第19話 種族
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打倒唯一体の魔物を掲げてから一日が経過した。
俺はいつも通り師匠から剣の手ほどきを受け、レアンと実戦での稽古を行っていた。
レアンは容赦のない連続攻撃を俺に仕掛けるも、俺はその攻撃の軌道を〔解析〕して受け流すことで、なんとか凌げるようになってきた。
そろそろ反撃の技も磨いた方がいいのだろうか。と考えていたところに、見慣れない人物が扉から入ってきた。
「やあっ!」
「おわっ!?」
ヌルがこの扉から入ってきたことは一度だけであり、それ以降は村を歩き回って情報を集めている。
では誰が……?と考えたところで、意識が権能発動からそれてしまい、攻撃の予測が出なくなったことで、ぎりぎり攻撃がかすりそうになる。
「あっぶねえ!」
「あ、おしい!」
俺は剣を構えなおして、再び攻撃の軌道を〔解析〕し、受け流しの準備をする。
「や、こんにちは。レアン」
「あ。イリュー。来てたんだ!」
木刀を地面において俺の横を走り去っていくレアン。
俺も構えを解いて、後ろを振り返る。
「……君、みたことないわね」
「あ、おいら、じゃなくて俺は……」
目の前にいたのは、黒い瞳に首筋あたりまで伸びた白髪というモノクロチックな女性。
レアンと同年代なのだろうが、とても落ち着いているように見える。
しどろもどろになっている俺の横で、レアンが元気いっぱいの声で俺を紹介する。
「この人はね、アルナレイトっていうの」
「どうも」
俺はなんて言えばいいのかわからずコミュ障を発揮しそうになるが、それを必死に耐える。
「レアンが元気になったって聞いたから、すぐにお見舞いに行こうと思っていたのだけれど」
「鍛冶屋忙しいもんね、仕方ない仕方ない!」
「ふふっ。元気そうでよかったわ」
イリューと呼ばれた少女は、どうやら鍛冶師の様だ。
もしかしたら、今後お世話になるかもしれない。
「ね、イリュー。いつもお見舞いに来てくれてありがとうね。
そのおかげで、私こんなに元気になったよ!」
その場でバック宙を決めるレアン。相変わらずすごい身体能力だ。
「お転婆ね。男の子もいるんだし、控えたらどうなのよ?」
「いいもん。素の私を認めてくれる人じゃなきゃ、やだし」
レアンがこんなに楽しそうな会話をしているあたり、きっと二人は仲の良い友人なのだろう。
「ねね、アルナレイト。この子、イリュエルっていうの。
村唯一の鍛冶師の家の子でね、刀を使う関係上、昔から仲良いんだ!」
お気に入りのおもちゃを一生懸命教えてくれる幼さと活発さをを感じるレアンとは対照的に、俺と目を一度も合わせようとしないイリュエル。
彼女は俺に全く興味をなさそうにしているが、俺は彼女の家に興味津々だ。
もしかすれば、この世界に刀が存在する理由を知っているかもしれない手掛かりが目の前にあるのだから。
というか、レアンもレグシズも、詳しそうな人がいるのなら教えてくれてもいいのに。
……いや、何か理由があるのだろう。
「イリュエルさん、ちょっといいかな」
俺はイリュエルに、なぜ刀が存在しているのか、その理由を尋ねたのだが……。
「ごめんなさい、私も知らないわ」
目を伏せて顔を背けるイリュエル。
俺、何かしただろうか。
「あ、そうだイリュー。また剣の研ぎ、お願いね?」
「うん。そのつもりで来てるからね」
イリュエルは道場の隣にある武器庫に入っていった。
「私、イリュエルの剣を研ぐの、見るの好きなんだ。
だから、今日の稽古はこれでおしまい!」
「え、あ」
「まあ実質?私の価値だし?」
「いーや!五分五分だ!」
「むきになっちゃって~」
素早く装備を直すと、イリュエルに続いてレアンも武器庫に入っていった。
「ま、たまには悪くないか」
俺はヌルから話があると言われていたのを思い出して、装備を直して向かう部屋に戻ることにした。
それにしても、レアン。やっぱり彼女は強い。
過去の苦しみがあったとしても、それを全く感じさせないように振る舞う彼女は、見習わなければならないだろう。
◆◆◆
部屋に戻った俺は、床に座って何かをしているヌルを目にした。
金属音が響く。
背中を向けるヌルが何をしているのかわからず、気になった俺は、それを横から覗き込んだ。
「何してるんだ?」
「部品を組み立てていた」
ヌルの手に置かれていたのは、黒光りする筒状の部品や、短い括弧型の部品など、見ただけでは何なのかわからない。
「呼び出してすまないな。
お前に話して置かねばならないことがあるのだ」
部品達を纏めて体内に収めたヌルは、こちらに向き直った。
美しい瞳に見つめられ、息が詰まりそうになる。
「ん、どうした」
首を傾げる動作にすら可憐さが伴う。
深呼吸して意識を平静に保つと、ヌルに話を促した。
「アルナレイト。
お前はこの世界の人間ではないと言っていたな。
ならばお前には、この世界について教えておかねばならないことがある」
たしかに、俺はこの世界についての知識が浅い。
この世界を知ろうと思った時。
俺が初めに感じた疑問は、どういったタイプの世界にあてはまるのだろうか、という点だった。
紳士の嗜みたるライトノベルやアニメを見る限り、色々なタイプの世界に分けることができると思うのだ。
世界のタイプというのは、二つあると考えている
一つ。
ゲームのような、レベルや経験値といった概念が存在する世界。
二つ。
いわゆる純ファンタジーの、ゲーム的なレベルや経験値などは一切存在しない本当の異世界。
この二つに絞られると思うのだ。
通常、それらの世界を構築する理に触れることよって、どちらかを判別出来るのだろう。
しかし、その判断法は俺には意味がない。
そう。俺は理外の力を持ち、その特性が故に世界の法則から外れてしまっているのだ。
だから俺には、ゲームの概念に近い世界ではお決まりとも言える「ステータス・オープン」で自分のステータスを確認することができず、また、魔力などを感じることも操ることもできない。
俺がそういった情報を知るためには、理外権能を用いるか、ヌルから聞くか、実際に目にするしかない。
だからこそ、ヌルの話全てを聞き漏らさないよう〔記憶〕しておかなければならない。
俺にとって、彼女は大切な情報源でもあるのだから。
「アルナレイト。
この世界の種族について、話しておこう」
この世界の種族について、か。
確かに気にしたことはなかった。
きっと、エルフとか獣人はいるんだろうと思っていたが、それが確実となる証明は何もない。
「はるか昔。正確には一阿僧祇……」
やっべえいみわかんねぇ単位出てきやがった。
「とにかく昔だな!」
「……?ああ。その昔、戦争が起きていたことは前に話したな」
「おぼえてるよ」
たしか。過去の大戦では、世界を争って神、悪魔、龍の三大勢力に加え、ヌルの種族……機巧種が苛烈を極める戦争をしていたそうだ。
「その戦争の最中。
神の位に座する者共は【種族創造】の力を用いて、
自らの神髄に近しい特性を持つ種族を創った。
それが、神話や御伽噺で語られる真実だ」
かつてその時代を生きたでヌルは、
当時の出来事を思い出しているのだろうか。
どこかに思いを馳せているような表情で、
どこか遠くを見つめている。
その見つめている場所は、
時間を超えて遡った当時なのかもしれない。
そんな表情すら美しい、
そう思って見つめていたヌルが俺の視線に気づくと、
一笑した後に話を再開した。
「【種族創造】の際、創られた者たちに与えられたのが、生物が進化するうえで絶対に獲得できないような身体能力、知性……などなど。そして、各種族、別に与えられた特殊な力。
それが––––––––––––––––––【種族特性】というモノだ」
種族特性。
神によって与えられた能力。
一体どんなものなのだろうか。
「獣人種には"神代回帰"が与えられ。
深森人種には"自然同調"が与えられ。
海棲種には"深海加護"が与えられた。
他に挙げればきりがない。
神に創造された種族は、その力を与えられている」
「なるほど、地上に住む種族たちは、すべて神によって創られたというわけなんだな」
神によって作られた種族なら、凄まじい力をもっていてもおかしくはない。
「いや、そういうわけではないぞ。
龍人種や魔人種、巨人族などは神代の頃に生まれた種族だが、恐らく神によって生成されたわけではない」
なるほど、発生源が神ではない種族もいると。
それでも現代まで生き残って、神に作られた種族たちと渡り合ってきたのは大偉業に他ならない。
「今この星に存在する種族の中で、最も霊長に近い種族がいる。
それらは"上位種族"と呼ばれ、強力な能力を幾つも持つ。
私の具体的な目的は、彼らを従えることだ」
ヌルの目的である、ある少女の殺害。
それにはものすごいの武力が必要なのだろう。それこそ、涅槃寂聴すら霞むほどの。
そこまでの戦力を欲しているほどの相手。
どんな姿をしているのか予想もつかない。
そこまで考えて、悪い予感が脳裏をよぎった。
「なあヌル。最強の種族には興味がないわけじゃないんだが、その逆、最弱の種族ってのを教えてくれないか?」
「……ああ」
ヌルが口にしたのは、俺の予想が的中していたものだった。
「この星に於ける、最も霊長の座より遠き種。
魔力回廊の性能も弱く、身体能力も低い。
それは––––––––––––––––––只人種。つまりは……人間だ」
やはりか。
俺の悪い予感っていうのはいつも的中する。
要する俺は、最弱の種族として生まれてしまったということなのか。
「だが只人種とて侮れない。
神から作られたかも定かではない只人種にも、なぜか種族特性がある」
「……そうなのか?」
「ああ。それは"遺伝継承"というモノだ。
親個体が鍛えた部分は、子の個体が生まれた際に引き継がれるという特性がある。
きっとレアンが優れた魔力量を持つのも、これに由来するのだろう」
なるほど。ルーファス家が長年レギオ村を防衛してきたことで、肉体と戦闘に用いる魔力が鍛えられ、その蓄積がレアンにも表れているということか。
「じゃあ、レアンの魔力量や身体能力は他種族にも引けを取らないほど高いんじゃないのか?」
「私が彼女に伝えたのは、名立たる英雄にも負けない魔力量、身体能力があるといっただろう?
……あくまでそれは、只人種の中でだ。
上位種族にかなうどころか、序列一つ上の種族にすら敵わないさ」
そんな……じゃあ、只人種の【種族特性】"遺伝継承"はほとんど意味がないじゃないか。
「ただ"遺伝継承"に限界があるのかどうか。それが分からない以上何とも言えないが。
もしかすると。ルーファス家が何年も鍛錬を積み重ねれば、他種族にも敵う身体能力と魔力量を獲得するだろう。
その前に血筋が途絶えるか、鍛錬をやめ衰退していくだろうがな」
どう足掻いても埋まらない、絶対的な差。
悲しいかな、それが限界なのだ。
「只人種として問題は、お前にもある。
身体能力が低い以上、鍛錬を続けても必ず種族の壁という枠組みに縛られる。
そこで私が、お前の身体能力を強化する装備を開発しよう。
それならば、多少は戦えるはずだ」
戦う上で、身体能力というのは諸に勝敗を分ける要因となる。
それを補ってくれるものを用意してくれるのなら、ありがたいことこの上ない。
「そうか。頼りになるな」
「今のままでは厳しいがな。圧倒的に資材が足りん」
確かにそういった武装を製造するうえで、やはり施設を建造する資材や、そもそも武装の材料もそろえなくてはならない。
素材をまとまった量、長期的に補充できる資材源が必要というわけか。
「装備の作成も、素材の確保をしようにも人手が足りない。
人手を確保しようと思ったら、まずは衛生的な環境と、食料を生産せねばならない。
結局行きつくところは、あの魔物を討伐しなければ何もできん。
だが、あの魔物はかなりの強さを持つだろう。
人間であるお前に、いくら義手が強くとも、勝ち目があるか……」
ヌルが顔をしかめるほど魔物は強いのだろう。
俺は密かに、この村の人々全員の魔力回廊の性能を〔解析〕し、その情報を〔記憶〕した。
魔力回廊の機能として【魔力生成量・魔力操作精度・魔力出力】の三つがあげられる。それらの機能が最も高いのは、レアンだったのだ。
ヌルの話によれば、そんなレアンですら他種族には敵わないという。
……いったいどんな化け物が犇めいているのだろうか。この世界は。
「お前に気を付けてほしいことは、もしも万が一"上位種族"と会敵してしまったならば。
私を呼ぶか、権能を行使して必ずその場から逃走してくれ。
いいか?お前のその力は貴重なのだ。必ず逃げろ。
私との契約を履行するには、お前が死なないことが 第一条件なのだから」
「……わかった」
ヌルが俺に警告する理由は、実際に起きる可能性を否定できないからだろう。
ということはつまり、この村の周囲にも上位種族とやらが生息しているということになる。
それほど強大な存在なら、村の人々が気づきそうなものだけどな。
「今の私たちでは決して太刀打ちできない。
彼ら上位種族の情報について教えよう。その存在を感知したのなら、すぐさま逃げられるように」
神妙な面持ちで話し出した彼女は、その声が微かにだが確かに震えていることで、その脅威の格を再認識した。
「上位種族には序列が存在する。
それは戦闘能力だけでなく、様々な側面を加味して考察された末に出された順位である。
上位に位置する種族がすべて戦闘能力に秀でているわけではないということを頭に入れておいてくれ」
前置きを終えたヌルが語りだしたのは、この世界を支配する存在達の偉大さ、異常さを物語っていたのだった。
「上位種族序列位階。
序列位階第十位。真祖種
序列位階第九位。世樹種
序列位階第八位。素霊種
序列位階第七位。海精種
序列位階第六位。幻想種
序列位階第五位。魔帝種
序列位階第四位。巨人種。
序列位階第三位。祖龍種。
序列位階第二位。機巧種。
そして……序列位階第一位。その名は……神位種」
ヌルの口が響かせる音の意味を〔記憶〕し終わると、俺は話の最後の方に出された言葉によって蓄積された疼きを解放した。
「ヌル……お前」
ヌルは機巧種。
科学技術が用いられたその肉体が……。
「序列位階第二位……って、どんだけでたらめな科学技術なんだよッ!」
「言っていなかったか。私は過去の戦争を終わらせたうちの一人だ」
「そういう大事なことは先に言ってほしかったなぁ~」
まさかヌルが序列位階でもトップツーだったとは。
ヌルが異常な強さを持つのはなんとなくわかっているが、なぜそんなにも強いのか全く分からない。
「参考までに聞かせてほしい。
なんで機巧種は序列位階第二位に上り詰められたんだ?」
「それは【疑似種族特性】によるものが大きい」
ヴィ―ファ・プリニスという言葉をなんとか〔解析〕して意味を理解しつつ、ヌルの続く言葉に耳を傾ける。
「我々機巧種……といっても、すでに私一人となってしまったが。
機巧種は【解析・模倣・改善】を行い、無限回に学習を繰り返す。
"進化し続ける知性"とも呼ばれた」
だみだぁ。全くわかんねえ。
この世界の歴史や種族の言葉には、あまりに独自性が強いのか〔解析〕したうえでさらに〔解析〕を重ねなければ理解できない言葉が多すぎる。
「ま、私の話などどうでもいいだろう。
とにかくお前には、上位種族から目を付けられないよう、村の発展を阻害する魔物を討伐してほしい」
「わかったよ。ってか、上位種族っていうほどのやつらだったら、すでに俺たちの行動を監視してそうな気もするけど……」
「さあな。それは神に祈るしかないだろう。
とはいえ、私は過去に何度も【神殺し】を果たしている。
今更奴らが我々に協力するとは思えんな。それに、理外の力のようなものを最も嫌う奴らは、我々に見向きなどもしないさ」
ん、今こいつさらっとえぎぃこと言ったぞ。
神殺し?おいおいおい。じゃあ祈っちゃだめじゃねえか!
ぶっ殺した挙句「力かしてくだちゃい」なんて(笑)がついているように聞こえても全くおかしくねぇよ!!
「どうやら私たちの力だけで乗り切らねばならないらしい。
とはいえ、魔力回廊が強力なレアンもいる。
手札はある状態だ。問題は、いつ切るか、だな」
「……」
俺はその後、あまりの情報量の多さに呆然とすることしかできなかった。
ってか、さらっと神殺しとか言うなよ。罰が当たるかもしれないだろ。
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ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。




