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第11話 たどり着いた村で目にしたもの

次話投稿は6時あたりになりそうです

 瞬きのたびに、寝返りを打つたびに、呼吸のたびに、脊椎のあたりに激痛が走る。

 激痛は繰り返すたびに強まり、それは睡眠すらも妨げる。

 じっとりと汗が肌にまとわりつき、気色の悪い感覚が延々と続く。

 痛みのあまりに吐き気が訪れ、そのたびに汚物を吐き散らかす。

 本当に申し訳ない。その思いだけが私の中を埋め尽くしているのに、その症状は治まることを知らず。ただただ私の意識を犯し殺していく。


 「大丈夫だ。きっとよくなる……」


 視界すら歪み、四肢も、唇でさえ動かせない。

 かひゅ、かひゅ。という呼吸音だけが、私の一日の大半を占める。

 もうほとんど耳も聞こえないのに、その声の主は必ず声を掛けに来てくれる。

 仕事で忙しいのに、毎日必ず来てくれる。

 

 「……ぁ…ぅ」


 ありがとう。それすらいえない。

 言おうとして、その痛みでまた嘔吐しそうになるのを耐えるしかできない。


 なんで、こんなことになっちゃんたんだろう……。

 半年前までは……私も大丈夫だったのに。


 「大丈夫。伝わっている」


 穏やかで、低く、落ち着く声。

 まだ、見捨てられてはいないのだと。そう感じられる。

 

 早く、元に戻らなくては。


 頭をなでる感触がする。

 大きくて、温かい。

 こうしてくれている間だけ、痛みが治まる気がする。


 ゆっくりと、呼吸が落ち着き始め、楽になっていく。

 その時、どんどん、と遠くからなる音がした。


 「……少し出てくる」


 温かく優しい手は離れ、どこかへと行ってしまった。

 もう少しだけ、触れていたかったのに。

 

 ◆◆◆


 日が頂に上り、心地よい風が吹く。草木が風を受けて葉擦れの音をさわぁ、と奏でる。

 風が吹き陽光を浴びる草原を歩く俺たちは、ようやく肉眼でとらえられるようになった村に向かって歩いていた。

 遠くに見える村は周囲を壁で覆っているようだった。

 壁で覆う必要があるということは、何かしらの脅威から村を守るためなのだろう。

 ファンタジーのお決まりであればその脅威のたいていは魔物。

 村を襲う魔物と言えば、ゴブリンやオークと言った、いわゆる亜人族に分類される魔物。

 この世界での魔物がどれほど強いのか俺は知らないが、この壁で守り切れているということはそこまでの強さではないのかもしれない。


 「……強い魔力反応を感じる。これは事を急ぐ必要があるやもしれん」

 「魔力、かぁ」


 ヌルの言葉に続いて、俺は一言呟いた。

 魔力。それはこういった世界ではある種もっともポピュラーな力と言えるだろう。

 ファンタジーの代名詞ともいえる魔力は、魔法や魔術などに用いられる強力なエネルギーだ。

 最近ではそれを剣や防具に纏ったりする作品もあったりする。俺の中では一番に使ってみたかった力の一つだ。

 残念ながら俺には使えないし、その理由のせいで少し落ち込んだりもした。けれど、悲観した時に考えたような、まるっきりその知識が生かせないということは無いだろう。

 しかし、この世界が俺の知るどの異世界とも違うのなら、それは例外ということになる。


 「これを」

 「なんだこれ」


 それは、首飾りだった。

 とはいえデザインは近未来的な装飾が施されており、ほのかに光っている。

 彼女はどこからこれを取り出したのだろうか、と考えていると。


 「多機能補助情報端末(アウル・スティルグ)。これをつけていればお前の言葉をこの世界の文明の言葉に変換する機能もある。

 今後はこれを常に着用してくれ」

 「あ、ああ」


 首飾りを受け取り、首にかける。

 全く重さを感じないそれは、外見からではわからないほど頑丈にできているようだった。

 あうるすてぃるぐ、という言葉の意味は分からないが、これがあればこの世界の人に俺の言葉が聞こえるようになるらしい。

 それはありがたい。この世界の言葉を勉強する必要がないというのは、それだけ学習に時間を割かなくてもよいということだ。

 勉強したものは自分になじむ知識や経験となるが、それらを積み重ねている時間はないのだ。

 そういえばなぜ、彼女は目的に時間制限を設けたのだろうか。

 それがなければもっと確実な策をとれるだろうに。

 もしかしたら、制限を設ける必要があったのだろうか。

 

 「ヌル。なんで、建国にあたっての猶予は半年なんだ?」

 「……それはまた今度、今日の寝床ででも教えてやるさ。ほら、ついたぞ」


 気づくと目の前には遠くから見えていた木と石の壁がそびえたっていた。

 用いられている石材には特殊な加工がしてあるのだろう、わずかに光を反射し、それも鈍く光っている。

 地面付近の石には苔がついていて年代を感じさせる。頂上付近には返しがついており、そのせいで登れそうにもない。


 木でできた重厚な扉をたたくと、数分してからギギギッ、と音を立てて開いた。

 中から出てきたのは、初老の男性。しかしその背丈は俺より少し小さいくらいで、大きな肩幅に白髪の混じった灰色の髪に、深く鋭い眼窩には明らかに警戒の色が浮かんでいた。

 

 「旅人か?」

 「ええ。一泊止めていただきたく」

 

 男は俺を一瞥すると、右腕を見て目を見開いた。


 「貴殿……腕はどうした?」

 「……魔物に襲われまして、右腕一本で済めば安いものです」


 すでに痛みのない右腕を抱え、いかにもな演技でそう訴えかける。

 

 「治療は済んでいるのか?」

 「ええ。これを」


 腰に下げた緑で粘度の高い液体を見せると、その男性は眼を見開いた。


 「そ、それはリデンスカの蜜では?」

 「ええ、群生地帯を見つけまして。そこで少々」


 男性が目を見開いたことで、俺は少し不穏な気配を感じ取っていた。

 傷薬として知られていることが分かるこの蜜を見て、興味を示した。単なる解釈を急いだ結果の誤解なのならいいのだが、それがもし異なる場合……彼が次に発する言葉は想定できる。


 「……旅のお方。先の無礼をお許し願いたい。

 そして願わくば、その薬を少しばかり分けてほしい」


 やはりか。

 傷薬を貯蔵しておきたいのなら少量などとは言わず、お金でもなんでも積むだろう。

 しかしそうはせず、まるですぐに使用したいというために分けてほしいと頼むのは、使用を望まれる容態の人物がいるということなのだろう。


 「けが人がいるのですか?」

 「……いえ、そういうわけではないのですが」


 男性が答えを渋っていると、横にいたヌルが言った。


 「この場所から最も近い家に住む者はお前か?」

 「あ、ああ」

 「……早くしないと手遅れになるぞ」


 俺が何のことかと疑問に思っていると、首あたりにむず痒さが走る。

 見ると、首飾りの装飾が振動していることに気づく。何が起きているのかわからずに、無意識的に装飾を掴むと、俺の脳内に語り掛けるような声が響いてきた。


 (聞こえるか?ヌルだ)


 なぜ直接話さないのかと考えたあたりで、直接話さない理由があるのだろうと思い至り、ヌルを見つめた。


 (聞こえているようだな。

 多機能補助情報端末(アウル・スティルグ)の骨伝導機能を用いてお前のみに聞こえるようにしてある。

 説明すべきことが多いだろうが、ことは一刻を争う事態かもしれん。手短に話す)


 会話における数秒の間に、ヌルは目の前の男性の説明を始めた。


 (この男には子ども、もしくは孫がいる。

 恐らくだが、その人物の肉体にある"魔力回廊"が暴走している。

 魔力回廊の暴走は只人種……人間には耐えられんほどの魔力濃度を持つ魔力を放出する。

 早く治療を行わねば魔力汚染によって肉体が侵食され、死亡する。

 この男との交渉を終わらせて、速やかに治療に向かうぞ)


 俺はヌルに目を合わせると「お前の脳波を読み取る機能がある、心の中で答えればそれを感知してその意思を私に伝える仕組みになっている」とヌルから情報が伝わってきたため、了解、と念じて男性との会話に意識を集中する。


 「旅のおかげで様々なことに見識を深めておりまして、医療の心得もございます。

 もしよければ、診させていただけませんか?

 もちろん、蜜もお分けいたします」

 

 男性は眉を歪めてこちらを見る。

 この視線は、表情は、俺を訝しんでいる。

 それも予想していたことだ。なぜかというと、俺は今の自分の顔を見たことは無いが、ヌルから聞いたのだ。ヌルによると俺は若い女性に、いわゆる中性的な顔立ちだという。

 そんな人物が医療の心得があると言っているのだから、信じることは厳しい。


 「わかりました。ご案内します」


 だがそれでも、彼は許可すると直感的に分かった。

 彼の表情を見たところによると、相当切羽詰まった状況であることは分かり切った事だ。

 男性からすれば藁にもすがりたい思いなのだろう。

 俺はヌルが目を見開いてこちらを見つめていることなど気にも留めないまま、男性に連れられて村の門をくぐった。


 ◆◆◆


 入り口から最も近い住居は、現実世界でも早々見たことのない大きな建物だった。

 住居としてはかなり大きい方だろうが、不動産に詳しいわけではないので具体的なことは言えないが、それでも一般的に想像する豪邸の半分くらいの大きさはある。

 どこか既視感を覚える趣を感じるが、いったんそれらを無視して家に入った。

 玄関からすぐ近くの階段を上り、向かって右側から四つ目の部屋で止まる。

 部屋には見たことのない文様のようなものが書かれており、数秒ののちにそれがこの世界の言葉なのだろうと思い至る。

 書かれている文字を〔解析〕すると、れあん。という意味がの情報が権能によって与えられた。

 なんの言葉だろうか、と考えていると。


 「レアン。開けるよ」


 誰かの名前を呼んでいるような言い方で、それが名前だと気づいた。


 (アルナレイト。治療を行うにあたって滅菌しなければならないが、可能か?)

 (ああ。任せてくれ)


 俺は自らの肉体に付着する雑菌を〔分解〕し、清潔な状態にした。

 そのことをヌルに伝えると、丁度良く扉を開いた男性に続いて部屋に入室した。


 薄暗い部屋はやけに湿気と温度が高く、過去に行ったことがある熱帯雨林のようだった。

 部屋の端、ベッドの上では薄暗くてよく顔は見えないが、誰かが横たわっていることはわかる。

 その人物に近づくと、次第に顔が見えてきた。


 「はぁ、はぁ……」


 高熱にうなされているのか、呼吸は浅く、早く。

 開いた口からは呼吸音のみが発され続け、火照った肉体を冷却すべく熱を排出する機械的行動を繰り返している。


 「レアン。医者が来てくれ––––––––––––––––」


 男性が言い終わる前に、予期せぬ行動がその発言を止めた。


 「お前、何日これを放置していた?」

 「……なすすすべがなく、半年ほど……」


 普段から表情の変化があまりなく、感情すらないと自己主張するヌルの目が大きく見開かれた。

 はしばみ色からオレンジ、赤へとスペクトルを変える光彩が一層目立つ。


 「は、半年だと……?」

 「ヌル、早く治療をしないと」


 俺がそういうと、ヌルははっと我に返ったようにかぶりを振る。


 「おい、お前。今から彼女を治してやる。少しの間、部屋を出ていろ」


 治療には男性の存在が邪魔になると判断したのだろうが、家族が治療を受けている際、そばにいるなというのは受け入れられるものではない。

 男性は反論しようと口を開いた、しかしその瞬間。


 「早くしなければ手遅れになるぞ?助けたいのなら指示に従え」


 昨日見た、女性の、それも少女から出たものとは思えない声色でそう言われた男性は、小さく「頼んだ」といい部屋を立ち去った。

 それを見送ると、ヌルは凄まじい速さで治療の準備を終えた。

 準備を終えたヌルは、レアンという少女に語り掛けた。


 「安心しろ。半年もこの激痛に耐えたのだから、あと数分耐えればもう痛みはなくなる」


 少女は相変わらず答えることなどできないようで、その様子に胸が痛まる思いの俺は、ヌルから指示を待つべくそばに控えることにした。


 彼女が救われることを切に願いながら、ヌルの手によって治療は開始された。

お読みいただきありがとうございます。


ブックマーク、☆評価は結構ですので、もしお時間に余裕がありましたら、もう一話読んでいただき、作品をお楽しみください。



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