第115話 嚮導者
私は最低だ。
自分の醜い欲望に身を任せて、自分のことを好きになってくれた人を我が物にしようとしている。
最低だ。
その表情。仕草、すべてが愛おしい。
でも、こんな顔はさせちゃいけない。
すべてをあきらめたかのような、悲しげな顔。
そんな顔、させちゃいけない。
だから、だから。
「………て、たまるか」
薄暗い部屋。自分の呼吸音しか返ってこない部屋で、私はそうつぶやく。
力を込め、そして、もう一度、今度は覚悟を決めて。
「あきらめて、たまるか………!」
自分の体を苛むこの欲求は、堪え、抑え込め!
「れ、レアン………?」
「ねえ、アルナ…………すこしだけ、私を抱きとめていて」
そうだ。アルナと一緒なら、乗り越えて来られた。
こんなのが私の運命だというのなら、乗り越えてやる。
「くっ…………ッうう!!」
自分の体の芯が疼く。
彼の匂い、質感、声、そのすべてが馬鹿みたいに反響して、私の欲望を高めてくる。
でも、不思議とアルナと共にいれば、それが薄れてくるような気がした。
薄れてくる。我慢できるようになる。そんな気がすこしだけ。
「悲しい顔、もうさせない………!」
そうだ。私が、アルナを守るんだ!!!
「───────ッああああああ!!!」
全身が燃えるような感覚に包み込まれる。
『【申告】外世界から干渉により、運命の殻の破壊を確認。
肉体に課されていた限界の楔が消失し、可能性が開けました』
ケンセイさんの声でそう響くと、私は燃えるような感覚から解き放たれると共に、全身を満たす万能感に戸惑いを隠せなかった。
『【申告】魂に蓄積されたエネルギーを元に、存在の再構成を行います。
存在の再構成を確認。只人から新人類へと昇華しました。
大幅な各身体能力の上昇を確認。魂の器の拡大に伴い、スキルの昇華が行われます』
流れる言葉の意味を図りかねるあまりに、内容をなんとなくでしか把握できない。
けれど、感覚では判る。なにか、すごいことが起きているのだと。
『【報告】スキル【賢聖の知見】が【賢聖の叡智】へと昇華。
各効果の大幅な進化を確認。
【賢聖の知見】
・効果
【記録照会】 世界の情報記録領域に接続し、触れた事象の情報とその近似情報を明かす。
【思考強化】 思考速度を2万倍まで加速可能。思考の分割を可能。思考妨害を無効化。
【並行編纂】 思考とは別に演算を同時に多重並行可能。
【解析測定】 対象を定め、隠匿も突破し解き明かす。
また、スキル【共鳴】が【嚮鳴】へと進化。
【嚮鳴】
・効果
【思念共鳴】
・共鳴状態にある対象に思念を共鳴伝達する。
【魔力共鳴】
・周囲の魔力と自身の魔力を共鳴させ、支配下に置く。
【共鳴感覚】
・対象に自身の感覚を共鳴させる。
【共鳴効果】
・共鳴状態にある対象との共鳴強度%表記し、各効果を発揮する。
┣10%毎に共鳴対象の身体能力を1割自身に上乗せする。
┗5%毎に共鳴対象のスキルを自身に『共鳴スキル』として付与。
・共鳴スキルは、共鳴強度が高まるほどに効果が強化される。
【状態共鳴】
・起きたことを共鳴状態にある者にも伝播させる。
また魔力操作系スキルを一括管理、統合し【魔力修操】とし、【嚮鳴】スキルによる常時補助を行います。
肉体にあった状態異常を確認。エネルギーを用いて耐性を獲得。
【節制】
・欲求の制御。
あらゆるスキルは今後、【賢聖の叡智】によって管理、運用が可能となります。
以上が、マスターの身に起こったこととなります』
私は万能感が消え去るとともに、ケンセイさんの声が響くのを感じた。
そして、違和感に気づく。
「……あれ?」
体がすごく軽いけれど、気のせいだろうか。
背が少し高くなったような、そんな気がする。
「……レアン……なのか?」
アルナが戸惑いながらこっちを見つめてくるので、私は部屋に備え付けの姿見で自分の姿を見る。
「なんか、おっきくなってるね」
それほど大きくなったわけではないけれど、背丈が少し伸びたみたいだった。
その状況に戸惑っていると。
【全員に通達する。集会場へ集合するように】
ヌルの通信が入ったので、移動することにした。
俺は理外権能で即席の車椅子を〔再構築〕し、レアンに押してもらうことになった。
………
……
…
集会場に集まった全員は、なんというか、すごいことになっていた。
大半はレアンと同じように体が成長したというか、体格がよくなったというか。
変化の著しいのは、まさかの師匠だった。
「おう。アルナレイト、レアン。
俺の身に起こったこと、何か情報を持っていないか?」
若返った、のだろうか。60代後半の年齢だったのが、50代前半の、かっこいい年の取り方をした爺さん、といった感じになっていた。
「何かの言葉が聞こえたのは判っているが、いまいち情報がない。」
「たぶんここに集められたのはそれが理由だと思うから、ちょっとまっててね」
ヌルがその場に姿をあらわし、全員が集まったのを確認した。
「つい先ほど個々のメンバーに異常が発生した。
私の調査によると、全員の種族が只人種から新人類となったということが明らかとなった。
この事象について、レアン。説明してくれるか?
「えっと……」
レアンは自分の身に起きたことを少しずつ話し出した。
「……ニーアの能力が、まだ私の体に残っていたの。
その効果に耐えていたら、こうして……」
自分の体を見つめ、レアンはスキルのことを思い出す。
「そうだ。私のスキルが進化したの。
共鳴スキルが嚮鳴っていう名前に変わって、確か新しい効果が付いたはず」
レアンは脳内に響く言葉に従い説明する。
「【状態共鳴】……。
起きたことを共鳴状態にある者にも伝播させる。っていうスキルなんだけど……」
共鳴状態にあるものに起きたことを伝播させるスキル。
その言葉を聞いただけで俺は確信に至ると同時に、自分の読みが間違っていないととも思った。
「きっと、レアンの体に起きた種族昇華が、共鳴状態にある全員に伝播したんだろう」
「……えっとね、私さ。
レギオ村以外にも、他の村から来た人や、傭兵たち皆にね、緊急事態に陥った時の連絡用として、共鳴状態になってもらっていたんだ」
「つまり、レギオンに住む全員を共鳴状態にしていたと?」
「うん。全員が個として動けるようになれば、ヴェリアスの時みたいなことが起きてもすぐさま対応できる……って思って」
つまり、レアンの密かに行っていた策は、結果としてレギオンの戦力の大幅な上昇につながったというわけか。
「……なんか、ダメなことしちゃった?」
いや、そうではない。
寧ろ、全員が驚愕して声が出ない。
種族の昇華。それは存在の進化。めったに起きることではないだろう。
それを、レギオンの街に住まう者すべてに引き起こした、彼女のポテンシャル。
ヌルでさえ、信じられない、という顔をしていた。
「……いや、余りに異常な事態でな。まさかそんなことが可能なスキルが、存在しているとは」
ひとまずその場は、レアンによって為された偉業であることで説明が付いたため、解散することとなった。
やはりレアンは、可能性を秘めている。
俺はそう、一人思うのだった。