第101話 強欲の三騎士 その2
後方支援部隊にヌルから連絡が入る。それを皮切りに状況は大きく変わることになった。
『……!?それって本当?』
『ああ。強欲・瘴気煙霧の瘴気を発する三人との会敵後、アルナレイトは二人を引き付けバルブゼスが各個撃破、という戦術を取っているようだが、いくらしぶといアルナレイトでも負傷者を守りながらでは危険だ。援護へ回ってくれ』
『わかりました。僕は負傷者の治療を行います。レグシズさん、レアンさん。
お二人はアルナレイトさんのもとへお願いします』
後方支援部隊はただ白兵戦部隊に付いて行っているわけではなく、強欲・瘴気煙霧に犯されながらも耐えている有角人種たちに治療を施していた。
エスティエットの魔力量は半分を割り込んでいる。大規模な戦闘は行えるとしても一度。
しかもそれをしてしまえば、魔力の無い魔術師となってしまう。
戦闘で足を引っ張れば死人が出ることを知っているエスティエットは、二人を先行させることにしたのだった。
「エスティエット、大丈夫なのか?」
「ええ。身を守るくらいはできますよ。仲間もいます。
お二人は今回の作戦の要であるアルナレイトさんの補助へ」
「無茶はするなよ。若い者に死なれたくない」
「ありがとうございます。さあ、言ってきてくださいね!」
レアンは行きつけの駄賃とばかりにエスティエットへ魔力を供給すると、二人はよほど心配だったのか、急加速してすごいスピードで坂道を駆け上がっていった。
(………以前から聞き及んでいましたが、アルナレイトさんのことが心配なのでしょうね)
傭兵達から話を聞いていると、レギオ村にいた人たちはみな、アルナレイトを慕っていた。
それもただ慕っているのではない。罪の意識があるのだ。
(自分たちが負うべき責任をアルナレイトさん一人に背負わせてしまったことの罪悪感……。
きっと、それがレグシズさん、レアンさんにもあるのでしょう。
それも当事者で最も身近な関係にある二人ならば、その意識は人一倍強い)
エスティエットは思う。アルナレイトに自覚があるかどうかは別として、彼には求心力がある。人の前に立ち、傷を負い、責任を背負って進み続けるその鋼の意思と決意。
アルナレイトは、心折れることはない。逆風の中でならば。
しかしそれは脆く、危うく、ゆえに人を惹きつける。
エスティエットは治療に取り掛かる。
アルナレイトが望むのは、きっと一人でも多くの犠牲を減らすことだろうから。
◆◆◆
レグシズは三騎士とアルナレイトの戦いを補足した時、アルナレイトは一切傷を負っていなかった。
誰の目で見ても分かる、圧倒的な身体能力の差。圧力の差。凄まじい攻撃の嵐。それはさながら暴風雨のごとき攻撃。
それに対し、アルナレイトはただひたすら─────────捌き続けていた。
あらゆる攻撃の手を先読みし、無駄のない剣技で、ただひたすらに。
一切の油断も、驕りもない。ただの一つもミスもなく。機械のように、機械以上に。
「クソっ!なんで当たらねぇんだよ!!」
「こざかしい羽虫めが!!」
怒号と共に放たれた強烈な一撃は─────────しかし当たらない。
受け流され、大きな隙が生じる。その隙を逃がさずアルナレイトは一太刀を入れ込む。
背後から迫る攻撃も受け流し、生じる斥力を活かして受け太刀の加速で次の受け流しを加速させる。
それはさながら舞。美しき舞踊。
しかし、敵対者からすれば恐ろしき死の舞踏でしかなかった。
体力を消耗させられながら、こちらは一切攻撃を加えられない。
むきになって強い一撃を放てば、更なる隙となる。
「くそ………なんなんだコイツ!」
「卑怯者が!」
「………」
アルナレイトは話さない。僅かであったとしても、体力の無駄な消耗すらしない。
「「小心者の剣だ。弱者の剣だ!」」
「行くぞ、レアン」
「……うん」
罵倒されているアルナレイトの援護に入るために、二人は奇襲を仕掛けることにした。
敵の死角に潜みつつ、アルナレイトの動きを観察する。
致死の威力を秘めたる一撃を、悲鳴が出そうなくらいの僅かな間で受け流し回避する。
初めて見る人は実際に声を上げてしまうかもしれないが、レアンとレグシズはその動きに感心して見入ってしまうほどに、卓抜した技量だった。
戦いの最中、アルナレイトとレアン目が会う。
アルナレイトとレアンは互いを信頼し戦ってきた絆が、刹那の間であったとしても情報を運んでくれた。
────────アルナ。
────────ああ。わかってる。レアン。
心の中で確かにそう通じた。
その直後、アルナレイトは敵にそうとは思わせないように隙を作る。
敵はようやく防御に隙が出来たと喜び、口角が頬を上げて吊り上がる。
裂けたかのような口はいびつに歪み、全身からあらん限りの力をかき集め、二人の騎士は下段、上段からの一撃を放つべく大きく踏み込んだ。地面が隆起するほど強く。
────────隆起した地面が、僅かにすり減り、片方は盛り上がった。
アルナレイトは、敵が大きく踏み込むのを予測し、足の着地点の地面を〔分解〕しもう片方の騎士の方には〔再構築〕したのだ。
深さがずれた剣は正確な軌道ではなくなり、ゆえにタイミングも異なる。
その僅かなタイミングの差は、アルナレイトに前後から斬りかかる二人を受け流すに容易い須臾の間であった。
全力の一撃を受け流され、大きく体勢を崩したその瞬間、レグシズとレアンは閃光の如き速度で斬りかかった。
魔纏戦技を同時に起動した二人は、魔素構造完全状態を示す一際強い光芒を刀が放ちながら、二人に刀を命中させた。
「「────────ぐはァッ!?」」
「「────────んぅなんだとッ!?」」
たしかな威力を誇る二人の一撃は、それ単体で凄まじい効果を発揮する。
だが、レアンはまだ、その手を止めない。
【拡張戦技】にあるレアンの【技術戦技】が発動した。
刀を下段に構える。
地面と水平であることを意識し、発動する体勢まで低く腰を落としていた。魔纏戦技を放った後、その体勢になるようにあらかじめ動きを作っていた。
全身が凄まじい力で前方から引っ張られるような感覚を覚える。スキルによる補助は、レアンの全身に凄まじい推力を生じさせた。
レアンは体に生まれた尋常ならざる力を、さらに魔纏戦技と魔纏闘法を併用させた。
(ケンセイさん!補助お願い!!)
(【回答】承知しました)
レアン自身の魔纏戦技と魔纏闘法に加え、【賢聖の知見】スキルはレアンの魔纏戦技と魔纏闘法を制御し相乗効果を発揮させた。
二重の魔纏戦技と魔纏闘法によって強化された【拡張戦技】である”早月”は、僅かに空間すら歪め光が直進できないほどの引力にまで引き上げられた威力となっていた。
全く隙のない連撃の中に、凄まじい強化を施した一撃。
敵はついさっき受けた攻撃に意識が向いており、レアンの攻撃が他種族である自身を一撃で消し飛ばささん威力となっていることなど、一切認識していなかった。
全身の力を奮い起こし、一点に集め流動させる。
拡張戦技】には技発動後、体が硬直してしまうデメリットが存在するため、二人を同時に狙うことにしていたレアンは、二人が重なった瞬間。
「「せいやあああぁぁぁッ!!!!」」
それまで待機させていた身に溢れる力を解き放った。
一条の流星となったレアンが凄まじい速度でこちらに接近しつつあることを気づいたドルノレド、フィゼンであったが、気づいたときにはもう遅かった。
「「う──おらああああぁぁぁッ!!!!」」
不利な体勢、鎧の上から受けた傷が痛む中、レアンの攻撃を何とか剣で受けることに成功した二人だったが、二人でレアンの刀に剣を打ち当てても尚。
────────レアンは止まらない。
「「なんなんだこいつらはあぁぁぁッ!!??」」
地面の土をめくりあげながら後退し続ける二人は、とうとうレアンの攻撃の威力を受け止められなくなった。
剣にひびが入る。帝国製の旧正式剣は、帝国製とだけあって凄まじい性能をしているが、それでもなお、大量生産品ではレアンの攻撃と、イリュエルの打った刀には及ばない。
二人の剣が砕け散ると同時に、下段から切り上げたレアンの刀が────────。
────────致死の威力を持つ刃が、光となって空間をゆがめ二人を包み込んだ。
「「「ぎゃああああああああッ!!??」」」
直立できないほどの風が吹きすさぶ。レアンの一撃によって押し出された風。
風量がその一撃の威力を物語っていた。
強欲の三騎士、ドルノレド、フィゼンは半身を失っていた。
体の半分を、レアンの一撃によって消し飛ばされたのだ。
「あ、あああああ、あ────────」
ありえない。その言葉を言うよりも早く、体が地面に倒れ込んだ。
「はぁ………ッ………はぁ………ッ」
力を込めすぎた後で、レアンは体が震えていた。少し休憩しなければ体が強張って力が入らない。
「レアン、助かったよ。ありがとう!」
「う、ううん、そんなこと、ない」
その直後、レアンは知ってしまった。
この震えは、体の強張りなどではないと。
体の奥から凍えて、震えている。
(………っ、そっか。私)
命を奪った。生命を終わらせた。殺した。
それがレアンにとって、初めての体験だった。
つい数分前までは生きていた相手を、その命を奪った。
その実感が、体を酷使した疲労と共に染み込んでいく。
徐々に激しくなる動悸。自分のしたことの現実感に覆われていく。
(………アルナは、この気持ちに覆われていたんだ)
目の前の存在を終わらせてしまった、取り返しのつかないことをしてしまった。
喪失感のようなものが、レアンを現実から突き離そうとする。
(それも、アルナは、何十人も………)
真剣にその重みを考えて、受け止めようとしてきた。
いつかこんな日が来ると、レアン自身分かっていた。
でも、それでも、実際にこうして味わうと、もう二度と忘れられそうになかった。
(想像していた何倍も、苦しい………)
「………チッ!」
動揺中のレアンを抱えてアルナレイトはその場から距離を取る。
「あ、アルナ!?」
「師匠も早く!」
何をしているのだろう、と考えているとゼフィリオーセスが殺した後も起き上がってきたことを思い出し、レアンはさらに自分の愚かさを責めてしまいそうになるが、アルナレイトが強く手を握ってくれたことで伝わってきた「まだ、殺したわけじゃない」という意思が少し、レアンの気持ちを楽にした。
「レアン、ナイスファイトだった!
でも、まだ奴らはくたばったわけじゃない。全力を振り絞るのはまだ先だと思う」
「うん……ごめんなさい」
「謝るようなことじゃない。戦いなんて生き残った方が勝ちなんだから」
体力の使いどころを反省しなきゃな、とレアンは反省した。
撃破した二人の騎士から距離を取って正解だった。
なぜなら、二人の体は謎の引力に引かれて断面同士がくっつくと、そのまま引き上げられるかのように起き上がったのだ。
「……うえ………気持ち悪い」
「同感だ……」
起き上がった半分の騎士は、断面がそのまま何事もなかったかのように再生した。
そして────────
「「────────な、なんだこれは」」
重なった二人の声は、何かをつぶやき始めた。
「「い、嫌です、ニーア様!それだけはどうか、おやめください!!」」
何かを懇願しだす。
「「そんな!きっとお役に立って御覧に入れます!どうか!」」
その直後、二人の騎士の体は膨張を始めた。
「「い、いやだぁ! やめてください!」」
角が急激に肥大化していく。
完全にくっついていた頭部が真っ二つに裂け、そして再生した。一つの体に二つの頭が生えている。
再生は完全ではないらしく、失った方の頭部は短な髪がまばらに生えている。
そのまま体が膨張し、四肢が不気味に膨らみながら延びていく。
「「我らの忠誠をお受け取りください!!!!!」」
訴えむなしく、人型の輪郭が失われ化け物へとなっていく。
「「イ■■やァ〓■━〓■━〓━ァッ──────────」」
地の底から響くような絶叫の産声と共に、その化け物は生まれ落ちた。
「「─────ハハハハハハハハハハ!!!」」
大きな二本の角が生えた二対四本の腕を持つ、全身が膨らんだ肉塊で覆われた4つ足の化け物。
それが、ドルノレド、フィゼンの成れの果てであった。
「力がとめどなくあふれ出る………!!!」
「今ならなんだって出来そうだ!!!」
あふれ出る万能感に陶酔するその姿に、もはや元の二人の面影など消え失せていた。
~現在の状況~
バルブゼスはオーヴィマを連れて一騎打ち中。
アルナレイトたちに合流したレアン、レグシズはドルノレド、フィゼンを撃破したものの真っ二つに裂けた二人は合体し化け物となり果てた。
ヌル、イオラ、ミタラの状況に変化はなく、狙撃準備は完了している。
ドルノレド、フィゼンが死に瀕した反応を感じた時、ニーアは心底呆れ果てた。
(なんで能力使わんねん阿呆が………)
力を与えたのにそれを使わずに戦い、敗北した。
死に掛けた二人からはさらなる力の付与と救助を求められたが、ニーアにとってそれは目障りな情報でしかなかった。
(お、お助けください………)
(もうええわ。やっぱ枝付きなんか使いモンにならん)
(──────ッ!? そんな!どうか、この通り!)
(………まあええ。そこまで言うなら)
死に掛けたフィゼン、ドルノレドは喜んだ。
だが、それは二人の望む救いなどではなかった。
ニーアの持つ能力は、成長しない呪いを受けているが、二人を使えばその呪いを突破できるかもしれない、とニーアは考えたのだ。
(厄介な制約があるせいで成長させられんけど、アンタらに与えて成長させた後に奪えばええ)
ニーアは二人に、過剰ともいえる力を強制的に押し付けた。
(こ、こんな……!我々には強すぎますニーア様!)
(ええねんええねん、根性見せてみぃ。適応すれば生きれるやろ)
(そんな………酷いです!我々の忠誠をお受け取りください!)
(いらんわそんなもん。さっさと命注いで進化させろ。そのあと魂ごと糧にしたるわ)
(い、嫌です!きっとお役に立って御覧に入れます!どうか!)
(はぁ────────めんど。はよ死ねや)
(い、いやだぁ!)
(やめてください!)
さらに力を送りこみ、そのエネルギーを使って体に過剰成長を促進する。
二人に与えたスキルも何十倍にも出力が向上し、その力が二人を飲み込んで人格を破壊していく。
意識を破壊される痛みは肉体の傷よりも何千倍もの痛みを伴う。
二人の意識は即座に崩壊し、その残骸に力が宿り暴走を始めた。
(我らの忠誠は────────)
崩壊する最中、ドルノレド、フィゼンは己の仕える王を簡単に鞍替えしたことに後悔した。
仕える相手を間違えた。というよりも、ニーアはそれっぽく振舞っていただけで、決して三人を守ろうなど、育てようとも考えていなかった。
それを知ってしまったフィゼン、ドルノレドは、しかしもうどうすることもできなかった。
(ははは!これはおもろい!
そのまま暴れてしまえ!そいつらを殺せば気も晴れるわ!)
(そんな────────)
力に主導権を奪われ、最後に二人は、無限の後悔とともに消えていった。