第10話 これからの方針
私の後ろを歩く美しい銀髪を持つ中性的、いや、むしろ女性らしさすらあるほどの可愛らしい顔をした少年は、彼の持つ理外の力についての説明を終えるとそれっきり話さなくなってしまった。
生体反応が示すのは、困惑。戸惑い。疑問。
私に何かを質問したいのだろうが、先ほどの行為が原因で気やすく話しかけられないのだろう。
契約した相手でありそんなことを考慮する必要などないというのに。
そのあまりに人間臭い行動に、幼さを感じる。
しかし、その幼さに見合わないほど、考え方は成熟しているようだ。
私の目的……あの子を殺すこと。
確かに話し合うという選択肢があるのなら、それが最善なのだろう。
だが、私にはそんな権利はない。あの子は、きっと私を憎んでいるだろうから。
だから、だからこそ。
私を憎んでいるうちに、失ったものの悲しみが彼女を壊してしまう前に……。
……やはり、考え方は成熟していても、まだまだ浅い。
理外の力を持つとはいえ、精神性までも神格化することは無いようだ。
いままで見たことのない精神形をしていることが、理外の力を扱うことの一助となっているのかもしれない。
とはいえ、まだまだ彼は弱い。
私と肩を並べられるように、鍛え上げねばならない。
この世界には上がいる。全盛期の私ですら敵わなかった、一握りの者のみが入域を許可される領域がある。
ゆくゆくは、そのような逸脱者とも剣を、或いは拳を、或いは銃を交えねばならない日が来る。
それまでに、彼を鍛えねば。
そして、彼女を……。
◆◆◆
朝焼けのが美しい空の下で、俺とヌルは二人で村に向かって歩いていた。
ヌルの背丈は俺より40cmも小さいように見えるほど小さく、それでもその存在感は俺なんかよりは日にならないほど大きい。
ふと思ったが、彼女は今。何歳なのだろうか。
もはや人間ではないことは明らかなのだけれど、とはいえファンタジー知識の豊富な俺でもわからないとなれば、どんな種族なのかはわからない。
とはいえ、女性に何歳か聞くのは躊躇われる。
ヌルとは契約を結び、必要な情報なら何でも与える、と言われているのだが、それでもデリカシーのない質問は避けるべきだと思うのだ。
とはいえこのまま無言で村で……というのは避けたいことだ。
面白いジョークやギャグセンスが高ければよいのだが、俺はあまり人を笑わせるのが得意じゃないのだ。そもそも、元の世界に居た頃もあまり目立つ方ではなかった。
何というか、いわゆる「俺面白いだろ?」みたいな雰囲気が合わないのだ。
場を盛り上げようとしている雰囲気には同調するが、そいつ自身が自分の株を上げるために回りなじったりしている場の雰囲気にはとことん合わない。
持ち上げてやるべきなのだろうが、自分が蔑まれるのが理解できないのだ。
……目の前にいるヌルも、そのような雰囲気を纏っているような気がする。
きっと気のせいだろう。先入観を持つのはよくない。ことこの世界においては特に。
俺は記憶の片隅に下らない思考を放棄して、今後共に行動するヌルに聞かねばならないことを思い出した。
それは、これからの方針についてだ。
一応、彼女の目的は"ある少女"を殺すこととなっており、その少女とやらはこれまでの情報を鑑みるに俺の目的の人物にも近い可能性がある。
今の彼女なら俺の話を肯定してくれているはずだ。ヌルの目的である少女の……命を奪う前に、話し合ってくれることに期待しつつ、俺はヌルの目的に協力することに決めている。
名も知らぬ少女が理外の力でしか殺せないということ自体、俺にとっては興味深い事柄でもある。
しかし今後の段取りやひとまずの目的がなくては、どう動いていくのかすらわからない。
川の水がゆらゆらときらめき光を乱反射させ、美しい朝焼けがより一層引き立つ。
そんな幻想的な光景の中、俺は先頭を歩くヌルの横に並んで、声をかけた。
「ヌル。一応俺はお前の目的に協力するが、ひとまずこれからの方針を聞かせてほしい」
「うむ。まだ話していなかったな。
どこか落ち着ける場所でと思っていたのだが、特段気にすることではなかったか。
わかった。話そう」
ヌルの話した今後の方針は、以下のようなものだった。
例の少女を殺すには、切り札として理外の力を持つ俺がいたとしても、膨大な戦力が必要になるという。それも、この大陸に存在する強者をかき集めて、ようやく足りるかすら定かではないほどに。
それほどの戦力を集めるために最も手っ取り早く、なおかつ今後の行動における安全を確保するために、ひとまずやるべきことがあるという。それは––––––––––––––––––。
ヌルは平静と、何でもないことのようにその言葉を放った。
「第一目的として、まずは––––––––––––––––––国を興す」
「……?」
彼女の言葉の意味が理解できなかった俺は、思わずその場で首を傾げた。
思考放棄もいいところだ。
しばらくしてようやく話を理解できると、俺はおずおずとした態度で口を開いた。
「あのぅ……それはガチですかぁ?」
「当たり前だ。それでも計画段階の内一つでしかない。まずは半年。その猶予で建国する」
「は、半年ぃっ!?無理だろいくら何でもそれはっ!?」
一切冗談を感じない彼女の言葉の端々に、俺はその本気さを目の当たりにした。
まさか、本気なのか?
その小さな体の中には、どれだけ強力で強固な揺るぎない信念があるのか。まるで見当もつかなかった。
「……本気なんだな」
「ああ」
短くそういう彼女の表情は(やはり無表情だったのだが)強い決意を感じた。
その決意が成す『やり遂げる』という意思を疑うのは失礼だろう。
「わかった。俺にできることがあればなんだってやるよ。疑ってごめんなさい」
「何を謝る?疑問に思うのは仕方ない」
「ああ、いや、それほどお前の決意は硬いんだなって思って」
失礼なことを言ったにもかかわらず、彼女は眉一つ動かさず冷静にこたえる。
もしかして、内心めちゃくちゃ怒ってたりするのだろうか。それは怖いな。
おそるおそる聞いてみる。
「あの……もしかして、契約のことでのひと悶着と言い、今と言い、実はすごーく怒ってたり?」
「……ふっ」
ヌルは何とも言えない一笑を付けて、言う。
「あいにくと、私には感情などないのでな。お前に何を言われたとしても、何も感じないさ」
「おいおい?それは本当か?さっき俺と話し合った時なんか……」
何も知らないくせにと怒り倒したじゃないか。そう言おうとしたところで俺は口をつぐんだ。
これは、これは言ってはならない。
いくら場の冗談だったとしても、これだけは言ってはならない。
彼女は並々ならぬ思いを胸に秘めているのだから。
「……ん?どうした」
「ああ、いや」
適当に言葉を濁して、俺は話を修正する。
「話がそれたけど」
「そらしたのはお前だぞ?」
「悪かったって。それで、建国って言ったって、それにも段階的な目的があるんだろう?じゃなきゃ現実的じゃない」
彼女が俺に求めるのであれば、その決意をくみ取ったのなら、何を望まれてもやるべきなのだ。
だがそれでも、設計図の無い家はよくて欠陥住宅。最悪建築中に倒壊するしかない。
具体的な計画は必要不可欠だろう。
「ああ。まず初めに、これから向かう村を救う。
そこで私とお前の功績をどこかの誰かに擦り付け、そいつを主導者とする」
「ふむふむ」
「そこから主導者を裏から操り、功績を積ませて村の実権を支配。
実権を握った後は村の発展のために、私の持つ知識を使う。
これは一か月、或いは二か月以内に終わらせたい」
そこまで聞いて、一つ、懸念したことがある。
村を発展させると聞いて、村人たちの事情はどうするつもりなのだろうか。
まさかすべて無視するというわけではないだろうが、国の土台となる以上、必ず大切になるのは主導者ではなく国民のはずだ。
どこかの国では国民主権を謳いながら、実質は上層部が権力を独占しているなんてことがある。
俺の立場なら多少の口出しはできるだろうが、それでももめることはありそうな予感がする。
「ヌル。村人たち彼らの事情はどうするつもりなんだ?」
「もちろん尊重するさ。国において最も大切なのは政治でも軍事でもない。それらのリソース源となる民こそ最重要だ」
その答えを聞いて俺は安心した。
ヌルは、国民を無理やりに働かせるような国を作る気はないようだ。
「その村についてからの話だが、もちろんおまえにも強くなってもらう必要がある。
いくら理外の力を持つとはいえ、それだけでは切り札しか持ちえない弱者になる」
「そうだな。俺も強くなるために努力は惜しまないつもりだ」
走馬灯で見た俺は、理外権能で〔再構築〕した木と石の剣を振る俺よりも、見当もつかないほどの速度で刀を振るっていた。
俺にあんな芸当ができるようになるのかまだ確定したわけじゃないが、ああいう風になれるのなら、なりたい。
「お前はこれからかなりハードなスケジュールをこなしてもらわねばならん。
自由な時間などないかもしれないが、良いか?」
「もちろんだとも」
気づくとはにかみながら答えていた俺の顔を眺めるヌルは「いい顔だ」と笑ってくれた。
……感情がないってのは、やっぱり嘘じゃないのかよ?
◆◆◆
朝の寒さは徐々に鳴りを潜め、陽光の温かさが周囲に満ちていく。
あれから二時間ほど歩いた先で、ようやく森を抜けた。
森の外は広野となっていて、背の低い草花が草原を作り出していた。
「見えるか?あれが目的の村だ」
「え?どこ」
指さした方向には、俺の視力じゃ捕らえられないのかただ草原が広がっているだけだった。
「おっと、只人の身体能力ではまだ見えないか。
もう少し進もうか」
またしても俺はヌルの後ろについていく。
これまででかなりの距離を歩いているはずなのだが、少女とは思えない体力で一定の速度を維持しながら歩くヌル。
俺は少し疲れつつあったのだが、さすがにああいった手前休みたいなどとは言いだせず、体力トレーニングの一環だと思って耐えることにしたのだった。
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