第18話 レギオ村の障害
次話投稿は早ければ今日中に、遅ければ明日の午前中になりそうです。
カァン、カァン、と、木刀同士のぶつかる乾いた音が鳴る。
道場の真ん中で、だむ、だむという加工された木の床をしきりに踏みかえる音が鳴る。
右から地面と平行に迫る剣をなんとか捉え、はじく。
義手である右腕の筋力を活かし、人間のそれをはるかに超えた威力の木刀で、師匠となったレグシズの顔面目掛けて全力で打つ。
師匠は異形の腕に握られる木刀の威力を察し、これまでの俺の攻撃すべてを見切って回避している。
さすがは師匠。
俺はある事情で型の稽古はせず、基本の型の稽古と実践稽古と基礎身体能力向上の鍛錬しか行っていないが、まだまだ荒削りである俺の剣術と比べ、無駄がなく隙も無い。
ある事情とは、つい先々週垣間見た、俺の中にあふれ出した未来の剣術の〔記憶〕についてものだ。
この情報を頼りに、俺は自分に最も適した剣術を探るべく、それを〔解析〕した。
その際に定めた条件は、自分に適した剣技、だった。
条件に伴い提示された情報は、相手の攻撃を受け流すこと。それが俺に最も適した剣技だという。
正確に言えば、敵の攻撃を受け流して、生じた隙を突く闘い方。
それをどうにか習得しようとして、俺は〔記憶〕しておいた未来の剣術を思い返しながら、ひたすら剣術を自分の中に落とし込んでいった。
基礎の鍛錬を始めたとき、俺は自分の中であることを誓った。
それは、必ず一週間で剣術の基礎を完璧に習得する、というモノだった。
その理由は、ヌルとの契約を果たすためにもあまり長い時間はかけられないからだ。
ヌルには「一週間で基礎を学びきる。絶対だ。だから、お前は村発展のための情報を掴んでくれ」と言った。
ヌルが村の情報をかき集めている間。俺は死に物狂いで剣術の鍛錬を行った。
とはいえ、悲しいことに俺に剣術の才能はないらしい。
流れてきた未来の剣術を真似して、無駄な部分を〔解析〕して、もう一度真似して〔解析〕して。その繰り返しを行うしかなかった。
それでも、なんとか一週間で剣術の基礎を学び終え、こうして実戦で師匠と剣を交えているのだ。
「戦いの最中に考え事か?」
その言葉の重さを体現するような重い一撃が、俺の刀に衝撃となって伝わる。
義手の接続部分がぎりぎりと痛み、それでも何とか受けきる。
「はい。師匠の攻撃を読むために、太刀筋に集中していました」
権能を使わなくても、なんとか師匠の攻撃を見切れるようになってきた。
なぜ権能を使っていないのかというと、それは、俺の右腕を再生不可にしたあの男の持つ力の前で、理外権能による攻撃の予測手段「攻撃の軌道を〔解析〕する」という権能の活用方法が使えるのかわからない。
もっと言えば、奴らの力の前で権能が使用できるのかわからない以上、もし権能が使用できず己の力のみで戦わねばならないとなった時、対応を誤るかもしれないからだ。
とはいえ権能の扱い方も十分に熟知しておく必要があるため、ここから先の稽古では、練習を兼ねて使っていくことにしている。
「……そろそろ本気、出しますよ」
俺は挑発するような笑みを浮かべ、師匠の表情が綻んだ。
「ああ。来い」
師匠は深く腰を落とすと同時に、刀を弓引くように構えた。
俺はその動作が終わらないうちにこれから師匠が行う行動のすべてを〔解析〕……しそうになって、思いとどまった。
"これから支障が行う行動のすべて"を〔解析〕するというのは、文字通り師匠がその命を落とすまでの行動すべてを〔解析〕してしまいかねない。
これまで理外権能を使ってきたのだから、そう直感で理解した。
その考えを改めて、再び思考を行う。
この稽古が終わるまでの師匠の行動すべてを〔解析〕する。と、念じた。
理外の力は時間を無視し、未来の事象すら読み解くことを可能にする。
権能は俺にその情報を提示し、それを〔記憶〕した。
理外権能によって〔記憶〕された情報は、その情報をすべて覚えていられる。
しかもそれは、俺の脳内の記憶領域にではなく、〔記憶〕の権能の記憶領域に記録される。
そしてその情報は、何時如何なる時でも明確に俺の思考内へ〔再構築〕できるのだ。
加えて、その情報は思考内映像としての〔再構築〕だけではない。
視界内にその映像を〔再構築〕することで、視覚的にその攻撃を捉えることも可能だ。
俺は〔解析〕し〔記憶〕した師匠の動きを視界内に像を結ぶように、そして、意識の中にも〔再構築〕する。
すると、俺という意識の中に師匠の動きが〔再構築〕され、稽古が終わるまでの動きすべてを鮮明に思い描けるようになった。
続いて、俺の視界の中には師匠の動きの軌道が表示された。
師匠の攻撃の軌道は、まっすぐ。
その速度は、思考内で思い浮かべたものを鑑みるに、凄まじい速度だった。
だが、軌道さえわかれば、受け流すことは容易だ。
「はあッ!!」
師匠は裂帛の気合とともにその剣に魔力を纏わせ、およそ人間では出せないであろう超速で木刀を振るった。
だが、その軌道を〔記憶〕している俺にとって、受け流すことは容易かった。
袈裟切り、つまり右上段から放たれた斬撃に対し、俺は逆袈裟、左下段から受け止め、両手を添えて大きく軌道を変えた。
右側に放った木刀を肘を折り曲げ脇を締めて、師匠の背中を捉えた。
今まで一度も受け流されなかった(権能を使わなければ受け流せなかった)技を破られた師匠。
驚きの中に、喜びの表情が紛れていることに気づいた。
師匠の攻撃を完璧に受け流したことにより、大きく隙が生じる。
その隙を逃さず、俺は師匠の背中を優しく、トン、とたたいた。
「一本、取りました」
これが、権能を使用して初めて師匠からとった一本だった。
◆◆◆
基礎鍛錬から一週間の今日。師匠から一本取ったことでヌルも認めてくれるだろうと思い、貸し出されている部屋に戻った。
そこには、何かの機械部品を大量に並べるヌルの姿があった。
「ヌル……どうしたんだそれ」
ベッドの上だけでなく、部屋の全体を埋め尽くしていた何かのパーツの中で作業を行うヌル。
「気にするな。今片付ける」
おびただしい量の部品が信じられないことにヌルの体の中に納まると、ベッドに座ったヌルが俺の方を向いて言った。
「あれから一週間。基礎は学べたか?」
「ああ。今さっき、師匠から一本取ってきたよ」
俺は自慢げにそういいベッドに座ると、ヌルは首をかしげた。
「言っておくが、お前の宣言から正確には一週間と二分経過している。
あと二分早ければ、お前のに対する認識を改めるところだったんだがな」
「え……?」
時計がないので経過時間を〔解析〕するしかないのだが、〔解析〕してみると、本当に二分過ぎてしまっている。
「あ、えっと」
「ま、その程度の誤差は構わんさ。
もともと二週間で基礎を学びきれ、と伝えるつもりだったからな」
「はぁ~よかった」
胸に手を当てて詰まった息を吐き出すと、彼女は手を開ける動作とともに、空中に何かの板を表示させた。
それが空中に浮かぶホログラムだとわかると、改めて彼女の異質さに気づかされた。
「私の得た限りの情報では、レギオには過去、それも十年以内に魔物の襲撃を受けている」
ヌルはホログラムで映し出されたウィンドウを下にスクロールしていき、この村の時系列と、起きた出来事についてまとめている個所でスクロールを止めた。
そのままウィンドウをスライドさせ、こちらの目の前まで運ばれてくる。
それを慣れた懐かしい手つきでスクロールし、記載された情報について目を通していく。
レギオ村。
それが、俺達の訪れた村の名前だった。
人口はおよそ90人程度の小さな規模の村で、おかしなことに、九十人が生きていくには明らかに生活圏が狭いのだという。
レアンや師匠の家系であるルーファス家が、代々"衛士"という村を守る役目を引き受け、守られてきた村だった。
7年前までは、ルーファス家で戦える者が多く居たこともあり、村の人々は安寧の日々を過ごしていた。
人口は今の四倍。広さも3倍以上あり、皆が明日を生きていくために、そして、隣人を助けるために努力していた。
そして、そのけなげな努力を守っていたのが、ルーファス家であった。
多くの魔物がレギオ村に襲い掛かるが、ルーファス家の洗練された剣技と学びぬかれた弱点を突き、襲い来る魔物を退け、討伐されていた。
そう。七年前までは。
村の防衛線である壁を警備するのは、中でも腕利きのルーファス家の剣士たち。
決して抜かりなく、毎日訪れる夜から、魔物から村を守り抜いていた。そんなある日のこと。
これまで見てきた魔物とは明らかに違う、巨大化した蟲のような魔物が襲い掛かってきたという。
全く相手にしたことのない魔物に驚きながらも、ルーファス家の剣士たちは細心の注意を払い、なんとか討伐に成功した。
手ごわかったがそれでも退けられたのは、これまでの経験と自らの剣技に絶対の自信があったからだろう。
しかし、剣士たちは気づいていなかった。
いや、見落としていた。
魔物は必ず、死亡すれば自らの核である"魔結晶"を体外に放出する。
というか、魔結晶そのものが魔物の命であり、それが破壊されないと倒すのは非常に困難なのだ。
剣士たちは、初めてみた魔物という情報に意識を取られ、核を回収し忘れていたのだ。
これまで多くの魔物を葬ってきたレギオ村の周囲には、その魔物たちの魔力が漂っていた。
核と魔力さえあればいくらでも肉体を再生させられる魔物は、周囲を漂うこれまで倒されてきた魔物たちの怨念ともいえる魔力を吸収し、その膨大な魔力量をもって、肉体を作り直したのだ。
もちろん、通常0から肉体を生成することのできる魔物など存在せず、その魔物は特別な核を持っていたのだが、そんなことは剣士たちに知る由もない。
存在するか定かではないが、怨念と周囲の魔力を吸収した魔物は、巨大な肉体と鉄すら容易く両断する鎌を生成した。
昼間に戦った手練れの剣士たちが疲労を癒し、代わりに、ほんの少し手練れに劣る剣士たちが夜の警備を任されることとなった。
これが、破滅の始まりであった。
夜半、普段は寝ているはずの時間帯に警備にあたっていた剣士たちは、睡魔との戦いに明け暮れていたのだ。それに、警備の引継ぎが甘かったのも原因の一つだろう。
音もなく忍び寄った魔物は、警備の剣士たちを一人、一人と松明の明かりが届かぬ物陰へと誘い、その命を刈り取る。
そうして誰もいなくなった壁を易々と乗り越えた。
そこからは、異様な魔力の気配に気づいた剣士たちが家から飛び出るや否や、
あまりにも強化された魔物になすすべもなく、疲労の溜まった体では戦うこともできず。
その場で、ルーファス家の剣士たちは鏖殺されたのだった。
その場から辛くも逃げ去ったのが、レアンとレグシズであった。
◆◆◆
すべての情報を見通した俺は、魔物の脅威がいかに村人たちを苦しめてきたのかを思い知った。
いくら鍛えてきたものとはいえ、魔物の土俵で戦えばたやすく命を落とすのだ。
「この魔物種。おそらくは唯一体だろう。
危険度一等級の魔物で、無から肉体を再構成するなどありえない」
俺の見つめるウィンドウの上にもう一枚重なると、そこにはまた違った情報が書かれていた。
「それは、ルーファス家を葬った唯一体の魔物に関する情報だ。
お前は気絶してしまったから覚えていないだろうが、お前たちが討伐した魔物からは、魔結晶が瀬なかった。これがどういう意味か分かるか?」
たしか、魔物には必ず魔結晶が存在して、それがその魔物の命ともいえるモノだったはず。
それを持たないってことは、そもそもの話。魔物ではない……ということなのだろうか。
俺はその結論をヌルに伝えると、ヌルは満足そうにうなずいた。
「正解だ。とはいえ、魔力反応自体はしっかりと魔物一体分の情報がある。
おそらく、分身を作るなり眷属を呼ぶなりの特殊能力を使用したのだろう」
特殊能力か。
唯一体とかいう特殊個体の魔物なら、そういうの力を持っていてもおかしくないんだろう。
「ここでお前に話しておくことがある。
我々の目的が何だったか覚えているな?」
「もちろんだ。まずはこの村を掌に収めるんだろ」
俺が今知っているのは、ヌルが半年以内にこの村を国にまで昇華させるということだ。
そのために、このレギオ村を発展させねばならないのだから。
「ここで話が絡んでくるのが、その唯一体の魔物だ。
これを見てくれ」
重ねた上にさらにもう一枚ウィンドウが重なる。
そこに示されていたのは地図だった。
地図の真ん中に緑の点があり、そこには現在地と書かれている。おそらくここがレギオ村なのだろう。
その周囲に赤い点が八個点灯し、遠くの方に大きな赤い点が点滅している。
「これは、レギオ村を囲む魔力反応を視覚化したものだ。
昨日討伐した魔物と全く同じ固有魔力振動数を持つ。
そして、少し離れたところにあるのが同じ魔力振動数を持つが、その大きさが桁違いの反応がある地点だ」
八個ある点は全く微動だにしないが、赤い点はほんの少し、動いては元の場所に戻るを繰り返している。
「この赤い点に魔物がいるのだが、この八体の魔物。どうやらレギオ村を監視しているようだ」
「……」
なんとなく予想がついた。
きっとこの大きな赤い点にいる魔物が、レギオ村を監視するよう何らかの能力を使っているのだ。
「この魔物は、レギオ村から人間が出てきたときにのみ村に接近する。
これで、魔物がレギオ村の人間を標的にしていることは明らかだ」
「でもなんで……レギオ村の人間を標的に?」
魔物は人間だけを襲う習性があるのだろうか。
「魔物はな。その肉体を魔力で構築するがゆえに、自らの魔結晶を強化するために他生物の魔力回廊を捕食するのだ。
より強くなるために、強い魔力を感知する能力も所持しているのさ」
強力な、魔力回廊を欲している……。か。
そういわれて思い浮かぶのは、一つしかない。
「……まさか、魔物は––––––––––––––––––」
「ああ––––––––––––––––––レアンの持つ、強大な魔力を求めているのだろう」
レアンが持つ魔力回廊は凄まじいものだとヌルから聞かされていたが、まさか、それが開花する七年も前から魔物はレアンを探してこの村を襲撃していたとは。
「レギオ村の人間の中で、特にレアンは魔力回廊が優れている」
「そんな才能があったとは。剣術も強くて魔力回廊も優れている。すごいな。レアンは」
もちろんその裏側には、想像もつかないような努力が積み重ねられているんだろうけど。
「何より厄介なのは、この魔物どもが村の周囲を徘徊しているせいで、村の農地を拡大しようとし手も、魔物の恐怖に怯えて作業どころの話ではなくなってしまう点だ。
知っているだろうが、この村は長期的かつ慢性的な食糧不足に悩まされている。
それを解決するためにも、唯一体の魔物を倒さなければならない」
俺たちの目的である村の発展、ひいては国興しに至るまでも、つまるところ、この魔物を討伐しなければ何も先に進まないということだろう。
「私も協力したいが、今後のために温存しておきたい。
もちろん危険になれば多少は援護に回るが、私は何もできないと思っていてくれ」
それはもちろんだ。
ヌルのために目的を達成するというのに、ヌルが死んでしまっては意味がないのだから。
「お前の腕を奪ったあいつらの襲撃にも備えておかなければならないのでな。
今はお前の戦いぶりに恐れて、しばらくは手を出してこないだろうけれど」
俺の戦いぶりって、俺、なんかしたのか……?
まあいい。記憶にないのだから思い返そうと無駄だろう。
「確かにそうだな。んじゃ、さっさと魔物を倒さないとな」
理外権能を使用する戦い方も慣れてきたし、よほどの無茶をしなければ勝てるだろう。
魔物っていうとゲームや小説では、たいていやられ役の大したことない存在だ。
とはいえ例外も存在することを、多くの作品に触れて知っている。
そういった例外的な奴らではないことを祈りつつ、俺はヌルの話に耳を傾けるのだった。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。