第15話 予兆
次話投稿は10時以降になります。
意識が覚醒する要因となったのは、暴力的なまでの音量の鐘の音だった。
飛び起きた俺は緊急事態だと理解し、先に起きていたヌル、レアンと頷き合わせ、すぐさまレグシズさんの様子を見に行った。
階段を降り、一回を見渡すがどこにも彼の姿はなく、どこに向かったのかと思考していた矢先、レアンが何かを見つけたらしく彼女の下に向かう。
彼女は玄関に居た。
靴箱にレグシズさんの物はなく、立てかけてあった見覚えのある筒状の物も、昨日は二本あったが今は一本しかない。
「おじいちゃんの"刀"がない……もしかして!」
レアンは靴を履き、壁にかけてある残り一本を手に取って家を出た。
それを追う俺とヌル。
家を出たレアンを追って走る最中、ヌルに疑問を投げかけた。
「機械の身体でも睡眠が必要なんだなっ」
ヌル……彼女の体は機械でできている。
人間は睡眠をしなければ体の疲労を回復させたり、起きている間に得た情報の整理ができない。
俺は機械である彼女には睡眠は必要なく、ゆえにレグシズが家を出たことも知っていると思っていた。でも、ヌルでもレグシズさんの外出に気づいていないのなら、おそらく彼女も眠っていたのだろう。
「夜は消費を抑え、情報の整理と最適化を行っている。
その際はいくつかの機能を停止させている。ゆえに彼の外出には気づけなかった」
そう聞いて、昨日の目を閉じていたのは、情報整理の最中だったのかと気づいた。
次からは起こさないようにしようと思う。
そこから数秒して村の門につくと、すでにレアンはいない。
外ではヒュウン、ヒュウンという風を切る音が聞こえる。
門を開き、村の囲いから出ると。
「くっ!」
「せああっ!!」
二人の剣士が戦っていた。
レグシズさんとレアンだ。
手に持っていたのは、二尺ほどの長さを持つ少々反りの入った剣。
まさしくそれは"刀"だった。
なぜこの世界に刀がある?
ありえないだろう。ここは異世界。文化も歴史も文明も違うのだ。
なぜ何もかもが異なるこの世界に。刀が存在している?
いや、今はそんなことを考えている暇はない。加勢しなければ。
部屋に置いてきた手製の剣。それから回復薬としてのリデンスカの花の蜜を自分の手元に〔分解〕〔再構築〕して、俺は慣れない左片手で剣を握る。
重い。
剣の重心を正確にとらえなければならないのに、重さのせいで握る手が揺れる。
こんな状況で戦えるのか?
……いいや、戦わなくてはならない。
二人が対するのは、背丈2mはあろうかという、巨大なカマキリ。
その両腕が金属光沢を放ち、光をギラギラと反射させている。
「……くっ」
必死に力を込めて剣を構えるが、それでも走り出してしまうとこける予感しかしない。どうしたものかと必死に考えている間、二人は徐々に押されていく。
レグシズさんの身体は鍛えられているが、年齢のせいもあってか動きに余裕がない。
レアンは半年寝たきりだったせいで、体がうまく動かないようだ。
はやく、はやく二人に加勢しなければ。
しかしそれとは裏腹に、体が言うことを聞かない。
「今こそ、私の力を使え」
後ろから聞こえた声に振り返ると、そこにいたヌルは黒く長細い何かを抱えていた。
◆◆◆
攻撃の予兆を感知し、足遣いで左へ回避する。
ひゅっ、という音とともに皮膚が少し、削がれ、血がにじむ。
あと少し回避が遅れていれば、頭部が二等分されていただろう。
そう感じさせるには容易いほど、その一撃は鋭く速く重い。
つい先日、半年間苦しんでいたとは思えないほどの超回復を見せた、甥の形見である孫を見る。
彼ら二人が何を施したのかはわからないが、またこうして並んで戦えるとは思っていなかった。
おそらく、この戦いには勝てない。
長年の経験からわかるのだ。もう自分は若くない。後継の育成に専念すべきなのだと。
だが、今はまだ、レアンは若すぎる。
私より魔力の絶対量も、操作技術もとびぬけて高い彼女は、私よりも強くなるだろう。
しかし、奥義継承どころか魔物すら倒したことのないレアンに、我らが代々継いできた剣術の真髄を学ばせるのは無理だ。
もっと経験を積まなければならない。
……私がこの場で時間を稼げば、村人全員が逃げる時間を稼げるだろうか?
いいや、うぬぼれてはいけない。わたしにもう、それほどの力は残されていない。
老いには敵わない。若い頃は剣の高みを目指すことだけが生きがいであったが、今はかわいい孫と余生を過ごすことが唯一の生きがいなのだ。
感も鈍り、こうして戦闘中に戦いから意識を外している時点で、私はもう剣士ではない。
だが、それでも後継を育てねばならない身。こんなところで、終わるわけにはいかない。それに、これ以上、彼女に悲しみを与えてはならない。
家族を奪われたという悲しみを、さらに重ねてはならないのだ。
「……おじい、ちゃん」
孫の声が聞こえる。
私のことを祖父と呼ぶその声は、嘘をつき続けてきた私が唯一裏切れなかったものだ。
……嗚呼。神がいるのなら。
いま。今だけでいい。この場を切り抜ける力を………私に……。
こんなことになるのなら、地下にあるアレを持ってくるべきだった。
しかしそんな後悔をするくらいなら、目の前に集中するのだ。
結局のところ、できることはそれだけなのだ。
機微を見逃さないために、対する魔物を見る。
我らが村、レギオ村を襲いだして四年程経つこの魔物は、その大きな鎌で何人もの村人を冷たい土の下に埋めてきた。
そもそも最弱の種族である、只人である我々にとって、他種族は天敵なのだ。
刀を握る手の震えを、力を込めて殺す。
すうっと息を肺に取り込み、吐き出した。
私は、長年この村で暮らし、何匹も魔物を葬ってきた。
それはひとえに、我らが一族の伝承である、魔物の弱点とそれを突く技を磨いてきたからに他ならない。
魔物の弱点。それは、魔結晶と呼ばれる核だ。
それを体外に排出、もしくは破壊されれば魔物は死ぬ。
それを探るには直接相手を切り裂き、勘で探していくしかない。
こちらの動きを探るかのように、鎌をゆらゆら動かし誘いをかける魔物。
この大鎌を持つ魔物に、カタナの刃が通ればよいのだが。
「……魔纏戦技」
感じる。
自身の魔力回廊から発生する魔力を刀に纏う。
刀身に魔力が満ちるのを感じると、その魔力に意思を乗せる。
この技術……魔纏戦技は、刀身にあらん限りの魔力を纏い、その魔力に意思を乗せ、威力や速度、鋭さといった部分を操る技術である。
自らの思考内で組み立てた動き通りに刀を動かすため、多少自身の身体能力が足りずとも、強引に剣術を使用することができる。
しかし、自身の身体能力を超過する動きには当然体の疲労も早くなる。
私の魔力回廊は、加齢による肉体の機能低下とともに、生成できる魔力量も、魔力操作の精度も低く、レアンにすら及ばない。
しかし、それでも、この強敵を倒さねばならない。
鎌を上げ、攻撃の予兆を見せる魔物。
冷静に迎撃すべく、その動きを観察する。
振りかぶった鎌を大きく伸ばし、こちらを捕らえる。
「シャアアア!」
唾液をまき散らしながら、凄まじい勢いで鎌を振り下ろす魔物に対し……。
私は敢えて、その間合いに飛び込んだ。
そして、鎌の軌道は頭上に迫り––––––––––––––––––。
––––––––––––––––––鎌を紙一重で回避し、狙いを定めた。
イメージする。
振り下ろされたおかげで先ほどよりも低い位置にある鎌の付け根を狙い、そこを真上から唐竹割にて切り伏せると。
思考がまとまり、魔力へとをの動きが伝播され。
意志を反映する魔力は、淡く光り、赤い光を纏う。
「セあああぁッ!!」
大きく踏み込み、振りかぶった刀を構えて、魔力が発生させた推力の翼により宙を舞う。
1m以上も垂直に跳躍し、推力が今度は重力と相乗されるよう、刀を担ぎ構える。
重力の縄を感じると同時に、担ぎ構える刀を一閃。
ザシュッ!という音とともに、正確に狙いを定めた刃は、魔力によって切れ味を強化させた状態で、鎌の付け根を両断した。
しかし私は見誤った。
これほどの威力が出るのなら、頭部を狙い思考を途切れさせるべきだったのだ。
魔物は頭部を破壊されようと死にはしない。だが、思考をつかさどる器官の頭部を破壊すれば、隙が生まれるのだ。
体の一部を切り離した程度では、奴らは怯みなどしない。
ならば何故、鎌を斬り落としたのか。
あの鎌がある以上、迂闊に攻撃するのは躊躇われる。せめて私が死んだ後も、レアンが倒してくれる場合を考えて、あえて鎌をねらったのだ。
戦力を削ぐための一心の行動が、裏目に出た。
「キッシャアアア!!」
先ほどとはくらべものにもならないほどの大声を上げて、もう一つある鎌を横薙ぎにはなった。
その攻撃は正確に私の胴体を捉え––––––––––––––––––切り離した。
のだが、なぜか不思議と痛みはなく。
次の瞬間、魔物はなんと、宙に浮いていたのだ。
いや、吹き飛ばされていたといった方が正しいかもしれない。
今のレアンにならそれほどの威力を持つ魔纏戦技が放てるだろう。
しかし、レアンは腰が抜けているのか、尻もちをついたまま動けないようだ。
じゃあ、この状況はなんなのか。そう考えたとき。
「〔分ッッ解〕!!!!」
そう叫ぶ声が、あとから耳に響いてきた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。