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第104話 分岐点

 有角人種(キャリブホーナイン)の頭部に生える角は魔力回廊が異常成長したもので、その大きさ、数が多ければ多いほど有角人種としての強さは上昇する。

 ゼフィリオーセスの弟、有角人種最強の剣士たるゼファライーシス。


 その通り名は忌み角。


 忌み角のゼファライーシスは、兄ゼフィリオーセスとは違い二本の角を持っている。

 有角人種の角は本人の成長を表す。ゼフィリオーセスは真っ直ぐに剣の道を進んできたことを表す、大きな一本角だったが、ゼファライーシスはねじれた二つの角。


 二本の角を持って生まれる子どもは極めて稀だった


 有角人種国の風習にあったののは、二本の角を持つ者を厄災の子として忌み、差別する。

 だが、その風習は愚かなものでしかなかった。

 

 実際的に見れば、角は過剰成長した魔力回廊であり、それが二本生えている方が魔力回廊が増えるため強くなる。

 その風習はあまりに無意味、というよりかは二つの角を持つ子が生まれてきた場合は間引いていた。

 種族の進化を阻害していた悪しき習わしなのである。


 なぜそんな習わしが生まれたのか。

 二本の角の角を持つ者が多いのは、比較的若い世代たちだったからだ。


 一本角の方が優れている、という認識を植え付けたのは、アーバンクレイヴ建国の際に寄り集まった村の村長たちが、自分より優れた存在が生まれることを恐れ、恐怖した結果。

 その事実が広まる前に認識を塗り替えた。


 国家が腐る理由と同じ。

 既得権益を手放せない卑下すべき愚か者どもが種族の進化を停滞させていたのだ。


 歪んだ環境で生きてきたゼファライーシスは非差別者となってしまい激しく批判され続けたことでその角は悪魔の如くねじれ、そしてその心の奥底で殺意を溜め続けた。


 しかし、ゼファライーシスはゼフィリオーセスを尊敬していたが故に、行動を起こすことはなかった。


 だが、兄が死に、己をつなぎとめる者が居なくなった今、どうせ龍神国にケンカを売ったこの国に未来はないと見限り、この国を亡ぼすことを決めた。


 王はすでに狂い死に、救うべきものはいない。


 ゼファライーシスは兄の守ろうとしたこの国を滅ぼした自分をかばってくれた王を狂わせたニーアを殺し、自分もこの国の歴史の闇に消える。


 重い腰を上げ、二振りの剣を背負うと、ゼファライーシスは大広間へ向けて歩き出す。

 

 ◆ ◆ ◆


 王城へ到達したアルナレイト達は、大門に施されていた凄い魔力量で構築された結界をどうしようかと思案していた。

 その結界はバルブゼスの一撃でも、レアンがドルノレドとフィゼンに大ダメージを与えた攻撃でもびくともしないほどの強度を帯びていて、エスティエットは施された魔術の術式を解析すべく干渉しようとしたのだが、アルナレイトの理外権能〔解析〕から、術式解析に対するカウンター術式が存在するとのことだった。


 エスティエットが行おうとしていたのは、術式の逆の効果を発揮させ、魔術の効果を消滅させる高等魔術に分類される”反証術式”であったが、これの発動には時間がかかるのだ。

 

 「………どうしましょうか、これ」

 「いや、どうするもない。ここまで来たんならもう出し惜しみは無しだ」


 アルナレイトは背丈の何倍もある扉に近づき、左手を翳す。


 ただの魔術ではない強度で強化されているこの扉にアルナレイトは左手に理外の力を纏って触れた。

 

 ────────その瞬間、禍々しい魔力と共に扉を強化していた魔術は跡形もなく消し飛んだ。

 

 だが、それと同時に背後から大量の術式が展開された。


 「────────(トラップ)の術式か!」


 おそらく魔術を解除すると同時に背後に設置された魔術が発動するよう術式を組んでいたのだろう。

 

 しかし、それすらアルナレイトには意味を成さない。


 「魔術の軌道を────────〔歪曲〕させる」


 アルナレイトがそう唱えると同時に接近していた魔術は、その軌道が左右に逸れていく。


 「これで一安心ですね………」

 「いや、まだだ」


 そういうや否や、アルナレイトは地面に触れて〔解析〕と唱えた。

 〔解析〕の権能からは地面に大量の爆薬が隠されていると反応したため、アルナレイトはすぐさまそれを〔分解〕し、インテグラル・レギオン建設時に大量に出た土やら石やらを〔再構築〕することで地面の陥没を防いだ。


 「………反証術式は時間がかかる。なら回避するか、軌道を逸らすのが定石だが、それをすれば地面の爆薬に引火して爆殺される……二重の策か」

 「……気づきませんでした。周囲の状況も解析するべきでした」

 「非常時だから仕方ないだろう」


 恐ろしい大門のギミックを突破したアルナレイト達は王城の中へ進んでいく。

 

 豪華絢爛な装飾品に、色とりどりの調度が配置され、巨大なステンドグラスは元の世界では何円するのか判別もつかない。

 この鬱蒼とした気配さえなければ、荘厳ながら神々しい雰囲気で、美しい景観だっただろうに。


 「……誰かいるな」


 シルエットしか見えないが、大広間に誰かがいるのを見つけた。

 しかし、それが誰かは判らない。

 ニーアであればエスティエットが知らせてくれるだろうし、その気配を感じ取れずとも、嫌な雰囲気で分かるはずだ。

 

 歩を進めるにつれその男の輪郭が明らかになり、姿がはっきりしてくる。


 装飾された鎧に身を包むその男は、190cmはあろうかという背丈。

 ゼフィリオーセスや五栄角とは異なり、山羊のようにうねった角が二本生えている。


 〔さあ、正念場はここからだ〕


 突然にその言葉が聞こえた。聞き覚えのある声だった。

 振り返って後ろを見ても、俺を見つめる仲間の姿があるだけだった。


 アルナレイトはその顔を目視して気づく。険しさこそあれど、ゼフィリオーセスの血縁者であると。

 レアンからの情報では、ゼファライーシスだったはずだ。


 レアンに伝えられたゼフィリオーセスの意思を魔力信号へ変換し、それを電気信号へもう一度変換した情報の中には、今、目の前に立っている男に似ているイメージがあった。

 他の情報は不鮮明なものが多かったが、何度も何度も強くイメージしていたのだろう。

 強いイメージは意志に刻まれ、より鮮明に記憶されていた。


 「………そこで止まれ」


 低く、唸るような声が響く。

 

 「貴様ら侵略者がこれ以上踏み込むことは、この忌み角のゼファライーシスが許さない。

 立ち去れ。それかここで死ね」

 「……あなたが、ゼファライーシス………」


 本人から意思を受け取ったレアンは、感慨深げにそう言った。


 「………ッ!?」


 レアンに一瞥をくれたゼファライーシスは、大きく瞳を見開いて二度見する。

 

 「…なぜ貴様から我が兄の気配を感じる………?」

 「ねぇ、ゼファライーシス。あなたに聞いてほしい話があるの」

 「……聞かぬ。我はニーアより侵入者抹殺の任を任された身。これ以上の不要な会話は即座に攻撃対象と見做す」

 「そんな! 少しだけでも──────────」


 話を、と言い終わるよりも早く、ゼファライーシスは姿を消した。


 そして───────瞬く間に両の腕に握られた剣をレアンに振り下ろす。


 全く反応できなかった。俺もレアンもそれは同じだった。

 この半年間で成長してきた俺達ならば、見切れずとも反応するくらいはできると本気で思い込んでいた。

 だが、その思い上がりが─────────レアンに死を招く。


 レアンに迫る剣は、すさまじい魔力に覆われており威力は大木を一撃で破壊するほどだろう。

 だが、体が間に合わなかった。


 そんな中、背後から流星の如く閃光がゼファライーシスの剣を弾き飛ばした。

 それは閃光ではなく、バルブゼスの剣技だった。


 「わり、待たせた」

 「………ぁ、ああ。ありがとう」


 レアンの方を見ると、俺がショックと思い込みで無防備状態で切り刻まれると勘違いしてしまっていただけで、レアンはすでに迎撃準備を終わらせていたのだった。

 

 「へぇ、にしても二刀流ねぇ……酔狂者しか使わないものだと思っていたが、お前のそれは高いレベルで実戦剣術になっているようだ。いいね、心躍る!」

 「笑止、浮足立つ者は足元を掬われるぞ!」

 

 二本の剣が光を纏い、ゼファライーシスは疾走する。それと同じようにバルブゼスもまた、構えて地を蹴った。

 二本の剣と一本の剣。攻撃数で言えば二刀流の方が強い。

 だが、二本の剣を同時に操るなど曲芸もいいところ。どうしても片方の攻撃がおろそかになってしまうのだ。

 だが、その点ゼファライーシスは卓抜していた。二本の剣で多数の剣技を繰り出す。それも、片方を防御、片方を攻撃、という練度の低い使い方ではない。

 連撃に次ぐ連撃。攻撃の手を休めないゼファライーシスは、一撃一撃に全力を込めて攻撃を放っている。バルブゼスの剣と打ち合うたびに甲高い衝突音が鳴り響き、数メートル離れている俺たちの肌を音圧が打ち、浸透した衝撃が体の芯に伝わる。攻撃の威力の高さを理解させる。


 二本の剣を巧みに操るゼファライーシスだが、それでもバルブゼスの卓抜たる剣技の冴えは、手数すら上回ってゼファライーシスを追い詰めていく。


 「はっはぁ!おらもっと上げていくぞ!!」

 「くっ………!」


 手数に勝り、武器の数にも勝るゼファライーシスが圧倒されるのは、単純に技量の差。

 バルブゼスはやはりただ者ではない。彼は、ひょっとすると世界屈指の剣技を持つのではないかと思わせるほどだ。


 「バルブゼス、さん。殺しちゃダメ!」


 気づいたときにはもう、バルブゼスはゼファライーシスの剣を弾き飛ばしていた。

 剣を失ったゼファライーシスは、それに一瞬気を取られ、その隙にバルブゼスは頭部目掛けて一撃を振り下ろしていた。

 

 レアンの静止が無ければ確実に殺していただろうことから、バルブゼスの技量の高さはやはり、他を卓抜たるものがあるのは火を見るよりも明らかだ。


 「……ゼファライーシス。あなたのお兄さんから伝言があります」

 「……なんだ、さっさと殺せ!」

 「お兄さんは、王を救ってくれ、国を救ってくれって言っていた。

 あなたの強さを誇りに持っていたし、あなたを信じていた!」

 「だから何だというのだ、あの方には誰も勝てん………。

 何より、こんな国、さっさと滅べばいい!」

 「………なに?」 


 ゼファライーシスの口から、せき止められていた言葉が流れ出した。


 「なぜ俺が虐げられねばならん!?

 俺はただ、二本の角を持って生まれただけだというのに………!」

 

 ゼファライーシスは語った。

 自分が差別されてきたこと。その中でただひたすらに耐えてきたこと。

 殺意を滾らせていたことを。

 

 「この国の民に救う価値などない………滅べばいいのだ!!」

 

 差別されてきた者は、その心に深い深い傷を刻まれる。

 それは現代社会においても形を変え、人々の心を抉ってきた。

 心を傷つけられた人たちは、その痛みを味わいたくないという恐怖から攻撃的になってしまう。

 それは、心の自己防衛だ。当たり前なのだ。

 

 俺は、ゼファライーシスの意見に賛成する。

 だがそれと同時に、反対することもある。


 「国が滅べばいい、ってことはお前もこの国の行く末と運命を共にするのか」

 「そうだ!」

 「それは好きにすればいい。だが、ゼフィリオーセスの気持ちはどうなる?」

 

 これ以上俺が語るのは無粋だ。それに、俺は彼にその言葉を説く権利はない。

 俺には。


 「そうだよ。ゼファライーシス。

 あなたのお兄さんは、なぜ騎士になったのか分かる?」

 「知らない、知る由もない。知る必要はない!」

 「いいや、あなたは知っているはず」


 武装解除されたゼファライーシスに歩み寄ったレアンは、ゼファライーシスの手に触れた。


 レアンが接触することで【思念共鳴(レゾナンス・ウィル)】を用いてゼフィリオーセスの記憶、意思をゼファライーシスに共鳴させたのだ。


 ゼファライーシスは、レアンの手のぬくもりが手に伝わると、それが次第に体を包んでいくのがわかった。

 そのぬくもりは、ゼファライーシスに忘れていた遠い記憶を呼び覚まさせた。


 ゼフィリオーセスは、ゼファライーシスのために日々鍛錬し、勉学に励んでいた。

 騎士となり、王勅警護に抜擢されれば弟の立場も改善されると、そう考えていたからだ。

 その考えを汲んでくれた王は、ゼフィリオーセスを選んだのだ。


 ゼフィリオーセスは言っていた。弟を受け入れられるような国に変えてみせると。

 弟のために騎士となり、差別意識を改善することで、居場所を作ろうとしていたのだ。

 他種族から殺される恐怖を味わうことのない、安全で強い国を。


 そのことを思い出したゼファライーシスの頬には、涙が伝っていた。


 「そうだったのか………兄さんは、俺を………」


 失った兄のぬくもりに身を包まれたゼファライーシスは、流れ出す涙を拭う。

 バルブゼスが拾ってきていた剣、柄の方をゼファライーシスに突き出しながら言う。


 「共に戦ってくれるか?ゼファライーシス」

 「無論だ!微力ながら助力させてもらおう!」


 ゼファライーシスの曇っていた表情は青天のように晴れていた。

 その瞳には、熱い闘志が滾っていた。ゼフィリオーセスに似た光が宿っていた。

 

 ゼファライーシスは立ち上がり、剣を受け取って背中に背負いなおすと、こちらに向き直る。


 「ニーアのもとへ案内しよう。ついてきて─────────」


 ─────────その瞬間、猛り狂ったような雄叫びと共に、背後の壁が崩壊した。


 「「案内される必要はあらへんなぁぁぁ!?!?」」


 そこには、レアンから出力したイメージと同じ女が居た。

 切りそろえられた短髪、鋭い切れ目に紺色の瞳。小さな口と整った鼻筋。

 額から黒い角の生えたその女は、何かに騎乗していた。


 「「ヴォルアアアアアアアアア!!!!!」」


 丸々とした球体じみた胴体に、4つの四肢。

 全身に瞳と、口と膨れ上がった肉片が凹凸を形成する、まさに異形の獣。


 その顔が、こちらを向いた。


 その瞬間、ゼファライーシスは地の底から響くような声で叫んだ。


 「「王………ニーア………!!貴様ぁぁぁぁぁぁッッ!!!!!!」」


 その言葉から、苦しそうな声で叫ぶあれが有角人種の王であることがわかる。


 そしてその化け物は、先ほどのゼファライーシスとは桁違いの速度で動き、ゼファライーシスとバルブゼスをを壁へと叩きつけたのだった。


 余りの速さに、俺はもはや目視すらできていなかった。

 おそらく、人間が認識できる以上の速度で動いているのだろう。


 「かはっ………!」

 「ぐふッ………!」


 大量の血で壁をなぞる二人の体は、もう長くないことを示していた。

 バルブゼスですら反応できない相手に、どうすればいいのかわからない。


 「……勝てるのか、こんな化け物に………?」


 気づくと俺は、震えながらそう呟いていた。

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