第108話 作戦通りとは言い難い
アルナレイト、レアンが満身創痍となった今、レグシズはようやく重い腰を上げて刀を抜いた。
レグシズは目の前で行われる壮絶なる戦いを見て、あるものを感じていた。
自身のたどり着くことのなかった領域での戦い。弟子たちが死力を尽くして挑んでも、あと一歩のところで命を落とすほどの強敵。
今すぐにでも立ち上がらなければならないというのに、動けなかった。
その理由は、諫めていたのだ。己の内側にある、戦いへの渇望を。
品性ある振る舞いで人生の大半で隠し通してきた渇望。
内に眠る戦いへの飢えを、ようやく満たすだけの戦いの場を得た。
服装で口元を隠したレグシズは、獰猛な笑みを浮かべて抜刀した。
「「─────────……行くぞ…!!!」」
レグシズが持つ刀は、その刀身が透けていた。輪郭がぼやけていた。実像がブレていた。
その刀は、霞刀・朧という名を持つ、ルーファス家に伝わる伝家の魔剣である。
「「そんなボロ剣で何ができるっていうんや!?」」
レグシズとニーアが激突する。
本来なら圧倒的な種族の差で押し負けて当然だが、レグシズは今、レアンの【共鳴】を受けて魔力操作の感覚をレアンの感覚で行っている。
レアンの魔力操作感覚と、レグシズの魔力。レアンほどとは言わないが、それでも只人の中では最も高い魔力量を誇るレグシズの魔力量で強化された肉体は、ニーアの攻撃を受け止められるのだ。
だが、いつまでも鍔迫り合いをしては魔力が底を尽き、いずれはアルナレイトと同じ末路となる。
そんな状況の中、レグシズは霞刀・朧の能力を使用し状況を打開すべく動く。
霞刀・朧には存在乖離の性質を帯びた魔力を発する。
存在乖離の性質は、構成する存在の次元を乖離させることができる。
要は存在する次元をズらして、透過することもできるのだ。
レグシズは鍔迫り合う刀身、そして自身の体の次元をズらした。
ニーアの振るう赤黒い大斧を刀とレグシズが透過したのだ。すり抜けたのだ。
「────────なにッ!?」
「「────────せいああぁぁぁぁッ!!!」」
裂帛の気迫を纏うその刀身は、透過し無防備となったニーアの体を、袈裟懸けに深々と切り裂いた。
「なん……やと、何をした?」
「ただ切った。それだけのことよ」
だが、ニーアの体はまたしても赤黒い電撃を放ちながら再生していく。
「そうはさせん!」
レグシズは再び刀を纏い、自身を存在乖離状態へと移行した。
そして、次は別方向へとその力を活用する。
存在する次元があやふやな状態となるこの存在乖離状態を活用すれば。
────────すべての可能性を魔力によって刃として形成できる。
それはバルブゼスが行う技と同じ、複数の斬撃を発生させるのだ。
傷を回復させるニーアの体を、それを上回る速度と手数で攻撃を行うレグシズ。
「「痛い痛い痛いッッ!!!!」」
「再生するというのなら! 再生するそばから刻んでやろう!!!」
斬撃の嵐がニーアを傷つけ続ける中、背後からレグシズを狙う荊の男。
両足を切り落とされ、荊の男と同じ力を振るうニーアによって両足を失い血だまりの中に伏すアルナレイトは、師匠の邪魔をさせないために立ち上がろうとするも、既に体に力が入らない。
「くそ……こんなところで………!!」
そこに通信装置から連絡が入る。
『アルナレイトさん、止血を!』
『エスティエットか。だが、それどころじゃ』
『僕が何とかします。だから早く止血を!!』
エスティエットが焦っているのには訳があった。
アルナレイトの出血量は、実は既に死に至る量を超えていた。
だが、アルナレイトが理外化を発動させていたこと、そしてアルナレイトは今、死ぬわけにはいかないという思いが、理外の力によって生命力の限界を突破させ、あと一歩のところで踏みとどまっていたのだ。
『……任せるぞ、エスティエット!』
『はい!』
エスティエットはこれまでの作戦行動で大量の魔力を消費していたが、それでもレアンの魔力操作感覚を【共鳴】されていたため、魔力の消費量は今まででもっとも軽減されていた。
エスティエットは二つの魔術を同時編纂する。
魔術は基本一人で編纂できるのは一つまでで、以降は並列思考が必要となる。
エスティエットは自力で4つまでの並列思考を行える。
冠級魔術師の中では最も少ない数ではあるが、それでも常人を卓越した行いである。
編纂した魔術は、隠蔽魔術と攻撃魔術。
攻撃魔術は威力の高さに比例して消費する魔力量が増加する。消費魔力が大きいということはそれだけ反応も大きくなり、魔術の心得があるニーアには防がれてしまうかもしれない。
それゆえに隠蔽魔術を用いてその反応を隠し、エスティエットは攻撃魔術を構築する。
(ただの攻撃魔術ではだめだ、こっちに意識を向けさせないと)
エスティエットは帝国お抱えの学術都市で学んだすべての魔術を思い巡らし、一つの魔術を思い出した。
(これだ。これなら!)
エスティエットは術式を組み上げる。
根幹術式を編纂し小術式を構築。加項術式によって威力と術式の効果を高める。
隠蔽魔術で隠してはいるものの、空間に作用させる魔術は空間の波動を感知されやすい。
だが、それでいい。隠されたものの正体が明かされそうになっている時こそ、その意識はそこにしか向かない。それ以外には向かない。
「「……ッ!!」」
放たれた魔術は、次元切削弾。
その術式効果に触れた対象は、空間ごと削り取られてしまう危険窮まる術式であった。
「っぶねえ!」
命中する寸でのところで感知した男は回避した。
僅かに生じたその隙を、逃さず仕留める者がいた。
「────────ッ!!」
エスティエットの忠告を聞かずに義手の筋力を活かして跳躍したアルナレイトだった。
アルナレイトは男の首を刎ねるべく刀を振り降ろす。
だが、脚部を失い重心移動のままならないアルナレイトの攻撃を受けるほど、鈍いわけではない。
アルナレイトの一撃は間一髪のところで回避され、アルナレイトはまたしても蹴り飛ばされる。
「かはっ」
そのアルナレイトを受け止める者がいた。
「………いつの間に………」
満身創痍となったアルナレイトは、その顔を見上げる。
「……あまり無理はするな。アルナレイト」
そこにいたのはヌル。なぜここにいるのか、とアルナレイトは考えたものの、今は最優先すべきことがあると伝えようとするも、折れた肋骨が肺に刺さって激痛で話せない。
だが、その意図をくみ取ったかのようにヌルは頷くと、レアンに治療を施した。
「お前も止血を………そうか、あいつの攻撃を受けたのだな」
体に理外権能で血液を戻し続けているが、意識を失えば出血が止まらずにやがて死ぬ。
失った両足を手当てしたヌルは、そのまま男の元へ向かった。
「うう」
まともに話せないアルナレイトの呻き声に頷くヌル。
「……おいおいおいおい。いつの間に成長したんだ?サイファー」
「お前に話す義理はないな、ヒュヴヒルト」
荊の男、ヒュヴヒルトはヌルと相対した。
「まさか生きていたとはな」
「俺もびっくりだぜ。まさかあの状況から生き残れるなんてな」
「だが、今日お前は死ぬ」
「そうかい。誰が俺を殺してくれるんだ?あそこで倒れてる男か?」
「いいや、私がお前を殺そう」
ヌルは会話しながら先頭の惨状を見渡す。歩きながら確認する。
ヌルに付いて行くようにヒュヴヒルトも位置を変える。
「……さて、はじめようか」
ヌルがそう言葉を放った。その時だった。
ニーアをひたすらに切り刻み続けていたレグシズが即座に距離を取り、そしてヌルはヒュヴヒルトを、地面から現れた鎖で拘束した。
「こんなものが通じるとでも……」
力いっぱいに引きちぎろうとするが、びくともしない。
「エスティエット。お前の魔術を”模倣”させてもらった」
魔力強固鎖捕縛によって拘束されたヒュヴヒルトは激しく暴れるが、本来の魔術よりも強化された効果で千切れる気配を見せない。
一方その頃。
圧倒的な存在感を醸し出す巨大な機械──────否。戦略級撃滅兵器を操るミタラが、アルナレイト達が血戦繰り広げる広間へ向けて照準を合わせていた。
『今だ。誘導は完了した。撃て』
『りょーかいっ! 狙い撃ちだぜぇっ!』
鉄塔たる砲身のスリットから漏れ出ていた光が次第に強さを増した。
そして、内部機関から圧縮されたエネルギーが、
光の奔流となって打ち出される──────。
ギュイィィィン、という甲高い音が周囲に響き渡り、チャンバー内から装填された臨界状態のエネルギーが指向性を得て放たれた。
一条の光の杭となって放たれた弾頭は、強化された城の外壁を瞬時に揮発させ、抵抗を許さぬ程の破壊力で何枚もの内壁を貫き、そして。
アルナレイト達がいる広間へ、一切の威力を損なうことなく到達し──────。
「「なん──────」」
「「ひぎぃあ──────」」
──────ニーア、ヒュヴヒルトは光の奔流に飲み込まれた。