第12話 魔力回廊
次話は10時頃に投稿予定です。
手術の段取りを進めながら、ヌルは俺に指示を飛ばす。
彼女の身に何が起きているのか、それを気にしていた俺を落ち着かせる目的もあったのだろう。
レアンさんに起きている症状は、魔力回廊という物が関わっているらしい。
それがどういうモノか尋ねようとすると、ヌルはレアンの体に触れる直前に俺によびかけた。
「アルナレイト。彼女の魔力だけを残らず分解してくれ。
お前の持つ理外権能ならば可能だろう?」
事態は一刻を争うということで、浮かび上がった疑問を無視して対象を定めるために意識を集中させた。
ミスをすればどうなるか全くわからない。だからこそ俺は覚悟を固めて権能を発動させた。
「対象……。
レアンという人物の魔力を〔分解〕……っ」
そう唱えると、横たわる人物の体から青白い粒子、理外素が湯気のように立ち上る。
石や木を分解したときよりも何倍も多い理外素を見つめ、成功したことを知る。
「終わったぞ」
「これ彼女の痛みは限りなく緩和されただろう」
心なしか少女の表情が和らいだように見える。
ヌルはひたいの汗を拭いながら、言葉を続ける。
「だがこれはあくまで対症療法であり、一時的でしかない。
迅速に原因を取り除かねばならない」
なんとなく魔力が彼女に、被害を及ぼしているのだろうと察し続く言葉でヌルは俺に指示をする。
「アルナレイト。リデンスカの花の蜜を」
腰に下げていた瓶をヌルのそばに置くと、次の指示が飛んでくる。
「レアンの魔力が発生次第分解してくれ。私は治療に集中する」
俺への指示を終えると、なんとあろうことか横たわる女性は上体を起こした。
「うそ、さっきまでの痛みが嘘みたい…」
少女は体のあちこちを撫でて、信じられないと言った表情だ。
何が起きたのか全く分からないまま、その光景を眺めていると、ヌルがレアンという女性に話しかけた。
「今から君の魔力回廊の暴走を抑え、正常に戻す。
痛覚は遮断する。跡も残さない。だからいましばらくは、うつ伏せで寝ていてくれないか?」
優しい口調でそう話すヌルと俺を一瞥した、はしばみ色の瞳の少女は声を発さずに首肯すると、うつ伏せで横たわった。
「ありがとう。それでは失礼するよ」
ヌルがそういうと、レアンのトップスを脊髄あたりまでめくりあげる。
健康的な肌が大きく露出され、程よい筋肉が付いた背中は何かの運動選手のようにも思える。
「……全く。変な進化をしおって……あまり使わないからと言って脊髄周辺に衝撃を吸収する目的で魔力回廊を移動させるように進化するなど……」
ヌルは花の蜜を手に取りレアンの背骨と肩甲骨あたりに塗り広げる。
花の香りが広がり部屋を満たす独特な臭いを打ち消していく。
どこからか取り出したクッションのようなものを後頭部に挟みながらヌルは言う。
「アルナレイト。この部屋に付着していた菌を滅菌してくれ。それと、理外権能での魔力分解を忘れるな」
俺は再び権能を唱え、指示を終えたことを伝える。
「ここからは見なくていい。手術の光景など衝撃が強すぎる」
俺は瞼を閉じてそこから数分間はひたすら、レアンの魔力を〔分解〕し続けた。
◆◆◆
「終わったぞ」
そうヌルに呼び掛けられるまで俺はただひたすらレアンに魔力が新たに生まれたのかを〔解析〕し、発生していれば〔分解〕するというのを繰り返していた。
なぜだか疲れがどっとやってきて、少し眠気がする。
「ご苦労様。お前がいなければ成功していなかっただろう」
ベッドの上でうなじの下あたりをなぞる、レアンのそばでそういうヌル。
「今の私に魔力操作をしながら治療をするキャパシティなどない。お前がいてくれて助かった」
「役に立てたのならよかったよ」
俺は腰を上げて立ち上がるとヌルもそれに続いてベッドから降りる。
レアンという女性はほどけたはしばみ色の茶髪を後ろでくくりなおす。
目を引くほど大きなポニーテールをした少女は、俺の姿を見るや否や、顔を赤らめて目を背けた。
「そ、その……
おじいちゃんが体をふいてくれてたとはいえ……」
激痛のあまり動けず半年体を洗っていなかった。
そう続くことを予知した俺はすぐさま部屋を出た。
確かに部屋には少し独特なにおいが漂っていた気がするが、
と、変態的な思考になるのをとどめる。
部屋の外には先ほどの男性が立っており、俺の姿を見るや否や、
「あの子は無事なのか?!」
俺の両肩をぎゅっとつかむ。
前にもこんなことがあったな、状況はまるで違うけれど、と思いつつ俺は手術が成功したことを男性に告げた。
「……よかった、本当に」
肩の重荷が取れたのか、その場にへたり込みそうになる男性。
それからというもの、ヌルからの通信で彼女の身なりを整えるために時間が欲しいとのことだったので、時間を潰すために俺は男性に居間へ案内された。
互いに自己紹介は二人が来てからにしようと決め、その間も俺たちに何度も感謝を述べていた。
俺自身は魔力を〔分解〕していただけなので、感謝されるのは何か違うような気がした。
男性が淹れてくださった温かい飲み物を口に含むと、緑茶のような麦茶のような懐かしい味が広がった。
久々のお茶を楽しみつつ、俺はヌルに質問しようとしていた言葉の意味を〔解析〕してみることにした。
お茶をズズズとすすりつつ、思考内では意識を集中させる。
二つの動作を同時に行うのはあまり得意ではないのだが、理外権能を活用する際には欠かせない能力だろう。
風味が口の中に広がる。リラックスしながら権能を発動させる。
魔力回廊という言葉の意味を〔解析〕する。
〔解析対象:魔力回廊。
生命体の肉体に生成される器官。
魔力を生成、操作、貯蔵するための臓器であり、
酷使によりそれらの機能は上昇する。
なお魔力回廊の性能は個人差がある。
十二歳程度から十三歳までの間で第一成長を迎え、
十六歳から第二成長を迎える。
第二成長は第一成長時の酷使を元に大きく成長するが、
その際には大量に魔力を放出するため、
使い続けて魔力を発散する必要がある〕
どうやら魔力回廊というのは、
肉体が魔力を操作、生成、蓄積するための器官であるという。
ヌルの話では、レアンの少女は魔力回廊の暴走という話だったが、きっとこの「第二成長は第一成長時の酷使を元に大きく成長するが、その際には大量に魔力を放出するため、使い続けて魔力を発散する必要がある」というのがレアンの魔力回廊の暴走に関わっているのだろう。
石を〔分解〕した時とは比にならない理外素を放出していたのだから、その魔力量はかなりのものだ。
具体的にどのような処置を施したのか定かではないが、ヌルは治療を無事にやり遂げたようだ。
ここにきて初めて疑問に感じたのだが、彼女は一体何者なのだろうか。
手術室でもないあの部屋で、一体どのような施術を行ったのか。また、レアンの体に執刀する際は、
何故レアンは痛みに暴れたり、声すら上げなかったのか。
そもそも、この首飾りはなんなのか。
俺に扱えているということは––––––––––––––––––すなわち魔力やスキルを用いない代物なのだろうが、
その正体を突き止められる手段が……いや、ある。
湧き上がって止まない疑問の答えを知るために、
俺は一つの手掛かりに手を伸ばした。
自分の首に手を当て、それを2本の指で摘み上げる。
目線の高さまで位置を変えた首飾りを見つめる。
やはりデザインは幾何学的なもので、遠未来を感じるような仕上がりになっている。
とはいえ見ただけではこれが限界だ。
見て触る以上に情報を入手するために、理外権能を発動させ––––––––––––––––––ようとした瞬間。
うしろの扉が開いた。
通路から入ってきたのは、湯気が立ち登るヌルとレアンだった。
「すまないな。身体をを清潔にするために洗ってやったのだが、どうも手こずった」
ヌルがそんなことを言うので、二人が体を洗い合っているシーンを想像してしまいそうになり、慌てて妄想を止める。
よこしまな妄想を打ち消し、何かを話したそうにしているレアンの言葉を待つことにした。
俺たちの視線が集められているとわかった彼女は、ゆっくりと言葉を紡ぎだす。
「えっと……まず初めに。
……二人とも、私を助けてくれてありがとう。
もうずっと、このまま永遠に痛みに囚われて、そのまま死ぬんだって思ってたから」
初めは助かったことを嬉しそうに話していた彼女だが、助かった現実が徐々に実感を伴ってきたからか、
眼のふちを赤くして、言葉の間には次第に鼻をすする音が聞こえる。
「ご、ごめんなさいっ。本当に、
もう死んじゃうんだって思うと、怖くて……」
「……全く。何度風呂場で私に抱き着いてきたか」
レアンは顔を赤らめながら、瞼に涙を伝わせて言葉を話す。
「本当に、ありがとうっ」
彼女は涙をぬぐうと、満面の笑みでこちらに笑い掛けた。
その表情はとても美しいもので、俺は思わず胸の奥が飛び跳ねる思いをした。
「か、感謝ならヌルにしてやってくれ。俺は何もしてないよ」
「ほんとに?ヌルさんからは、貴方も私のために頑張ってくれたって聞いたよ?」
ちゃっかりヌルのことをさん付け呼びしていることに全く気が付かず、それでもヌルは、俺とヌルの二人で治療したのだとそう伝えてくれたことに律義さを感じる。
先ほどまで俺にお茶を入れてくれた男性は、ヌルに着席を促すと同時にレアンのそばに立つ。そのまま深く礼をして、頭を上げるとそのまま話し始める。
「申し遅れた。私の名前はレグシズ。
亡き息子の忘れ形見であるレアンを助けてくれたこと、誠に感謝する。
私にできることであれば、如何なることでもさせてほしい」
レグシズは、相貌の青い瞳に強い意志を宿らせてそう言うと、それにレアンが答える。
「そうだな……それではまず、今日の寝床を用意してはもらえないか?」
「ああ。その程度なら容易い。ところで、君は年齢の割に随分と落ち着いているようだが……?」
「それについても後で話そう。とりあえず、腰を落ち着けたい」
「わかった。それなら夕飯時まで待っておくことにしよう。
取り敢えず二人は……レアンの向かいの部屋を使ってはくれないか」
それに了承した俺たちは、再び階段を上りレアンの向かい側の部屋の扉を開いた。
そこには大きな一つのベッドと、化粧台、小さな机と椅子のある質素な部屋だった。
窓からは夕日の差す光が部屋に張り込んでいて、どこか懐かしさを感じさせる。
俺はベッドに座るや否や、近くにあった化粧台を見つめる。
そこには大きな鏡が備え付けられており、女性の身支度をすますのには、最適な大きさだと言えるだろう。
ベッドから立ち上がり、その鏡をのぞき込む。
そこに写ったのは、俺の顔。輪郭、髪色。
ヌルの言っていた通りの、髪を伸ばせばほとんど
女性に見える中性的な顔立ちには、まるで宝石のような蒼く輝くように見える虹彩。
細い輪郭とアルビノのような真っ白、というよりかは銀色に近い髪色は、一層女性らしさを引き立たせている。
「これは……イケメンとは言えないな」
女性にしてはボーイッシュすぎるが、男性にしては線が細すぎる。
声はやはり元居た時とは違うことはわかっていたが、それでも性別と同じように男性の声になっている。
それに、心なしか幼い。
「自分の顔を見た感想はどうだ?」
「思ってたよりも女性らしい顔立ちだったよ。まあでも、元の世界にいたときよりも悪くない」
まだあっちの世界に居た時の俺は、まあまあ背は高いものの、目立つほど容姿端麗なわけではなかった。
俺が異性に相手にされなかったのは、そもそもの顔面的な偏差値が低かったわけではない。
そう思いたい。
今の俺は前に比べて多少かっこよくはなっているはず。
そんな今なら女性に相手にしてもらえるのでは……と考えなくもなかった。
けれど、今はそんなことに浮ついてるわけではないし、できることなら中身で勝負したい。
などと俺がくだらないことを考えていると、ヌルが俺の横に歩いてきて、そのまま部屋に一つしかないベッドに座る。
やはり相も変わらずその無表情は崩れないが、それでもどこか神妙な面持ちに感じる表情は、哀慕の念が伝わってくる気がした。
「……なぜ半年以内が建国のタイムリミットなのか。だったな」
静まった部屋の中で、ヌルがそう一言溢す。
部屋の雰囲気が急速に緊張感を増していくような感覚に、これから彼女が話すことは、きっと大事なことだと直感的に理解する。
「簡単に言えば、それ以上は時間を割けないのだ」
時間がを割けない……?
いったい何のことなのかわからない。
もしかして、俺の寿命的なものなのだろうか。
理外の力を持つ俺は、その力の影響により…数年しか生きられない体になっている……とか。
あまり考えたくはなかったが、残滓から教えてもらっていないことは多々あるし、権能で調べていない以上、正確な答えを知らない。
疑問が思考を埋め尽くし、考えてもわからない俺はヌルの言葉を待つ他ない。
「……あと五年と4か月……正確には一億六千八百四万八千秒」
彼女の口からこぼれるのを止められないその言葉は、あとになって聞かなければよかったと思ってしまった。
なぜならそれは––––––––––––––––––。
「––––––––––––––––––それが私の……
……稼働時間限界なんだよ」
確かに、彼女は言った。そこが彼女の終わりなのだ、と。
自分は五年後に死を迎えると。そう確かに言った。
彼女の言葉が空気を震わせ、響く音。
その震えを、俺は聞くべきではなかったのだ。
お読みいただきありがとうございます。
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