 遭遇

次話投稿は今日の6時あたりを予定しています。

 レアンの勘は間違いではなかった。

 

 そもそもおかしかったのだ。

 レアンにだけ見える血溜まり、恐怖に歪む顔。

 それら違和感を認識していながらも、無計画に近づいた。

 

 俺の右腕を支えに体重をかけていた女性は、その複雑に編み込まれた髪の前髪を揺らしながら、こちらを歪んだ笑みで見つめる。


 もう遅い。と言いたげな顔のまま、俺の頬に手で触れた。


 「フフ…バレてしまっては仕方ありません。

 サル如きに正体を見破られてしまう私の落ち度もございましょうが、そんなことはもう、どうでも良いのです♡」


 この存在が何者か探るために、悠長な会話を続けている間に〔解析〕の権能を用いて情報を入手しようと試みる。


 「……それにしてもぉ…♡本当に魔力が無いのですねぇ…。

 これはこれは…いったいどのような仕組みなのでしょうか……♪」


 〔解析〕……と、表情を殺して念じる。

 対象は、目の前の存在に対してだ。


 気取られぬように呼吸を一定に、自然なリズムを崩さないように細心の注意を払う。


 数秒の間が永遠に感じるほどの緊張感の中。

 無意識のうちに絶対的な信頼を寄せていたものに、裏切られた。


 〔解析不可〕


 そう短く、理外の力が告げたのだ。


 何故だ。何が起きている。

 〔解析〕の権能は定めた対象を〔解析〕する権能だ。

 なのに何故、〔解析〕不可になるんだ……?


 思考が真っ白に漂白され、疑問が思考を埋め尽くした。


 「あらぁ……………如何なさいましたか♡……?」

 「ッ!?」


 ゾクリ、と背筋が震え上がる。

 あくまで甘い響きで有るその声の、うちに孕んだ警告の敵意。


 きっと、俺が何かしようとしたのを見抜き、警告を発したのだろう。


 本能がそれに従いたくなる程の威圧感。

 体の芯から震えるような寒気に、耐えることしかできない。


 こんな至近距離で、この存在からの攻撃を避けられる気がしないのは気のせいではないはずだ。


 「一つ。お聞きしてもよろしいでしょうか?」

 「……なんだ?」


 あらゆる行動が、もしかすれば死に直結するような状況。

 一挙手一投足に思考を巡らせる。


 「その腕、何処で手に入れましたか?

 戦争の遺物を拾うなり購入したのなら良いのですが……」


 まるで、そうじゃない場合は、ただでは置かないと言う気配を纏い、俺を観察してくる。


 「そうじゃなかったら……?」

 「そうですねぇ……提供主にご案内していただきたいですねぇ。何せ––––––––––––––––––」


 何かを言いかけた時。瞬時に轟音が鳴り響いた。


 「防御姿勢をっ!」


 ヌルが手助けに来たのだと気づいた俺は、臨戦態勢を整えるために間合いを取るべく後方へ跳躍した。刀に手をかける。そう意識した瞬間。


 ––––––––––––––––––轟音を上塗りする爆音が、暴力的に辺りを包んだ。


 音とはつまり空気の振動であり、極まれば音の大きな波、すなわち風となる。

 呼吸もままならないほどの暴風に吹き飛ばされた俺とレアンは、奇跡的に俺がクッションとなることで何とか急所は守れた。

 急所は守れた。幸い多少の打撲で済んだ。しかし––––––––––––––––––


 先ほどまで俺とレアンが立っていた場所には。


 「……あら、あらあらあらあらぁ……♪」

 「はっ……放せ……うぐっ……!」


 両の手首を地面に押さえつけられ、拘束されたヌルがいた。

 ヌルの怪力を片腕で押さえつける女性の様子は、ヌルの抵抗をまるで無いように、圧倒的な力で螺子伏せていることは容易に察せられた。


 早く助けなければ、取り返しのつかないことになる。

 レアンを起こして鞘に手をかけると、レアンも同じく刀を抜刀するところだった。

 俺とレアンは、目を合わせ、互いの意思を確認する。


 ヌルを、助ける。


 先ほどの戦闘で思考力を消費してしまったが、再度超集中状態に入ることは可能だ。

 とはいえ、長時間の発動は厳しいだろう。

 発動できたとして二分程度だろうと直感的に悟り、レアンの魔力量もあまり回復しきっていないことを〔解析〕で判明した。

 おそらくあの化け物を殺すことはできない。

 だが、理外の力をうまく使って駆け引きすれば、少なくとも戦闘は抑えられる。


 俺は瞬時に作戦を構築し、レアンとともに一歩を踏み出した。

 俺とレアンはまるで思考を共有しているような感覚に没入し、それが先ほどの魔物とは桁違いの敵を相手にしたことによる生存本能の叫びであることなど、どうでもよかった。


 何せ、次に起きた出来事によって、俺とレアンは一切の行動を封じられたからだった。


 俺とレアンが刀を引き抜き、人の形を取るその存在に対して攻撃を仕掛ける。

 俺たちは生存本能のままに互いに役割を理解し、レアンが後方で魔力を蓄え、俺が前線で敵の攻撃を凌ぐ。

 そのための準備を行う、最初の一手。

 しかしそれは、目の前の存在にとって取るに足らない物事だったのだろう。


 俺達に対し、瞬時に眼を見やった。

 そして、今まで聞いてきた言葉の中で最も残酷な恐怖を孕んだ声が、鼓膜を撫でる。


 「「……"動くな"……」」


 「……ッ!!??」


 含まれたるは底無しの害意。

 文字数と発音数にして、たった四文字も言葉で––––––––––––––––––

 ––––––––––––––––––俺たち二人は震えあがった。


 生存本能が"指示に従え"と絶対命令を下し、有無を言わさずそれを受諾する肉体。

 意思をねじ伏せられるほど脅威に、レアンは呼吸すらままならないほどに怯え恐怖し震えている。


 「あ……ッ……かはッ……ぁ」


 俺は何とか、理外権能に割り振るはずの思考力を消費して耐えきることができたが、それでも強張った身体は言うことを聞かない。


 「あ、申し訳ございません。呼吸や瞬き程度はして構いませんよ。

 それと貴方。魔力を一切持たない奇妙な只人さん?」


 おそらく俺のことを指しているであろうその言葉を、聞き漏らさずに思考へ刻み付ける。


 「このからくり人形の解剖が済めば、あなたに聞きたいことが多くございます。

 彼女のようになりたくなければ、情報収集にご協力ください?……ウフフ♪」


 俺に……聞きたいこと?

 いや、そんなことはどうでもいい。

 早くヌルを救わなければならないのだ。


 俺は姿勢の保持を体のこわばりに任せ、体を動かす意志力すら思考力に変えて振り絞った。

 ヌルを助ける方法を、まさに自らの持つからすべてを割り振って考えた。

 

 「まさかぁ……こおぉんなアンティークがまだ動いてるとは……ウフフ♡」

 

 体をくねらせて頬に手を当て、ヌルに馬乗りになりながら恍惚な表情を浮かべるそれは、明らかに人間ではなかった。

 ヌルに顔を近づけていやらしく観察するそれは、欲望の権化とも称すべき姿で、己が欲を満たさんばかりの恐ろしさがあった。


 「……ウフ、ウフフ♡

 ワタクシ……機械仕掛けの内側にある構造(内臓)が見とうて見とうてもう……。

 あぁん……♡もうたまりませんわッ!!

 今すぐにでもその体。掻っ捌いてごらんに入れましょう……♪」


 空いている手を伸ばしたかと思うと、艶やかな唇を舌で濡らす。

 

 「何を……する気だ……」


 早く、彼女を助ける術を考えなくては。

 かつてないほどに思考を巡らすが、残念ながら最適解は尾すら掴ませない。


 「ほぉら……ほらほらほらほらぁ……ウフフ♡」

 「や、やめろ……!! 放せ……っ!!」


 何か筒状の物を掴むときのような手の形をする人型存在は、その手に光を編み出した。

 光が緻密に編まれ作られたそれは、剣だった。

 

 「おい……ッ!!待て––––––––––––––––––」

 「いきますわよぉ……そぉれ、ブスッとな♡」


 空間すら歪み周囲の光の進行すら狂わしているのであろう剣は、逆手に持ち替えられる。

 それと同時に俺の身体をさらなる焦燥感が駆け抜け、それでも答えの浮かばない苛立ちが募る。


 構えられた光の剣は––––––––––––––––––。

 今––––––––––––––––––

 ヌルの身体へと––––––––––––––––––

 突き立てられる––––––––––––––––––。


 体の前面をかろうじて隠しているだけのヌルの服装は、防御力としては期待できないほど貧弱に見える。

 あんなものでは防ぐことなどできやしない。


 光で編まれた剣は––––––––––––––––––容赦なくヌルの身体を貫いた。


 「あが––––––––––––––––––ッ!!!」

 「んふ、んひひ、ウフ–––––––––––––––––」


 はずだった。


 「【限定的制限解除(ロライ・アーフィ)】」


 叫び声に聞こえたはずのヌルの声は、その実俺の錯覚だった。

 虹彩が輝き瞳から光を放つヌルは、剣が腹部に接触する直前に"あるモノ"を起動した。


 いつのまにかヌルの腹部には、一つの薄い皿のような機械が接続されていた。

 その装置が半回転し、幾何学的な形の光を放つ。

 光は円を描き、その中に光の剣は突き立てられる。


 ヌルの肌を貫く刃。

 体内の機械抉るはずの刃は––––––––––––––––––


 ()()()()()()()()()()()()()()()、人型存在の腹部に深々と貫いていた。

 武士の切腹のような姿勢になっている存在に対し、手に込められた力が緩んだのか、ヌルが拘束を自力で解き、俺とレアンの近くまで間合いを取る。


 「あらぁ……?」


 ぐふっ、と血を吐き出す存在は、そんな傷を気にも止めないようにこちらに向き直る。


 「ヌル……今のは?」


 ヌルに何が起きたのか問いかけると、敵から警戒を向けたまま答えた。


 「力場を用いて捻じ曲げただけだ」


 一体なんのことかわからずにいると、腹部に光の剣が刺さったまま、向こうは話しかけきた。


 「あらあらあらあらぁ、さすがですわぁ♪

 唯一"神殺し"を成し遂げた種族は、この程度の危機、切り抜けられて当然ですものね♡」

 「当たり前だ。飼い主を離れて汚い泥に塗れたニワトリが、敵う訳ないと思うが?」

 「あらあらあらあらあらあらあらぁ……まさかそんなに綺麗に言葉を話せるようになるとはぁ、時間とは偉大ですねぇ?」


 いつのまにか腹部の傷を治療しているそれは、ヌルの一撃がまるで効果の無いことを悟らせる。


 (ヌル…勝てるのか?)

 

 ヌルにしか聞こえない、機械による通信でそう話しかける。

 目の前の存在は、ヌルを上回る身体能力に、何故か理外権能を弾く力を持っている。

 俺はそのことを伝えると、流石のヌルも冷や汗を滴らせているように見えたのは、流石に錯覚だろうか。


 (理外権能が効かない……アルナレイト。

 何故あいつに理外権能が使えないのか、その理由を解析したか?)

 (……!やってみる)


 何をしてるんだ俺は。

 何故こんな簡単なことが思い浮かばなかったのか。

 おそらくは目の前の存在に対しての恐怖と緊張のせいで、そこまで思考が回らなくなっていたのだろう。

 もしくは、理外権能使用の際に消費する思考力の低下が関係して、普段なら気付けることにも気付けなくなってしまっているか。

 どちらにせよ、早く〔解析〕しなければ。


 俺は、対象を「目の前の存在に対して理外権能が効果を及ぼさない理由」に定め〔解析〕した。

 すると、いつも通りなら少ないはずの情報量が大量に俺の中に流れてくる気配を感じ取り、瞬時に〔解析〕した情報を〔記憶〕するように、情報を流れるパイプの向きを切り替えた。


 長い長い情報が〔記憶〕され終わると、その情報を理解した。


 (ヌル。理外権能が効かなかった理由がわかった。

 それは––––––––––––––––––)


 俺がヌルに理由を伝えようとした時、向こうから言葉が飛んできた。


 「さすがですわねぇ〜ぱちぱちぱち」

 「……何が目的だ?」


 ヌルが低い声で警告と探りを行う。

 指を顎に当てて、それっぽい仕草でその存在は言う。


 「そうでしたわ。私、機巧種(エクス・マキナ)なんて貴重な情報源に目が眩んで、最も知りたかったことを二の次にしていましたわ」


 先程の傷を全く意に介さず、俺に指を向けた。


 「あなた。あなたです♪

 貴方、まぁったく魔力がございませんね?

 それに、源素波や呪力反応も感じ取れません。

 一体何者か、お聞かせくださいませ」

 

 先程の狂気じみた仕草の影すら隠して、あくまで崩れた丁寧語を崩さないその存在は、俺の回答を待っているようだ。


 (アルナレイト。真実を話してはいけない。

 こいつは興味が失せた途端、何をするか推測できないぞ)


 確かにそうだ。

 さらに、理外の力の危険性を知られれば、どのような対処を取ってくるか見当もつかない。

 強いて言えば、あの、凄まじい威力を秘めているだろう光の剣で、切り刻まれることはわかる。


 あのヌルを上回る身体能力に、一切の特殊能力無しに命じるだけで行動を抑制される威圧感。

 どれだけ犠牲を払おうとも、絶望的な状況は覆る気配がない。

 

 目の前の存在は、何かを思い出したかのように話し出した。


 「何者かと問う前に、名乗っておくのが道理ですわね」


 ぺこり、と頭を下げて礼をするその存在。


 下げた頭を戻すと––––––––––––––––––変化が解けた。


 それは宵の闇より暗く、昏い溟い黒曜の翼を腰部から広げて、羽根の一枚一枚が周囲に舞う。


 ひび割れて黒ずんだヘイローを浮かべ、額からは禍々しくうねり捻れ、皮膚を突き破る角が一本。


 「ワタクシの名はレヴィエル。堕天使(フォールンエンジェル)ですわ♡」


 「……ッ」


 本来の姿を表したレヴィエルは、その威圧感を桁違いな程に増大させた。

 増大した威圧感が全てこちらに向けられていたら、きっと俺は成す術もなく気絶していただろう。

 

 目の前の存在に対し、一体どれだけの対抗手段が残されているのだろうか?

 見当もつかないが、ひとつだけ言えることがある。

 真の姿を晒した以上、俺たちを生かして帰す気はない、ということだ。

 それでも生き残るために、俺はひたすらに思考を回転させたのだった。

お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。



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