第109話 襲来せし者
ヌルが血戦を繰り広げる広間に姿を見せたのは、ミタラが使う撃滅級兵器を命中させる目的だった。
近くで見てタイミングを伝えれば、確実に命中させられるからだ。
広間にたどりついたとき、ヌルはニーアのことを見て思った。
何も変わっていないと。
(……あの子たちもまた、私が殺してやらねばならない者達だ。
しかし、なぜ封印は解かれたんだ……?)
ニーアたちは、決して自ら封印を破って外界へ出られるような状態ではなかった。
封印されたまま、衰弱して死ぬはずだったのだ。
(誰かが手を引いているのか……何にせよ、ひとまずは彼女を眠らせてやらねば)
そう思い行動するヌルだったが、その胸には何かがチクリと刺さる。
刺さったものは、アルナレイトとの会話だった。
(あいつは、アルナレイトは言っていた。殺すのは最後の手段で、話し合うべきだと。
………だが、今の彼女を見ていて、その精神はとっくに壊れているのではないだろうか。
なら、殺してやることが一番だろう。苦しくとも死ねないまま、永遠に生き続けることの方が殺すことよりいくらかいいだろう)
そう理由をつけ、ヌルは実行する。
ミタラの狙撃タイミングを完璧に指示し、ヒュヴヒルトごと高エネルギーの奔流に飲み込んだのだった。
◆ ◆ ◆
アルナレイトたちが血戦を繰り広げる中、そのころ上空で周囲を警戒していたユウトだったが、
「「ッ!!??」」
6つの凄まじい気配の波動がユウトの感知範囲内に入った。
赤、黄、緑、紫、橙、紫の6つの光が見えた。
6つの気配を放つ者達は、それぞれエネルギーの量がバラバラで、ユウトを上回る者、下回る者の両方が居た。
(……やれるだけやる。それしかないな)
ユウトは圧縮していた自身の生み出す光素を王都全域に展開し、光素同士を結合させた。
(光素力場ッ!!)
光の結界が王域を覆う。
この結界の防御力はユウトによって調整可能なのだが、基本的な性能でも大陸間弾道ミサイルを易々と防ぎきるだけの防御力を持つのだ。
すでに展開していた結界と光素力場の二重結界は、レギオン街に展開されている結界と同等の防御力を誇るのだ。
「さ、やり合おうぜ!」
ユウトは光素を剣の形に整えると、高速接近する6つの対象に同等の速度で加速し斬りかかる。
「「邪魔だ!!」」
先頭にいた赤い長髪の男の拳がユウトの光の剣とぶつかる。
(っっっ!? なんだこのパワー!?)
光素を背中から放出しているというのに、ユウトの方が力で押されている。
「っは!邪魔だと言われても、道を譲るわけにはいかないんでな!」
全身の筋肉を総動員させて男の拳を弾くと、剣をそのまま男目掛けて放り投げる。
右ストレートで光の剣を破壊する男だったが、その次の瞬間、光の破片が鎖となって男を拘束した。
「何だと!?」
「死にな!」
ユウトは新たに生成した剣で男に斬りかかる。しかし男は即座に光の鎖を破壊した。
「この程度で我を食い止められると思うなよ!!」
ユウトの剣を真剣白刃取りで止め、回し蹴りをユウトに放った。
ユウトは即座に前腕部へ鎧のような分厚い鱗を纏い攻撃を受けるが、凄まじい膂力から放たれる一撃に吹き飛ばされてしまう。
「さっきよりもパワーが上がってやがる………!」
結界への接触を許してしまったが、ユウトは即座に結界の強度を向上させる。
赤髪の男が拳を叩きつける。けたたましい破砕音が鳴り結界の表面が砕けるが、あくまで表面が砕かれただけ。即座に修復可能である。
ユウトは破壊された結界を修復しつつ、砕けた破片で再び男の拘束を試みる。
「二度も同じ手は喰らわん!!」
「そうかい。ならこれはどうだ?」
砕けた光素を放出する。指向性なしに。全方位に。
即座にすさまじい閃光が広がり、一瞬視界を失う。
「クッ!」
その瞬間に加速したユウトは仕返しに男を殴り飛ばし、距離を取った。
「てめえら何者だ!」
「貴様に名乗る道理などない!行け!リジー!」
「はーい!」
元気よく答えた女が結界へ向かい突進する。
それを食い止めようとユウトは光で槍を作り上げた。
薙ぎ払い弾き飛ばそうとするユウトに、リジーと呼ばれた短いポニーテールの女は光の槍の穂先を、大きな口のような形のエネルギーで噛みつかせて消し去った。
(消し去っただと!?)
驚きつつもリジーを止めるべく加速するユウトの腕を掴んで投げ飛ばしたのは、さらに先ほどよりも強化された筋力を発揮する男。
「どーなってやがる!?」
「邪魔をするなと言っているだろうが!!」
「いただきまーす!」
大きな口腔を広げたエネルギー塊は、光の結界に牙を立てると、容易く削り取った。
(噓だろ……!?)
すぐさま結界を修復すべく光素を送るが、もはや間に合わなかった。
6人全員が開いた穴から結界内部に入り込んでしまったのだ。
『悪い!侵入された!!』
悔しい気持ちになるユウトだったが、悔やむことなど後でいくらでもできる。
今は一刻も早く奴らを止めなければならない。
ユウトは翼を生やして独特な形状の翼から光を発し加速した。
◆ ◆ ◆
「なぜ……だ………」
半分以上が骨と化しているヒュヴヒルトを盾にして、何とか生き残ったニーア。
しかし満身創痍のようで、もう一歩も動けないようだった。
「……チッ!」
そんなニーアに駆け寄るのはヌル。
ヌルのことを認識したニーアは、これまで見たことのないほど怒る表情でヌルを睨みつけた。
「こぉんなとこに居ったんやな……サイファー!!」
「……ニーア」
対照的に悲しげな表情を浮かべるヌルは、圧縮機構から接近兵装を取り出すと、ニーア目掛け構えた。
「殺すんか?臭い物に蓋してまた逃げんのか!!??」
「……すまない、ニーア。許してくれ………!」
「被害者ヅラすんなやカスが!!おんどれがアイツを産まさんかったらよかったんやろが!」
「……ああ。その通りだ」
俺、アルナレイトはニーアとヌルの会話に違和感を覚えた。
まるで知り合いのような、親の仇のような会話の内容。まさか、ヌルはニーアのことを知っていたのか。俺の疑問などお構いなしに二人の会話は進んでいく。
「このカス女が!!おまえなんか早よう死んだらええねん!!」
「……そうだな。私は死ぬべきだ。あの子を殺したら、すぐにお前たちのもとへ行く。
そこで何回でも殺してくれ。それでお前の気が少しでも休まるなら」
「……なんやねんそれ、意味わからんわ………!」
ヌルは手に持った剣を逆手に持ち振り上げた。
「……ごめんなさい……ニーア────────ッ!!」
震えた手で刃を振り下ろしたヌル。
その直後、ユウトからの通信が入る。
『悪い!侵入された────────』
その通信を聞き終わるよりも早く、城の壁の一部が砕けた。
「「ニーア!」」
その場に現れた六人のうち一人がニーアを抱き上げていた。
「ごめんなさい……兄さんら、うち、またしくじった」
「いいんだ。そんなお前を許さない奴は俺が許さない!」
「……兄さん、あいつ、見つけた……!」
ヌルの方を指さすニーア。
全員がヌルを視認すると、表情様々に、しかし激情を浮かべてヌルを睨む。
「……サイファー。鼠のようにコソコソと、逃げ回ってくれたな……ッ……!」
「お前たち………ッ………生きて、いたのか………!
それも、全員………!」
驚愕に目を大きく見開いたヌル。
彼らとヌルはやはり、何らかの関係があるのだろう。
「……フェイルノート、ウィロ。ニーアを」
「ああ。わかっている」
「はい。お兄様。」
赤い髪の男はその腕に血管を浮かび上がらせるほどに拳を握りしめて、一歩、一歩とヌルへ迫る。
「……サイファー。ようやく見つけたぞ」
地の底から響くような怨嗟を孕む低い声は、ヌルへの怒りで満たされていることなど明らかすぎるほどに明らかだ。
「……レーヴァン」
「……許してくれ、とは言わない。許されざる罪を犯した私に、贖罪の権利などない。
……だが、少し待ってくれないか?」
「なんだと………ッ?」
「今死ぬわけにはいかないんだ……頼む!」
まずい。あいつ、ヌルの言葉を聞く気など微塵もない。
どうにかしなければ。ヌルが、殺されてしまう。
だが、その場にいる誰も動けない。
六人の放つ凄まじい威圧と存在感のオーラが圧倒的すぎて、受けるプレッシャーから動けないのだ。
「だめだ。ヌル、にげろ」
俺が声を絞り出しても、ヌルは悲しげで美しい表情のまま、レーヴァンと呼ばれた男から逃れようとしない。
「頼む、にげてくれ、ヌル!」
「「……逃げろ、だと!?」」
男は俺に怒りの矛先を向け、大声で罵る。
「「この女が、俺たちに何をしたのか知らないだろうが!!」」
俺は負けじと、肺から息を絞り出す。
「「知るかよ!!生きていてほしいと思って何が悪い!?」」
「「何も知らぬ部外者がッ!!」」
そうだ。もっと俺に怒れ。ヌルの逃げる隙さえ作れればいい。
「……まあいい。貴様のことなど今はどうでもいい。
サイファー。ついてこい。そうすればこいつは殺さないでやる」
「……待ってくれ。私にはやるべきことがある」
「この期に及んでそんなことを抜かすのか………。
いいだろう、殺してやる!!!!」
力を込めた拳をヌル目掛けて放つ。
「「ヌル────────ッ!!!!!」」
────────男の拳が貫いた。ヌルではなく、レアンを。
「カハッ」
「れ、レアン……?」
レアンがヌルを庇ったのだ。
腹部貫通した荊の傷を負いながらも、意思を振り絞ってヌルを突き飛ばした。
俺は這いつくばってその場に倒れ込んだレアンを抱き上げる。
「レアン………なんで?」
レアンは今にも途切れそうな声で言葉を紡ぐ。
「ア、ルナ、が、大切に、している、ひと、だから………。
わたしも、大切に、する、それ、だけだ、よ」
レアンの体から徐々に熱が失われていくのを、命の灯が消えていくのを感じながら、アルナレイトは涙をまつ毛に溜めて、流れ落ちる。
「いやだ、レアン………いやだ!」
理外権能での回復は、もうできない。
今権能を使用すれば、気を失う。そうすれば、ヌルまで死んでしまう。
だが、それはレアンを見捨てることと同じ。
「いやだ、死なないでくれ、レアン!」
「アル、ナ……ひとつ、謝らなくちゃ、いけないの、わたし」
「謝らなくていいから、いきてくれ、なんでも許すよ、レアンなら」
「………」
「………レアン?」
動かなくなっていた。
まだ体はあたたかいのに、レアンが瞼を上げない。
流れ出す血はとめどなく、無情にも死を告げているのだろう。
「あ、あ、レアン、レアンッ!!!!!」
揺さぶっても目を覚ます気配はない。
全く予兆すらない。
「目障りだ。お前も死んでおけ」
男の声が響くと同時に、俺の首は搔っ切られた。
理外権能で治すことはできた。他人と自分を直すのでは訳が違うからだ。
だが、もうそんなことどうでもよくなった。
レアンが、俺の、この世界に来て支えになっていた人が。
俺が初めてこの世界に来て、好きになれた人が、死んだ。
俺はもうどうでもよくなって、意識を手放した。