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第105話 敗北

 その後の戦いは悲惨なものだった。

 バルブゼス、ゼファライーシスの治療に向かったエスティエットまでもが戦闘不能になり、俺と師匠、そしてレアンの三人で魔女ニーアと戦うことになった。

 戦闘開始早々に師匠は魔女ニーアの騎乗する化け物の一撃を受け、防御には成功したが防御の上からでもダメージを貫通させる程の重い一撃は、容易く師匠の片腕をへし折った。

 俺は剣術を教えてくださった師匠がこうも簡単に腕を折られたことによる恐怖と、師匠が苦悶の表情を浮かべたことの、苦しみに耐えるその姿を見て、ほぼ反射的に敵へ向かっていた。


 「ッい────────うああぁっ」


 バルブゼス、ゼファライーシス、師匠の受けた分のダメージを絶対に返す。

 感情を込め、全身の力をかき集めて刀に集中させ、大きく踏み込み大ぶりの斬撃を放つ。


 だが、いかに感情をを込め筋力の限りを尽くして刀を振ったとしても、そんなものに意味はない。

 戦いとは現実的で、自分の思いどうこうで結果を左右できるわけではない。

 俺はそれを、壁に叩きつけられながら思い知ることになった。


 衝撃で気絶する間際、レアンがこちらへ駆け寄ってきているのを見た。


 背後に迫るニーアは、口角を吊り上げ瞳を大きく見開く。

 弱った獲物をいたぶり、興奮して恍惚の表情を浮かべていた。


 「───────い、れあ」


 にげろ、と声に出すこともままならず、俺はその場で意識を失った。


 ◆◆◆


 何も聞こえない暗闇の中。明確に意識が覚醒したのはいつだったかわからない。


 でも、湿った音がずっと鳴り響いている。


 ぐちゅ、ぐちゅ。ぱちゅん、ぱちゅん。ぐちゅぐちゅ、ぱちゅんぱちゅん。ずぷぷ。ぬぷ。

 ぐちゅぐちゅ、ぱちゅぱちゅ。びちゃびちゃ、ぱちんぱちんぱちぱちん。


 止むことはない。ずっとなり続けている。

 水音を含む音は ただひたすらに。止まる予兆もなく。


 ぐちゅ、ぐちゅ。ぱちゅん、ぱちゅん。ぐちゅぐちゅ、ぱちゅんぱちゅん。ぬぷぷ、ずぷ。

 ぐちゅぐちゅ、ぱちゅぱちゅ。びちゃびちゃ、ぱちぱちぱちぱち。

 ごぷ、ごぷ、ごぽ、ごぷ。


 「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」


 次第に暗闇の中を目が慣れてくると、俺は浮かぶ輪郭を見つけた。


 「いや、もう、いあ、やめ、はな、やだ、いん、うぷ」


 そしてまた、ぐちゅ、ぐちゅ。ぱちゅん、ぱちゅん。ぐちゅぐちゅ、ぱちゅんぱちゅん。

 ぐちゅぐちゅ、ぱちゅぱちゅ。びちゃびちゃ、ぱちぱちぱちぱち。

 ごぷ、ごぷ、ごぽ、ごぷ。


 俺は現実の認識を拒絶した。

 外の世界の観測をあきらめた。

 それ以上、見たくなかった。いやだった。認めたくなかった。

 

 あんな凄惨な目に合っているのが、俺のせいだと思いたくなかった。


 ◆ ◆ ◆


 〔さあ、正念場はここからだ〕


 豪華絢爛な装飾品に、色とりどりの調度が配置され、巨大なステンドグラスの並ぶ広間への通路。

 まるで夢から覚めるように、何かに気づいたように俺はその場に立っていた。

 

 「……なにが、起こって……」


 俺は即座に振り返り、仲間たちが無事であることを確認し、ほっと胸をなでおろす。

 すると、きみょうな声が聞こえてきた


 〔いいか、よく聞け。今お前が観測したのは、理外の力の効果による結果だ。

 非常に精度の高いデジャヴのように考えておけ〕


 俺に語り掛けるこの声は一体誰なんだ?

 さっきも、正念場がどうこうと言った声が聞こえて目が覚めた。

 今までこんなことなかったのに、いったいなぜだ?


 〔やつらと戦うときはこうなる。お前の目的を果たすための補助のようなものだ〕

 (………やつらってのは、ニーアのことか?)

 〔そうだ。もう気づいているだろ。あれは一人じゃない。ここで多くが死んだ。

 今はお前が死なない限りは、それをデジャヴにできる。

 お前はうまくやるだろう。気張れよ。正念場はここからだ〕

 

 その言葉を最後にもう聞こえることはなくなった。


 俺は現状を確認する。

 理外の力の効果、時間や空間を無視するという効果が発揮され、先ほど観測した結末はまだ現実にはなっていないらしい。


 同じように進めばまた同じ結末にたどりつき、またこうしてタイムリープするのだろう。

 きっとタイムリープする理由は、俺がその結末を否定したから。

 俺自身が納得する結果に至るまで、何度もやり直すことができるのだろう。


 だがそれにも条件がある。それは、俺が死ぬとタイムリープはできない。ということだ。

 さっきの声が事実なのだとしたら、死んだ時点でその未来は決定され、現実となる。

 

 俺は死ぬわけにはいかない。だが、それと同時に仲間を死なせるわけにはいかない。

 最高の未来をつかむために、俺は全力を尽くすことにした。


 ………



 ……



 …


 二回目のタイムリープが発生した結末は、師匠が死亡した。

 ゼファライーシスの説得に失敗し、一騎打ちの末に刺し違えた。


 三回目のタイムリープが発生した結末は、エスティエットが死亡した。

 戦闘が長引きすぎてニーアが乱入し、防ぎきれずに頭を握りつぶされた。


 四回目のタイムリープは、バルブゼスが化け物に殺された。

 口に化け物の指を差し込まれて、そのまま上あごと下あごを可動域以上に開かれて死亡した。


 五回目は、レアンが──────────。

 六回、七回、八回、九回、十回。十一回、十二回、十三回。

 十四十五十六十七十八十九二十──────────。


 あれから何度繰り返しただろうか。

 もはや覚えていない。何度も何度も違う方法で試したが、必ず誰かが、死んでしまう。


 ………あきらめるしかないのか?


 そもそも人の身で、最弱の劣等種が、他種族に勝とうというのがおかしいのではないか。

 勝ち目のない戦いにひたすら挑み続けているような気がする。しんどい。苦しい。


 ………弱音を吐くな。何がしんどいだ。苦しいだ。

 お前が耐えればいい。お前が苦しめばいい。その分仲間は楽になる。


 (いや、それも違うか。

 俺が自罰するたびに仲間はその様子を見て罪悪感を募らせている。

 後悔し、苦しんでもその姿は見せるな。表に出すな)


 そうだ。どうせ何度も繰り返すんだ。

 未来の技量を自分に流し続けろ。

 そうすれば、この果てしない時間の中で幾ばくかの成長はできるはずだ。


 ………



 ……



 …

  


 最早慣れたもの。


 ゼファライーシスと会話し、レアンのもつゼフィリオーセスのイメージを共鳴させて懐柔する。

 その後乱入してくるニーアと王の慣れ果てと戦う。


 壁を破壊して吹き飛ばされる二人の前に金属の障壁を〔再構築〕して攻撃を弾く。


 初撃は必ず大振りの一撃。

 刀で受け流しつつ、腕の下に潜り込む。

 そのまま肩口から一太刀で腕を落し、痛みで暴れるからいったん回避して距離を取る。

 ここで逃げなかったときは頭を踏みつぶされて死に掛けた。レアンが俺をかばうために位置を入れ替わり、レアンの頭部がぐちゃぐちゃになったことはもう忘れられない。

 

 距離を取る際、三回の攻撃に注意する。

 手足を暴れさせて回転する。今回はうまく着地したため態勢を整える過程を踏まずにそのまま重心の跳ね返りと刀の太刀筋を合わせて脚部を斬り切断する。

 こうなれば動くことはできない。


 だが、気を付けるべきはその胴体。

 無数に生えた目と口は、バルブゼスが剣技でようやく搔き消せるほどの高威力なエネルギー弾を放つ。

 レアンはこの攻撃を一度回避しそこなって足を失った。


 俺はすべてのエネルギー弾を弾き、体に命中させることなく回避して、目と口の一つ一つを潰していく。

 ゼフィリオーセスとの約束は、守れそうにない。

 このような化け物と化してしまった者を救う手立てなどない。


 俺は心の中にいるゼフィリオーセスへ謝罪し、それと同時に気を引き締めなおした。


 手足を失ったとはいえきみょうな肉片が伸縮してこちらに攻撃してくる。

 その攻撃を喰らえば体に寄生虫が付き、肉を突き破ってくるから注意が必要だ。

 触手と手足をすべて読み回避し捌き受け流し一太刀を加える。


 その様子を見ていたバルブゼスは、アルナレイトの動きに高揚感を覚えた。


 「見てみろよ、レアン………!

 あれが本当に、剣を握って半年の男の動きか!?」


 バルブゼスはその時、アルナレイトという男の技量、その高さを見た。

 一切無駄のない動きは、剣術だけでなく身のこなしまで一流の剣士だった。

 特にその受け流しの技量は卓抜たるもので、バルブゼスにさえ不可能な超絶なる技巧。

 アルナレイトと白兵戦を強いられたとき、彼を止める手立てはない。

 反射的に放った攻撃はすべて隙となり、異様に鋭い一太刀を受けてしまう。


 「あれが、アルナの全力………」


 レアンが着目するのは、アルナレイトの斬撃。

 受け流しや切り裂く斬撃において、アルナレイトの剣は流れる水の如く滑らかなで、何より。

 ─────────音がしない。無音の剣なのだ。


 一切無駄のない太刀筋は、音にも変換されることなくすべてが切断力に変わる。

 きっと今のアルナレイトなら、金属すら容易く断ち切ってしまうだろう。


 人間離れした身のこなしに卓越した技量。万能が故に扱いきれぬ理外権能。

 アルナレイトはその二つだけで、この過酷な世界を生き残ってきたのだ。

 魔力やスキルに頼ることもできず、戦いの素人であった時からずっと鍛錬を積み、決意を胸に戦ってきた。

 その剣技は、生死の同居する世界で磨かれた。


 そして、何度も擬似タイムリープする中で、アルナレイトはより技量を高めていった。

 肉体を鍛えようとも時間が巻き戻るのであれば意味はないが、それが技であれば話は別だ。

 技は意識に付随する。何度繰り返そうと意識はそのままだから、引き継げるのだ。


 その剣技を以てして、ついにアルナレイトは化け物と化した王を打ち取ったのだった。


 すべての目、口を切り捨てられて、ロスナンティスの体はしぼんでいく。

 最後にはやせ細った体。木乃伊(ミイラ)のようになり、朽ち果てて消えていった。


 常人離れした技量を見せた後であっても疲労を見せないアルナレイトは、その場に立つ真なる敵にして、今回の騒動の主犯であるニーアへ刀を向ける。


 「終わりだ、ニーア。

 お前はここで死に絶える」


 向けられた切先よりも鋭い言葉に、しかしニーアは笑みを浮かべたのだった。

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