第23話 想定外の一手
次話投稿は今日中か、明日午前中になりそうです
一言で表すならば、それは異常だった。
全身から立ち込める気配と青白い輝きを燦燦と放ち、どれも当たれば一撃で命を落とすであろう斬撃を、身を翻し躱し凌ぎ捌き––––––––––––––––––。
それはまるで、踊りのような、舞のような。ひらひらと舞う蝶のように。
空気を滑る葉のように。実態を持たぬ霧のように。
全方向から迫りくる攻撃を受け流し続ける彼の姿があった。
その姿はまさに、捉えどころのない空のよう。
しかし、その表情は決して空などではない。
幼い少女のような顔立ちを歪め、最小限の動きで、体力を温存しつつ戦っている。
彼の努力に応えるべく、私は五日前に教わった技術、その手順を一つ一つ行っていく。
アルナレイトの声が蘇ってくる。
記憶の中の彼の言葉に、耳を傾けた。
––––––––––––––––––レアン。
君たちの使う魔纏戦技はすごい威力を発揮できる素晴らしい技術だと思う。
けれど一つ、欠点がある。
君たちは、魔纏戦技を発動させる際、その時使える魔力全てを刀に注ぎ込んでいるだろう?
それでは、もし魔物が2匹以上いた場合、一匹斃してもう一匹、ってなったところで魔力がなくなっていたらどうするんだ?
そこで一つ。俺からアドバイスがある。
……そこから先の声は、体に染みついている。
染み付いた声のままに、動作を行った。
まず初めに、剣にすべて纏うはずの魔力を敢えて最小限に抑える。
そして、剣に纏った量と同じ量の魔力を、今度は体に纏うのだ。
纏われた魔力は、いつも通り、斬撃のどの部分を強化するのかという意思を伝えるのと同じで、身体能力のどれを強化するのかと意思を伝えるだけだという。
この技術で最も困難なのは、剣と体の両方に意思を伝達させねばならないという点だ。
どちらの魔力が切れてしまっても効果は半減してしまう。
けれど、これなら機動力を確保する都合上鎧を身に纏えない私たちには好都合なのだ。
何より、魔力消費量が少ないということで、長い間戦うことができるのだという。
五日間も猛特訓したために、剣と肉体両方に意思を伝達することに成功した私の身体は、薄い魔力の膜に包まれていた。
身体から力が溢れる感覚がある。
この技術の名前は【魔纏闘法】
いつもの何倍もの力が、体に迸るのを感じた。
考えもしなかった。肉体に魔力を纏うなんて。
体を一瞬で再生させたのも、あんな人間離れした、他種族じみた動きができるようになるなんて。
こんな使い方を思いつくなんて、変わった人だ。アルナレイトという人は。
思えば、彼と私はあまり正面から会話を交わしたことは無い。
いつも目を合わせようとすると、赤面して目をそらされてしまうのだ。
今度、理由を聞いてみようかな。
先頭から意識が離れていたことに気づき、自分の甘さに気づく。
今は戦いの場。命を落としてもおかしくないのだから、集中しなければならない。
思考を戦闘に戻し、今現在の魔力の使用割合を考える。
全体の魔力が100だとすると、体に15。剣に15。
今残っている魔力量は70。
私は、魔物の核を見抜くために、大気中の魔力に意識を向けた。
自身の魔力回廊から生み出した魔力は、容易く感知できる。
しかし、大気中に漂う魔力を認識するのは、大変難しいことなのだ。
イメージする。
空気の流れとは違う、もう一つの流れ。
大きな、川のような流れ。
「ふぅ……ッ!」
周囲の魔力を認識するために、自身の魔力を周囲に放出する。
遠くから聞こえる、鍔迫り合いとは異なる金属音だけが周囲に響き、それ以外は何も聞こえなくなるほど、集中する。
何かが開けたような感覚と共に。
突如、周囲の魔力の流れが鮮明になった。
『ジ…ジ……』
奇妙な音が思考内に響く。
何かが焦げるような音に聞こえるそれの正体はわからない。
周囲を漂う魔力は、一つの大きな流れとなっていることに気づいた。
その流れは、刀が鎌を受け流す音が聞こえる方に向かっている。
その流れの行き着く先に、一際強い魔力を"一つ"認識した。
……なぜ、魔力の反応は一つしかないのだろう。
だってあそこには、二つあるはずなのに。
降って湧いた疑問を振り切るが、またしても一つ。疑問が浮かんできた?
小さな球体だと形がわかるほど、研ぎ澄まされた感知力。
何故今、それが唐突に目覚めたのか。
『ジ……』
魔力感知中に流れていた、何かが焦げるような音が止む。
それと同時に、先程で冴え渡っていた感覚が、一気に闇に包まれた。
一体何だったのだろう。
いや、今はそんなことを気にしている場合ではない。
本来ならば三十分ほど掛けて魔力を感知し、そこから核を見抜くのだが、その時だけは二分と掛からなかった。
その二分でさえ、アルナレイトには多大な負担が掛かっているに違いない。
早く、攻撃に転じなければ。
肉体と刀に纏われた魔力に、意思を伝播させる。
彼の元へと、駆け付けるために。
身体、その脚部に纏う魔力を偏らせ…跳躍力を強化する。
意思が伝わった脚部からは、凄まじい力の鼓動を感じる。
これから、二歩で届く。
そう直感した私は、刀に纏う魔力にも、意思を込めて構えた。
「……ッ」
私の準備が整った事に気づいたアルナレイトは、鎌を受け流した瞬間、凄まじい速度で魔物を斬りつけた。
瞬時に攻撃へと転じたにも関わらず、その攻撃は鎌によって受け止められてしまう。
しかし、刀を受けた魔物は、まるで空に引っ張られるように浮かび上がったのだ。
私はその瞬間、地を蹴り魔物との間合いを詰めた。
肉体が魔力によって何倍もの強化を受け、飛翔するかの如く速度で間合いは詰まっていく。
私がアルナレイトに提案されたのは、魔力の消費を抑え、尚且つ長時間戦闘を持続できる戦い方。
それは、この【魔纏闘法】の効果と【魔纏戦技】の威力を相乗させることにより、全ての魔力を一撃で使い切らずに、高い戦闘力を維持しつつける戦い方は、どうやら私に合っているらしい。
いつにも増して冴え渡る勘は、先程魔力を感知して判明した魔物の核へ向けて構える刃を鋭くする気がした。
魔物の身体が目前にまで迫った。
全身に漲る力を刀と体に落とし込んで、蓄積された力を解放した。
「キシャァッ!」
私の急接近を勘付いたのだろう。
空中でありながらその体を捻り、風を鳴らす速度で鎌を振るう。
まつ毛の先にまで迫った鎌は、しかし私の体に接触することはなかった。
ジャリィィン!と金属音をあげて、鎌の軌道が変わったのだ。
私の体を両断する軌道を刻む鎌は、別の流れに合流する川のように絡め取られ、流れを変えた。
気づくと、私のすぐそばには美しい銀髪が揺れていた。
「いまだっ!レアンッ!」
彼が再び綻ばせたこの歪み、逃すわけにはいかない!
身体と刀に込める魔力に、一層強い意思を伝える。
この魔物は、父さんも、母さんも、弟の命までもを奪ったのだ。
絶対に、逃しはしない……!
「「せやぁぁぁッ!」」
爆ぜるように放たれた斬撃。
込められた想いに呼応するように、刀身は黄金に輝いた。
空間に光の残滓を残す一閃は、確実に、核をぶち抜いた。
「シャ、シャァ…ァ…ァ」
有り余る威力は魔物の肉体を両断し、空気を震わせる。
巻き起こる強風は草花を揺らし、魔物の絶命を告げていた。
「はぁ、はぁ」
魔物はピクリとも動かない。
本当に倒したのだと実感すると、強張っていた全身から力が抜けて、その場にへたり込んでしまう。
「やっぱりいい太刀筋だよな。レアン」
呼吸が大きく乱れながらも、私に手を差し伸べるアルナレイト。
全身を覆うはずの傷はどこにもなく、あれからは全ての攻撃を見切り捌いたということだろう。
相変わらず、彼の才能には驚かされる。
「ん…ありがと」
「まさかあんなでかい体の癖に、気付けないほど静かに動けるとは……っと、危ない危ない」
何かを思い出したかのように振り返ると、アルナレイトは魔物に対して左手を向けた。
「〔分解〕」
彼がそう唱えると、魔物は青白い粒子となって消えた。
一体どんな魔法を使っているのだろう?
レギオ村に魔法や魔術の類は存在しないため、彼が何者なのかの手掛かりになりそうなのは、この周囲の村の出身ではないことか。
「よし、帰ろうか。
帰路も気をつけないとな。魔物に出くわしても、いつも通りに俺が前衛を務めるよ」
立ち上がって彼の右手を話すと、刀を納刀して帰路に向き直る。
本当に、信じられない。
まさか、一家を滅ぼしかけ、村まで消し去ろうとした魔物相手に、勝利できたなんて。
帰ったらお母さんとお父さん、弟に報告しなくちゃ。と表情を和らげたレアンであった。
◆◆◆
空気を羽撃く一羽は、驚愕の事実に動揺を隠せずにいた。
最弱の劣等種たる只人種が、格上の種族である魔物種、しかも唯一体に勝利するなど。
魔物種は、種族全体で見れば大した強さではない。
だが、一部の魔物は上位種族として進化することができる。
あの魔物は、その予兆を確かに持っていたのだ。
謂わば、上位種族たる強さを獲得する才能を持つ者を、撃破したということだ。
しかもそれが、最弱の劣等種。
ますます興味の湧き上がる一羽は、しかし冷静に判断を下す。
討伐に成功したのは二匹。
内片方は、奇妙な特徴があり、迂闊に近づくことは躊躇われる。
その特徴とは、一切魔力を持たず、また信仰力、呪力や念力の類を全く感じず、源素反応も無い。
そしてその存在は、格上の魔物に対し攻撃を完璧に見切り捌き切った。只人にしては恐るべき剣才を持っている。
何よりの特徴は、今現在に至るまであらゆる知識と照合しようと何も該当しない、その奇妙な力にあった。
全身を覆う輝く紋様、湧き上がる粒子の霧、一切の反応を伴わない傷の瞬間的回復、討伐後の魔物の消滅。
一体どのようなスキルを使ったのか、まるで見当もつかない。
「……ウフ、ウフフ♡」
恍惚な表情を浮かべ、嬌声にも似た喜びを口から溢れさせるその存在。
その容姿を表すならば、一対の翼の生えた、彫像ともいうべき姿。
しかし、その翼は漆黒に染まり、かの者が犯した罪を明度にて表しているようで。
神話に謳われる程の美貌に、折れてしまいそうなくびれ、豊満な二つの膨らみに、艶やかな肌。
つぶらで大きな赤い瞳を称える顔の両側面からは、肌の下を突き破ったかのような、捩れた角。
そして、頭部のわずか上の空間を回るのは、黒ずんだ天使の光輪。
それはまさに、神の加護より追放されし堕天使の姿であった。
「あの只人で試行すれば…一体どれほどの情報が、知識が、叡智が手に入るのでしょう…ウフ♡」
恍惚な表情を浮かべ、赤い瞳がより深みを増す。
「とはいえ、警戒されては話になりませんねぇ?
あまり得意ではないのですが…フフ…♡」
赤みを帯びる頬は、口角によって押し上げられた。
舌舐めずりが唇を唾液で妖しく濡らす。
次の瞬間に堕天使は姿を消したのだった。
◆◆◆
魔力の使いすぎで足元が覚束ないレアンに手を貸して、凹凸の激しい森を歩いていく。
もちろん警戒は怠らない。
俺が教えた新たな魔力の活用法【魔纏闘法】。
これは【魔纏戦技】との相乗効果で威力の上昇を少ない魔力で行うための技術だ。
本来なら長時間戦闘を可能にする…はずなのだが、どうやらそううまくはいかなかったらしい。
同時に二箇所を魔力操作しつつ、意思を込めなければならないという性質上、二倍の思考キャパシティを消費するため制御が難しいのだという。
とはいえ、肉体強化には俺の想定していない恩恵もあった。
筋力のみが強化されるのだと思っていたが、視力、嗅覚、知覚力と言ったものから、傷の治癒力も向上した。
さらには、全身に纏った魔力を脚部に集中させることで、脚力のみの強化など、色々と汎用性が高いらしい。
理外権能で、肉体を魔力で纏った際、どのような効果があるのかと〔解析〕した所、様々な強化先があることが判明した。
今度レアンに提案するときは、これをよく考えてすることにした。
「魔力は剣と体に15ずつ割り振ってたんだけど…アルナレイトが頑張って思うと、やっぱり頑張らなきゃって制御が難しくなっちゃった」
「仕方ないさ。レアンは間違っちゃいないよ。
ただ、その悪癖は直したほうがいいな」
シュン、と明らかに落ち込んでしまうレアン。
「まあでも、レアンのしたことはあながち間違いではないんだけどな。
最後の敵相手に出し惜しみするのではなく、全ての魔力を投げ打って強化するのは悪い手じゃない」
「そ、そうかな。えへへ」
機嫌取りに口から溢れた言葉だが、本音でもある。
あのとき出し惜しみして、魔力が足りずに刀が折れたら不味かった。
レアンに手を貸す余裕はあるが、あの動きを、理外権能の発動をもう一度、今やれと言われても難しい。
何故か強烈な睡魔が有るけれど、寝ている暇はない。
早く心配している師匠の元に戻らねば……と、考えていると、遠くの木陰に何かが見えた。
比較的細い木の両端から、不規則に揺れ動く何か。
思わず足を止めて観察してしまう。
アルナレイト?とレアンが手を握るが、それから目を離せない。
見つめること数秒。
右側に何かが倒れた。
それが人間の上半身、金髪が揺れていたと気づくと、俺は駆け出した。
「ヌル!遭難者を発見した!怪我をしているかもしれない」
そばにいるはずのヌルに呼びかけ、木の隙間を縫うように走り抜けた。
遭難者のそばにたどり着くと、ぐったりと倒れている。
早く治療しなければ。
俺は意識の有無を確認するために、大丈夫ですか、と呼びかけた。
「う…うぅ」
喉からくぐもった声が聞こえてきた。
よかった、まだ生きている。
「わ、すごい出血量…はやく治療しないと」
出血……?
見間違いだろうか。確かに倒れてしまっているが、何処にも血など見当たらない。
「は、はやくしないと死んじゃうよ!」
遭難者の口に耳を近づけて呼吸を確認する。
幸い息はしているようだが、何だ……何かがおかしい。
「ぅ……ぁ、ぁれ、ここ、どこなのでしょう…?」
「よかった、目が覚めましたか」
金の前髪に隠れた瞼が開かれ、真紅の瞳が見える。
こういうことを言うのは場違いだと思うが、とても美人な人だと思った。
上体を起こし義手で支えると、首を傾けてこちらを見つめてくる。
「……っ、あ、アルナレイト…」
名前を呼ばれて顔を上げると、レアンの表情がいつの間にか、恐怖と怯えに満ちたものとなっていた。
その瞬時に、俺は魔物が周囲に近寄っているのでは、と周囲を見渡した。
だが、周囲には何もない。
「レアン、どうしたんだ?」
「よくわかんないけど、その人…よくない気がする…」
レアンが嘘を言っているとは思えなかった。
その表情が、瞳が、仕草が真実だと告げていた。
しかし、気づいた時にはもう遅かった。
「………ウフ♡」
俺の手に支えられる女性の口角が、大きく歪んでいたのだのだから。
–––––––––––––––––この時の出来事について、本当に後になって気づいたのだが、レアンの勘は正しかったのだ。
よく考えてみれば、奇妙な話だ。
今現在、何故最弱の劣等種たる只人種が存続しているのか。
それはきっと、鼻が良かったのだろう。
強者を見抜く嗅覚が優れていたからこそ、過去に起きたという大戦を生き抜けたのだから。
お読みいただきありがとうございます。
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