第118話 哨戒
私が領事館の談話室に着いたときには既に皆着席していたため、私も急いで空いている席へ座ることに。
向かいの席に座るのは、クロム・ナバーロ。そしてその従者たち含めた3人。
この場に居るのは、私を除くと、エスティエット、ユウト。
隣の部屋にはアルナ、ヌルさんがいて、いざという時に対応できるようにしてある。
前髪をかき上げた髪型に、凛々しくも雄々しい眉と傲然たる顔立ち。何よりも、全身から漂うエネルギーの量がこの場に居る誰よりも高かった。
ユウトよりも優れたエネルギー量を持つ上、確認した記録では、七罪の魔王をユウトと共に撃退するほどの実力を持っているという。
美しい従者に挟まれたクロムは、口を開いた。
「ここはいい街だな。活気があって、産業も勢いづいてきている。
何より、街の住民が笑顔だ。
こんな街、俺の知らない間にいつ出来たんだか」
「私が村々をまとめ上げたんだ。大きな街を作ろうって。
そうすれば魔物が来ても迎え撃てるしね!」
「こんなでけえ規模、何年かかると思ってやがる?」
「だから、傭兵団の皆に協力してもらったのだよ。
エスティエットくんの建築魔術を、私の魔力量とスキルを使えば、このくらいの街を作り上げることなんて容易いからね!」
「ほう。なら俺の首都も作ってもらいたいもんだな」
「それはちょっとなー。
見返りが欲しいところだね。
というか、私を呼びつけて、こんな話がしたいわけじゃないでしょ?」
彼の疑問に対する答えは、私が領主となるときに決まった、事実を隠すためのカバーストーリー。
本当はここが、アルナ達の行動拠点だと知られてはならないための嘘だった。
「お前達は何者だ?」
「どう答えたら満足するのかな」
「答えるつもりはない。と?」
「いや、そうじゃないよ。
私達は、ちょっぴり複雑な関係でね。全て説明していたら、時間を取らせちゃうから」
「構わない。話せ」
そう促されるままに、私はクロムにカバーストーリーを伝える。
ある日、私がスキルに目覚めたこと。
そのスキルを使って村付近にいる魔物を退治したこと。
安全になった村々を集め、街を作ったこと。
その過程の中で、傭兵団に定住の地を与える代わりに、様々な取引をしたこと。
嘘の事実をすべて伝えた。
「それで、枝付きの奴らが攻め込んできたから、報復に侵攻した。
するとそこには七罪魔王がいて、死闘を繰り広げるハメになったわけか」
「そうだね。そのままその通りだよ」
このカバーストーリーは、アルナ達の存在を隠すためのもの。
クロム相手に隠し通せるか怪しいけど、頑張ってみるしかない。
「ま、細かいことは聞かない。面倒だ。
だが、一つ確認させろ。
あの化け物はなんだ。動く枯れ木みたいなくせして、異次元の速度。
俺がその正体に一歩も近づけないなんざ、ありえねぇ」
クロムが確認したいのはきっと、アルナの理外の獣のことだ。
……さて。どうしようかな。
と、悩んでいると。
ガチャリ、と扉が開きアルナが入ってきた。
ヌルさんに車椅子を押され、ヘッドギアを被っている
思考が停止しそうになるも、私は必死に冷静なフリを取り繕う。
「誰だ、おまえ……くく、そうか」
クロムは含み笑いを漏らした。
そこに入ってきた人から、理外の獣と同じ気配を感じたからだろう。
「テメェ……何者だ?」
「そういきりたつな。クロム。
話をしに来たんだろう?」
アルナは立ったまま話を続ける。
「お前に話せることは何もない」
「そうか。なら力づくでも聞き出すしかねぇなぁ」
めらっ、と気配が揺らぎ、漂うエネルギー量が少しばかり増える。
「満身創痍のお前に、勝てる算段があるとでも?」
二人の視線は交差し、交わった部分が火花を散らす。
「ないなら素直に話すだろうさ」
「……チッ、まあいい。
それで、お前たちはいったい何が目的だ?
有角人種をどうするつもりだ。答えろ」
有角人種たちに関しては、今後はレギオンの属国という立場になる。
ゼファライーシスを頭に据え、レギオンの指示通りに事を運ぶため、そして、行き場を失った有角人達を保護するためだ。
そのことをクロムに伝えた。
「誰の指示だ?」
「私の指示だよ。街をめちゃくちゃにされて、大人子ども関係なく飢えて死ぬなんて、私は我慢できない。
助けたいとおもった。だから助けた。
そこに損得勘定はないよ」
「くくく……そうか。お前は面白いな。
レアン・ルーファス。この世界は弱肉強食。
お前の綺麗事はどこまで通じるのか、見させて貰おうか」
クロムは、わたしの行動の行く末を見たいらしい。
「そう。まあなんでもいいよ。
それとクロム。
アーバンクレイヴの防衛ありがとう。
何かしらの形でお礼をしたいんだけど、何が嬉しいかな?」
「ああ。俺の国、龍人国ヒルデガルドと友好条約を結んでくれ。
それと、そこの男の情報をくれ」
まあそうなるよね……。
私は思考を巡らせ、打ち合わせた設定通りに話す。
「前者は思ってもないことだよ。今後はよろしくね。
で、彼のことだけど。
ごめんなさい。私も詳しくは知らないの。
彼は旅人。剣の腕が立つくらいで、あの怖い姿のことは、私も知りたいくらい」
「そうかよ。じゃあさっさと追い出した方がいいぜ。奇妙な気配を纏ってやがる」
得体の知れない人を手元に置くのは確かに愚策だろう。けれど私はアルナの正体を知っている。
「ご忠告、ありがたく受け取っておくね。
話はそれだけかな?」
「ああ。また近いうちに相見えるだろうさ」
それだけ言うと、クロム達は飛び去って行った。
あと一週間だけはアーバングレイヴのことを見ていてくれるとのことで、そのうちに人員を選出しないと。
◆ ◆ ◆
クロムは帰路を飛ぶ最中、張り詰めていた気をようやく緩めた。
(あの男……何者だ。)
どれだけ弱い魔物でも、魔力量のオーラは見える。
だが、あの男はそれが一切見えなかった。
それどころか、気配を感じなかった。
いや、こちらにわざと気配を感じさせてきたようにも思えた。そうクロムは思う。
あの男が気配を完全に絶ったなら、おそらくクロムには感じられなかっただろう。
そこに居ながら、そこには居ないように感じた。
視認しながら、血の匂いを感じながら、しかし一切気配を悟らせない。
まるで存在感を喪失したような、そんな感覚。
(……ベルキスか、或いはグラントールか……。
いよいよ隠し玉の投入ってわけか)
クロムは一人笑みをこぼし、予見した。
かつてない、時代の騒乱を。