第106話 右腕の仇
すみませんでした。風邪にかかっていて書けませんでした。
初めてその言葉を聞いたときに、偶然だろうと思った。
偶々だ、そんな名前はいくらでもいると思った。
だが、送られてきた映像に映る”彼女”は、あの時見た”彼女”と全く同じだった。
なぜ彼女がこんなことをしているのか、その理由は、目的は………?
何もかもがわからない。だが、一つ確かなことがある。
私が彼女の前に姿を表せば、たちまちに殺されてしまうだろう。
私が”彼ら”にしたことを考えれば当たり前だ。それ以外はあり得ない。
………もう死んだと思っていた。死んでいて欲しかった。
どうやら、過去からの手からは逃れられないらしい。
………
……
…
化け物と化したロスナンティスを葬り、ゼファライーシスも味方となった今、ニーアに味方はいない。
それに加えて、ニーアはおそらく魔術師。
スキルも保有しているだろう。バルブゼス、レアンには厳しい相手となる。
強力なスキル、魔術による攻撃は尋常ならざる威力を持ち、容易く命を落とすことになる。
だが、俺に対してそれは、効果はない。
いかに強力な魔術、スキルを用いたとて、理外の力には一切干渉できない。触れたそばから消してしまう。
魔術、スキルを戦闘の主体にするであろうニーアのようなタイプにとって、俺は天敵となるのだ。
俺は切先を向け、ニーアへ告げる。
「お前に勝ち目はない。あきらめろニーア。
街の人たちを元に戻せ。そうすれば楽に殺してやる」
「………んふぅ、なははは」
「………?何がおかしい?」
「いや、何でもあらへんよ。
悪いけどそれはでけへんなぁ。あんなごみ枝でも使い道はあるさかい、戻すのは損やわ」
「損得の話ではない。元に戻さなければ死に至る苦痛を与えてむごたらしく殺す」
「そんな脅しが通用すると思うとるんなら甘いなぁ、甘ちゃんやで」
「というかあんたらにそんな優しがあるなんて以外やわぁ。
あの未熟児ら、皆殺しにしたんやろ?」
……やはり、こいつがあの赤子たちを用意したのだろう。
「おもろいなぁ、おもろいなぁ………!
愛情に飢える子どもを鏖殺しといて、自分らは人間であろうとするその姿勢………。
見苦しい見苦しい………なはははははは!!」
「………ッ」
燻ぶっていた怒りの焔が、この女に向けて再び大きく立ち上るのを感じた。
心の奥底に、ようやく収まりかけていた熱が再び広がる。
湧き上がる憤怒は、しかし内側に留める。衝動のままに行動するのは愚かだからだ。
嚇怒の原動力で理性を回せ。殺意へと変換しろ。
俺の中からすぅっと怒りが消えていき、代わりにニーアという女に対する純粋な殺意だけが残る。
俺は生じた殺意のあらんかぎりを瞳に集め、ただニーアを見つめた。
二やけた顔をやめなかったニーアは、そこでようやく口角を下げた。
「………その目。気に入らんな」
「俺はお前が気に入らないよ。お前という存在が」
「そうか、じゃあ互いに殺し合うしかないゆうわけやな」
「そうだな────────」
互いの殺意が空間を満たし、その接触点は火花を散らして弾ける。
一際強い花火が散った時────────
────────その瞬間、戦いは火ぶたを切った。
ニーアの周囲が空間の歪むような波動を放ち、それが周囲に霧散させていた力を収束させていた。
俺は刀を握り、理外化を行う。
全身が世界の枷から解き放たれる感覚と共に、俺はすぐさま剣速、思考速度、動作速度、反応速度、認識速度を限界まで〔加速〕した。
ニーアは周囲に鬼火のようなエネルギー弾を生成する。その数は12個。
アルナレイトは下段に刀を構え、一陣の風となりニーアへ吹く。
その12のエネルギー弾が飛来するもすべて叩き落し、刀に纏った理外の力が消滅させていく。
ニーアはさらに大量のエネルギー弾を発生させ、今度は同時に放ってくる。
アルナレイトは刀を納刀し、待ち構えた。
アルナレイトの至近距離にまで迫ったエネルギー弾が、すべて弾ける。跡形もなく消し飛ぶ。
(………なんや、あの刀。
鞘に納めて待ち構えるってことは、それがいまの高速斬撃の構えか)
ニーアは同時に放ったエネルギー弾が同時に消滅したことに対し、アルナレイトが超神速の抜刀術ですべてほぼ同時に叩き落した、と考え。
その構えが刀を納刀するものだと認識した。
今度は大量のエネルギー弾を二回に分けて放つ。
納刀状態で接近するアルナレイトは一度目は回避し、二度目は迎撃した。
(なるほど、二回連続は使えんってわけか。
とはいえ、うちですら見えないほどの高速連撃………接近されるのはまずいかもな)
引き続きエネルギー弾を打ちながら距離を取るニーアは、少しの間を置き50を超えるエネルギー弾を生成し、3回に分けて放つ。
難なく一度目、二度目を回避したアルナレイトは三度目の迎撃を行うべく納刀した。
一瞬の内にすべての弾がはじけ飛んだ時、ニーアは、あえて格闘攻撃を行うべく接近した。
「もろたで!」
ニーアは自身のスキルを用いてアルナレイトへ攻撃を行った。
その拳には青い焔が纏われていた。
焔が広がりアルナレイトを覆いつくしていく。
「「さぁ、奪わせてもらうで、あんたの剣技を!!」」
それはニーアのスキル【強欲なる簒奪】。
手から発生した青い炎のようなエネルギーで、ニーアと対象が繋がった時。相手を構成する要素を一つ、奪うことができるのだ。
ニーアはアルナレイトの剣技を奪い我が物とするためにそのスキルを使った。
簒奪の青炎がアルナレイトを覆う。決して逃さぬようにと。
だが、その炎の一端がアルナレイトに触れた途端。
まるで最初から無かったように、消えたのだ。
(拒絶された……?
いや、ちゃうな、そんなちゃちなもんちゃうわ)
ニーアは目の前で起きたことを理解できなかった。
スキルは確かに発動した。感覚として確かにあった。だが、目の前で起きたことは違った。
そしてニーアはこの時、何が起きたのか理解しようとした。
拳を無防備に突き出した状態で。
圧倒的な身体能力の──────────。
圧倒的な魔力量の──────────。
──────────覆しようのない差。
──────────だが、隙はある。
思考が戦闘から離れたその僅かな須臾の間隙は、しかし死を招く行い」。
死神に魂を見せびらかすようなもの。
無防備に突き出した腕を、アルナレイトは逃さずに斬り落とすべく刀を振るった。
アルナレイトが仕掛けていたのは、誘導。
エネルギー弾を刀で切り落とせるとニーアに認識させ、そしてエネルギー弾の多数攻撃には納刀からの高速攻撃で迎撃する。
そしてその高速攻撃を連続で使用できない。それを相手に認識させるために回避した。
だからこそ、ニーアはアルナレイトが納刀し、高速連撃を行った直後に攻撃した。
高速連撃は一度まで。二度目には一呼吸置いて放つ必要があると、そう思い込ませた。
それが、理外の力で弾かれたとは知らずに。
だが、油断したのはこの時アルナレイトの方であった。
刃が柔肌に触れたその瞬間、刃の触れた部分に一瞬、何かが表面を走り受け止めたのだ。
全力で刀を振り上げたアルナレイトは体勢を崩された。
しかし、ニーアは追撃をしない。
思考を逡巡させ、答えを導き出そうとしているのだ。
(なんだ今の、何が起きた……?)
意識を削いだ間の攻撃。それは防御などできない。
だが、防いで見せたニーアは、一体何をしたのか。
「……自動防御が働くほどの一太刀……よほど鋭い一太刀みたいやな」
アルナレイトの一太刀には、威力はない。速度も、破壊力も重さもない。
それはアルナレイトが一番に理解している。
アルナレイトの一太刀は、威力を捨て、速度はもとより破壊力と重さを捨てた。
その一太刀は──────────ただひたすらに鋭いのだ。
ニーアが何かしらの手段で防御しなければその腕を落とされていた。それほどに。
(……やはりそう簡単に、腕一本は落とせないか。
とはいえ、何で相手は防いだんだ………?)
理外の力を纏っていた刀は、スキルや魔力による防御を貫通する。
だがそれを防いだ。つまりスキル、魔力による防御ではない。
鎧や暗器によるものでなくてはならない。しかし、アルナレイトほどの技量を持つ者が、隠し持てる小さな暗器や鎧を切断できないわけはない。
では、何なのか。
その答えが、新たな敵と共に現れた。
「──────────ッ!!??」
いつがしかに感じた、おぞましい気配。その気配が、自身の足元に。
即座に受け流したことで事なきを得たが、何を受け流したのかは認識しなかった。
地面から飛び出た何か、それは──────────黒い芯を持つ赤い半透明の荊。
恐ろしい恐怖が蘇る──────────右腕を奪われた、あの恐怖を、
全身を荊の模様が走る男が、目の前に立っていた。
下膨れの鼻を持つ、あの男。
この世界に来て初めて、アルナレイトの右腕を奪った男だった。
「……お前。生きていたのか」
「おうとも、まあほぼ死んでたようなもんだがな」
なぜニーアの居城にこの男がいるのか。
それでほぼ確定した。ニーアとこの男が繋がっている。であれば。
自分の目的である、この世界の膨張を止めること。
その目的に近い位置にあるこの男は、死んだと思っていた。
だが、何の運命か生きていた。生きていたのなら、話は早い。
「よくもまあ、あの時ぶった切ってくれたな。まだ傷が痛むぜ」
「ぶった切った?何のことだ」
「まあなんでもいいぜ。ほら、リベンジだ」
その瞬間、体から生えた無数の荊がアルナレイトを襲う。
だが、この世界に来た時から大きく成長したアルナレイトはその荊すべてを受け流した。
「おお!やるねえ!」
「………」
冷静にすべてを受け流したアルナレイトだったが、違和を感じていた。
現状は優勢。仲間は誰一人傷ついていない。
だが、荊の男とニーアの戦力が未知数である以上、油断は一切許されない状況であった。