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第114話 百尺竿頭の足踏み

 ヌルとの話し合いの後の事。

 義手に加えて義足を用意してもらうまでの間、俺はユウトやエスティエット、リオンから情報を得ていた。

 今後戦うことになる奴らの情報は、いくつあっても困ることはない。無論真贋は見極める必要はあるだろうが。


 閑話休題。ちなみに俺は一週間ほど寝込んでいたようだ。

 その理由は判るが、今認識すべきことではない。


 話を戻して。

 今回の一件。俺は完璧な作戦を立てたつもりだった。

 だが、俺は甘すぎた。


 あれはあくまで戦術の寄せ集め。戦略などどこにもなかった。

 もっと細部にまで思考を巡らし、明確化する必要がある。


 それと同時に俺自身の特性を理解していなかった。

 俺は、集団行動に向いていない。性格どうこうの話ではなく、単に相性の問題だ。


 理外の力は、それだけで周囲の行動を制限する。

 エスティエットと行動を共にするのはもっとも愚かな選択だった。

 もし仮に、エスティエットが十全に魔術を扱えていたなら、皆を強化し支援し、索敵までこなせたはずだ。

 だが、俺がいたからそれらを成すための魔術が使えない。

 範囲内に効果をもたらす系統の魔術であれば、その範囲内に理外の力があればそれだけで発動しない。

 しかし、索敵魔術がどのように反応するのかはわからない。

 相手の魔術に対するリアクションをしっかりと把握した方がよさそうだ。ことによれば、相手の反応から逆算して何の魔術を使ったか特定できるかもしれない。

 

 俺はどうやら、単独で奇襲をかける戦術を行った方が強そうだ。

 理外の力の特性を生かし切れれば、それだけで皆の補助ができるだろう。

 今度、エスティエットには実験に付き合ってもらおう。


 と、いろいろ考えているうちに部屋の扉がノックされる。

 なんだ、もう出来上がったのか。さすがの仕事の速さだな………。


 俺は扉のロックを解除すると、そこにいたのはヌル……ではなくレアンだった。


 「……レアン!!」


 暗がりの部屋の中、ふらふらとおぼつかない足取りでこちらへ寄るレアン。

 その瞳は潤んでいて、頬も紅潮している。


 「……アルナぁ」


 俺の両足を見て、レアンは口元を手で隠す。


 この両足は、彼女を救うために失った。

 要は、両足と引き換えにレアンの命を繋いだのだ。

 それなら必要な犠牲だった。今回の戦いで味方は誰も死ななかった。

 もう疑似タイムリープをする必要もない。


 必ず誰かが死んで、深い後悔と復讐の気持ちに駆られ時間が巻き戻る。

 おそらく、誰かが代償を差し出さなければ誰かが死んでいた。

 問題は、誰が代償を払うか、だったのだろう。

 だったら俺が払う。それ以外にはあり得ない。


 「レアン。気にしないでくれ。

 これは俺の実力不足が招いたことだ。君は一切悪くない」

 「でも………!」

 「いいんだ。誰も死ななかったじゃないか」


 そうだ。誰も死ななかった。

 それだけで両足を失った価値があるのだ。


 「それに、歩けなくなるわけじゃない。ヌルが義足の準備をしてくれている」

 「……でも、私」

 「レアンが無傷だったから、ヌルを庇ったレアンのおかげでヌルが生きている。

 ヌルが生きているから、俺は失った手足の代わりを手に入れられる。

 そういう意味でも、君が助かってよかった。

 じゃなきゃ、俺が腕の生えた達磨になるところだったからな」


 それに、今回の戦いで俺は自分の甘さとは決別すると決めた。

 義手や義足には先頭に必要な機構を取り込み、さらなる単体戦力の向上に努めている。


 「……なんで、そんなに優しいの?」

 「いや、これは優しさじゃないよ。もう少しすれば歩けるし、戦えるようになる。

 ヌルが俺に求めているのは戦えること、理外の力を使えることだ。

 それが果たせるなら、手足がタンパク質だとかカルシウムか、強化外骨格とか駆動系か。

 そこに生じるのは瑕疵たる差異に他ならない」


 なんだったら、戦闘用の義体、なんてものもいいかもな。

 戦うために肉体が邪魔になるのなら、捨ててしまえばいいわけだ。


 「……ッ」


 ヌルに前にもこの話をしたことがあるが、なぜそう皆驚くのだろうか。

 俺はヌルに命を救われていたと思っていたが、その実自力で復活していたという意味では、確かに彼女に対する恩義は必要ないかもしれない。 

 だが、俺を突き動かすこの衝動が今更それを投げ出すことを許さない。


 「まあともかく、レアン。

 気にしなくていいからな! それよりも、君はもっと強くなる可能性を秘めている。

 その話を……ッ!?」


 いろいろと考えているうちに、いつの間にかレアンが俺の近くにまで移動していたみたいだ。

 そして、そんな彼女に左手を捕まれ、身動きを封じられる。

 

 「レアン?」


 「………はぁッ………はぁっ……っ」


 荒い息遣い。

 そういえば、様子がおかしかった。俺のことを考えて涙で目を腫らしていてくれていた………というワケでもなさそうだっったのに、彼女の頬は赤らみ瞳はトロンと潤っている。


 「……私、最低だ」


 レアンは俺の腕を抑えている。

 空いている方の腕で、俺の衣服の下に、手を。


 「な、なにしてるんだ!?」


 俺の腹部、胸部に浮かび上がる筋肉の割れ目に指をなぞる。

 なぞられた部分にちいさな快感が生じる。


 「……ちょ、くすぐったい………」


 俺は手を抑え込まれ、抵抗できない。


 「……抵抗しないの………?」

 「できないよ!俺の腕一本じゃ、君の力には敵わないだろ!?」


 俺の体は不必要な部分を削ぎ落してあるから細い。

 身体能力で劣る俺は、体のすべてを戦闘用に作り変えなければとても戦えない。

 刀を振るう際の無駄の無さにつながるから、余計な脂肪や筋肉は付けないようにしている。

 

 だから皮膚下の神経が近く、触れられると結構くすぐったいのだ。


 「……そっか、できないんだ………」


 試しに全力で力を込めるが、びくともしない。

 捕まれた腕を横にスライドさせて、体重をかけてある腕を退けることはできるかもしれないが、そんなことをすればレアンの指が傷ついてしまうかもしれない出来事が起きかねない。

 理外の力を仲間に使うなど論外。


 「……そろそろ話してくれないか?」

 「……やだ」

 

 俺の体をなぞる指は柔らかく、剣を握っている手とは思えないほどだ。


 「……怒っているのか?」

 「……かもね」

 「俺が自分を大切にしないからか?」

 「……それもあるかも」


 彼女の言葉は真実半分噓半分、といったようで、他のことに意識を持っていかれているように見えた。


 自覚がないわけではない。

 でも、俺は俺以上に大切なものがあって、そのためには全てをなげうってもかまわない。そう思っているだけだ。


 「……ッ!!??」


 彼女の指が、腕が、下腹部の方へと伸びていく。


 「だめだ!それ以上は!!」


 そうだ。この程度のふれあい程度なら、俺は構わない。

 ヌルとの目的を果たすために、俺はレギオンの皆を利用している。

 だから、みんなに俺が利用されるのは構わない。裏切られるのも構わない。

 裏切られないように立ち回っているが、彼らがどう判断するかは彼らの意思を尊重すべきだ。


 だが、これ以上は話が違う。

 これは、俺にも利ができる。彼らをこれ以上利用しないと、俺は決めている。

 他の分野には手を出さないと決めている。俺自身のルールだ。

 

 これ以上は許されない。絶対に。


 「だめだ。レアン。君を汚してしまうことになる」

 「……どうして?」

 「……だって、俺は……」


 ……………………。

 

 この世界に来て半年以上立つ。そのほとんどをヌルに監視されていた。

 俺だって男だ。生物学的にそういう衝動がないわけじゃない。

 でも、半年以上発散する機会がなかった。


 いま彼女にこれ以上踏み込まれれば、俺は俺を保てなくなる。

 嫌だ。そんなことは絶対に。

 そんな汚い欲望を、一度は好きになった人に向けたくない。


 「お願いだ、レアン………!」


 だが、彼女の手は止まらない。

 

 「……アルナ言ってたよね。なんでも言うこと聞いてくれるって」

 「こ、こんなのは含まれない!」

 「じゃあ、私のお願いってことにしてよ」


 彼女が俺を求め、利用する。

 皆に利用されることを良しとする俺の価値観に、この行為を含めろというのか。


 「………お願い」


 ………俺はここで、違和感を覚えた。

 普通に考えて、俺がレアンにこんな感情を向けられるわけがない。

 彼女の命を救ったことがあるわけでも、好かれようと努力したわけでもない。

 

 ……だというのに、この反応。表情。


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 そんな、違和感。


 そして唐突に、何の因果か、それとも関連した情報としてなのか。

 俺の中に、複数の単語が浮かび上がる。


 七罪の魔王。強欲の魔王。ニーア・マモン。欲求を操る力。

 レアンは一度、攻撃を受けている。

 三大欲求。食事欲。生殖欲。睡眠欲。

 

 散らばり、点となっていた情報が繋がり線になる。

 線が輪郭を描き、事実を浮かび上がらせた。


 「まさか」


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 理外の獣となった俺が彼女にしたのは、影響下からの脱出。

 そう。効果そのものを消し去ったわけではない。


 「……レアン……」


 そうだ。

 彼女はずっとこらえていたのだ。俺と同じように。

 その身を焼き焦がすほどの衝動に耐えて耐えて耐え続けた。


 その衝動を満たしていた器は、ひびが入っている。

 もう少し、中があふれれば。どうなってしまうのか。


 「………そうか。苦しめていたのか、俺が」


 相手はどうかとか関係ない。彼女は、今の今まで我慢し続けてきた。

 苦しい思いをさせているのなら、俺はそれを開放してやりたい。


 「……レアン、わかった」


 あんなに切なそうな顔を見たのは初めてだった。

 彼女がそれを望むなら、俺は差し出そう。


 「……おいで、レアン」


 手の力を抜き、俺は彼女に身を委ねる。


 徐々に顔を近づけてくるレアン。すべて受け入れると決めた。

 心の準備を決め、その目を見つめ。


 そして俺は、その表情がレアンのものではないことに気付く。


 オレンジ色に近い瞳ではなく、藍色の───────瞳。


 「………馬鹿な」


 そこにいたのはレアンではなかった。

 レアンの皮をかぶった、ニーアの意識だった。


 「はっはははははは!!!」

 「くそっ!!」

 「レアンの意識を返せ!」

 「安心しぃ、これは意識の残響。能力の効果が切れればすぐに消える。ここで起きたことはだぁれにも伝わらん。録音と同じや」

 「彼女を操ってこんなことをさせる意味がどこにある!?」

 「んー?あるでぇ?どっかで負けるんちゃうって思っとったからなぁ~。

 でもこの女、とんでもない意思の強さやわ。誰彼構わず交わりとうなるくらいの衝動、それこそ獣のように飢える感覚やのに、あんたのこと認識するまではずっと堪えてたんは流石やわ」

 「……なに?」

 「でもあんたのこと認識した途端、我慢してたもんが一気に溢れてきたみたいやな」

 「わかるか?この女、お前にお熱なんやわ」

 「だまれ!それ以上彼女の心を騙るな!」

 「騙るもなにも事実やで?いまのウチはぜぇんぶ知ってるでぇ~……?」

 「黙れ、黙れ!」

 

 聞いてはならない言葉が、秘されるべきことが明かされてしまう。

 俺は耳を塞ごうとしたが、より顔を近づけ、耳に唇が触れるほどの距離で、脳に直接流し込まれる。


 「知ってるか?この女……アンタと稽古した夜は、必ず自分で───────」

 「やめろ───────」

 「ここに着くまでで、こいつが考えてたのは、アンタと自分とで───────」

 「やめてくれ───────」

 「こんな生娘が、アンタと───────」


 聞いてしまった。

 彼女の、尊厳を、俺が、俺自身が。


 汚した。


 「う、あ、ああ、ぁぁぁ」


 いやだ。頼む、やめてくれ。


 「こいつがアンタとしたいのは───────」


 ………


 ……


 …


 やってしまった。後悔の罪悪感が、俺を埋め尽くしていた。

 秘密を知ってしまった。もう二度と、彼女とは以前のような関係に戻れない。


 「くく…………はっははは!!」

 「殺す………殺してやる!」

 「そうか?出来るんか?」


 彼女の肉体を艶やかな仕草で手を滑らし、腰をくねらせるニーア。

 だめだ。無理だ。


 ………いいや、いける。行けるはずだ。

 理外の力を流せば、ニーアの意識の残響だけでも、消し去れるはずだ。


 「一体化してアンタの力のことはようわかったで。

 やめとき。一体化してる今、ウチが消えたらこの女は廃人になるで」

 「……くそ」

 「ほら、この女の汚い欲望を満たしたり?」

 「ふざけるなよ………そんなこと」

 「じゃあずっとこのままに放置するんか?

 それでもいいけど、その場合、この状態はもっと悪化するで?

 それこそ、男であれば誰でもよくなるで?」

 「………くそ、くそくそくそくそッ!!!!」

 「あっはははは!!!

 ほぉらほぉら……優しく抱いたりやぁ? なんてったってはじめての男なんやからなぁ!?」


 これ以上彼女を苦しめるくらいなら…………せめて、俺が…………!


 「あ、言い忘れてたけど」


 俺は後に続くこの言葉を発したニーアに、ヌルの事とかは一切無視して、只殺してやろうと思った。


 「お預け喰らい続けて、高まり続けた、溜まり続けた欲求が満たされた時、どうなるかわかるやろ?

 そん時感じる快感は、この女の意識も、精神も、壊れてしまうほどに強いやろうなぁ………?」


 犬歯をむき出しにして顔をゆがめ、ニーアの瞳を睨み付ける。


 「あっはは、そんな怖い顔しなさんなや。

 ほら、天辺までブッ飛ばしたり?もう出来上がってるで?

 ふぐッ、んふふ………まぁ、そのままあの世に逝くやろうけどな」

 「お前は、必ず殺す」

 「よかったな。この意識はもうじき消えるで。

 でも、もうこの女も耐えられへんやろうな。

 せいぜいアンタがあの世に送ったり?

 では、ご自由に…………お楽しみくださいな?」


 そういうや否や、瞳の色はレアンの元の色に戻っていった。


 今の俺に、彼女に抗する術などなかった。 

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