第20話 発露
次話投稿は明日になりそうです。
それは、俺が師匠に魔物討伐の許可を取り付けてから三日後のことだった。
何度も断られた魔物の討伐。
師匠の判断は正しいと思う。何せ、師匠の若かった頃ですら叶わない相手なのだから。
それでも師匠に討伐の許可を取り付けたのは、師匠と俺は"ある密約"を交わしたからだ。
その約束を決めてから、師匠はレアンを連れて行くことも許可してくれた。
とはいえ、師匠もそれは本意であったらしく、家族の仇をレアンに打たせてやりたいと考えていたようだ。
許可を取り付けた時から、魔物討伐を成功させるため、すべての時間を費やして、真剣を握って鍛錬することを許されたときに、それは起こった。
早朝。日の出もあと二時間は来ないという時間帯にて、俺は一人、道場で正座していた。
しんと静まった、空気を震わすものの何もない空間。
魔物討伐に向けて、師匠から貸し出されたのは一本の刀。
どこかレアンの持っていた刀に似ている意匠が施されている気がするが、気のせいだろう。
俺は鍛錬を始める前に、必ずすることがある。
それは、集中力を高める、精神統一だ。
この義手。当たり前の話だが、元の肉体のように、骨と筋肉、神経などで構築されているわけではない。
油圧式シリンダーのような駆動部と、モーターによる関節。それから、金属の骨格。それらで構築されているため、尋常ならざる膂力を振るうことを可能とするこの義手なのだが、その分、デメリットのようなものが存在する。
それは、機械でできている以上、元の肉体との齟齬という違和感が強烈にあるということだ。
人間の関節の動きをかろうじて模倣しているだけのモーターの動作や、そもそもの可動域などが、あまりに人間とは異なる、という認識が判断を、そして、思考に遅延を与える。
この世界、人間は最弱の種族であり、圧倒的弱者の立場から逃れることはできない。
ゆえに、あらゆる不備、違和感がそれこそ致命傷になるといっても過言ではないのだ。
だからこそ、義手を自らの認識に溶け込ませ、元からそうであると誤解させることで、動きに違和感をなくさせるというわけだ。
そしてもう一つ。
それは、俺の、いや、この体の潜在能力を引き出すためだ。
俺の肉体は、この世界の人間……只人種というどこかで聞いたことある読み方だが、それは置いておこう。
ともかくこの世界の人間は、というか生き物には魔力回廊が存在するのだ。
その魔力回廊には個人差があり、凄まじい性能を持つ者もいれば、その逆、悲しいほどに性能の低い魔力回廊を持つ者もいる。
これに関しては、生まれたときに決められてしまう"才能"であり、覆すことはできない。
とはいえ、成長期に努力を重ねれば、性能は向上するようだ。
それに、生まれたときから魔力回廊が優れているものは、体の何処かしらの能力が低い。
師匠は生まれつき魔力回廊が優れていたが、痛覚が鈍いせいで大けがをするまで傷があることに気づけないそうだ。
つまりこれは、種族の個体には、均一して同じ分のリソースが存在している……のではないだろうか。
視力を失ったものは嗅覚、聴覚などの他の五感が発達するように。
そしてそれは、裏を返せば何かしらの能力が高い分、どこかでその分のリソースを補うべく、機能が低下する。
ここで一つ、疑問が生じる。
俺は理外の力を持つがゆえに、魔力を一切持たない。
そして〔解析〕したところ、そもそも魔力回廊は俺の身体に存在しないのだ。
じゃあ、先ほどの思考に照らし合わせるなら。
本来存在するはずの魔力回廊がない。とすれば。
魔力回廊の存在によって消費されるリソースは、俺の肉体のどの部分に当てがわれているのだろうか。
思い返してみるも、特段身体能力が高いわけではない。
視力がいいとか、においに敏感だとか、機微を見抜く洞察力……は違うか。
ともあれ、何か秀でた能力があるわけでもない……と、思っていた。
この体……「アルナレイト」の肉体には、恐るべき能力が隠されていたのだ。
「ふぅ……すぅ……ッ」
集中するのだ。
ただただ、集中するのだ。
瞼を閉じて、吸い込んだ空気を吐き出して。それを繰り返す。
脳に酸素が行き届いていき、思考が澄み渡っていく。
徐々に徐々に"ソレ"が見えてくると、そこに意識をひっかける。
「……ッ!」
ドクン。
何かが切り替わった。そんな感覚が全身を迸った。
聴覚の拾う音が遠ざかっていく。
閉じた瞼を開くと、引き延ばされたように視界がゆがんでいる。
そして、身体と意識の両方に満ちる万能感。
これが、この肉体に秘められた能力だった。
◆◆◆
気づくと日は登り、レアンと師匠が道場に入ってくる。
数分前には掃除を終わらせているので、黙って道場を使っていることはばれていないはず。
レアンは朝が弱い。眠たそうな瞼をこすってあくびまでしている。
対して師匠は眼が冴えている。きっと毎日の稽古が身に染み付いているのだろう。
「おや、はやいな。アルナレイト」
「ええ、精神統一してました」
師匠は感心したぞ。と言いながらうんうんと頷いている。
「それでは、いつも通り。対魔物の稽古を始めよう。
昨日も話した通り、魔物は……」
師匠の話が始まってもうとうとしているレアン。
俺は三時間前からここで体を動かしていたので、思考がクリアになっている。
何度も何度も師匠がご指導してくださるおかげで身についた、魔物の弱点。
それは、肉体に宿す魔結晶という"核"なのだ。
魔物が肉体に宿す魔力量は、俺たち人間の比ではない。
仮に人間百人を集めたとしても、一匹の魔物に相当するかも怪しいほどの量。
そんな膨大な魔力量を用いて、身体欠損の修復を行う魔物だが。
膨大な魔力量を誇る魔物が、その魔力をただ回復のために使うのならばそれほど脅威ではない。
であれば。なぜこうも魔物は恐ろしき存在だと認識されるのか。
それは、魔物種が行う、一つの戦闘的習性とも呼べる能力があるからだ。
「魔物が行う攻撃。それは地面を捲りあげ、樹齢百年を超える大樹すら穿つ。
その理由は、もう覚えているな?」
師匠が俺とレアンにアイサインを送る。
もちろん覚えているとも。
「奴らは肉体を魔力で構築する。
ならばその肉体に割り当てる魔力量を増加させ––––––––––––––––––著しく身体能力を向上させるからだ」
そう。
ある程度の強さの魔物、その本来の身体能力。
それは俺や師匠、レアンとさほど変わりはしない。
だが、それを圧倒的に覆すほどの身体能力強化を行う習性があるのだ。
一度戦ったことのある師匠の体験談なのだが。
曰く。一度刃が通った場所を再び斬ると、その硬度が変化していたという。
そして、一撃の重さが段違いに変わる瞬間も、その硬度が変化する瞬間も。そして、移動速度が瞬時に変化する瞬間も、立ち昇る魔力量が凄まじいほどに増大していたという。
「つまり、奴を斃すにはその魔力量をどうにかしなければならないのだが……アルナレイト。
お前はどうにかする手段があると言っていたが、本当なのだろうな?」
「はい」
初めてその話を聞いたとき、俺は直感的に「勝てるかもしれない」と希望的観測を抱いた。
その理由は、いかに膨大な魔力量を有し、それを用いて強力な技を使うとしても。
––––––––––––––––––〔分解〕してしまえばいいのだ。
理外権能で。
「レアンの魔力回廊暴走の際、お前が行ったという例の権能の効果で消し去れるのだろうな?」
「はい。正確には〔分解〕しているんですけどね。
それは師匠が一番わかっていらっしゃるでしょう」
「……うむ」
俺は以前、師匠に二度目の一本を取った。
その際は、権能をフルに活用して、さらに師匠の使う魔纏戦技に使われる魔力をその都度〔分解〕して発動を阻害した。
その際の動きの鈍りを、俺は容赦なくついた。
そうして一本取ることができたのだが、師匠は自分に使用された権能の効果をいまだ信じられないようだ。
「本当だよおじいちゃん。アルナレイトは私の魔力を消しちゃったんだから。ね」
「ああ」
いつの間にか目が覚めたレアンがそう肯定すると、師匠は今度こそ納得したのか。深くうなずいた。
「わかった。
ならばアルナレイト。その権能とやらで魔物の魔力をすべて消すのだ。
そうすれば、奴らは肉体の再生や身体能力を向上させる術を使えない」
「はい」
今の俺にとって、複雑でない権能発動はあまり思考力を消費せずに済むようになってきた。
この調子ならば、徐々に複数の権能を発動させられるようになるかもしれない。
「まったく、夢のような話だ。
アルナレイト。そしてヌル。
お前たちが訪れてから、魔物に襲われる被害がぱったりと止んだ。村人たちもお前を信頼しているようだ。
だからこそ、死ぬなよ」
師匠はそう深く念を押した。
実はいうと、俺とヌルは深夜に村から出て、村の監視を行う魔物を討伐してしまったのだ。
三人がかりで倒した魔物を相手に、今の俺は一分とかからず討伐してしまえる。
その理由は、ヌルがくれたこの義手の使い道が徐々にわかってきたことと、もう一つある。
ヌルのくれたこの義手は、やはり常軌を逸する筋力を誇る。
一度、あのカマキリ型の魔物から右腕の義手に攻撃を受けたことがあるのだが、驚いたことに一切傷がつかなかった。
流石は機巧種製の義手。といったところか。
そして、もう一つの理由であるそれは––––––––––––––––––。
バァン!という暴力的な音が道場に響き渡った。
「––––––––––––––––––よォ!」
聞いたこともないどこか鼻につく声が聞こえ、音の発生源に振り返る。
だんだん、と品の無い足音が道場の入り口に近づいてくるのが分かる。
「……チッ」
その時、初めて師匠が舌打ちをした。
師匠の顔を見ると、今まで見たこともないほどにゆがんでいた。
その相貌に秘められたものが煮えたぎる怒りだと知ると、いきなり非常識に家に入ってきた(ことも相当に怒る原因になるだろうが)ことではなく、前々からの因縁のようなものを感じさせる激しいものだった。
「……誰もいねェのかって、いるじゃねえか♪」
どがぁん、凄まじい音量で開いたその扉の奥に立っていたのは、ガタイのいい男。
端正な顔立ちだが、どこか卑しさが透いて見えるのは気のせいだろうか。
それに、一体ルーファス家とどんな関係があるのだろうか。
「よォ、レアン。回復したからってんでまた遊びに来てやったぜぇ……って、だれだ?そこの女」
俺の全身を嘗め回すように見る男。
やがて俺の右腕に視線を移したのだろう。ほんの少し驚愕の色が伺えた。
「悪いが、俺は男だ」
「ハッ!男のくせに女みてぇな声してんだなお前?」
いちいち挑発してくるこの男。
他人の家に住まわせてもらっている俺達も強くは言えないが、せめて断りを入れてから、他人の家という境界に入るべきだろう。
「ンで、ナニモンだてめェ?」
「それは名前を聞いているのか?それとも出身か?
いずれにせよ、先に名乗るのが礼儀だと思うのだが、お前には分からないか?」
「あ”?」
満足した回答が得られないのにしびれを切らしたのなら短気すぎる気もするが、とにかく俺を威圧しようと凄んでくる。
「顔を歪めて喉を閉じながら単音を発されてもな」
こういう場合、どのような態度で接すればいいかは、元いた世界で嫌というほど経験した。
顎を引かず、見下すように。
上瞼だけを開いて、蔑むように。
「顔を歪めて、喉を締めながら単音を発されてもな。
意図が読めない。会話能力がないのか?どうなんだ?」
「……––––––––––––––––––ッ!」
突如、男は俺の右頬を強かに殴った。
元居た世界ではこんなことをすれば暴行罪だ。
という俺の中に染みついた常識が反応を遅らせた。
回避が間に合わず顔面にクリーンヒットしてしまったことと、男の体格の良さに裏打ちされた筋力から放たれた裏拳。
俺は80cmほど後方に飛ばされてしまう。
地面に何か白いものが散らばっているのが見えたかと思うと、それは俺の歯だった。
口内に血の味がするも、瞬時に権能でもとに再生する。
やはり、右腕が再生できなかったのはあの男の攻撃を食らったからなのだろうと確信し、俺は自分が何故か冷静であることに驚いていた。
「アルナレイトッ!」
駆け寄ろうとしたレアンの手を掴み、グイっと自分の方に引き寄せる男。
「やめッ……放して!」
頬に涙を浮かべて嫌がるレアンを、愉しそうに見つめるヴェリアス。
その表情と行為を見た瞬間に、俺の中の何かが、ぷちん、と音を立てて切れた。
「おいおいつれねぇなぁ。俺が来たってのによ。
あ、そうだ。気持ちいい一発が入ったから教えてやるよ。
おれぁヴェリアス。この村の次期村長だ」
こんな男が村長だと。
ただでさえ師匠が頑張って村を保っているのに、こんな考えなしの馬鹿にしか見えない男に村の運営ができるだろうか?答えは明らかだ。
「ふん。気に入らねぇな。
男なら立ち上がって反撃くらいしろよ。男だろ?なあ、おい」
めらっ、と立ち昇る気配。
それは、師匠から放たれているものだった。
「……貴様……レアンを傷物にしただけでなく、弟子にすら手掛ける狼藉……捨て置けん」
……待て。今師匠は何て言った?
レアンが……傷物……?
めぐる思考の中で、俺は本能的に男を睨みつけた。
師匠の威圧感が火花を散らすかのように周囲を見たし、ヴェリアスという男の表情を強張らせた。
「おい。その辺にしておけ」
師匠とヴェリアスの視線が交錯するちょうど中心地点。
そこにいつの間にか、まるで最初からそこにいたかのように。
さしずめそれは。過程と原因なく、結果だけをそこに起したようにいたのは。
紺色の長髪をたなびかせ、両者の威圧すら物ともせず、その美しい顔を男に向けるヌルだった。
「なんだ、ガキ」
「その辺にしておけ。我々の計画を邪魔するならば、貴様に命一つ消すくらい、支障は出ない」
「なんだと––––––––––––––––––ガキが!」
ヌルに挑発されたことでまたしても大ぶりの拳を放つヴェリアス。
完全に意識が切り替わった今の俺ならば回避は容易いが、今のヌルにアレを避けられるだろうか。
と、その考えがそもそも間違っていたことを実感させられた。
「ふむ。まぁまぁの拳だな」
ヌルの顔に直撃か、と思われていた拳。
それは、ヌルがぴんと立てた指––––––––––––––––––しかも。
指の中で最も細く便りのない小指で、その攻撃を正面から受け止めていたのだ。
「ほら、アルナレイト。お前の番だぞ?」と言わんとしている顔でヌルは俺を見つめてくる。
「な、何をしやがった……?体がうごかねェ……!?」
口だけを動かせるようにヌルが細工をしたのだろうか。男はヌルの小指に触れて以降、一切体を動かせる気配がない。
「お前の神経伝達情報を少し、いじらせてもらった。
強い衝撃が走らない限り、身動きはとれん」
俺は何事もなかったかのように立ち上がると、ひとまず。
「一発は一発だな」
右腕にあらん限りの力を込めて、狙いを定める。
義手が高出力の証である駆動音を上げ、手の甲に設置された動力源の光が増していく。
「セアッ!」
掛け声とともに、一発。
狙いは鳩尾。骨が折れたとしても、最悪気絶してもいいようにと〔解析〕しながら。
拳が体にめり込む勢いで、打った。
胃の中から吐瀉物が上がってくるのを〔解析〕で感知した俺は、吹っ飛んでいく前に左手で顔面を思い切り掴む。
油汗でヌメヌメしている男の顔面を離さぬように掴むと、吐瀉物が道場を汚さないよう口を閉したままで、告げる。
「レアンに何をしたのか知らないが、彼女の腕を見ろ」
レアンの腕が、強くつかまれた部分が赤く腫れている。
「オヴェべべ……ボ」
汚い濁音の言葉ばかり吐き出す男に、そのまま。
「クズが……」
最も低いトーンで声を漏らし、近くにあった壁に顔面を押し付ける。
「もう二度と、関わるな」
構えた右腕で。今度も殺さない程度に。
狙いを顔面に定めて。
拳を、放った。
「オべグボォ!」
そのまま、家の壁ごと外まで殴り飛ばした。
その後、もう名前も覚えていない男が壊した家の箇所すべてを〔分解〕〔再構築〕で元に戻した。
後ろで俺のことを見つめるレアンと師匠。
「不快極まりないな。あのような男は」
俺のそばに立つヌルは、そう短く残して部屋に戻っていったのだった。
そのあとは触れてはならないことのように男の話題を一切上げず、師匠は淡々と魔物のことについて教えてくれた。
レアンの腕を治療したことで、師匠は理外権能の実在を疑わなくなっていたのだった。
………
……
…
あとになって知ったことだが、あの時「レアンを傷物にした」という発言は、もともとあの男がレアンの婚約者であったかららしい。
それを向こうから断った挙句手を出そうとしたために、師匠はヴェリアスを一対一の決闘にて完膚なきまでに降し、こうしてたまに嫌がらせに来るようだった。
次期村長などと宣っているのは、次の村長にふさわしいのは自分だと思い込んでいるためであり、実際はそんなことないらしい。
まあ、俺のやったことで奴の目には恐怖の色が宿っていた。
きっともう何もしてこないだろうが、次何かあった時は、それも、師匠やレアン。そしてヌルに何か干渉をしてきたとき、俺は冷静でいることは厳しいだろう。
この村に法律がなくてよかった。と反省した。
考えなしの行動は今後、控えた方が良さそうだ。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。




