第13話 堕ちたる機械仕掛けの神
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部屋に響く彼女の声は今思えばほんの少し、合成音声のようや機械らしさを感じる。
人間は、閉じた二枚の声帯を肺から出た空気で震わして、
その振動を声とする。
彼女からは、肉体から出た感触の音の仕方がない。
常に一定で、強弱はあるが幅がない。
肉声らしさがまるでない奇妙な声だったのに、何故今の今まで気づかずにいたのかわからない。
何故気づかなかったのか。
もしかすると、彼女の声色があまりにも、美しかったからではないだろうか。
小鳥が囀るような声にも、凛とした美しさを感じるようにも聞こえるその声は、えもいえぬ心地よさがあるのだ。
もしくは彼女から感じる人間味が、それらを濁して見通せなくしていたのか。
もはやそれを判別することはできないが、それでも、彼女から儚さを感じたことは事実だった。
儚さ。あと五年の命である彼女には、それこそぴったりな言葉かもしれない。
美しいものほど早く亡くなってしまう。
まさに美人薄命。
同じ部屋、同じベッド。すぐそばに座る彼女の顔が近くで見える。
ネコ科動物を連想させるほどの大きく綺麗な瞳には、しかし幾何学的な円形の成す、恐ろしく無機物味を帯びる虹彩が包まれている。
よく見ると、微かにカメラのスリットのようなものが見えなくもない。
その瞳を挟んで生えるまつ毛は、とても長く魅力的に見える。
しかし表情は一切変化しないまま、彼女は部屋を微かな振動で振るわせる。
「多くの手を打ったが、やはり存在限界を超えて稼働することは厳しい。
それに、五年というのはあくまで、必要最低限の行動に絞った場合で、手を打ち間違えればエネルギーの消費や、各機能の劣化が加速し、さらに時間は縮まるかもしれん」
五年の猶予はあくまでも今の算出結果だ。と、
そう言い切ったヌルに対して、俺はなんとも言えない気持ちになった。
それと同時に、時間に余裕はなく、限りあることを実感した。
「これまでの私の話を聞けば、すでにわかっているだろう?私が、人間ではない事に」
……思えば、その予兆は端々に紛れ込んでいた。
彼女の口調には、どこか無機物的な性質を孕んでいたというのに、それを認めたくない自分がいたのだろう。
何故認めたくないのか、それを明確に言語化するのは難しい。
何故かはわかるが、何故かは説明できない。
中途半端な自分の思考に区切りをつけて、俺は動揺を隠しながら、なるべく平静を装いながらヌルの顔を見る。
「じ、じゃあ、ヌル。君は、何者なんだ?」
「そうだな。全てはそこから説明せねばなるまい」
紺の長髪を払う彼女からは、一切の生物臭は感じないながらも、どこかで嗅いだことがあるような、ヘアトリートメントの香りがした。
「お前に、右腕の代わりを提供する。そう言ったことを覚えているな?」
もちろん、と返して次の言葉を待つ。
「お前に渡した道具は、どんな様子だった?」
近未来的な装飾が施されているように感じる、遠い未来の技術で作られたような物に見えた。
「……お前には、魔力やスキルのような力は扱えない。
であれば、お前が扱えるのならば、それはどう言ったものになる?」
スキルや魔力という超常の力ではない、通常の物理法則に乗っ取った力…?
続けざまに放たれるヌルの問いに対し、知らずの内にそう口にしていた。
「まさか……」
目まぐるしく迸る思考の中、いくつも浮かび上がってくる結論の内、不精密で練り込まれていないもののみを排除していく。
やがて一つの答えに行きつくと、それを口にした。
「純粋な物理法則による力……、万有引力、火や電気、磁力……」
魔力や信仰力、神通力や意志力、呪力や念力。
ましてや理外の力でもない。
それは––––––––––––––––––。
「––––––––––––––––––科学技術」
そんなことがあり得るのだろうか。
魔法や魔術が(実際に見たわけではなく単なる推測だが)跋扈するこの世界で。
それらを形成する根源の力に頼ることなく。
ただただ、世界の理を解き明かし、そしてなお異能に染まらなぬ純粋な技術。
「これで分かっただろう。
私の種族は、遥か太古。悉くの命がすべからく失われる大戦の時代にて、本来の用途とは異なる運用で用いられた……
……他種族と異なり、
神ではなく人の手で作られた–––––––
–––––––––––人工種族」
そう語る彼女の表情は、悲しさか、もしくは懐かしむ感情か。
それらを孕み、なお強い意志を感じさせるものだった。
「……かつての戦争における三大勢力……
神、悪魔、龍すらも滅ぼせる、第四の勢力。
それが、もう私を残して一人となった種族……機巧種だ」
次々に聞き覚えの無い言葉が俺の中に飛んできて、理解が追い付かない。
重要な言葉以外が左耳から右耳に抜けていく。
そうして残った言葉を飲み込むと、俺は思わず立ち上がってしまった。
「ヌル、じゃあお前は……」
「…………ああ」
ヌルは両手を広げ、その体を見せつけるようにこちらに向き、その四肢を撫でる。
「私は……私の身体は機械で出来ている」
まさか。そんなわけがない。
あの立ち振る舞いが。
会話の流麗さが。
人間味を感じる表情が。
ただデータが入力と出力を繰り返した結果なんて。
思わず立ち上がっていた体が、今度は空気が抜けたようにベッドへとへたり込む。
「じ、じゃあ、お前とあの森で出会ったとき、すごい突風音がしたのはなんなんだよ!?
風の魔法とか魔術とかじゃないと、説明がつか––––––––––––––––––」
まさか彼女の立ち振る舞いが、人の手により作られたものなどと思いたくなくて、その言葉を口にした……のだが。
ヌルは地につけた足を、空中へと伸ばし……そして––––––––––––––––––。
「【[圧縮機構展開][脚部可変圧縮機構|大気圏内用推進力機関]】」
ヌルの口から意味不明な単語が飛び出してくると同時に、それは起きた。
齢十代前半と思われる彼女の脚。
その太腿に内側から膝にかけてが、突如開いた。
内部からは一目見ただけで分かるような、精密な部品が排出され、
それが脚部に纏われるように配置され、展開していく。
精密な部品が下地を作り上げると、次に排出された部品が集まり、組まれ、
一つの塊として生成される。
やがて大きなパーツと化したそれらは、彼女の脚部へとまたしても装着されていく。
その間わずか1秒にも満たず、瞬きの次の瞬間には、彼女の脚部にはジェットエンジンのような、装甲とも鎧ともいえない、まさに外骨格と言える装備が纏われていた。
「……そんな、うそ……だろ」
否応にも突き付けられた現実は、
視界をゆがませ引き延ばされていく。
「高速巡行形態には程遠い速度しか出せないが、
大陸を横断するくらいなら半月もあれば事足りる」
「やっぱり……じゃあ」
「ああ」
ヌルはまたしても瞬く間に脚部の武装を解除し、
普通の人間の脚に戻す。
「ん、ちょっと待て」
「どうした」
彼女が機械ということは認めざるを得ないし、もしかしたらこれは俺が最初使おうと持っていた、スキルや魔力の代わりになるかもしれない。
現代人の俺から見ても、まるで判断できない技術によって彼女は構築されているのだろう。
だがそれでも、矛盾がある。
なぜなら彼女の脚部に展開された、
ジェットエンジンのバーニアのようなものは……。
明らかに彼女の全身の体積量を超えているのだ。
あり得ない。
体積以上のパーツや精密な部品が、
あの小さな体に押し込まれているというのか……?
とはいえ、異能の力の類ではないのなら、
あれは物理法則によって、
引き起こされている現象ということになる。
そんなこと、現実であり得るのか?
「……ヌル。今のやつ、どこから出したんだ?」
「私の体内だ。
この体には"疑似空間圧縮構造体技術"が用いられている。
構造体に力場を形成し、
疑似的に空間歪曲を引き起こすことで、
私の体積以上の物質を内包することに成功している」
まるで何を言っているのかわからないが、要するに某青い猫ロボットの四次元ポシェットのようになっているのだろうか。
「本当に、機械なんだな」
彼女の言葉の一つ一つから感じる響きが、
その言葉が集まり文となった会話が空気を震わして鼓膜を揺らすたびに、
彼女が機械であるということを如実に表し、なお強制的に理解させてくる。
なぜこんなにも彼女が機械であること。
それを認めたくない自分がいるのかすらわからないまま、
俺はあきらめるようにうなだれた。
認めるほかないのだと思い知ったのだった。
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